10-2『秘書Sと奴隷オークション』




 夜。

 まだ蛙の鳴き声は聞こえない宵の中、空に輝く明かりを隠すようにビル街の光がチカチカと点灯している。

 いくら世の中の暮らしが昔よりも良くなったからといっても、未だに労働の辛さは完全に緩和することはないようだ。

 この明かりの中に、何人の罪人がいるのだろう。

 何人の苦労人がいるのだろう。

 自分も罪人の癖に、そんな考えたくもない筈の事を、スーツの裾から覗かせていた。

「眠気、大丈夫ですか?」

 街にアルコールの匂いが漂い始める中、瀬田くんが僕に問いかける。

「うん、一応仮眠はしたから大丈夫」

「なら、良かったです…」

 そう言った彼の声色は安堵。

 始めての夜勤を心配してくれているのだろう。

 普段、あまり着ないスーツまで着込んでいるわけだし、緊張していると思われていても訳はない。

 だが正直、今回の任務にあまり不安はない。

 もちろん緊張感はあるが、あくまでも今回は戦闘ではなく捜査であるから気は楽だし、仕事の勝手もわかってきている。

 心配された眠気に関しても、正直、前の職場で3徹したと言う絶対に自慢したくない栄光もあるから、問題はない。

 まずは死なない。

 ヤバかったら逃げる。

 けれど、守るものは守る。

 それを改めて肝に銘じておこう…。


「あっ!セタさん!ユウキさん!」

 武装警察との待ち合わせ場所の路地裏につくと、顔見知りの二人がそこに居て、僕はさらにこの仕事に安心感を得た。

「シドウくん!ヒカワさんも!」

 子供らしく駆け出し、再会した始堂くんと挨拶代わりのハイタッチをした。

「お久しぶりッス!お元気でしたか!?」

「うん。相変わらず大変だけど、元気にしてたよ」

 久々に聞く始堂くんの後輩口調が一番嬉しい。

 職が職だからお互いに会えてはいないが、あの事件の後に連絡先を交換してたから、実は結構親しくなっていたのだ。

「ミズハラくんにお伝えしていた件、受理してもらえたようで何よりです…。お二方、今は良い結果になることを期待しています」

「かしこまりました」

 一方では、斐川さんの冷淡な励ましの瀬田さんが頭を下げて応えていた。

 斐川さんも相変わらずのようだ。


「それでは、今回の捜査作戦についておさらい致します」

 瀬田くんの一言で僕らは姿勢を正し、一斉に彼に注目した。

「まず、我々二人が鏡から内部へ潜入し、警察の皆さんに場所をお伝えする。捜査の末、黒と判断した場合、先行して攻撃を仕掛け、関係者を全員確保。これで間違いありませんね?」

「はい。先に我々が要望した通りの作戦です」

 武装警察の二人が頷いて応える。

警察こちらは、あくまでも民間の身を守らなければならないので、連絡があるまでは怪しまれないよう行動することしかできないッスけど、お二人がなにあったときにはすぐ駆けつけますからね!安心してくださいっ!」

 警察の行動理由の説明をした後、始堂くんはエネルギッシュに敬礼をする。

 相変わらず、十分すぎるほどの気合いが入っているようだ。

「はい!がんばります!」

 その熱意が感染うつったからか、僕もいつもより大きな声で張り切って返事をした。

 もう自分はそこまで弱いわけじゃないと勘違いしていたからってのもあるだろうけど、今はそういう意気込めている感覚が少し心地よかったのかもしれない。


「意気込みは良いですが、二人とも声が大きいですよ」

「「す…すみません……」」

 斐川さんの冷静な叱責に、僕ら彼に頭を下げつつ、互いに顔を見合わせて苦笑した。

「それではユウキさん、セタさん、後の事、任せます」

 斐川さんの言葉で、始堂くんは身体の向きを変え、二人で僕らに敬礼をした。

 武装警察二人の信頼を背負って、僕らは頷く。

 この闇夜の向こうにある巨悪を探るために、この信頼を踏み粒さないために。


「これより潜入捜査を開始します。新規、情報入手した場合には追って連絡いたします」


「「お気をつけて!」」


 瀬田くんの宣誓と彼らの激励を交わして僕らは別れ、各々の戦場へと向かった。

 この作戦に尽力を注ぎ、成功させるために…。

 



 警察の二人と別れてから約10分後

「……そういや、潜入捜査って言ってたけど……ここ、路地裏だよね?こんなところに本当にカジノが?」

 この時まで想像していたのは、歌舞伎町並みの大人な店が立ち並ぶ場所の中にある、以下にも如何わしい店に突入する。

 という感じだったのだが…どこを探してもそんなR-18見たいな場所や店はないし、そもそも想像している町とはかけ離れた、暗い路地裏をずっと歩いている。

 スプリミナルの仕事に置いて、もう路地裏とは切っても切れない関係になってきてる気がするけど…。

「いえ、ここにはありません」

 すると、瀬田くんは言い表せるような特徴が何もなさそうな場所で立ち止まる。

「正確には、これから現場に行くんです。あれを使って」

 彼の指す方を見ると、路地裏のどん詰まりに、微かに漏れ出す町のあかりを反射するそれが、壁に貼り付けられていた。

「鏡?」

 ふざけているのかとも思ったけれど、瀬田くんは至って真剣な表情をしている。

 なぜ、こんなところに鏡が?

 いや、それよりこんな物がなんの役に立つんだ…?

「先にトランスしといてくださいちょっと疲れるかもしれないんで…」

「は…はい…」

 とりあえず瀬田くんの言うとおりにトランスをすると、突然、彼が僕の手を握る。

「エンブレムと俺の手を、しっかり握っといてください」

「う…うん?」

 疑問は残るが、また彼の指示通りに、腕とエンブレムをぎゅっと力強く握りしめた。

 これから何をする気だ…?


「行きます…走って!」

「うぇ!?えっ!?」

 突然の合図に足がもつれるが、瀬田くんはそれに気づかずに高速で走り出した。

 体制を建て直そうとするが、力強い力で引っ張られているため、ほぼ引きずられている状態になってしまった。

「ま…まって!ストップ!ストップ!」

 僕の言葉など通じないまま、瀬田くんはそのまま、目の前に貼り付けられている鏡へと突っ走っていく。

「ちょ!ぶつかるぶつかるぶつかる!!」

 僕が焦っても、彼を引っ張ろうとしても、もう止まることはない。

 闇のなかで、鏡の中の彼と僕が迫る。

 このままだとぶつかって大怪我するんじゃ…っ!


「うわぁぁぁぁぁぁ…」




  ◆




「…ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいあいっ!!」

 しかし、僕らが鏡に顔面を打ち付けるようなことはなかった。

「ぐふぇっ!」

 瀬田くんがようやく足を止めると、急ブレーキの影響で僕は頭から派手に転んだ。

「つきました」

「ど……どこ…に?」

 ヒリヒリと痛む鼻を撫でる。

「懸案のカジノの近くですよ」

「えぇっ!?」

 辺りを見回してみると、さっきの路地裏とほとんど変わり無いように感じるが、確かに路地から漏れ出す光が先程よりも明るくて彩り豊かだし、酔っぱらい達の酒浸り声も聞こえない。

 本当に、先程とは全く違う場所に来たのだ。

「で…でもなんで!?だって、さっきまで違う場所にいたじゃん!」

「これがトランススーツ…いや、ルストロニウムのもう一つの力なんです」

 混乱する僕に、瀬田くんは落ち着いて説明をしてくれる。

「ルストロニウムは多能の元素。その特性が故に、ノーインの住まう鏡の世界を行き来する力を発揮することもできるらしいです。それを利用して、トランススーツは『人間でも鏡経由で移動が出来る』ように開発されたようです。あくまでも、リージェンと同じく移動だけですけどね」

「そ…そうなんだ……」

 突飛な現実に驚きつつも、僕は弱々しく立ち上がった。

 なるほど、トランススーツは身体強化だけじゃなかったわけか。

 ホント、凄いなこのパーカー…。

「でも、なんでピンポイントに移動ができるの?」

「それは……少し秘密です」

「そ…そう……」

 人差し指を立てて秘密を表す瀬田くん。

 自分が身に付けている装備にはいったい、あと幾つの謎が隠れているのだろうか…。

 なんか、ちょっと怖い気もしてきた。


 そんな疑問はさておいて、僕らは本来の仕事に戻るとしよう。

 暗い路地の物陰から、僕らは第三者に気づかれないようにそっと顔を出し、カジノの様子を見てみた。

 パチンコドームTK、中華・龍放、BarNody。

 目がチカチカしそうな位、派手な電光飾の看板を携えた店ばかりが立ち並んでいる。

 こんなごちゃごちゃした街なのに、夜の花菜村商店街のような酩酊した人々は一人もおらず、それどころかスーツや高級そうなコートを着こんだ、上品そうな者達ばかりが街を練り歩いていた。

 というか、まず人やリージェン達の質だけでもおかしいが、一番おかしいと思ったのは、懸案のカジノ自体だ。

 他と同様に電飾看板は携えられているが、他の店よりも明らかに電気の量は控えめで、ベースの色も周りは黄色や赤と言った派手な原色なのに、この店だけは上品な黒。

 その上、地面にはレッドカーペットが敷かれているし、入り口にはタキシードを着たタマムシ型リージェンのスタッフが一人とゾウムシ型の屈強なガードマンが二名。

 あんなに派手な様相をした店並びの中で、こんな上品なカジノが聳え建っているのは、なによりも異端だ。


「ウフフフ…」

「ホホホ……」

 様子を見ていると、メインクーンとアシュラの女リージェンが高飛車に笑い、カジノへと入っていくのが見えた。

 店に入っていく人も街を歩いているような高級地位の人々だけのようだ。

「二名で」

 彼女らの次には、小太りとやせ形の狸型リージェンが二人、カジノに足を運んでいた。

「いらっしゃいませ。本日は?」

「今日もいつもの物を楽しみたくてね。なに、金なら心配ない」

 小太りな方の狸リージェンは傲慢にパイプを吹かすと、スタッフはビジネススマイルを浮かべて彼に頭を下げた。

「了解いたしました。どうぞ、お楽しみください」

 ガードマンがゲートを開けると、小太りのリージェンは興奮しているのか足早にカジノに入っていった。

「毎回、お疲れ様です」

 一方、やせ形のリージェンはスタッフとガードマンに金を渡した後、同行人の後を追っていく。

 この如何にも金持ちだからという余裕が、なんだか嫌らしいとすらも感じた。

 僕なんかカジノどころか、パチンコにすらも行ったこともないのに…。


 ダッ!


「あっ、こらっ!」

 ふと、ガードマンが扉を閉めようとした瞬間、どぶにまみれたようなナリの鼠リージェンがカジノに突撃してきた。

 彼は店に入る寸前に襟を捕まれて止められてしまったが、諦める様子はない。

「通してくれっ!まだ!まだもう一回やれば当たるんだ!きっと!きっと!!」

 今度は血気迫った顔で、ドブネズミのリージェンはスタッフに掴みかかる。

 彼の煤けたスーツと言動を聞く限り、恐らくこの場所でカジノ中毒になったが故に、多額の金を失ったのだろう…。

「ガードマン!」

 しかし、ドブネズミのリージェンは、二人の屈強なゾウムシ型リージェン達によってあっさりと捕まってしまう。

「連れていけ」

 スタッフが指示すると、ガードマンは軽く会釈をして、中毒者になったリージェンを連れて歩きだす。

「うわぁぁぁあ!当たるんだぁ!絶対に当たるんだぁぁぁぁあっ!」

 二人のガードマンは、断末魔をあげ続けるカジノ廃人を連れて、どこかへ行ってしまった。

 その直後、施設の中からまた新たなガードマンが出て来ると、スタッフの横に立った。

 あのガードマン達はと言うと、連れていった中毒重篤者に"もうカジノには来るな"と、身体で解らせているのだろう。

 考えるだけで寒気がするな……。


「やはり、警備が厳重ですね……」

 こんな経験したことない僕はそう言ったけれど、瀬田さんの方はいつも通りの仏頂面だ。

「大丈夫です。そこら辺はしっかり調べられていましたので。忍び込みましょう」

 すると、彼はまた物陰に隠れ、トランスを解除した。

「トランス解いてください。今回スーツを着てきてもらったのは、カジノ自体がドレスコード制だからなので、怪しまれないようにと…」

 彼は緑色のネクタイをさっと結び直しながら指示した。

 なるほど…確かに、現実であっても創作物フィクションの中であっても、ドレスコードというのは定番だ。

 そりゃ、あんなに汚い様相になってまで、ギャンブルをしにきたら、追い出されるのも訳ないな…。

「さすが先輩、そう言う所しっかりしてるね」

「せ……先輩…」

 トランスを解除して一張羅のスーツに着替え直すと、彼は顔を赤く染める。

「ど…どうかした?」

「い、いえ……。行きましょう。とりあえず着いてきてください」

 そう言って、彼は赤面のままそそくさと先陣を切って歩きだした。

 瀬田くんって仏頂面で感情なさそうだと思ってたけど、結構分かりやすいんだな…。

 彼の後ろを付きながら、そんな事を思っていた。


 カジノ入り口前。

 スーツでプライドを着飾った、数名の利用客が並んでいる。

 最後尾で待っている僕らは、このカジノの違法性に手がかりがないか、列に聞き耳を立てていた。

 しかし、大体『今日も楽しみですね』や『今回こそは勝とうな』と、極めて単調な話しか聞こえない上に、周りの店の音のせいである程度小さい声なんて、ほぼかき消されているのも同然だった。

「本日は?」

「いつもので頼むよ。今日は楽しい日になりそうだ」

「承知いたしました。どうぞ、お楽しみください」

 ようやく、僕らの前にいたキツネのリージェンがカジノへと入っていくと、ようやく僕らの順番が回ってきた。


「いらっしゃいませ。お客様…本日ははじめてのご利用でしょうか?」

「はい。二名で」

 瀬田くんが答えた瞬間、スタッフは眉をしかめ、タブレット端末を取り出した。

「申し訳ございません。こちら、会員紹介制の施設となっているのですが…?」

 やはり、一筋縄では行かないようだ。

 恐らく、スタッフの持っているタブレットには様々な顧客情報が記載されているのだろう。

 これが所謂、一見いちげんさんお断りってやつか…。 

「アロミリナ・ディコトマ」

 この状況をどう打破するのか考えていた途端、不意に瀬田くんがその言葉を口にする。

「セタくん…?何を言って…」

 聞いたことのないカタカナの羅列に混乱している中、何故か店員は青ざめた。

「し…失礼いたしました。本日は、どのようなご用件で?」

 何故か突然、スタッフの腰が低くなり、僕らに頭を下げ始める…。

「はじめてなので、いろんな所を見て回りたいのですが、よろしいですか?」

 淡々と話を進めていく瀬田くん。

「勿論でございます!二名様、どうぞ!」

 スタッフの僕らへの最敬礼と共にカジノへの入り口は開かれた…。

「いきましょう」

 瀬田くんはなにもなかったかのように、混乱する僕に声をかけて、堂々とカジノへと入っていく。

「う、うん……」

 僕も彼の後ろに続いて歩きだした。

 だが…たった一言の単語で、何故こんなことになったのだろうか…。

「あの…」

「あれは一種の合言葉なんです」

 先ほどの事について、思いきって聞いてみようと思った刹那、それよりも先に瀬田さんの口が開いた。

「情報科の方達や武装警察の皆さんが調べてくれた所、或マスの上級幹部は特別なお客様をここに招待するために、合言葉を決めているそうなんです…」

「なるほど…だから、あんなに態度が変わったんだ…」

 確かに、デジタル化の進んだ世界であっても、履歴が残らないように口だけの隠語を使用して情報を交換する場合だってある。(これもフィクションだけの知識だけど)

 それを既知していたという、瀬田くんの秘書としての心得が、こんな所でも発揮している…。

「ちなみに、アロミリナ・ディコトマとは、ノーマルなカブトムシの学名の事です。或マスは虫型リージェンが多いですから、あまり人に知られないように、このような長く、一目では覚えにくい合言葉にしたんでしょうね」

「へぇ…」

 全く知らなかった…。

 と言うか、知る由もなかったし聞いてもいない。

 彼は秘書としての心得だけではなく、こんな雑学にも博識だなんて…。

 瀬田夢吾という男は正に、スプリミナルのネットワーククラウド…と言ったところだろうか。

「やっぱり、セタくんも探偵なんだね…そこまで考えられる上に、豆知識まで調べられてるなんて…」

 何気なくそう言うと、また彼の顔が赤身を帯びる。

「い…いえ……簡単な推測ですよ……そんなに誇れるものでは…」

 やっぱり意外にも表情分かりやすいな彼…。

 それに、彼は赤城さん同様にそこまで威張らないし、先輩として頼りになる感じが身心に伝わってくるから、共にいて心地良い。

 彼がいるなら、今回も生きては帰れそうだな…。

 なんて思っていると、ついに僕らの前に、金の香りのする遊技場が、きらびやかにお目見えした。


 カジノの内部は自分がフィクションから想像できる通りの内装だ。

 高級そうな模様の描かれたカーペットタイルの赤い床、上を見上げれば大理石のような白く斑な天井とシャンデリア。

 その明かりに照らされているのは、数々の博打商材。

 昔ながらのレバー式金色スロットに、緑のフロッキー風素材の甲板の机、そこにルーレットやトランプが置かれ、ディーラーの女性がゲームを進行する。

 リージェン至上主義のマフィアが経営しているからか、人間よりもリージェンの方が利用者は多いが、それを除けば、これぞまさにカジノ!という感じの内装だ…。

 ただ、注意すべきはそこではない。

 そもそも、今回は違法行為をしているかもしれないカジノを調査するという目的の下動いているのだから、なにか法的に問題のある行動をしていないか、違法薬物の売買がないか、主催側のイカサマはないか…。

 そこをしっかりと調査しなければ、警察側も逮捕や検挙には至れない。

 スプリミナルとして、目を離さないようにしなければ…。


 だが…。

「一応なにか代わったものはなさげ…だよね……」

 ある程度の場所を何度か回ってみたのだが、特に大きな手がかりが無いのだ…。

 自分が素人だからかとも思ったが、先輩である瀬田くんも釣果は無しと言いたげな、神妙な面持ちだ。

「そうですね…。カジノコインもなにかイカサマができそうには思えないですし、それに…」


 ジャラジャラジャラジャラジャラ……


「おぉっ!当たった!当たった!」

 あまり耳障りのよくない音と共に、長髪で無精髭を生やした男がスロットでジャックポットし、機械から出てくる大量のコインで私腹を増やしていた。

「普通に当たってる人もいる。怪しいと言えば怪しいですが、ここからみても、そこまで悪どそうな要素は見当たらないですね。やはり…真面目が悪を隠すのは容易いことなんでしょうか…」

 瀬田くんの言う通りかもしれない。

 そもそも、正規のギャンブルなんてものは、守らなければいけない規定を真面目に守ってあるだろうに、賭け事と言うだけでやはり怪しくて悪どい印象がついてしまうのが現実だ。

 それに、もしかしたら僕らが気づかないだけで、触れてはいけない現実がある可能性だってある。

 しかし、だからと言って、ここに悪そうな要素があるかと言われても……。

 軽くもう一度店のなかを見てみよう。

 スロットにルーレット、トランプ等のギャンブル機材に、人間がちらほら、そしてリージェンは沢山。

 店内のディーラーやスタッフは、モルフォ蝶やタマムシ、ニジイロクワガタ等の外見が良い綺麗な虫型のリージェンで固められており、客もオニキスのような美しい毛色の黒豹や鈴蘭のように麗しい白馬…と言った、いかにも外見だけ綺麗な者だらけだな

 ……いやまて、なにかおかしい。

 なんで、この会場には"様相がきれいなリージェン"しかいないんだ??

「そういや、さっき僕らの前に並んでいた人、今日はどうしますか?ってお客さんに聞いてたよね…?」

「そうですね…。でも、カジノの他にもビリヤードやダーツなどのゲームもあったので…選択肢は限られないはず……」

「だったらさ…僕らの前にいた人はどこに行ったの…?」

 僕の一言に瀬田くんもハッとした。

「…そう言われれば、一通り施設を回ったけれど、あの人の姿はない…」

 やっぱりそうだ…ここはおかしい。

 客からして如何にもクリーンなギャンブル会場に、僕らは騙されそうになっていただけだったんだ。

 今一度振り返ってみよう。

 僕らがカジノ前に到着したときにいた時、カジノに入っていったのは綺麗な毛並みをした高級猫のリージェンで、僕らの前に並んでいたのはキツネのリージェン。

 他にも、列には妖狐や烏骨鶏等の一般リージェンだけでなく、人間も数名いたはずだ。

 しかし、その殆どがこの会場にはいない。

 ということは、なにか綺麗なナリで隠さなければならない違法なエンターテイメントが、ここにはあるという仮説が立てられる…。

 僕の中にあったこのカジノへの不信感が、ようやく解明された…。


「ちょっと、すみません」

 そんな時、瀬田くんはすぐさま行動に出ていた。

「はい…?」

 彼が声をかけたのは、綺麗に毛並みを揃えている黒猫のリージェンと金髪に染めた人間のカップルだった。

「実は、私たちここが初めてで、少し色々と見て回ってるのですが、オススメな場所はありますか?」

 自分達が警察の傘下であることを悟られないためか、彼はあくまでも初めての客として、この施設についてを聞き出した。

「はじめてなら…お連れ様に聞いたらどうですか?ここ、一見いちげんお断りでしょう?」

「それはそうなんですが…ここを紹介してくれた人はすごくギャンブル好きで…到着した途端にもうスロットにのめり込んでしまって、聞き耳を持たないんですよねぇ…」

 瀬田くんはそう言って適当な所に目を反らすと、黒猫のリージェンはスロットの方にいる誰かを見つけて納得した。

 こういう、形の無い対策ありきで、聞き込みをしているのか…。

「とはいっても…オススメなぁ……。うーん…私はカジノが一番好きですから、ここ以外には特には…」

「あっ、でもマニアにとってはあそこ良いかもね」

 ふと、連れの女性が葉巻を吹かしながら割り込んできた。

「あそこ…とは?」

「地下遊技場のことだよ。よくストリップとかそう言うの良くやるんだけどさ、今日はオークションなんだって聞いたよ。でも…エゴイストじゃないなら、行かない方が良いとおもう」

 急に女性の顔が汚物でも見たかのように曇りだした。

「エゴイストじゃないなら…それってどういう…」


 ジャラジャラジャラジャラジャラ!


 瀬田くんが詳しく聞こうとした途端、この場所の闇から僕らを遮断するかのごとく、スロットから大量のメダルが流れ出してきた。

「うわー!また当たった!やるじゃん、ノブくん!」

「エッヘヘェ!カオリンのおかげだよぉ~」

「やぁだぁ~」

 僕らの事なんかそっちのけで、彼らはイチャイチャしだす。

 金と愛に群がる本能は、リージェンも人間も変わらないってのはわかるが……なんか、相思相愛が濃密すぎて吐きそうになるな。

「ありがとうございます。楽しんで」

 瀬田くんは二人に丁寧に頭を下げ、大金を吹き出すスロットから離れた。


「地下演技場ですか…」

 変なカップルではあったが、瀬田くんが掴んでくれた収穫はすごく大きかった。

 そこへ急ごうと言いたかったが、駆けつけるにはまだ条件が足らない。

「でも…それっぽい入り口はなかったよね…?」

 僕の疑問に、瀬田くんは頷く。

 周りを見渡してみても、一般人が立ち入れそうな場所は、せいぜいトイレか喫煙所の入り口くらいだ。

 ここが隠したいものは、それ程に目につけさせたくない程の強い悪がこもった物なのだろうか…。

「……少し、お力貸していただけますか?」

 この場所の疑惑について考えていると、急に瀬田くんが援助を求めてきた。

「うん……?わ、わかった」

 とりあえず二つ返事をすると、瀬田くんは僕を連れてカウンターへ歩きだした。

 彼が何をするのか分からないが、とりあえず役に立てるならそれで良いとしよう…。


 金と大理石の素材で出来上がった総合カウンター。

「失礼いたします」

 そこで裏方仕事をしていたパプアキンイロクワガタ型リージェンのスタッフに、瀬田くんは声をかける。

「いかがなさいましたか?」

 長い角(顎?)をゆらしながらスタッフは僕らに聞く。

「本日、オークションがあると聞きまして、此方の社長が興味があると言うことなのですが、ご案内いただけませんか?」

「え…!?」

 しゃ…社長!?

 嘘をつくにしても、さすがにこんなヒョロヒョロが社長だなんて、この状況では不審なんじゃ……。

「すみません…オークションは、二度目のご来店でないと参加はご遠慮いただいております…。何卒、ご了承いただけるようにお願い致します…」

 スタッフが深々と丁寧に頭を下げた…。

 正直、疑われてないだけましだが、それでもオークションとやらへのガードは固いようだ。

「そうですか…社長、いかがなさいますか…?」

 こ…こっちに振られても…。

 でも、このまま引き下がるような馬鹿にはなりたくないし…かといって、カジノ側が折れてくれるような言い訳が言えるかも自信がない。

 じゃあ、どうする?

 なにかスタッフを揺すれるようなことを言うか?

 でも、どんな条件で相手を揺すれるかなんて僕なんかがわかるはずない。

 なら、どうしろって言うんだ。

 策がないんだ。

 そんなこと言ってても仕方ないだろう!

 なんて…脳内で何人もの人格が大きな会議で口論しているように、今の僕はパニックになっていた。

「お客様…?」

 ついにはディーラーに心配の目を向けられる…。

「あ…アロミリナ・ディコトマ…」

「は…はい?」

 しまった…パニクって変なことを返してしまった。

 えぇい、迷っていていも仕方がない、出任せで押し通すしかない。

「そ…そちらの運営様からのご招待なんです、我々は…各世界を巡って各商品の取引をさせてもらっていて…そちら、お得意様なんです…」

「はぁ……」

 ……口からでまかせにしては良い線行ってるとはおもうんだけど、全くといって自信がない。

 目の前のディーラーさんは首をかしげてるし…これじゃあダメか…。


「あの…とは言っても……やはりオークションは……」

「君!」

 諦めかけていたその時、突然カウンターの奥からもう一人違うスタッフが出てきた。

 彼は血相を変えてパプアキンイロクワガタリージェンのスタッフに駆け寄り、二人で僕らから背を向けてこそこそと話し始めた。

「ユウキさん…ナイスです」

 え?と瀬田くんに振り向くよりも前に、二人のディーラーが改めて僕らの前を向いた。

「し…失礼いたしました!マスターの御客人で!いつもご贔屓にさせていただいております!ご案内いたしますのでどうぞ!」

 パプアキンイロクワガタのリージェンディーラーが、謝罪の時よりも更に腰を低くして、僕らをカウンターの奥に案内した。

 どうやら、違法薬物やら武器やらの密輸業者と勘違いしてくれたようだな…。

 助かった…と、一息付きたかったが、怪しまれると嫌なので我慢しておこう。


「さすが…元詐欺師ですね…」

 ディーラーに気づかれない程度の小声で、瀬田くんが僕に耳打ちをしてきた。

「し…知ってたの!?」

「俺…知り合う前に基本的な情報だけは調べるタイプなので…。好きな食べ物とかは無理っすけど……」

 仏頂面に微かな笑みを浮かべる瀬田くん。

 僕が騙し下手の人間であるにも関わらず、こんな所で僕の詐欺師であった経歴をナチュラルに生かしていたなんて…。

 瀬田くん…なかなか恐ろしい子……。

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