第21話 誰かの為の家族ごっこ

「ギヌスっ!?」


 フィンはアスランを庇う様に前立つ。

 何故この世界にギヌスがいる?

 有り得ない筈だ。このゲームの中に、ギヌスと言う男の存在は何処にもなかった筈。

 なのに、何故?


「見覚えのある制服と場所だと思ったら、お前らもいるのな。また転生したかと思っちゃったよ」

「貴様っ!」

「いやいやいや。そんなに敵対する事ないだろ。俺も来たばっかりだし、何も悪い事なんてしてないし。前世はごめんねって思ってるし」


 ギヌスは両手を上げながら笑う。

 フィンは顔には出さずに心の中で舌打ちをした。

 今、転生と言ったな、コイツ。

 それは即ち、ギヌス自身もフィン達同様外の世界から連れてこられた事を示す。

 大方、フィン達の会話を隠れて聞いていたのだろうに。

 そして、フィン同様ギヌスもゲストキャラと言うわけだ。

 一体、どうやって?

 セーラが連れてきた……、可能性は残念ながら低い。

 あの時代でギヌスはこのゲームの存在を知らなかった。このゲームが家になければ、セーラだってどう呼び込めると言うのか。

 不可能に近い。こんな所で彼女の無実の証拠を掴みたくはなかった。流石に展開が早すぎる。


「それに、お前らもこの訳の分からない世界に転生してきたんだろ? 今度は皆んな仲間じゃん?」

「よく、そんな口が聞けるな。お前がしでかした事を此方が忘れても許してもない事と言うのにっ!」

「熱くなるなよ。切っ掛けがなかっただけだろ? 殺し合って別れただけだし、タイミングがな。俺も謝るからさ。ほらほら、仲直りの握手しようぜ。俺、困ってたんだよね。助けてよ」

「はぁ?」


 何だ、このゴミ虫は。反吐が出る。


「俺だけここの生徒じゃないから簡単に校舎内に入れないしさ。ここ数日ずっと野宿だぞ? 困ってるんだって」

「……汚ねぇな。普通に私に近づかないでくれる? 不衛生野郎は精神的にも物理的にも無理だから」

「だから、助けてくれって……」

「フィン、少しどいてくれないか。俺は大丈夫だから」


 アスランがフィンの肩を掴む。

 そこに怯えた気配はない。

 それだけ、アスランが過去と決別したと言う事だろう。


「アスラン、久しいな。兄様だぞ〜?」

「兄様……。本当に、兄様なんですか……?」

「うん。お前をボロ雑巾の様に捨てようとした張本人だけど?」

 

 フィンの舌打ちが聞こえる。

 次こそは聴こえる様にだ。

 無理もない。

 ギヌスには反省した色すら見えのないのだから。


「兄様……。良かった。あの時の兄様なんですね?」

「アスラン、正気か!? 何が良かったんだ!? 何も良くないだろ!?」


 フィンが間に入ろうとすると、アスランは手でそれを制す。


「いや、良いんだ。俺は会いたかったんだ。兄様に」

「はぁ!?」


 それこそ正気か!?


「俺も、お前に会いたかったよ、アスラン」

「兄様、剣をどうぞ」


 そう言って、アスランはギヌスに剣を差し出す。


「お? アスランはそっちの冷徹と違って、ちゃんと兄様を敬える偉い子じゃん」

「ええ。勿論です。いつでも、兄様は俺の真ん中にいた。そして、今も。だから……、今から排除するんですよ。兄様、俺と戦ってください。俺は、アンタを倒してから心置きなく死ねる様に」

「……は?」


 剣を受け取ったギヌスの顔が歪む。

 成る程な。

 フィンは正気を疑ったアスランに心の中で静かに詫びた。

 恐らく、ここで一番の冷静さを保っていたのはアスランである。

 そして、ここで一番の復讐心を燃やしていたのも、彼だ。


「ずっと、心残りだった。自分の真ん中に居座ったアンタを倒せれない事だけが。それが、死ぬ直前で報われる。俺はこのために、この世界に来たのかもしれない」

「おいおいおいおい。実の兄に向かって、どんな感情だよ」

「実の弟を殺そうとした人に言われたくはないです」

「ああ、そんな事もあったな。それは、お前が邪魔になったからって理由がちゃんとあるだろ?」

「ならば、俺も。アンタが邪魔って言う理由があるだろ?」


 アスランは剣を抜いた。


「……フィシストラ、止めなくて良いのか?」


 ギヌスは剣を抜かずにフィンを見る。

 しかし、フィンは何もしず腕を組むだけ。


「はぁ。薄情な世の中になったもんだな。まあ、いいよ。俺が勝ったら、俺の言う事を聞いて貰う。それでいいか?」

「何でも。アンタはここで死ぬんだから」

「強気ー。まあ、いいや。受験勉強漬けの日々のストレス発散にはもってこいだろ。相手ぐらいしてやるよ」


 アスランは漸く剣を抜くと、アスランの方に剣を向ける。


「じゃ、よろしくお願いしまーす」


 フィンは考える様に自分の唇を触った。

 本来なら、アスランを止めるべきだろう。

 だが、状況的に止めるのは随分と惜しい。

 ギヌスの今の実力が分かる絶好の機会だ。あの頃のような強さは流石にないとは思うが、危なくなったら死ぬ気で止めればいい。その前に、今の実力を知っておきたい。

 聞く単語は現代のものだとすれば、ギヌスもフィンと同じ時代から渡ってきたのは間違い無いだろう。

 受験と言っている所を見ると、高校三年生、ぐらいだろうか?

 男子高校生の実力なんざ、聖騎士団長様と比べれば屁でもないだろうに。

 逆にアスランがギヌスを討つ分には構わない。是非とも好きにやれ。

 前世では自分が積年の恨みを晴らしたのだ。次はアスランの番でいい。

 そう、思っていた。

 ギヌスの力を見るまでは。

 

「な……」


 ギヌスの気抜けた掛け声と共に出た一撃は、あの頃を彷彿とさせる強い打撃。

 アスランは咄嗟に両手で受けるが、打撃を受けて沈み切った剣は次に動けるわけがない。

 そこを欠かさず、ギヌスは素早い動きで打撃を刻んでいく。

 アスランは防ぎ切るも防戦一方。

 

「何でだ!? 何で、お前弱くなってないんだ!?」


 思わずフィンが声を上げる。


「は? 何で弱くなるんだよ」


 可笑しい。

 だって、フィンは……。

 自分は……。


「確かに大人の腕力は死んだし、素早さのパロメーターも下がった感じするけどさ。それだけじゃん」


 ギヌスは、そう言って、次付きに技を繰り出して行く。


「おいおいおいっ! 受けてばっかりでどうすんだ!? アスラン! お前強くなったんだろ!? 俺に本気でかかってこいよ! 聖騎士団長様よぉ!」


 アスランは、丁寧にギヌスの技を受けてはいる。

 確かに、守ってばかりには見える。

 しかし、弱体化した今のフィンにはアスランがよく分かる。

 きっと、昔のフィンならばギヌスと同じ事を思っていた事だろう。

 そうだ。

 違う。

 アスランは本気だ。

 本気だがらこそ、受ける事しか出来ない。

 どの一打も受ければ致命傷になるからこそ、丁寧に受けるしかない。


「アスランは体がデカい分的がデカい……」


 フィンはくっと歯を食いしばると、近くにある小石をギヌス目掛けて全力で投げつける。

 死角を狙っている。

 避ける事も難しい。その筈なのに。

 なのにも関わらず、ギヌスはフィンの方をチラリとも見ずに片手でその小石を受け止めたのだ。


「二体一か? 懐かしいな。お前らが子供の頃、こんな風に遊んでたっけ」


 そんな記憶、捏造だろ。

 フィンは舌打ちをしながら近くにある枝を拾い、ギヌスの足を狙いに飛びかかるが、ヒラリと避けられてしまう。


「おい、フィシストラも何遊んでるんだ? 俺と戦うならあの時みたいに本気でこないと」


 瞬発力が弱い。

 素早さが極端に低い。

 今、フィンが出せる実力で、あの時の様にギヌスに一打すら与えるのはかなり難しい。


「フィン、邪魔をするな! 俺は……っ」

「安心しろ、アスラン。私が邪魔をした所で、ギヌスには二人合わせても足元にも及ばないさ。精々、虫が前を飛び回ってるぐらいの認識だろ」

「フィン!?」


 何故だ。

 何故、ギヌスは、あの時の強さを持ったまま転生しているんだ。

 フィンはギロリとギヌスを睨みつける。


「……あれ? これ、マジだったりする奴?」

「一々人様の癪に触れないと死ぬ病気か?」

「嘘だろ? アスランは聖騎士団長になったんだろ? お前は俺を殺した実力を何処に置いてきたんだよ」

「逆にお前はその強さを何処で拾ってきたんだよ。死んだらリセットされるだろ?」

「された、された。お陰で県大会止まりの推薦枠には微妙な結果になったけど」

「……じゃあ、何で……」

「俺は俺を知ってるからだよ。ギヌスとして生きた月日は長いけど、元々は長篠優人として生きてた訳だし。出来る事と出来ない事に切り分けて考えられる」


 長篠……?


「俺は平々凡々の真ん中を生きてきたけど、俺はここで気付いたんだよ。俺は、今の時代には必要ないものしか持ってなかった。でも、人を殺す、ただそれだけの技術を考えるのだけは最高の分類だって」


 ギヌスはアスランの剣を弾き飛ばし、同時にフィン動きを制して蹴り飛ばした。


「お前ら、相変わらず弱いな」


 圧倒的な実力差に、最早二人は声も出ない。


「フィシストラは頭で考えすぎるし、アスランは相変わらず慎重すぎる。お前は図体がデカイんだから、慎重になる分動きが鈍いんだよ」


 そして、ギヌスはあの頃と変わらぬ顔で二人に笑顔を向けた。

 まだ、学園長の手は伸びず、ただただ主人公になれると信じていたあの頃の様に。


「本当、お前ら変わってないな」


 フィンとアスランは目を合わせて、ふっと笑った。


「相変わらず兄様は強いですね」

「ああ、変わらないな」

「……お前ら」

「先程は俺の我儘に付き合ってもらって有難うございます。兄様の勝ちですよ」

「仕方がない、お前の望みを叶えてやるよ。ほら、剣を返せ」

「ああ。俺たち、色々あったけど家族だもんな。また、元通り、仲の良かった兄弟の様なあの頃に戻れるんだな」


 ギヌスはフィンに剣を渡すと染み染みと二人の顔を見た。

 その瞬間、二人の顔つきが変わる。


「んな訳ねぇだろっ!」

「剣技は譲りますが、終わってないんですよ! こっちは!」


 ギヌスから剣を取り上げ、二人は重い思いにギヌスに拳を埋める。

 剣は勝てない。

 だからどうした。

 だったら殴って泣かせる。それだけだろ、ここの一族は。


「ちょっ!? 何で!?」

「何でじゃない! 殺されかけた恨みがそれで晴れるとでも!?」

「お前だけ強いままなんてふざけんなよ! 一緒に死んだくせになに清々しい顔してんだ!」


 こうして、フィンとアスランの二人の気が済むまで、三人は拳を交える事になるのだった。




「お前、剣ないとクソ弱いな」

「こ、拳なんて聞いてねぇぞ! アスランとの体格差考えろよ!」

「兄様、大丈夫ですか? 沁みるところがあれば重点的にするので言って下さいね」

「口の中切れてるから、口内に石鹸でも注ぎ込むか?」

「お前ら、本当変わったな!」


 ここはアスランの寮の部屋のバスルームである。


「変わってないのはお前の馬鹿な脳みそだけだ。油断して死んだのに何も変わってないな」

「いい感じに和解しただろ!?」

「俺はスッキリしましたよ」

「お前はこんな子じゃなかった!」

「いい子じゃないか。お前の勝ちを認めて、お前の望みを叶えてあげてるんだから」


 ギヌスの願いは、宿と制服の貸し出しである。


「二十のおっさんがコスプレとか笑えるな」

「そんなこと言ったら、アスランなんて三十超えてんだろ?」

「アスランの外見は学生なんだから問題ないだろ?」

「一緒にしないで頂きたい」

「いいんだよ! 大体、俺若く見えるし問題ないもん」

「脳みそはクソだもんな」

「外見にも現れるわけですね」

「クソじゃねぇよ! お前らの方が今はクソ!」

「そんな事言ってるから、お前部活でも嫌われたんだよ。お前だけグールプ外されたりしてたの忘れたのか?」

「はぁ!? あれは、アイツらが……、は?」


 ギヌスがフィンを見ると、フィンは笑顔で中指を立てながらギヌスに軽い会釈をしながらこう言った。


「サボりまくって大会ぐらいしか出ないクソ先輩、ちーっす」

「……お前、どうしてっ!?」

「さぁーね。お前の悪名高すぎだからじゃないか? 反省しろよ、反省を。あんだけ部活サボって成績悪いとか最早奇跡の馬鹿とか言われてたぞ?」

「フィシストラっ!」

「だから、そこだよ。何回言えばわかるんだ? 私はフィシストラ・テライノズじゃない。フィンなんだよ。お前と違ってとても賢いアスランは一回で覚えたぞ?」

「……分かったよ、フィンね! フィン! はい、覚えた! 賢い!!」

「馬鹿の極みみたいな事言うな」


 バスルームの椅子に座りながら、フィンはため息をつく。


「で、話は戻すが、本当に寝てたらここに来たのか?」

「本当だよ。犬の散歩から帰って寝たらここにいた。しかも、外だぜ? 何もない草っぱら」

「アスランは……」

「俺は起きたらこの部屋に居たよ」


 何かルールでもあるのかと思ってみても、二人の共通点はない。


「そうか……」

「俺はそれよりも魔法騎士の方が気になるな。フィンは何も調べてないのか?」

「ああ。今は、下手に動けない」

「何で? 弱いから?」

「は? お前の粗末なしめじをここで切り落としてやろうか?」


 フィンはギヌスから返された剣を持ちながら睨みつける。

 自分で言う分にはいいが、どうやら人に言われるのはダメな様だ。


「冗談だって。他に何か理由でもあんの?」

「……そう言えば、魔法騎士が知り合いだって言ったなかったか?」


 アスランはフィンを見た。

 フィンは覚えていたかと軽いため息を吐くと、コクリと頷く。


「恐らく、知り合いだ。そして、向こうも恐らく転生者……、記憶がある。それ故に出来れば、こちらの動向を知られたくない」


 そして、最悪な事に既にマークはされている。


「此方が彼方に気づいた事含めてな」

「成る程……。確かにフィンが動けば、知り合いならばある程度の事はわかってしまうのか」

「クソみたいな腐れ縁だが、なんだかんだと長い事付き合いがあるからな」


 恐らく、フィンが動けば彼方も動くとこだろう。


「フィンが俺にあっているのも気付いてるのか?」

「恐らく。だが、アスランと会うのには理由があるだろ? 家族だからな。彼方がどう思うかは知らんが、ある程度は親密で家族感を出した接し方をお前にしてるつもりだよ」

「わ、分かりにくい……」

「何でだよ」

「ふーん。ならさ、フィンの代わりに調べれる適任な奴が一人いると思うんだけど?」


 ギヌスがフィンを見る。


「……おいおい、まさかお前、自分だと言い出さないだろうな?」

「そのまさか」


 ギヌスは立ち上がりフィンの前に立つ。


「お前を助けてやるよ、フィン」


 そう言って、ギヌスが笑った。



次回更新は12/2の12時ごろになります。

今回は遅くなり申し訳ないです! 次回もお付き合いしていただけたら幸いです。



 

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