第5話 アンダーカバー

 町の中で一軒だけぽつんと建った小さな教会の外からカンカンと金槌を叩く音が、次いでギコギコとノコギリを引く音がする。

 ゴトンと材木が切り落とされ、フランチェスカは額の汗を手で拭う。


「ふぅ……ざっとこんなもんね」


 昼時の真上の太陽を手でひさしを作って眺める。


 急がないと……。


 材木に金具を取り付け、ドライバーでキリキリとネジを回す。

 出来映えを確認して「うん!」と満足顔。


 イエスは大工の子だったと言うけど、あたしの腕もなかなかのもんね!


 工具を工具箱にしまうと教会へと戻る。そろそろマザーが来る時間だ。

 少ししてからマザーがやってきた。


「ごきげんようフランチェスカ。今日も務めを果たしますよ」

「はいマザー。実は今日懺悔に来られる方が数人おります」


 予約のリストを見せる。めずらしく多いほうだ。


「それでマザー、お願いがあるのですが、私に聞き役をやらせてもらえませんでしょうか?」


 胸の前に手を組む。


「この迷える方々にぜひご奉仕したいのです」

「よい心掛けです。では頼みましたよ。シスターフランチェスカ」


 見習いシスターが告解部屋の中へ入るのを見届ける。告解部屋とは礼拝堂の壁に面しており、フランチェスカが入った部屋の隣に懺悔をする者が入って、真ん中に隔てられた壁を通して罪や悩みを打ち明けるものだ。


 あの子もついに自らの使命に自覚を持ち始めたようですね……。


 マザーが十字を切り、「アーメン」と唱える。

 程なくして1人目の来訪者が来ると、マザーの案内で告解室へと入る。


「よくいらっしゃいました。懺悔にこられたのですね? さあ胸の内を話してください」


 カーテンの向こうからフランチェスカの声が聞こえる。懺悔に来た人が悩みを打ち上げ、フランチェスカがそれに相づちを打ち、アドバイスを与える。


「ありがとうございました。話せて胸のつかえがおりました」

「神は常にあなたと共にあります。またおいでなさいませ」


 アーメンと祈りを唱える。


 その様子にマザーがうんうんと頷く。そして目尻の涙を拭う。

 その後も訪れた者にもフランチェスカは同じように懺悔を聴き、助言を与えていった。

 そして日が暮れ、夜のとばりが降りた頃……。


 最後の訪問者が礼を言って教会から出る。マザーが見送ったあと、告解室へと向かう。

 彼女はまだ出てないのかドアが閉まったままだ。


「ご苦労さまでした。立派な務めでしたよフランチェスカ」


 だが返事はない。


「フランチェスカ? もう出ても良いのですよ?」


 ドアをコンコンとノックする。だがこれも無反応だ。


「……?」


 不審に思い、ドアを開ける。だがそこに彼女の姿はなかった。それこそ煙のように消え失せていた。

 代わりにあるのは椅子の上に置かれたスピーカーと、間に隔てられた壁の格子に設置されたマイクのみだ。


「馬鹿な……! 目を離さないでいたのに逃げ出すなんて!」


 彼女は実際に目の前で告解室に入り、懺悔の聞き役を行い、一度も外に出るのを見てないというのに……!


 ふと壁のどこかからすきま風が吹いていることに気づき、そのあたりを探る。

 すると壁の一部がガコンと音を立てて外側に開いた。

 マザーはこの時悟った。彼女は告解室に入ってすぐにこの抜け穴から脱出し、部屋に設置されたマイクで話を聴き、恐らくはスマホを通して自身の声をスピーカーに流したのだ。

 そして彼女はいまどこかで遊んでいるのだろう。

 マザーがマイクを掴む。


「フランチェスカァアアア――――!!!」


 マザーの怒声が礼拝堂をびりびりと震わせ、遠く離れたゲーセンにてカーレースゲームに興じていたフランチェスカの鼓膜をもびりびりと震わせた。


「ひぃっ!!」


 目の前の画面で自車がクラッシュし、「GAME OVER」のテロップが流れる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る