2.アルマムース

「私は評価に値する行動だと思っている。建前は残しておかなければならないがね…」

ロトゥジェス=ドーンソアラー。通称「ロジャー」副チーフは振り返りつつ、温度感の測りづらい声色で言った。

「それで、一通り注意ですか。異論はありませんが、あの手順では目標はダミーも同然です」

さすがに人命がかかっていた事もあり、俺は帰還した先で待ち構えていたロジャー副チーフに批判をぶつけた。

助けられたはずの人間が助けられて居ないように思えた。

救出人数の多寡で行動の価値をむしろはかりたくないものの、助かる人間は多い方がいい。素直にそう思った。


「私も現場から反発されることは、織り込み済みでここにいるんだよ。チーフ共々統括機関に掛け合っているのだが、なにぶん予算の全てを握っているわけではなくてね…。むしろ今回の一件で半信半疑だった連中には説得材料になるかもしれない。縮小傾向とはいえ、これも業務だからね。」

年老いた同族である副チーフは、金縁飾りの付いた大顎を撫でつつ答えた。堅実ではあるが、こういった立場に長らくついてきた男にありがちな真意のぼかし方をしがちだ。

副チーフのオフィスはビルの高階層にあり、背後に大きな窓がある作りだが、いつもスクリーンを閉じている。

単に秘密を持っておきたい性分ともいえそうだが…。評価するという言葉もどこまで本心なのかわからない。

「頼みますよ。死体をわざわざ見に行って映像記録に残すのは気分が良くない。…それはそうと、少年の容体が気になります。」

「意識を取り戻した。防疫も完了した。だが特殊能力の特定は長くかかる…。」

ぼかし癖のある相手には、自分より立場が上でも少々押しを強くした方がいい。それが経験則だった。

「彼に面会したい。ストレスを与えないよう最大限注意を払います」


面会の許可が下りた。

助けられた少年、シュンは直ちに入院が決定していた。正直な所、報告の時も帰還祝いの時でも、頭の片隅で容体が気になっていた。

同僚の中には、随分ほれ込んでいないか、と早合点する者もいたが…。

特殊能力のことも気になるが、入院したと聞いて心配なのは当然だと思う。

あの時、ひどい環境に居続けて弱っていたのは見て取れた。若者とはいえ、危険に晒された緊張で衰弱をカバーしていた事は間違いない。


シュンの病室は壁が白く、照明の青みが強かった。

どうも殺風景に感じた。通常のモンスター被害者が入院する施設ではなく、研究班付属施設だからか。

とはいえ、そろそろ大人として扱われたいだろう年齢だ。青空の描かれた小児病棟があてがわれるよりはマシかもしれなかった。

「あの時の…ケイドさん、だっけ?」

髪を短く切られ、入院着姿の少年が顔を上げた。

「ああ。良くなってきたか?」

翻訳機能を介して話しているので会話が楽だ。

「苦しいってことは無いけど、なんか、めちゃくちゃ寝ちゃうんだよな」

頭を掻いた腕にまだ点滴がついている。退屈そうなところを見ると、少し回復はしているのだろう。

「厄介な疾病がなくてよかったよ。あんなティラノサウルスみたいなものに追いかけられたら、普通エネルギーが尽きる」

「…え?」

視線が俺の触角と大あごに向いている。

「ティラノサウルス知ってるの?宇宙人なのに?」

俺は肩をすくめた。

「あの時は注意しなかったけど、宇宙からやってきたのはお前だろう。地球のことはそれなりに知ってるよ。じゃないと調査の仕事なんてしない。」

IRGの調査兼戦闘人員として起用されたのは、地球学で学を収めていた理由が大きかった。多少は自身の趣味によると言ってもいい。

「っていうか、別の星のわりに随分地球っぽいよな。もっと突拍子もないことされると思ってたけど。それに…みんな名前が結構地球っぽい気がする。なんでなんだろ」

暇だと考えが良く巡るのか、少年は真っ直ぐに疑問をぶつけてくる。

医療スタッフの名札を見て不思議に思ったのだろう。答える必要がありそうだ。

「出てみれば分かるが…地球人は既にわんさかいるんだよ。100年経ってると色々あるし、なにより、昔の連中もお前らを見て勉強してきたからある程度似通ってる。特に、この国に関してはな。」

まだ、異星に航行する技術力はない…という言葉を飲み込みつつ、他の者から聞いた事の重複もあるだろうと前置きしつつ事実を伝えた。


ここは、惑星ゼーラール。俺たちがいるのはシュリダール連邦国の首都だった。

シュリダール連邦国は南北に広がる亜大陸と、いくつかの飛び地や島の領地を含む、俺たちコロニアル種族が拠点とする国家である。

ゼーラールはこの惑星の名前として各地で通用しているが、元はといえばこの国の言語に由来している…それほど歴史的に覇権があったという事でもある。

この国は、100年前から着陸した地球人の数が特に多く、早期の把握と対策を余儀なくされた。

別に地球人にひどい仕打ちをしたわけではない。

当時の我々は近代化の途上にあって、技術力に優れる漂流者は渡りに船だった。学べるものは学ぼうとしたのだ。

昆虫人間たちは知識に貪欲だった。そのため、彼らに最大限の敬意を払った。地球でなるべく通用しそうな英語と元の言語での二重の公用語を定め、殆どの個人名も二重にしたのだった。

下手をすると、現在ではネイティブの名前をほぼ使わない家系もあるほどだ。

コロニアルはプライドが高い、というのが決まり文句だ。個人的には驚くほど下手に出たな、と思う。


しかし、長い年月と自由は時に残酷で、必ずしも「民族」間のギャップを解消する訳ではなかった。

それでも、なぜ、どのように流れ着いたか、という秘密はゼーラール人には渡されなかった。

居ついた地球人…大半は平民だった…は、定着以後広がる経済格差にあえぎはじめた。

地球人の街の猥雑さが脳裏をよぎった。中にはスラム化が著しい地域もある。

シュンはどこで暮らすのだろうか。

彼にはそんな懸念は伝えなかった。


「ふうん。でも、全然別の星の、原始時代の動物の名前をサラッと言えるのは結構マニアだな」

シュンはまあまあ興味はあるといった風で答えた。

「マニアか。そうかもな」

「だけど俺、ちょっと思うんだ。ここは地球じゃない。わかった。でも…」

でも、何だというのだろうか。

「ファンタジーの異世界なんじゃないかって…俺ももしかしたら勇者なんじゃ?」

…。

まずい、と感じた。


馬鹿げている事では決してない。俺の脳裏にある名称がよぎった。

(移入者症候群だ―)


ゼーラールの地に着いた漂流者の多くが「発症」したという。

程度の差はあるが、あまりに地球離れした生物があふれ、物理法則のギャップがあるために、ここを空想の世界だと誤認するのだ。

合点がいった。あの時、危険な状況にも関わらず「すごい」と言ったのはこれの症状だ。

しかし、うんざりする様な状況でもあった。文化的な条件を考えれば正常な心の反応であると思われるが、病のように捉えられている。

ありえない事ではないが、直面すると重い。

しかもシュンには特殊な力がある。一筋縄ではいかないような気がした。

症候群とは呼ぶまい。しかし…。


俺は少し真顔になった。

「公式見解を話そう。

お前たちは、似通っているが、しかし決定的な法則の違いがあるどこかの星から来たという事になっている。こっちは位置関係すら押さえてない。お前たちが秘匿してる…なんて噂もあるけど、俺は比較的どうでもいいな。少なくとも専門外の未成年に問いただすようなことじゃない。

つまり、はるばると宇宙の不明な地点にお前を帰しに行けるわけじゃないんだ。

お前たちの同胞が空の彼方へ飛びたったという話も…まだ聞いたことがない。

だから、異世界といえばそうだよ」

置いてけぼるのを覚悟で、できるかぎりの慎重さを持って話す。

「『世界』っていうのは…各々が見て知っている、行こうと思えば行ける限りの範囲のことだと、俺は思ってる。開拓すればそれは広がる、忘却すれば狭まるんだよ。


確かにここは異なる世界だ。見たこともない物がたくさんあって、似たようなものもある。きっと振り回されるぞ。

だが…、お前にとって、何にせよ生きるために理解することがあるだろう。その時ここは『異世界』じゃなく、いくぶんか『この世界』になる。

多少グロテスクでも、な」

目の前の少年はきょとんとしている。言い方が難しかったのだろうか。

「そうか」

シュンが口を開いた。

「思ったより先生っぽい事言うな…。もっと体育会系だと思ってたよ。」

…。

まあ、良しとするか…。

しかし、彼が「勇者」かどうか(おそらく、神話上の英雄がカジュアルになった概念だ)、という質問にどう答えたものか。

そう思っていたが、携行デバイス越しに連絡が入った。

「すまん、またの機会だ」

漂流種族探しは極めてまれな任務だった。今回は通常の仕事になる。



インター・レイシャル・ガーズは、頭文字を取りIRGと呼ばれる。

もしシュンに日本語で説明するなら「全人種防衛隊」とでも言おうか…。一種の公立環境組織というべきで、軍隊ではない。

しかし、はたから見て、「軍隊ではない」という言い訳がどこまで通じるか疑問だった。

首都の外壁を貫くトンネルを走る4台の装甲車、その側面に、くっきりとマークが刻まれているからだ。



首都はシュンの救出を行った洞窟よりも北側の平野部に位置している。

先ほど通ったトンネルから出られる西エリアは、市街付近の草地を抜けると広い荒野が続いている。

遠くにはかつて海底であっただろう、棚のような高台が多く突き出していて、最後はさらに険しい山脈でさえぎられている。山の付近に着くまではこの季節でも日中の乾燥がきつく、背の高い植物に乏しい。

今の季節、空にはほとんど雲がなかった。強風であおられた砂が舞い、洞窟のあった森林とは別種の暑さを感じる。

種族によっては「ここは暑すぎる」と言う。しかし、夜になれば気温はかなり下がるだろう。

野生動物も多く、節操なく外壁の外に居住地域を拡大できるわけではなかった。そんなところがコロニアルたちの最大の街だった。

見かけほど不便な場所ではないが、城壁の外では環境要因から人が危険に晒される可能性は低くはない。

ただ、人の努力でなるべくゼロに近づける事はできるはずだ。

俺たちはこの都市を中心に、付近の広範なエリアを担当している。

IRGの存在意義は一つ。この惑星に住まう人々を危険性の高い生物から守るためだ。


「いるぞ。アルマムースだ」

銃を担いだリックが、他のメンバーの目視も、カメラの捕捉よりもはるか前に呟いた。犬のような見た目に違わず、鼻の良さはレーダー並みだ。

「マーカーA-2の群れだから、随分移動してきたな」

アルマムースは群れを成す大型草食獣の一種だ。

草食獣と言っても重量は数トン近い。ゾウを想像して、それにアルマジロの皮がびっしりついていると考えろ。100パーセント正確ではないが、この動物を知らない地球人がいたらそう話すことにしている。

それが何頭も、普段近寄らないはずのハイウェイにどっかりと居座り、周囲の草を食んでいる。

縄張りや防衛の意識も強く、一般の車両と衝突になると大ごとだ。

ハイウェイは通行止め、付近も立ち入り禁止。困るのは主に「羽無し」の人々だ。

「ケッ…これじゃあフンの掃除もかかるぜ」

厄介だ、という顔をするリックだが、俺はさほど陸路の影響を受けない。それが気まずくもあった。


空路で急行するような事態ではないため、開始地点までの道のりは車内で詰めている必要があった。

俺は車に乗っているのがあまり好きではなかった。

酔うわけではないのだが、翅の分のスペースが確保されていても窮屈に感じるのだ。

第二チームは普段から車両が中心の構成だ。車両の扱いは羽無し種族のほうがはるかに上手く、「スライダー」というあだ名の地球人がリーダーを務めている。

スライダーは体格の良い中年の女で、ヘルメットから濃い茶色の髪が覗いている。老いているというほど歳はいってなかったはずだが、他の隊員から時折「ばばあ」と呼ばれても態度を崩さない。

リックとはウマが合うのか、よく他愛もない話をしあっている。あまり貶めたくはないが、ラフな感じの奴らと言おうか。

「随分な個体数だね?あんな図体なんだから、成体の一頭くらいさばいて親戚中に配りたいね」

「あの皮膚を切れる電鋸、今回は積んでねえな。クルマにくくって持って帰るか?」

アルマムースの肉が食用に適するのは事実だが、すぐさまバーベキューでも始めそうな勢いのジョークである。

「順調にいけば、一頭も仕留めないで済む手はずだ。無理に仕留めたらややこしくなるぞ」

「分かってるよ。しかし、ケイドもミスティーに酒を奢るなんて気前がいいな。彼女が大酒飲みって知らなかったのか」

ついでにとばかりにリックが掘り返しにきた。

「初めて同席したんだ」

「賭けた帰還パーティの代金と彼女の注文分じゃ、釣り合わなかっただろ?まあ、あんたの渋面と、笑い上戸のミスティーはなかなかお似合いだったよ」

「えっ…私、そこまでじゃなかったですよね?そうでした?」

ミスティーは途中から記憶がないらしい。

「はは。勘弁してくれ…」

種族がそれ以前の問題ではあるものの、たまに、彼らとは種類が違うと思う事がある。


開始ポイントは群れに気付かれないギリギリまで近づいた道路上だった。

「開始してください」

「了解」

地上、空中、そして市街地にいるメンバーの間で簡潔な呼びかけが交わされた。


俺は道路からそれつつ上空に向かって飛び上がり、空中に留まった。現在位置からハイウェイを見やると、アルマムースの大小の甲羅が集合していた。4つほどの小グループに分かれているが、すべて同じ群れだろう。森林に比べたらそこまで豊かな植生がある訳ではないのに、ほとんど動いているようには見えない。

さらに上をペネロペが飛び、右手の地上遠方に上がる土埃はスライダーたちの車両だ。

「それじゃあ、やりましょうか」

「ああ」

俺は運んでいた円錐形の機材を括っていたベルトを解き、地上へと落下させた。

砂を巻き上げて着地した機材から、傘状のパーツが自動的に展開される。

どちらかと言えば人間の可聴域外で鳴き声を交わす動物に向けて作られた、スピーカーの一種である。


「各自耳栓をチェックして。こっちからミスティーに伝えるから」

ペネロペが全員に通達する。耳栓は各々が付けている防音装備…ヘッドホン型であったり、ヘルメットの一部分であったり…の通称だ。

俺は触角の付け根を覆ったノイズキャンセラーを確認し、問題ないと返した。

「オーケーね」

全ての合図が確認できたペネロペが宣言した。彼女だけマイクのタグの色が違った。

何か影響があるわけではないが、無線通信越しの各メンバーが静かになっている。

高度を下げたペネロペは、大きく息を吸い込み、

そして…

口から甲高い音をほとばしらせた。


音量はカットされているはずだったが、それでも頭に刺さるような鋭い声だった。

ペネロペは口をぱくぱくさせ、短い息継ぎを挟みながら細かなトリルを続けた。


車から降りた俺は地上すれすれまで降り、アルマムースの群れを記録を兼ねて観察した。

地上に設置したスピーカーで増幅された声は、アルマムース達に十分聞こえているようだ。

1頭、2頭と前足を上げ、驚いたような吠え声をあげて走りだす個体が現れる。

「効果ありだな」

俺は体当たりを受けないように距離を保ちながらしばらく並走し、再上昇した。


俺には全く言葉としてとらえる事ができない旋律が続いていた。

彼女らの「歌」は言葉として解釈する前に直接精神に影響する。

これがもう一つの羽あり種族、プルームの特技だった。

対象に抵抗されることもあり、そもそも効かない種もあるようだが、アルマムースのような動物には十分効果がある。このレパートリーは聞いた者に焦燥をもたらし、逃げ出したいと思わせるそうだ。こちらも適切な防音装備が無いと、抵抗できずパニックに陥る可能性がある。そのため、おいそれとは乱発できない。

プルームたちに言わせれば歌ではなく、単に「強めに」しゃべっているだけなのだそうだ。同種で会話する際も程度はあれど、この方式を用いる事がある。

しかし、俺たちは同じ発声器官を持ち合わせていない。それはリックも、スライダーも同様だ。だから、仮に意味が分かったとしても、身一つで再現することは不可能だった。

アルマムースたちは残らず走り出した。天敵の幻でも見ているのかもしれない。

「よーし、こいつらをポイントまで誘導するよ!」

声を上げたスライダーに人員が答える。

「了解」

「はいよ!お頭」

「海賊船じゃないんだから…」

歌をやめたペネロペが呆れている。ここまで軽率なのはリックではなく、2号車のドライバーだ。

最初の工程が完了した。


俺たちは装甲車と共にアルマムース達を追い立てた。こちらの意図する方向を向くように回り込み、道をふさぎ驚かす。

徐々に荒野エリアからも遠ざからせるためだ。

少々酷いことをしているように見えるかもしれない。だが、人間に抵抗して勝てる、と学習してしまった時のほうが、お互いに損で危険ですらあるのだ。

徹底的に先ほどの場所は危険だと思わせ、かつ抵抗しても無駄だと確信させなければならない。

確かにこの獣たちには、言葉も文明も存在しない。

しかし、危険なものや場所を群れの間でしばらく記憶し、共有させておくだけの複雑さは備えているのだ。

「危ない!」

突然、ひときわ大型の個体が鋭くいななき、肩からぶつかってきた。

3号車は避けようとしたが間に合わなかった。片側が大きく浮き上がり、衝撃とともに横転する。

「大丈夫ですか?!」

ミスティーの気遣いも虚しく、すぐさま石柱のような足が車体を叩いた。大きく凹みすらしなかったものの、窪地の泥だまりに突っ込んだ。

「こっちで引き付ける!リックも行けるか!?」

「ああ!」

さらに追い打ちがかかるとまずい。俺は急いで相手の横に周り込み、威嚇射撃を仕掛けた。

気が立っているのが眼付きで分かる。俺などすぐ蹴散らせると思ったのだろう。突進しつつ、前足を振り上げてきた。

「今だ」

「…そらよ!」

鈍い破裂音とともに、相手の前足付け根にダーツが突き刺さる。

一頭のアルマムースはゆっくりと脱力し、倒れこんだ。

「これが麻酔銃じゃなかったら儲けものなんだけどな」

銃を抱えたリックが名残惜しそうだ。

「3号車クルーは無事か?」

「負傷者はなし、だが、クルマの復帰にはかかりそうだ」

「動物たちの興奮が思ったより強い。3号車からは引き離さないとだし、なんとか鎮静でごまかして連れて行くけど…」

ペネロペが順調じゃないといった調子で言った。

「1~2号車で群れをポイントに誘導しましょう。麻酔をかけた個体の後処理と3号車のカバーのため、4号車は残って。

リック、ケイド、ペネロペの3名は1~2号車と合流してください」

「ほぼ半分か…。仕方ないな」


もし何も知らない者が見ていたら、奇妙な光景かも知れなかった。

アルマムース達は惑いながらも荒野を離れ、藪を踏みしだき、徐々にテーブル状の岩山群へと近づいていく。

ペネロペと俺は時折車両の屋根で休みを取りつつ、空中から群れの観測記録を取った。

群れが足を止めれば音やフラッシュ機材で相手に刺激を加える。緊張はあるものの、先ほどのような小競り合いは幸い起こっていない。

ペネロペが「歌」の効果を確認し、変化を付けて歌いなおす。

設置型スピーカーからは相当離れてしまったので、車両から流していた。

ハイウェイからはかなり距離を離すことができた。あともう少しだ。


第二のポイントは、谷底というよりも岩山の隙間のような所だった。

川が近いため、荒野エリアよりも下草も樹木も多い。岩山も切り立ってはいるが、上部に細々と木が生えている。通常は人が通る場所ではない。

追い立てられたアルマムース達は小グループもいつしかまとまり、暗く影を落とした岩陰の前で留まっていた。

先に進むのを躊躇している。どうしても引き返したいようだが、群れの右手と左手に配置した装甲車とにらみ合っている。

俺は車上から離れ、崖に張り出した岩の上に膝をついて様子を眺めた。

「環境は悪くなさそうに見える。だが気乗りしていないようだ」

「ここから先はA-2の群れの滞在地点の一つです。放棄する要因は事前にはありませんでした。

直近で状況が変わったのでしょうか。ここでこちらが深追いして、場所を荒らす様子を見せなければ、逃げていくはずです」

ミスティーが答えた。

「散々驚かしたせいにしても変だ。それ以外の理由があるかもしれないな…」

「敵意を感じる。これ以上刺激したらだめみたい」

ペネロペもコメントした。もはや彼女は歌っていなかった。

ゾウのような獣たちは、不満そうなうなり声を時々上げつつたむろしていた。

麻酔銃を目撃していることもある。街が危険だという事は十分叩き込まれているとは思うが、放置もできない。

「もう、街には近づかないと思う。でもおさまりが悪いかな。別の街になだれ込んでも良くない」

「同意見だな…それにこいつは…」

リックが真剣な時は、実際に何かをつかんでいる時だ。

「何か嗅ぎつけてるのかい?リック」

リックはわざと鼻を鳴らしてスライダーに応答した。

「ああ。文字通りでも、両方ともな」

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