第六話 琅藍の哄笑
「まさか、ローラン」
「今さら気づいても遅いぞ、キンバリー・ホープ」
キムの瑠璃色の瞳が恐怖に染まっていくのと比例するかのように、
「『天覧記』の中に創り出したお前が、同じように『大洋伝』の世界を創造したと知ったとき、私がどれほど歓喜したかわかるか。きっと世界を生み出す歓びを共有出来るだろうと、そう思って『大洋伝』の成立に奔走してきたこの私を、お前は裏切ったのだ」
絶望的な表情を見せるキムの姿を見て、
大袈裟に頭を振る
「なんでこんなに性根が曲がっちゃったんだか」
腰に両手を当てて呆れ顔の
「何度も言うが、貴様の存在は場違いだ。これ以上余計な口を挟むな」
「あなたこそまだそんなこと言ってるの? 私は――」
一貫して邪険な態度を取る
「なあ、
「
何気ないその問いは、だが
大きな目は限界まで見開かれて、黒々とした瞳に映し出されているのは著しい動揺。厚めの唇を半開きにしたまま、
「あなたは私が書いた『
こんなに性格悪く書いたつもりないんだけどなあ、という
この世を創り出したはずが、一転して創り出された存在であると言い渡されて、
「嘘だ……」
「嘘じゃない。その証拠に私、あなたが真名を知らないっってこと、知ってるもの」
真名を知る――今となっては彼の唯一の頼みすらも否定されて、
「何を言うか。私は確かに……」
「だって私が真名を知らないのに、私に創り出されたあなたが知るはずがない」
思考を迷走させる男の眼差しに、もはや引き込まれるような深みは感じられなかった。彼の虚ろな瞳は少女の胸に微かな痛痒を招いたが、
腰に当てていた両手から、つと右手を前に突き出して、
「あなたが真名と信じるものは、偽りの真名よ」
絶句する
代わりにその口から漏れ聞こえるのは、すすり泣きにも似た虚ろな笑い。
しかし目に見えて肩を落とす
なんらか詫びの言葉のひとつでもかけるべきだろうか。そんな
「お前の言う通り偽りかどうか、試してやろうではないか」
「なっ」
聞き間違いではないかと、
だが書架に長身を預けたまま、
「どのみちこの世界にはもう未練はない。ならばいっそ私自身の手で幕を引くのも一興だろう」
「何言ってるの。真名は偽りでも、本殿の仕掛けまでそうとは限らな……」
思わず手を伸ばそうにも、彼女の指先が
「目覚めよ、『
彼がそう叫んだ途端、
床下からだけではなかった。天井から壁から何か回転しているのかのように軋む音が最初は小さく、徐々に大きく響き渡って、彼らのいる書庫の中をやがて満たしていく。
「これはいったい何事だ」
音の正体を突き止めようと周囲を見回す
「どうだ、
彼の足下の床板がばらりと開いた。
まるで束ねられた物が一斉に解けるが如く、そこに生じたのはぽっかりとした穴。
あっという間もない。
「スイ!」
咄嗟に背後からキムに腕をつかまれた
気がつけば辺りに響き渡っていた音の洪水は鳴り止んで、書庫の中には再び重苦しいほどの静寂が取り戻されている。
「あの野郎、どこ行った?」
未だ腰を抜かしたままの
「どういうこと?」
「ここの下って、あの地底湖だろう。ほら、うっすら
「……そういえば水音もしなかったね」
縁に這いつくばるようにしてこわごわと穴の中を覗き込みながら、キムが隣りの
キムの言葉に振り返りもせず、穴底の地底湖を凝視する
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