10-3『秘書Sと奴隷オークション』



 地下演技場の中。

 少し敷居が高めのライブハウスくらいの大きさの場所に、スーツやドレスでお洒落をしたつもりの人々が密集している。

 もちろん人間だけではなく、リージェンもここで催し物の始まりを楽しみにしているようだ。

 ここは人の匂いよりも香水と酒の匂いの方が強い。

 西部劇のような下品な匂いではなく、ファンタジー洋画のような高飛車に着飾ったワインやウィスキーのような上品な匂いだ。

「ここがオークション会場…ですか……」

 人並みを掻き分け、僕らは会場内を進んでいく。


「今日の目玉はなんでしょうね?」

「どんなものが出るか楽しみだ…」

「今日こそ目当ての物を手に入れてみせる…っ!」


 通りすぎる度に耳に入るそんな言葉達が、非ソフィスティケート的な高貴装備で隠した野心のようで、なんだかうざったらしい。

「なんか…僕らちょっと場違い感あるね…」

「え、えぇ…。なんか、社長や重役っぽそうな方が沢山…。それに、あの人雑誌に載ってた有名なお医者様ッスよ」

 周りが名のある人だらけで、なんだか僕らという人間の位置自体が潰されてしまいそうだ。

 瀬田くんは元大企業の秘書だから、こういうの平気っぽそうだけど、僕なんか一般庶民出のド下手詐欺師なわけだから、こんな場所、お門違いにも程がある…。

 やめよやめよ、こんな空しい想像…。

 今は、勤務に集中しないと。

「それにしても、一体…なんのオークションなんでしょうね……」

「さぁ…」

 僕の問いに瀬田くんは首をかしげるだけだった。

 スプリミナルのネットワーククラウドでも、さすがにマフィアのオークションのことなんか、わかるはずがないか…。


 バタン!


 すると突然、なにかが大きな音を立てながら、会場は暗転する。


 おぉぉぉぉぉぉぉおっ!!


 暗闇の中、オークション目当ての人々が、一斉に歓声をあげた。

 なにが彼らをここまで熱くするのだろう…。

 その答えは、ステージのスポットライトが明かす。

「夜行性の皆様!カジノアルケス、地下演技場へようこそ!」

 タマオシコガネのリージェンがスポットライトに照らされ、その姿を表した。

 意気揚々と登場した司会者の体は、スポットライトに照らされて、マジョーラのようにキラキラと輝いている。

「本日も、椚から涌き出る樹液のように豊潤なラインナップを揃えております!是非とも!奮って落札をお願いいたします!!」

 なにが面白いのかわからない司会者の昆虫洒落こんちゅうじゃれが、顧客達の笑い声と歓声を同時に呼んだ。

「それでは早速、皆様を興奮の森へとご招待致しましょう!一つ目の商品を!」

 オークションが早速始まったようだ。

 ここが違法な催しなんだとしたら、運営側の経営の問題か、今から出てくるものに違法性があるんだろうが…。

 

「…っ!」


 違法オークション、と言われて自分が考えていたものは、像牙とか麻薬とか、そう言う違法取引物系統の品だと思っていた。

 それを上物だと思って、ヨダレを垂らして手を上げ続ける、そんな狂ってしまった残念な人達の祭典。

 しかし…そう思っていた僕らの目の前に現れた上品は、違法以前の問題…。

 

「商品番号105524、こちらユニコーンのリージェン、50代女性となっております!」


 司会者が持ってきたその巨大なガラス玉のような檻の中には、眠っている民間人が商品として捕えられていたのだ…。

「こちらは今回、幸運にも仕入れられた一級品!世界的に見ても、幻獣のリージェンと言うのは、比較的少ない人数!中年のリージェンであっても、一角型の角は希少研究対象の上に自らの研究に役立てたい方や、さらに富を養えたい方におすすめです!!」

 物扱いされているのは、まるで奴隷のようにボロボロの布を着せられている女性リージェン。

 幸運にも仕入れられたと言う言葉から読み解く限り、一般人の類いだあることが悲しいかな確定してしまった…。

「それでは、今回は100からスタート!!」

 違法薬でも接種したかのようなオークションが、壇上のリージェンの一声で始まる。

 110…130…150…200…350……

 多くの人々が番号札を続々と掲げながら、金額を提示し始めた。

「なん…っ!」

 自分の口が異議を唱えるより先に、瀬田くんが僕の腕を強く掴んだ。

「今は声をあげてはダメです…」

「そんな!だってそれじゃ……」

 この狂祭を見ないふりするというのか?と反論しようとしたが、彼の顔を見るなり、その意欲は消え去った。

「まだ…ダメなんです……」

 瀬田くんが目を閉じて唇を噛み締めていた姿が、怒りを必死に抑えているように見えたのだ…。

 ここで声を上げれば、一斉検挙が一気に難しくなる。

 少し考えれば分かることなのに、この状況に冷静さを欠いたせいで忘れていた…。

 僕が荒ぶれば全て無になる。

 とりあえず落ち着け…おちつくんだ…。


 カンカンッ!


「35番!800万で落札っ!!」

 僕が突撃を必死に耐えているうちに、ついに司会者の小槌が下ろされ、遥か後ろにいるであろう客に、邪な心が混じった拍手が送られた。


 まだまだオークションは続いていく。

 次に出てきたのは80代の純人類男性。

 1円からのオークションで100万の値段がつき、買い手は富豪で錦鯉のリージェンだった。

 その次には人間の医者が30代の純人類を、その次には鶴リージェンの学者が40代のリージェレンスを、その次…その次……。

 少し観察していくと、商品自体は比較的、人類の方が多めだと気づいた。

 これもリージェン至上主義団体ミラーマフィアが故の理由だろう。

 計画の上、要らない思想を持つ命は捨てるべし。

 そんな思想が、僕のような素人でも感じられる…。

 次々に商品と札をつけられた人々が、買い手に買われて入れ替わっていくのを見て、僕らの苛立ちは、少しも治まることを知らない。

 勿論この苛立ちが突き立てているのは、運営にも顧客にも…。


「いやぁ…本日も皆様羽振りが良くてお目が高い!まさにベゴニアの蜜を見つけた蜂のよう!」

 ウザったらしいほど面白味のない昆虫洒落に、顧客は大笑いだ。

 自分達が人道外れたことをしているのを、彼らは自覚していないのだろうか。

 なんて疑問も全て、この会場の前では、極めて無意味なんだろうな…。

「そんな本日は!いつもご愛好いただいている皆様のために!極めて特別な商品をご用意致しました!!」

 司会者が舞台袖に向けて手招きをすると、また新たな被害者が運ばれてきた。

 舞台に上げられた透明な檻の中に入れられていたのはまだ小学生にも上がってなさそうな小さな男の子…。

「これのどこが特別なんだー!?」

 自分ができる義理のない多くの者が、舞台に向けてブーイングを共鳴させる。

 極めて耳障りだ。

 そもそも、こんな子供をこんな場所に商品として置くこと自体、異質すぎるだろう…。

「皆様!特異点と呼ばれる物はご存じでしょうか?」

 次の瞬間、司会者は僕と瀬田くんに通ずるその単語を吐き、野次を飛ばす者達の声を遮った。

「この世には、未だに解明できていない謎が幾つもあります。この世界で生きる命の数、未だ解かれていない数学問題、開発されていない特効薬…。そのうちの一つが、この特異点です」

 司会者の説明に、ジワジワと顧客達の意識が、否定から興味に変わっていく…。

「純人類だけが発症する特種異形能力…。その中でも発症が極めて希であり、強力すぎる力を持った人間。それこそが特異点!」

 僕らの胸が恐怖で高鳴ると同時に、顧客達はレアケースへの高揚で心臓をならしている。

「その特異点と言うものを!我が手に納めたいとは思いませんか!?」


 うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおっ!!!


 先ほどまでの野次が、一気に歓声へと変わった。

 特異点という存在が特別であることは重々承知していたが、まさかこんな異常者達に、欲望の目を向けられるような存在だったなんて……。


「それではこちらの特別な商品!張り切って500からスタート!!」

 510!520!550!700!880!

 先程よりも無駄に威勢の良い声と共に、値段がどんどんつり上がっていく…。

 小さな子供に馬鹿げた金額をつけていく者達への苛立ちと、未だに動けない事への悔しさのせいで、涙腺がじわりと震えてきた。

 890!910!920!940!950!

 中途半端な数が増えはじめ、小競り合いが始まっていく頃、檻の中にいた少年の身体が、急に動き出した…。

「中の子が起きた……」

 少年は、見たことの無い光景に混乱しているようで、必死にガラスを叩し始めた。

 1000!1100!1250!1400!

 しかし、少年の檻の中の行動を異常だと思う者は一人も居らず、しまいには司会がガラス玉を叩いて、少年の行動を止めさせる始末だ…。

 1500!1800!2000!2500!

 未だに上がる汚ならしい歓声の中、男の子は唯一、札をあげていない僕らに気がついた。

 3500!3600!4200!4800!

 つり上がっていく値段の中で、彼は涙で顔を濡らしつつ、音を遮られた声で、必死に僕らへ思いを伝える。

 5000!8000!9000!1億!



 助けて…!と……。



「1億円でらくさぁー…」


 ダァン!ダァン!ダァン!!


 少年が必死に伝えてくれた言葉により、僕の怒りが限界点に到達した頃、突然けたたましく銃声が響き、その下品極まりない会場の汚声を黙らせた。

 小槌が鳴るよりも先に、その耳をつんざくような音を放ったのは、瀬田くんの持つ緑色に輝く弾倉付拳銃ハンドガン…。

「すみません…。あまりにも耳障りですので…静粛を願いたい…」

 怒りに震える低音ボイスに振り向くと、瀬田くんの身体が肉体換装トランスしている…。


「我々…警察特殊認可特異行使結社スプリミナルなもので…」


 銃を掲げる彼の顔は、ついに我慢の限界が来たと思わせるほどに、冷たく燃えている。

 ついにやる気だ…っ!

「や…やべぇぞ!サツの犬だ!!」

 銃の煙の匂いが奇声で潰される。

 罪を罪と思っていない多くの人々が、僕らから逃げ出し始めた。


 バタァンッ!


 しかし、その脱出口の扉を全て遮るように、また多くの人々が流れ込んできた。

「動くなぁぁぁあっ!」

 聞き覚えの無い若々しく猛々しい声に、僕は暗夜の灯を感じる。

「貴様ら全員を、ここで拘束する!」

 武装警察だ。

 斐川さんも始堂さんも勿論いる。

 武装警察の人間達は、警察用汎用型のトランススーツを着、盾や拳銃、警防等の形の決まっている汎用アーツを片手に、客やスタッフ目掛けて走り出した。

「先に呼んでおいてよかった…」

 トランスが完了している瀬田くんが、フゥと安堵の息を吐く。

「じゃないと俺…なにするかわからないですからね……」

 彼の顔は、未だに怒りを保っている。

 僕にもその苛立ちがわかる…。

 それ程に、彼は僕と共にこの胸糞悪さに耐えていたのだ。

「この…国家権力どもが……」

 客が捕まっていく光景を見て、怒りだす司会者は、大きく片掌を前に出した。

「お前ら抗争だぁ!大事なカモ共を守るためにっ!こいつら全員ぶち殺せぇ!!」

 彼の一言で、この会場にいるマフィアの軍勢が影から流れだし、武装警察への攻撃を始め出した。

 ついに警察VSミラーマフィアの抗争が始まったのだ。


「させない…っ!」

 はじめに対応に動いたのは瀬田くんだった。

 彼は武装警察に向かっていくミラーマフィアを睨むと、突然、彼の身体の数ヶ所から、ポツポツと植物の芽のようなものが生えだす。

「エレクシオン…ッ!」

 その次の瞬間、瀬田くんの身体全体の血管が根のように張り出すと共に、足から本当に樹の根子が伸びだした。

「"ケヤキ"!!」

 合図と共に樹の根がコンクリートの地面に突き刺さり、そこから太く大きな一本の樹木が、地下演技場の中心にそびえ立った。

「うわぁぁあっ!」

 生え出す途中、ケヤキの枝に捕まってしまったミラーマフィア構成員数名が、情けない声を出しながら、天井高くに身体を拘束された。

 なるほど…これで、ミラーマフィアの動きを制限した訳だ。

 やはり…スプリミナルのする行動はいつだって大胆かつ凄まじいな…。

「武装警察の皆さん!カジノ構成員は私たちに任せてください!今はオークション会場にいる者達の確保を!!」

 彼の性格からは想像できない程の大きな声をあげながら、武装警察に指示をする。

 刑事達から了解の声があげられると、瀬田くんは頷き、アーツのハンドガンをリロードした。

「ユウキさん!手伝ってください!」

「……っ!わかった!」

 即座に行動できなくて軽く見とれてしまっていたが、瀬田くんの一声で、僕は気持ちを切り替えられた。

 約一ヶ月の経験を生かせ。

 そう言い聞かせて肉体換装トランスし、僕も戦闘態勢に入った。


 陪川さんとの事件依頼、久々の抗争だ。

「くっ…!」

 サングラスをかけた虫のリージェン達が撃ってくる弾丸をできる限り避けながら、僕は彼らに弾丸とプリズンシールを撃ち込み続けた。

 飛び交ってくる弾丸やナイフが、ハイドニウムか鉛弾かわからないから、不良と戦ってたときよりも苦戦する…。

 どれだけ特異が有益だとしても、ハイドニウムと不意打ちの前には無力だから、気を付けていないと…。


「てめぇっ!」

 一方、完全に目をつけられている瀬田くんには、ヒメカツオブシムシやシバンムシ等のリージェンが大量に襲いかかる。

 想像を越える量であっても、彼は相変わらず表情を変えず、そのまま飛んでくるナイフや弾丸を、デカイ身体なのに紙一重で避けた。

 自分よりも背格好の大きい人間がするりと避けたのに驚いているのか、次に攻撃をするマフィア達の動きが緩んでいたのが、素人の僕にも分かる。

「ふっ!」

 その機会を逃すまいかと、瀬田くんは彼らに向けて連続で引き金を引いた。

「ぐぁあっ!!」

 弾丸必中。

 攻撃も機械のように正確で、弾丸を撃ち込まれた者達は次々に倒れていき、プリズンシールで捕獲されていく。

 瀬田くんの仕事の速さは、ここでも同じか…。

「この…デカブツがぁ!!」

 それでも、すぐに全員を捌けるわけがない。

 未だに捕獲されていないリージェン達が、様々な刃物を持ち、八方から瀬田くんに襲いかかる。

 しかし、彼は臆すること無く、そっと腕を天に掲げた。


「エレクシオン"ランダム"!」


 すると、同時に身体から多種多様の植物が、数えきれない程大量に生え出しし、その植物がそれぞれ束を成し、襲いかかってくる敵に向かって、勢いよく伸びた。

「うわぁあっ!」

 植物によって身体の自由を奪われた襲いかかってきたマフィアの構成員達は、天井や地面、大木の肌等に、思い切り叩きつけられて失神してしまった。

 拘束だけではなく、無駄に傷つけないようにするのもお手の物のようだ。

「デカブツで、悪かったですね……」

 あ、そこは気にしてたんだ…。


「うぉぉぉおっ!」

 彼の強さを軽く知った上でも、マフィア達は拳銃片手、貪欲に僕らに突っ込んでくる。

 興奮状態で頭が働かないからか、なにか対策を立てているような様子はなさそうだった。

「スピードを早めましょうか…」

 すると、瀬田くんは銃の前方についているマガジンを外す。


「プラントアルマ…"短機関銃P90"」


 そのまま、腕から生え出す蔦とマガジンが接続され、再度マガジンをガチャンと音を立てながら挿入すると、マガジンから植物が生え出し、アーツ全体に巻き付いて銃本来の形状を変えた。

 先程よりも少しだけ大きな機関銃を持ち、瀬田くんは素早く移動する。

「このっ!」

 マフィアのリージェン達は敵に弾丸を撃ち込もうとがむしゃらに発射するが、瀬田くんの動きと短機関銃の連射速度の方が、遥かに素早かった。

「ぐあぁ……あっ……」

 マフィアの身体、縦方向に弾痕が残る。

 倒れた瞬間、亡骸に近い物を回収する。

 仲間が殺られた事を悔いて、他のマフィア組員達も反撃しようとするが、それよりも先に、瀬田くんの弾痕筋が奴らの身体につけられた。


 恐らく瀬田くんの能力は"自らの体に植物を生成する"ことだ。

 身体から植物を生成することによって、

 先程のように、腕を巨大な植物の束に変えて攻撃や防御をすることができる上に、生えた植物は手足のように動かすこともできるようだ。

 その上、能力をアーツと組み合わせて、形状とスペックを変更させることもできる。

 恐らく、自分自信の特異自体を調べ上げているからこそできる技であり、最も瀬田くんらしい力だ…。

「なるほど…これもなかなか使いやすい……」

 ただ、等の本人は、生成した短機関銃P90を眺める余裕を持ちつつ、次々に敵を打ち倒しては確保していっている。

 調べても解らない部分は実践でカバーしているようだ。

 勉強熱心で慎重っぽそうな頭脳型なのに、戦闘は結構大胆で献身的なパワー型。

 身体は大柄なのに、小さな銃で素早く動ける瞬発力。

 そう言う"異能や性能自体に順応する能力"が、まさに尊敬に値する…。

 やはり、先輩と言う存在は凄いものだ。

 僕なんかよりも何重にも経験を上乗せして、この人数を捌ききっている…。

 "慣れてきた"なんて、少し自惚れていた自分が恥ずかしくなるくらいだ。


「こんのっ!!」

 しかし、こちらも傍観してばかりではいられない。

 マフィアなのに短刀ドスを僕に向けて振りかぶってくるが、僕が認識さえすれば、身体は透けてその攻撃を無効化できる。

「うわっ!なんなんだよ…くそがっ!」

 攻撃が通らないことに戸惑う敵は何度も切りつけるが、それが通るはずもない。


 ダァンッ!ダァンッ!ダァンッ!ダァンッ!


「ぐあっ!!」

 僕は短刀を振ってきた彼の両手足に、それぞれ一発ずつ弾丸を撃ち込むと同時に、すばやくプリズンシールを敵の腹に突き刺した。 


 パンッ!


「ヒカワさん!」

 収納完了の破裂音と共に、僕は近くにいた斐川さんに、プリズンシールを投げ渡した。

「承りました!」

 彼は受け取った物を腰に着けているポーチの中に入れ、逮捕した客数名と共に会場の外へ出た。

 傷をつけてプリズンシールに封じ込める…。

 慣れては来たつもりだけど、やはりなかなか堪えるものはあるようで、まだ引き金を引いた方の腕が小刻みに震えている。

 少しは罪悪感が薄れるようにした癖に、相手が悪人だってわかってる癖に、未だになにか残るものがあるのだ…。

「あぁもうっ!」

 そんな事、今だけは忘れろ!

 まずは目の前の敵に集中するんだっ!


「ぐぁあっ!」

 突然、後方にいる人間の唸り声が聞こえる。

 攻撃を無効化しながら振り替えると、そこには肩から血を流して跪いている警察官がいた。

「先輩!大丈夫っすか!?」

 怪我に気づいた始動くんが駆け寄る。

 恐らく…マフィアが放った流れ弾が彼に当たったのかもしれない。

「しまった…っ!エレクシオン"アロエ"、"クレマチス"」

 自分が助けに向かうよりも先に、瀬田くんが特異で行動する。

 彼の背中からアロエが生えだすと、それをクレマチスのツルが、手足のようにグニグニと動きながら引きちぎり、ついでに瀬田さんのポケットから包帯やメディカルテープ等の医療器具を取り出した。

 応急処置セットを持ったクレマチスのツルは、急に高速で長く伸び始め、傷ついた武装警察巡査にアロエと包帯が届けられた。

「傷ついた方は後退を!それ使ってくださいっ!!」

「ありがとうございます!!」

 怪我人の代わりに始堂くんが応急処置セットを受け取り、傷ついた巡査と共に外へ出た。

 なるほど、薬草を生やして応急処置に対応することもできるのか…。

 言葉を聞けば単純な物なのに、出きることは文字数と比例しない程多いのも、特異点の特徴だな。


「これでは…埒があきませんね…」

 襲いかかってくるマフィアメンバーの顔にエルボーを打ち込みつつ、瀬田くんは次の一手に出た。


「プラントアルマ…"ミニガンM134"」


 先ほど同様にマガジンを入れ直すと、機関銃P90の時よりも大量の植物が出現し、その小柄なマシンガンの姿を、大きくて物騒なミニガンへと変えた。

「気を付けてくださいね……」

 瀬田くんがミニガンを両手で構えると、ガチャリと金具が擦れる重低音が鳴る。

「これ、なかなかコントロールが難しいので……」


 ダダダダダダダダ!


「ぐぁぁぁあっ!」

 火花を散らしながら次々に打ち込まれる弾丸が、多くの敵達の身体に風穴を開けていく。

 鮮血を吹き出しながら倒れていくマフィア組員。

 それをすかさずプリズンシールで確保していく武装警察隊員。

 その間、一分にも満たっていなかったように僕は感じた。

 こんなに弾丸が乱射されるのは、戦争映画位でしか見たことがないが、本当に目の当たりにした時には、もう火薬と鉄の臭いがする位にしか思えなかった。

「ふぅ…」

 瀬田くんは肩の荷を下ろすように、一つ息を吐く。

 この一撃で、マフィアのほぼ半数は捕まった…。

「良かったですよ…仲間を撃たなくて」

 仏頂面と安堵の言葉が、何故か敵達へ恐怖を掻き立てる。

 相変わらず圧倒的な先輩達の力には、敵も味方も脱帽させられる物だな…。


「くそ……なにやってんだぁ!もういい、とにかくサツだけを狙え!客は二の次だ!そうすりゃ犬どもも満足には動けねぇはずだぁ!」

 先ほどまでディーラーをやっていた男が、焦りながら命令をすると、マフィアの組員達は瀬田さんや僕らから銃口や矛先を反らし始めた。

 まずい、確かにスプリミナルにとって、警察も守らなければならない類い。

 弱みに漬け込む卑怯さに苛立ちつつも、僕は警察の人たちの元へ駆け出そうとした。

「無駄ですよ…」

 しかしその心配はなかった。

 瀬田くんが大樹の根に触れると、床の根をはっている箇所から、メキメキと音がし始める…。

「うぉっ!」

 すると次の瞬間、幾つもの樹木が急成長して生えだし、会場の半分近くを区分するような大きな壁を作った。

 僕らがいる側には、警察は一人もいない。

 どうやらこの壁は、警察とマフィアを区分するために作った、防護壁のようだ。

「くっ…!」

 悔しがるマフィア組員達。

 植物の性質を考えるに、彼がこんなに大きな防護壁を作れるには、恐らくビーコンのような種や根子が必要だろう。

 と言うことは、最初に大きな樹木を会場に埋め込んだのは、フィールドを警察とスプリミナルこちら側にとって有利な場所にするためだったわけだ…。

「ええいこんなもん…登っちまえば早いっ!」

 しかし、天井にわずかな隙間が…マフィア組員の数名が、壁に生える草木を強引に掴んで上り始めたり、羽を広げて飛んだりと、警察を殺すために壁の奥へ行こうとし始めた。

「発芽…!」

 これはヤバイ、と彼らに銃口を向けようとしたその瞬間、先ほどのミニガンの弾痕が残っている者達に、悲劇が襲う。

「な…なんっ!ぐぁあっ!!」

 なんと、傷口から蔓の長い植物が生えはじめ、周囲にいるリージェン達の身体と一緒に、身体を拘束し始めたのだ。

「やっ、くそっ!くそぉっ!」

 身体に植物が巻き付いていくことへの苛立ちを他所に、蔦はグングンと伸びながら植物の壁と絡み付き、そのまま敵の身体を壁に括りつけて動きを止めてしまった。

 蔦から逃れようとするも、身体は動かないどころか、ナイフで草木を切っても、また新たな蔦が生えて拘束される。

 その光景、まるで醜態を見せ付けるためのはりつけかのよう…。

 瀬田くんが発射する弾丸は、植物の種だったのか。

 しかも、それを自由に発芽させることもできるとは…。

「俺からは、逃れられないっすよ…」

 手に持っているミニガンの形状を先程とは違う形の短機関銃に変えると、瀬田くんは銃口と眼光をマフィア組員たちに向けた。


「それでも勝てると踏んでるなら…かかって来い…」


 眼と声色が怒りに燃えている。

 彼の鋭い眼光に、マフィア組員のリージェン達は、ついにたじろぎを見せ始めた。

 しかし、さすがは裏世界で生きる者。

 そこにいる全員が彼に臆しているような様子はない。

 未だ、この戦いに終わりは見えなさそうだ。


「くそっ!せめて…せめて商品を…っ!」

 瀬田くんの力に、勝算が無いと踏んだのか、ついに司会者は囚われた少年を荷台に詰んで運びながら、舞台から袖へと逃げ出した。

「セタくん!男の子が!」

 未だに襲いかかってくるマフィア数名に弾丸を撃ち込みながら、僕は彼に指示を仰ぐ。

「追ってください!こっちは俺に任せて!ユウキさんの特異ならいけますっ!」

 特異を使って多くのリージェンを薙ぎ倒かくほしながら、瀬田くんは僕に被害者の保護を託す…。

「…っ!うん!」

 彼の指示通り、僕は救出のために走り出した。

 正直、怖い。

 お前なんかが出きるのか?と背後霊が聞き積めてくる。

 でも、期待されている以上、僕は走らなければならない。

 瀬田くんのように状況に順応できる強さがない僕だからこそ、自分のできることをやるんだ…。

 その一心で、僕は会場から舞台袖へと走った。

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