第14話 真実を写す瞳と大いなる精霊王の剣

(懐かしい……)

 ここは、エグゼの魂と精霊の魂の出会う場所。

『大いなる精霊王の剣』が作りだした境界世界。

 ここでエグゼは精霊と手をとり、その大いなる力を借りるのだ。

 精霊を操る感覚。

 いや、操るというよりは同調する感覚に近い。 

 自分と精霊の境界線は曖昧となり、自分が精霊なのか、ノームが人間なのか、分からなくなる。

『助けて……』

 脳、というより、魂に直接響く助けを求める声。

『誰も傷つけたくない……!』

(これは……)

 ノームの声か!

『助けて!』

 この山を守護し、この山に住むすべての生き物に平等に助けをもたらす大地の精霊。

 涙を流し自分の犯した罪を悔い涙を流す、優しい精霊。

 しかし、その表情は一変した。

『殺す……。皆殺しだ! お前も、お前の仲間も! 村のドワーフたちも! この山に生きるもの、すべて殺してやる!!』

「おまえが……!」

 ミハエルが強引に融合させた魂は、二重人格のように入れ変わっている。 

 自分の意思とは関係なく、愛する者たちを傷つける邪悪な魂に付け込まれ、悪の化身とされた、哀れな魂。

 今、エグゼにもはっきりと感じ取ることができた。

 これが別の何かの魂。

 人を殺すことを目的につくられた魂なのだ。

 それはノームの魂の最も深い部分で結合してしまっている。

『痛い、痛いよ……っ!』

 そのとき、ノームの様子が一変した。

 魂に亀裂が走ったのだ。

 その痛みは、精霊を操っている、エグゼにも流れ込んできた。

「ぐあああっ!?」

 それは過去にも味わったことのある痛みだ。

 肉体ではない。魂そのものが傷つき、破壊される痛み。

 肉体的な痛みなら、ショック死してもおかしくない。

 が、魂は違う。もし魂が死んでしまったら輪廻の輪からはずれ、再びこの世に生れ落ちることができなくなるのだ。

 その痛みを味わったまま、無間地獄に落ち未来永劫苦しみ続ける。

「早く……、切り離さないと……!!」

 強引な融合の代償なのか、その魂は今にもこの世界から消え去ろうとしている。

 今手にあるのは、今にも朽ちそうな『大いなる精霊王の剣』のみ。

 この剣ならば、それを断ち切ることの可能だろう。

(とはいえ闇雲に切ってしまえば、ノームの魂すらも傷つけてしまう。一体どうすれば……)

『エグゼ、聞こえる?』

 その時、エグゼの頭にアーニャの声が鳴り響いた。

(アーニャか!?)

『私が指示するところを剣で切り裂いて! ノームの魂ともう一つの魂とを切り離します!』

 アーニャの瞳は、『真実を写す瞳』は、エグゼの精神世界すらもその瞳に写し出すことができるらしい。

 しかも、この世界にいるエグゼに話しかけることができるとは。

(わ、わかった……)

 しかし、今のエグゼには昔のような華麗な剣技はない。

 あるのは凡人にも劣る、腕だけだ。

 はたして、指示通りにできるだろうか。

『お願い。誰かを傷付ける前に、僕を斬って!』

 今にも自身が砕け、消えそうだと言うのに、ノームはそれでも自分の守る大地に生きるすべての生き物のことを憂いている。

 ノームの命がけの願い。

(弱気になっちゃだめだ……)

 全神経を剣に集中する。

『エグゼ、ここよ!!』

 ノームとその魂に一条の光が差す。

(いまだ!!)

 エグゼの振るう『大いなる精霊王の剣』は、吸い込まれるように結合部に切り込み、そして。

(はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!)

 この剣の最後の一撃。

 『大いなる精霊王の剣』は砕け散り、柄だけとなる。

(ありがとう)

 エグゼは心の中で礼をする。

 『大いなる精霊王の剣』は最後まで精霊を助け、精霊のためにその役目を終えたのだ。 

 長年連れ添った相棒をなくしたエグゼ。

 しかし、ここで悲しんでいるわけには行かない。 

「離れた!」

 ノームの体から、何かのアストラル体が飛び出す。

『まさか、魂にまで介入してこようとは…』

「なんだい、またのご登場かい」

 眼を覚ましたエグゼとソウマ、アーニャは、そのアストラル体のほうに向き直る。

『お久しぶりですね、エグゼ君、ソウマ君、そしてチビ蜘蛛さん』

「誰がチビ蜘蛛よ! この禿デブ!」

 それは、忘れようにも忘れることなどできない最悪の過去の記憶を呼び覚ます声。

「ミハエル……っ!」

 血が出るほどに歯を食いしばり、爪が食い込むことも忘れ、手を握り締める。

 忘れるはずがない。

 この声は。

 王、王妃を殺し、最愛の姫をも奪った……。

 王政グランベルトを束ねる現国王。

 ミハエル・ド・カザドだった。

 そのアストラル体は人の体を成した。それはまさにミハエルそのままの姿だった。

『まさか、この窮地をここまで損害なしで切り抜けるとは、思いもよりませんでしたよ』

 その言葉尻には、かすかな怒りがあった。

『しかしまだまだ私の研究全貌は見せていません。あなた達がそれまで生き延びれるほどの強さを持っていることを期待しますよ』

「ミハエル、待て!姫は、姫は生きているのか!?」

『ふむ。さて、どうでしょうね。近々分かるかも知れませんよ?ふふふ。では、これで……』

 そういうと、邪悪なるアストラル体は姿を消したのだった。

「ミハエル……」

「お、おい! エグゼ!ノームが……」

 ノームの体が今まさに消えようとしている。

「まずい『精霊の寝所』から離れすぎたんだ。このままだと消滅する。急いで、ノームを元居た場所に戻すんだ!」

 エグゼたちは、再び坑道の奥底まで急ぎ戻っていった。

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