第4話 LET IT GO

 教会の誰もいないがらんとした礼拝堂にてフランチェスカの歌声が響く。スペイン語だが、歌われているのは大ヒットした雪の女王を題材にしたアニメ映画の曲だ。

 氷の魔法で作られた城のなかで歌う場面のヒロインと同じように踊る。

 曲の終わりに差しかかり、くるりと金髪をなびかせてターンする。と、目の前にいつの間にかアンジローこと安藤が立っていた。


「ちは……」

「な、な、ポルケなんであんたがエスタス アキここにいるのよ!?」




 いきなりで動揺してスペイン語と日本語がごちゃまぜになる。


「スペイン語と日本語どっちかにしてください! いや日本語でお願いします!」


 †††


「にしてもあんたヒマねぇ……」


 長椅子に寝そべってゲームをしながらフランチェスカが言う。


「礼拝堂で昼寝してるシスターに言われたくないっす」


 フランチェスカの隣に座った安藤がつっこみ、「ここの静かな感じが好きなんすよ」と続ける。


「確かにね。ゲームや昼寝するには持ってこいだし」


 負けたのか、スペイン語で悪態をつくとゲームの電源を切ってごろりと仰向けになる。


「そういえばさ、アンジロー。あんたの下の名前、次郎って言うのよね? てことはお兄さんとかいるの?」

「兄がひとりいますよ。一郎って単純な名前ですけど、映像クリエイターなんすよ」


 ふーんとフランチェスカが興味なさげに。


「フランチェスカさんにも兄弟とかいるんですか?」

「あたしにもスペインに兄がいるわよ。頭の固いクソ兄貴だけど」

「そすか……」


 しばし無言が続く。フランチェスカの「ヒマねぇ……」で沈黙が破られた。


「ね、アンジロー。スマホある?」

「ありますけど?」

「その、さ。よかったらライン交換しない?」

「……え?」

「カン違いしないでよね。なにかあった時に連絡出来たら便利でしょ?」

「はあ。まあいいっすよ別に」


 QRコードで読み取り、軽快な音が登録完了を告げた。


「これでよしと」

「言っときますけど、パシリはお断りですよ。じゃ宿題あるんで俺はこれで帰ります」

「はいはい。チャオ」


 家に向かうなか、安藤はスマホのアプリを開いて登録したばかりのフランチェスカのアイコンを開く。

 カメラ目線でピースサインを取る彼女がウインクしていた。

 途端、着信音が鳴ったのでトークを開く。


「交換グラシアス! これからもよろしく!」


 ……よく考えたら、女の子からライン交換されたの初めてかも……。


 思わず口の端が緩む。


 礼拝堂にてフランチェスカはスマホを眺めていた。と、ポンっと軽快な音がした。

 安藤からの返信だ。「こちらこそよろしく」とある。

 よく考えたらこれが初めての異性との連絡交換なのだ。思わず口の端が緩んでしまう。


 アアアアアア!! なんとなくで交換しちゃったけど、こんなのカップルじゃん!!


 長椅子の上でごろごろと左へ右へ転がり、ついには長椅子から落ちた。「アウチッ!」の声とともに。

 「いったぁ……」と頭を押さえながらスマホの画面に目をやる。


 日本でのはじめての男友だち登録……か。


 んふふと嬉しそうに口の端を綻ばせる。

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