第22話 誰かの為の死体の行方

「死体掘りの王子、か。中々良き題材だと俺は思うよ」

「クソみたいな童話の題名の話かしら?」

「クソかどうかは書いてみなきゃね?」

「小説の話なんて誰もしてないわ」


 私はうんざりした顔で月明かりの中リュウを睨む。


「別にいいじゃないか。死体は所詮物だろ? 拾った人間がどうしようか構わないじゃないか。もう君は持ち主でも何でもないのだから」

「現代にはゴミ袋を漁ればプライバシーの侵害だし、持ち帰れば占有物離脱横領罪になる。それに……」


 それよりも、なによりも。


「普通に気持ち悪いだろうに。感覚的には下着泥棒と同じだ」

「ははは。死体が下着とは君らしな」


 リュウがあっけらかんと笑うが、今の私には笑えない。

 不愉快極まりないんだよ。こっちは。


「感覚が分からない。大体、あれだけ嫌っておいて、いや、目の敵にしといて手のひら返しすぎじゃないか? 死体になる前にもっと人権を守れよ」

「死体になった今も守られてないのだから、それはそれで一貫してるんじゃないか?」

「リュウ、褒めるんじゃない」


 そこは一貫した所で嬉しくもないわ。


「でも、不思議だね」

「そうね。死体なんて持ち帰る人間の神経はいつも不思議でしょうよ」

「そこじゃないよ」

「何? 他に何か?」

「弟君の死体は?」

「え?」

「君が愛する弟君の死体はどうしたんだ? いや、より言えば、あの悪魔の死体も」

「学園長と、ランティスの死体?」

「王子だろ? 不思議じゃないかい?」


 私はリュウの言葉に首を捻る。

 ランティスは、確か私を抱き締めるように亡くなった筈だ。王子も、ランティスの死体は確認している。

 確かに、私の死体と共にあったのだろう。


「いや、死体を持ち帰る方が不思議ですけど?」


 だから、それがなんだと言うのだ。


「君って意外に自分が意図せず渦中に居ると、冷静に物事が見えないタイプの人間だね」


 リュウが少しだけ楽しそうに笑う。

 何だ、それは。


「揶揄ってる?」

「そう見えるかい?」

「少なくとも、楽しそうだ」

「そうだね。好きな人の意外な一面を垣間見ると男は喜んでしまう生き物かもしれないね」

「訂正だ。リュウ、貴方は揶揄ってない。馬鹿にしてるんだ」

「してないよ。心外だな。だけど、少しばかり冷静さを掻いている事に対しての心配はあるかな」

「話が見えない」

「なら、思い出して。王子とランティス、王子と学園長の関係を」


 関係?


「家族、血族だよな?」

「もっと、簡略化して。例えば、王子とランティス。あの二人をみて、君はどう思う?」

「どうって……、仲の良い兄弟だと思っていたが?」


 ランティスと王子の仲は誰が見ても仲睦まじいものだったと思う。

 兄を慕う弟に、弟を信頼する兄。

 王子は多少、ランティスに過保護過ぎる懸念も……。


「ランティスの死体はどうなったんだ……?」


 ふと、私の口からポロリと言葉が溢れた。


「そうだよ。そこだよ」


 リュウが拍手をしながら顔を上げた。

 やはり、小馬鹿にしているじゃないか。


「あれだけ、仲の良かった彼らだ。弟の死体はどうしたんだろうね。少なくとも、君の死体の近くにはなさそうだ」

「ああ。私の死体よりも王子は弟の死体を優先する人物だった筈だ」

「寧ろ、君よりも彼は尊敬していた叔父上よりも優先度が低い筈だと思わないかい?」

「確かに」


 しかし、私は王子の口から二人の死体の続きは聞く事はなかった。


「何で、私なんかを?」

「さあ? でも、僕はそれが不思議で堪らないね」


 夜の図書館でゆっくりとページを捲りながらリュウが横目で私を見た。


「そうだ。一つだけ、いい事を教えてあげよう。君が亡くなった後で、ある噂が城で囁かれる様になったんだ」

「まだ、何か?」

「まだアリスが王子と御婚礼される前の話だがね……。王子には側室がいたらしいよ」

「側室?」


 私は顔を顰めた。

 なんだ、そのおかしな話は。


「御婚礼前なら、そいつが正室になるべきだろ?」


 正室がいないからこその側室だ。

 側室が先にできることなど、まずあり得ない。

 まあ、アリス様以外を娶るとはいい度胸がある様だなとは思うが。


「そうだね。でも、正室にはなれない様だが、毎晩彼はその側室と共に枕を並べていた様だよ。さて、なんで正室にはなれないんだろうね?」


 あ。

 私はまた、顔を顰める。

 今度は心底毛嫌いをする様に。


「どうやら、俺と同じ事を考えてくれたようだ」


 この話の流れで同じ事を想像出来ないとするのならば、それはただの馬鹿だろう。

 どうせ、その側室は死体なんだろ?

 私の。


「もっと気持ち悪くなった」


 不愉快ここに極まれだ。


「下着泥棒と同意義だったんだし、仕方がないね」

「最悪だ」


 想像するだけでうんざりする。

 死体を側室? 正気の沙汰か? いや、そもそも死体を持ち帰り自分のベッドの隣に並べるのだから最初から正気なんてあったものではないだろう。

 それでも、流石に側室扱いは正気を疑う。

 あり得ない。

 人道的も、私の感覚的にも。全てにおいて、あり得ない。


「ある意味、本家だと言うのに側室だから?」


 揶揄う様にリュウは笑うが、最早冗談にもなってないだろ。

 元婚約者、元正室候補。

 元がついてるんだから、それ以上も以下も要らなくないか?


「嫁にカウントされる自体が理解できんと言う話だよ」


 あの爆発で全て燃えてくれれば良かったのに。

 本当に学園長は忌々しい事ばかりしてくれるな。いっその事こと、木っ端微塵にするぐらいやれよ。中途半端が一番質が悪いんだ。


「でも、不思議な事にね。ある日ピタリとその噂が無くなったんだよ」

「あ?」

「不思議な事があるもんだ。それから程なくして、彼はアリスと御婚礼を交わす事となる」

「死体を、捨てたのか?」

「捨てたら捨てたで噂にならなきゃ可笑しくないかい? なんせ、側室の死体だよ? その手の噂は広まるのに事欠かない事を俺たちはよく知っているだろ?」


 リュウは笑って、視線をまた本に戻した。


「不思議、だろ?」


 まるで、御伽噺を綴るようなリュウの口調に、私は思わずため息を吐く。

 関わりたくないと言うのに。


「ヒントをどうも」


 そんな助言をするだなんて。

 彼にも思うところがある様だ。

 頭を掻く私に、リュウは呆れた声を出す。


「ヒントだって? まさか。これは、答えだよ」


 そして、リュウは独り言の様に笑うのだ。

 君の独り占めは、許されないからね、と。

 本当に、ローラ・マルティスという女は何処迄持っていれば気が済むのか。あの醜い顔で。

 同じ醜い顔だと言うのに。安田潔子とは大きく違う。

 ああ。本当に忌々しい。




 リュウがあの晩言っていた様に、どうやら王子はあの墓標に、自分の弟を置いてきた様だ。


「何故、それをタクトが知ってるんだ……?」


 私は腕を組み、王子を見る。


「タクトは、全て見ていたんだ……」


 そんな筈はない。

 タクトは死んだ。

 あの世界のタクトは死んだのだ。そして、私の時代にフィンやランティス共々転生を果たしている。

 見ている筈も、知る筈もない。

 矢張り、タクトは王子が作り上げた幻想なのだろうか。


「ランティスは、僕を憎んでいる……」

「あ? お前……っ」


 私は王子の襟を掴み上げて頭突きをかます。

 巫山戯るなよ。


「寝言は寝て言え。ランティスは、そんな男じゃないっ!」


 彼は一度も、私に対しても王子の事を恨む様な言葉は使わなかった。

 彼は、割り切っていた。割り切れるものではないものを、自分の中であの救いがない時代を、どれだけの時間と自制を持って受け入れたと言うのか。

 何故、それが分からないっ!


「勝手に、ランティスを作り上げんなっ! そもそも、死んだ人間がその後のことを知るわけがないだろ!? 知れるものなら、まず死体を掘り起こされた私がお前の事を呪い殺してるに決まってるだろ!?」


 そうだ。

 タクトが知るものならば、私も知っていなければおかしい。

 何かの文献に載っているのならば、フィンも知っている筈だ。しかし、私の言葉を聞いた彼女の反応は明らかに知っている情報に対しての態度ではなかった。


「でも、彼は……」

「可能性は、一つだけある」

「可能性?」


 王子は怯えた顔で私を見た。

 そうだ。

 無視出来ない可能性が一つだけ存在するのだ。

 だからこそ、タクトが王子の作り出した幻想とは私も断言が出来なかった。


「知らない情報を手に入れる方法だよ。しかしそうなると……」


 あのフィンの行動が気になる。

 彼女は、気付いていたのではないだろうか?

 

「ローラ?」

「ああ、少し考え込んでいた様だ。一つだけ、確認してもいいか?」

「何をだい?」

「タクトは、朝寝起きが悪かったか?」

「……え?」


 王子がキョトンとした顔を私に向けるが、無理はない。

 先程の話とはなんの脈絡もない話なんだから。

 それぐらいは分かっている。

 しかし、ここで確認しなければいけない事なのだ。


「き、君はまさか、タクトをっ!?」

「タクトを? 何だ?」

「君は、ランティスではなく本当はタクトを……っ!?」


 は?


「タクトが死んだから、ランティスが……」

「おいおいおい。待て。なんだ、その少女漫画みたいな展開は。恋愛脳か?」

「でなければ、何故タクトの寝起きが気になるんだ!」

「逆に好きなら寝起きが気になると言う関係性が謎なんだが」


 何でそうなるんだ。

 こいつ、どんな状態でも面倒臭いな。


「僕は日が登る前に君の体を隈なく拭いてあげているのに……」

「はぁ!? 気持ち悪っ!」


 いや、本当に理解は無理だろ。

 なんだ、その情報。

 一生知りたくなかった情報過ぎる。


「そんな話聞いてないし、聞きたくないしっ!」

「僕の方がタクトよりも寝起きは良いっ! 僕にした方がいいっ!」

「お前のそう言うところが、私との溝を深めてるところに気づけよっ! つまり、タクトの寝起きは、悪いのか悪くないのかっ!」

「悪いし、僕の方が君を……っ!」

「それだけで十分だし、タクトの事、別に好きではないからそれ以上はやめてくれ……」


 思いため息を吐いて、私は額に手を当てる。

 死戦を共に潜り抜けた友としては好意はある方だが、恋愛と言えば別だ。なんせ、私にはランティスがいるし、タクトだって私に恋愛感情は流石に持ってないだろうに。

 しかし、そうか。

 成る程な……。

 これは些か厄介な事になっている様だ。


「王子、私の死体にどれだけ尽くしてくれてるから知らないし、知りたくもないしが、そんな事をされても私は貴方に好意を抱く事はない。もっと、未来を見た方がいいのではないか?」


 例えば、アリス様に。


「未来なら、見えている。君を、必ずこの世界から連れ戻す事だ」


 本当、人の話聞いねぇな。こいつ。

 もう、何か、突然こいつに対する全てが面倒くさくなって来た。

 こいつに割くリソース全てが無駄だ。


「あ、そう。もう、何でも良いけどさ。そもそも、私はローラだけど、ローラじゃないって言ったらどうする?」

「……君は何を言っているんだ?」


 お前がそれを言うなよ。

 だが、まあ、そんな反応にはなるよな。


「言っただろ? 全てを教えてやるって。ランティスとタクトには、入学早々に話したんだ。次は、王子の番にしてやろう」


 果たして、本当の話をすれば、王子はどんな顔になるのか。

 少しばかり気にはなる。

 そして、悪いがし暫くは餌になってもらわないと、な。

 随分と仕事が多くなりそうだ。



次回更新は12/9(水)になります! お楽しみに!

 

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