第二十二話 令嬢の準備その3

私は気になったので呪と禁忌についてすぐに聞いてみる。

グラファード様はいくつか封印された書物を取り出して調べているようだ。なにか口元を押えて考え込んでしまった。

しばらく考えた末に、教えてくれたのは相手を惑わす常時発動型のスキルなんだって。例えば怒らせちゃったり、怠けさせちゃったり……。

うーん迷惑な上にメリットが何もないよね?

これらは心眼がないと見れないらしいので、持っていることを絶対に言っちゃダメらしい。詳細でもある程度みれちゃうけどできるだけ隠してほしいそうだ。あと偽装も施しておいてくれるって。

よほど深刻なことなのかも……。


そして、私は簡単な読み書きや知識レベルを調べられた。つまりテストさせられた。小学生が習うような言葉遊びから、筆記でいっぱい問題も解いて。調合もやった。知識に関しては王城の図書室でほぼ網羅しているので、低くはないはず。


「君は随分と博識のようだ。それに意欲もある。調合もできる。この世界に来てばかりと聞いているが、順応性もいいということか。なかなか教え甲斐のある子どものようだ」


感心しているようだった。

でも同年齢ぐらいの子と比べたら追いついてないよね。でも完全に子ども扱いなのはちょっと気に食わない。ちょっと発育が遅いだけでもう少しで大人になるんだ。


今日は生活魔術しか使えない私に、簡単な魔術の基礎とそれから調合についての基礎を教えてくれるそうだ。私はメイファさんに簡潔に習ったのと図書室で独学だったこともあり、ちゃんとその背景から学んだわけではないので、しっかりと聞いて覚えたいと思う。


まずは魔術について。

本で読んだ通りの説明がなされる。

それだけじゃなくて、この地だからこそという背景を踏まえて説明してもらった。これが理解できてると今後の伸びが変わるらしい。

それからマテリアルである魔素、魔石、魔力水についての生成もできるんだって。一から作れるなんてすごいね。

魔素はこの地にあふれている空気中のエネルギー。龍脈があるこの地ではどこでも大体使えるらしい。

それから魔石は調合などの原材料になる。生命あるものを媒体に魔術陣を用いて魔石にすることができるらしい。大体弱い魔物を倒したときに放置すればただ腐るだけだけど、魔導師がいれば魔石に変える場合もあるそうだ。貴族が行くようなお店なら普通に流通してるんだって。

魔力水は水から魔術で生成するだけ。純水を作る感じ。まずはこれを練習する。さすがに本にも書いてあったからすぐにできる。


「ふむ……早いし完璧に理解してるな。じゃあ魔力循環のおさらいをしよう」


魔力循環ってあれだ。手を握る恥ずかしいやつ。

メイファさんとやった時もずっと見つめて恥ずかしかった。この美形の年上男性としたら、漏らしそう。でもちゃんと魔術を覚えないと……。

グラファード様が立ち上がり、私の席の隣までくる。

お互い向き合って、両手を恋人つなぎする。自然とお互い見つめ合う形になる。私は小さいので少し見上げる形だ。


「……っ」


グラファード様はすこしびっくりしてすぐに目を細める。優しい微笑みだから、綺麗だななんて見とれていた。

そして魔力循環が始まる。


すー……はー……。


すー……はー……。


すー……はー……。


はっ……はっ……はっ……


はっ……はっ……はっ……


ん……メイファさんとの時にはなかった、高揚感というか胸の高まりを感じる。それは切ないとか甘酸っぱいとかそういうものではなく、単純な高揚感、上気したような幸福感が上昇していく感覚。逆に相手のことが良くわかるような状態になった。グラファード様は私のために魔力を注いでくれて生命を取り留めてくれた。しかしその所為で有り得ないほどに疲労し、魔力が減っている状態なのだなと感覚で伝わってきた。

私はもう大分元気になったので、出来れば疲労を癒してあげたいなと思った。そう思って循環を行っていた。


はっ……はっ……はっ……


はっ……はっ……はっ……んっ


心臓の奥でなにか引っ掛かりを感じた。それは循環の根源をつかさどるシナプス。そこが疲弊し、傷ついている。私はできるだけそこを癒そうと、イメージしてみた。

やはりここがいいのかもしれない。疲れた解れていくような。緊張が解けていく。


はっ……はっ……はっ……


はっ……はっ……はっ……んっ


「……っん」


身体が温かくなり、なんだかお風呂に入っているような、ふわふわとしていい気分になってきた。酔っ払いってわけでもないけど、視界が真っ白になっていくのがわかる。

そして――







いつの間にか眠っていたのか、私は自室のベッドで寝かされていた。



「目を覚ましたか?」

「……はぃ…………もうしわ……ございません」

「……いや、いい」

「アイリーン様……」

「…………あ、私だ」

「ま、まだ慣れてらっしゃらないんですか」

「……クククク」


別に笑わせようとしてたわけじゃなくて、素で慣れてないだけだから。笑われると恥ずかしい……。

結局、私はまた意識を失ってしまった。ううぅ全然話が進まないじゃないの!って自分にいら立ちを覚える。



「それより、アイリーンは循環のとき何をイメージしていた?」

「グラファード様……癒しが必要……だと」

「それで?」

「癒した……いと。そうしたら……心臓悪いから……治したいと」

「…っ!!そういうことか」

「どういうことですか?」


つまり私はグラファード様の疲れをとるつもりが、慢性的な病気らしきものを回復させてしまったようだ。

聖女みたいに回復スキルなんて持ってないのにね。そして私のSPも確認してもらったら0になっていた。

単純に魔力の使い過ぎで、気を失ってしまったようだ。

自分ではどうやったかわからないから、たぶん次やってもできないと思うけどね。

なんて思ってたら、グラファードの私の見る目が変わっていた。

なんていうか……研究対象?モルモットになった気分だった……。





それからグラファード様は今日はもう休養を取るようにと、去って行った。

それから今日の残りの時間は、身だしなみをもう少し整えるとメイドたちが息巻いてる。

本当はグラファード様に会う前に整えるはずだったらしいが、割と強引に呼び出されていたようで、あとになってしまった。

これにメイドの二人は憤慨していた。それから私専用の衣装はまだかかるそうなので、まだおさがりを着ることになる。

まずは髪のかっとから取り掛かった。ここでお風呂に入る前はガビガビで、カッとしたらよけい毛先が酷いことになるので、オイルならすのに時間が必要だったそうだ。今はもう切れる段階まで来たので、櫛ですっと梳かしている。気持ちがいいけど、私の髪をちゃんと整えるとショートヘアーにならないかな?

ところどころハサミで切られてパッツンしてるから、一番短いのにするとボーイッシュスタイルになる気がする。

……


……


……


はっ!寝てた。

髪を梳かしてもらってるって気持ちいいよね。でも今は私はよだれを垂らして寝ていただらしない顔になってるはず。

ネネさんが鏡を持ってきました。


「終わりましたよ!アイリーン様」

「……ふひ?」

「こちらをご覧ください」

「……え?」


ええぇ?だれこれ?

右手上げてみると、鏡に映った人も左手を上げる。

左手を上げてみると、鏡に映った人も右手を上げる。


私だこれ……。えぇ……?


鏡に映ったのは全体的に白い。髪がきれいな銀色に輝き、後ろに三つ編みでかき揚げ2つ結びもしてある。

というか、綺麗に切りそろえて整えただけで大きくは変えなかったみたいね。ぱっつんの箇所は目立たなくなってる。

複雑な三つ編みで隠したのかな?は~すごいね。ただ前髪が短くなっちゃったから隻眼が恥ずかしい……。

それに……。


顔が以前よりすこしぷっくらとして健康的になってる……。どうこと?くすりを飲み始めてまだ間もないのに、そんなに効いてるってこと?


「…………す、すごい」

「そうでしょうとも!そうでしょうとも!!!まさに『ザ・お嬢様!!』に仕上げてみました!!」

「……もともと肌は白いし髪質は悪くなかったし、髪の量がかなり多かったので、刻まれたような箇所は目立たなくできました」

「そうそう!それから黒髪というのは、転生者以外は不吉な色で嫌悪されるので、失礼ながら魔粉で変えさせていただきました!」

「……ふひひ。髪……かわいい……ね……ありがとう……ございます」

「メイドに敬語はダメですよ?『ありがとう』です。それに呼び捨てにしてください」

「ふひひ……ありがとうマリさ……マリ、ネネ」

「「ん~~~かわいいっ!」」



うん、確かにお嬢様になってる。けどもう別人だよこれ。慣れるのに時間がかかりそう。

それに前の自分がなんだか否定された気分だ。まぁ大したものというか、特徴とかないし誰にも褒められたことなかったからいいんだけど。

この魔粉で染めた髪は遺伝子レベルで定着するらしく、変えない限りずっとこのままらしい。すごい技術だ。

前の世界にあった染粉だったら、あとから生えてきた部分と色が混ざって汚くなるのに、これはそれがないらしい。

そしてこれを開発したのがなんとグラファード様らしい。ほんとうにあの人は魔術の奇才だね。


それからメイドの二人は次に隻眼をどうするか考えているようだ。

グラファード様にお願いして魔石の義眼が良いだろうという話。そんなの入れて大丈夫なの?

その日は私の髪を整えただけでおわって、義眼に関しては明日だそうだ。







◇◇◇◇◇◇

※モコは勘違いをしています。


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