第20話 誰かの為の歯車

 ここは、僕の夢じゃ無い?


「ローラっ! どうなっているんだ! 君は、また、また何か知っているんだろう!?」


 今にでも馬乗りになって私の首を絞めそうな形相だな。

 流石に、こいつに殺されてゲームオーバーは私的にはバッドエンドを通り越して胸糞が悪すぎる。

 それにしても、何かあったのか?

 この能天気な脳みそに会心の一打を喰らわせる何かが。

 あれだけ警戒していたフィンが何の情報も得られていないとなれば、事故か? 何か事故が起きたのか? 時間はそれ程経っていない、と?

 いや、まあ今はそんな事はどうでもいいか。

 先ずは目の前の王子の処理が最優先だろ。

 果てさて、何かに気付いた王子に私はどうでるのが正解だ?

 王子の対応は追々と考えていたから、何の対策も取ってはいない。

 怯えた令嬢で対応するか?

 それとも、毅然とした態度で煙に巻くか?


「ま、いいか。考えるだけ時間の無駄だな」


 私は打った腰を摩りながら立ち上がる。

 殺されなくても、馬乗りになられるのは御免だからな。


「ローラ?」

「何か問題でも起きましたか?」


 王子に用事があるのは私の遺体を破棄する事ぐらいだ。

 この世界での立ち回りに感じてはこのイレギュラーは除外してある。

 制御出来んものを無理矢理制御下に置こうなんざ、計画とストレスからくる胃痛で胃の両方の破壊が約束されてるもんだろ。


「君は……、君はまた一人で何かをしようとしているんだろ!?」

「質問の答えになってませんよ。私は何があったかを聞いてるんです」


 まったくもって、質問と言うものを理解していない。

 ルールを守りたまえよ。


「君は、君はっ! あの時の様に……っ!」

「興奮するな。質問に答えるつもりが無いならば、私も答えない。王子、これは知識と情報の取引だ。わかるか? お前が欲しいと言うものを私は持っている。私が欲しいものをお前は持っている。なにもお前だけが不利益を被れよと鬼の様な事を言ってる訳じゃ無い。少しは冷静になって考えろ。弟王子であるランティスは出来ていたぞ?」


 お前の地位に怯える世界じゃないんだぞ、ここは。


「ラン、ティス……」

「お前の弟だろ。昨日話したばかりだったのを忘れたか?」


 まあ、その後の私の死体所持案件の方が衝撃はデカかったから忘れる気持ちも分からなくはないが、それはあくまでも私の立場での話だからな。

 逆にお前もそれで忘れたと言ったら張り倒す。


「都合のいい夢なんて、矢張り何処にもないじゃないか……」

「何だ? 都合が悪くなったから夢じゃないと?」


 ん? となると、適当に誤魔化した方が何かと効率良かったのでは?

 選択肢を失敗したな。これは。


「あー。まあ、夢なんて深層心理の話ですし、都合が悪くなるのも夢ですし、アレですよ、アレ。たまに見る怖い夢もあるでしょ? アレみたいなもんですって」


 今から方向転換出来るか?

 丸め込めるか?

 適当にそれっぽいこと言えば、適当に向こうが勝手に勘違いしないかな。


「そんな訳がないだろ!?」


 しねぇなぁ。

 まあ、したらしたでこの国ヤバいなってなるもんな。


「ここは、夢ではないだろ?」

「貴方がそう思いたいだけでは? 夢ではない証拠なんて何処にもないでしょう? 現に貴方は寝て起きたらここに居たと証言してる」

「でも、これは、夢ではないっ! そう、タクトが言ったんだ!」


 は?


「タクト?」

「彼が僕にそう伝えた!」

「ちょっと待て。お前、タクトに会ったのか!?」


 タクトはこの世界に存在しないはずだぞ!?


「それこそ、夢だろ!?」

「夢が白昼に動くものか!」

「馬鹿言え! この世界にタクトは存在しないっ!」

「そんな訳がないっ! 現にタクトは僕の前に現れて……」


 何を言っているんだ。この王子は。

 そんな事はあり得てはならないだろ。


「あの時の姿のまま、あの時の声で、僕に……」


 ここは、ゲームの中だ。

 現実じゃない。

 幽霊なんてものは存在する訳がない。


「タクトが言ったのだ……。何故、ランティスの遺体をそのままにローラを助けたのかと……」


 王子はまるで独り言の様に呟く。


「何で……。何で、知っているんだ……。何故、僕を責めるんだ……っ!」


 は?

 おいおいおいおい。

 こいつ、今……。


「王子、失礼するっ」


 私はそう叫ぶと、右手を振り上げ王子の頬を叩いた。


「っ!?」

「事情が変わった。落ち着け」


 コイツが見たのは、自責の念から生み出したタクトか?

 だとすると、何故このタイミングで?

 私に会ったからか?

 私に会ったことにより、私に告白した事により、より強い自責の念が湧いたのか?

 勿論、その可能性も否定はできない。

 でも、もう一つの可能性も否定する訳にはいかない。

 もし、それのトリガーが王子だと言うのならば……。

 練り直しだ。

 計画を立て直す必要がある。

 でも。まずは……。

 私は王子の襟を引っ張り上げ顔を近づけた。


「喜べよ。お前の欲しいものを全て与えてやる。念願の、こちら側に来させてやる。そのかわり……」


 私は王子の襟を離し背を向けた。


「私の欲しいもの全てを用意しろ。これは、取引だ。一人蚊帳の外が嫌ならば、タクトの亡霊に怯えていたくなければ、私に教えろ。そのタクトの事を詳しく、な」


 少しずつ、少しずつ、歯車が狂ってきている。

 聞こえるはずもない軋んだ音が、脳内に鳴り響き忙しなく回っていく。

 果たして、なんの装置の為の歯車なのか。

 誰の為の、やり直しなのか。

 今はまだ、私には分からない。




「フィン、どうした?」


 アスランに名前を呼ばれ、フィンはアスランの方を振り向いた。


「あ、いや。何か聞こえた気がしただけだ」

「音がしたのか?」

「何というかか、カチカチと、歯が合わさる? 音が……。聞こえなかったか?」

「いや、俺には聞こえてない。それよりも、描き出した地図を早く確認してくれ」

「ああ、分かった」


 ローラと別れた後、フィンはアスランの元に向かっていた。

 要件は、この地図の件についてだ。

 流石に、この学園の見取り図は入手出来ないと判断したフィンは、アスランに頼み自分の目に映るマップを描き起こして貰っていた。


「悪くはないな」

「こう見ると、元の世界の学園とはだいぶ違うな」

「ああ。まあ、作った奴が適当に作ったんだろ? 大きさ等の細かなところは正確とは言えないが、作戦を立てるだけなら十分だ。ありがとう」

「これぐらいならお安い御用だ。お前の無茶振りには慣れているからな」

「そんなにお前を使った事は無いはずなんだかな? まあ、いいさ。それで、武器の方は如何だ?」

「フィンが言った通り、碌なものがない。騎士の倉庫に忍び込んではみたものの、比較的マシなものを二、三個見繕っては来たが使い捨てだ。お前と俺の剣技に耐えれるものではないかな」


 矢張りかと、フィンは小さく呟いた。

 そもそもが、乙女ゲーム。

 RPG等みたいに武器の種類や能力に拘った演出などしていない。

 戦闘パートもあるが、あくまでもミニゲーム要素に過ぎない。

 そんな世界観でまともな武器があるとは到底考えれなかったが、まさかここまで的中してしまうとは……。


「二、三個なのに使い捨てか……。どうするかな」

「誰かのを奪うのは如何だ?」

「天下の聖騎士団長殿の提案とは思えない賊な発言だな」

「戦になれば、余程の名剣でなければ使い捨てだろ? 続けて人を突き切るには無理がある。剣ぐらい死体から山程奪うさ」

「そりゃそうだ。がだ、倉庫がそれならマジな剣を持ってる可能性は低くないか?」

「確かにそうだが……。今のフィンには剣がいるだろ」


 今の私には、か。

 フィンはアスランの言葉に鼻で笑う。

 そうだ。昔ならば、剣がなくてもそれなりにやってこれた。

 大の大人相手でも、手があれば人は簡単に倒せれる。

 そう言う一族なのだ。

 戦で名を上げた騎士とは、そう言うものなのだ。

 結局は、如何生き延びるか。其れのみを追求するが故に、死なない為に他人を殺す。

 手段なんて選んでられない。

 選んでいる瞬間に死ぬからだ。

 どんな時でも、どんな瞬間でも、何を持って、持ってなくても。生き残るためには殺すしかない。

 フィンもフィシストラであった頃は同じだった。

 どんな状態でも、どんな時でも。

 その技術が遂行できる肉体を持っていた。

 しかし、今はそんなものは無い。

 そして、何をしても永遠に育たない。

 それだけは、嫌な程知っている。


「本当に、忌々しいな。成れの果てと言うものは」


 弟弟子にこれだけ気遣いをかける程、弱いと言う事実が消せない。


「……悪くはないんじゃないか?」

「……は? 何だ? またクソ下手な慰めか?」

「何でそんなに喧嘩腰になるんだよ。いや、フィンが一度社交場に行くドレスを見たロザリーナを見て、いいなって言った事があったと思ってさ」

「あったか?」


 あの性悪女を羨ましいと思った事など生涯で一度もないはずだが?


「あったよ。フィンは、……フィシストラは、一度もドレスを着なかっただろ?」

「ドレスを? ああ、そう言えば、そうかもな」


 記憶がある限りでは女物の服は制服のみだ。

 いや、恐らくあの賭け事に首を突っ込むまではそれなりに着ていたかもしれないが、あれだけ幼ければ記憶すら曖昧になるも無理がない。

 フィンには、フィシストラ・テライノズにはドレスなんでもの必要がなかった。

 必要なのは、己を守る甲冑と、己の命を繋ぐ剣のみ。

 それ以外を纏う選択肢すらなかったのだ。


「で? 私がロザリーナのドレスを羨ましがったのが、何処で今の状態を喜べって話に繋がるんだ?」

「普通の、女の子だろ? 今なら少しだけ強い、普通の女の子でいられる。お前があの時望んだ普通が、手に入るんだぞ?」

「そんな事か。アスラン、お前は昔と何も変わらずお人好しだな。本人さえ忘れてる他人の夢なんぞ大切に抱えて」

「でも」

「それに、私の夢はもう普通の女の子なんてものでは無くなってしまったんだよ」


 フィンは芝生に倒れ空を見上げる。


「あの人の笑顔を曇らせない力が欲しい」


 いつの時代も。

 どんな時でも。


「あの人の迷いを全てを全て斬り捨てれるだけの力が欲しい」


 隣に立つ理由が、欲しい。

 今の自分には何も無い。

 守る事も出来ず、願いを叶える力もなく。

 ただただ、無意味に隣に立つ。


「それは、ローラの事か?」

「だから、様をつけろ。……はぁ、そうだよ。あの人、私に友達だと言ったんだ」

「いい話じゃないか。お前を受け入れだ末だろ? ローラらしい」

「冗談じゃない。私は、友達なんて要らないし、なりたく無いんだよ」


 そんなものは要らない。

 友情なんて、そんなもの。

 他の奴にくれてやれよ。


「何でだ? 友として認めて……」

「騎士だ。私はあの人の騎士なんだ。友達でも何でもない。支えるべき主人であり、取るに足らない足場でしかない。あの時代の様に……」


 消えない理由が欲しい。

 友情なんてあやふやなモノなんて、欲しくない。

 絶対的な立場を確立した居場所が欲しい。

 隣から離れなれら無い理由が欲しい。

 あの時は、そうだったのに。

 騎士だった。あの人だけの騎士だった。あの人が望めば生きると死ぬも全てを捧げて許された。

 あの人の無くなった腕にもなれた。

 隣にいる理由が、あった。隣に居なければならない理由が。

 なのに、現世は如何だ?

 友達? 友情?

 そんなあやふやなものを如何信じろと言うのだ。

 バイバイ。またね。別れの言葉の後、貴女から連絡がくる保証が何処にある? また会えるのは何日後? 一年後?

 隣に居たい。

 でも、今のフィンには理由はない。

 それこそ、あやふやな友情、それだけだ。


「あの時代の様に、あの人の隣にいた理由が欲しい……」

「……あの時代の方がよかったなんて、迷いごとだ」

「それは、血で血を洗う事が当たり前だからか?」

「ああ。命の保証なんてどこにもない。王のために剣を取り、国の為にある命しか、俺達騎士は持つことを許されない。俺は、お前に聞いた未来が随分と羨ましいよ」


 元々争いを好む性格ではないアスランは、いくら自分を支配していたギヌスがいなくなったとは言え、あの時代を快くは思わない。

 騎士団長にまで上り詰めたとは言え、所詮は戦の駒でしかない。

 守れない命を余りにも彼は多く見過ぎた。

 心優しかった少年には、余りにも過ぎたる景色を。


「それは、無い物ねだりだ。私も、お前も」

「そうかも、な」

「人は争うし、騙すし、殺す。いつの時代も人がいれば当たり前のように起こる事だ。何も無くなった訳じゃない」

「でも、自分が人を殺さない選択は出来る」

「出来ても、殺される選択は無くならない。普通の女の子の様に、綺麗なドレスを着て、穏やかなお茶会や煌びやかな舞踏会に参加したいと思っていた哀れな血濡れた日々を送っていたフィシストラ・テライノズ嬢はその時初めて知るんだよ」


 人は変わらない。


「力こそ、自分の全てだったと」


 何も変わらないのだ。

 例え、生きる時代が変わっても。

 世界が変わっても。

 名前を変えても。

 フィシストラ・テライノズはフィシストラ・テライノズにしかなれない。

 血濡れた道を進むしかなかった、自分にしか。なれないのだ。


「まったく。アスランのせいで余計な事を喋っては時間を無駄にしたな」

「何だよ。珍しく色々と離してくれると思ったのは俺のせいか?」

「他に誰がいるんだよ。いい加減話を戻すぞ。とりあえず、剣は優先的に私が使う。現状はそれしか方法が思いつかないな」

「ああ、構わない。俺はある程度自分の身一つで何とかなるだろうな。幸い、この世界の騎士はどうも腑抜けている様に見える」

「聖騎士団長殿にかかれば、一騎士生徒なんてどれも腑抜けて見えるだろうよ。問題は……」

「その魔法騎士とか言う奴だろ?」

「ああ。全くもって、全容が分からん。どの程度の魔法を使うのか、過程していいのかもわからん。正直、この会話だって魔法で盗聴されててもおかしくは無いと思う」

「なっ!」

「可能性の話だ。本当にそうだとは限らんし、今慌てたところでどうしようもないだろ? それに、こんな会話を聞かれたぐらいで、相手の出方が変わる程の剣技は持ち合わせていないだろしな。今の私でも、剣の技は此方の方が上だ」

「断言するな」

「そりゃ、な。恐らく、彼奴らは私達の知っている誰かなんだよ」


 フィンは目を細める。

 あの甲冑には見覚えはない。

 ローラには嘘を吐いてはない。

 しかし、あの体格。騎士故に、いや。甲冑を着て日々戦ってきたフィンには甲冑の中の体格や歩き方である程度、どの様な体格で戦い方をするのか大凡の判断はつくのだ。


「俺たちの?」

「ああ」

「まさか……、ギヌスかっ!?」

「いや、それはない」


 フィンの声ではない男の声が、後ろの茂みから聞こえて来る。

 それは、二人にはよく知った声色だった。

 二人は息を呑み、後ろを振り返ると、そこには……。


「だって、俺はここにいるからね」


 そこには、このゲームには存在しないキャラクターであるギヌスが立っていたのだった。




次回は11/18(水)更新となります!お楽しみに!

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