9 ズバリ祓るわよ!

 太木が待つ上ウンマイに向かう途中のカミナリ号のなかで、レビンがガチャガチャとジャンクをいじってはギリギリとねじをまわしたり、あれやこれやと部品を組み合わせて、ひとつの装置を製作していた。

「よっしゃ、できたー!」

 運転しながらチラと見ると、なんとも形容しがたい機械がレビンの膝の上に寝かされていた。

 黒光りしたボディに剥きだしのコード、小さなガラスが張られた穴からは赤い光や青い光が漏れている。どうやらリュックサックのように背負えるらしく、肩を通すベルトが両サイドについている。装置からは黒いパイプが伸びており、その先端にはトフェキに似た銃に似た物体がついているのだが、ガソリンの給油ノズルっぽくもある。

「プロトンパック。中身が小型の原子炉になってて、エネルギーレーザーを発射できるんだー。相手はプラズマだから強烈なエネルギーでブチ消してやろうっていうね」

「ゴーストバスターズじゃねーか」

「りり」

 民家の間の通りを左折する。人気のない道を走ると、ライトに大きな荷物を持った太木の姿が照らしだされた。あの家の前に到着したのだ。

 カミナリ号を停止させておりると、蒸し暑い季節に関わらず、やけに寒い。冷気が体を抜けて、反射的に身震いした。どこから出現したのか、薄い霧が低い位置をキープしながら漂って、家の不穏ふおんな雰囲気を強めている。

「やっぱり……昼とは段違いだわね」

「マナーモードにしてるんだけど、プラズマレーダーが動いてる。いる、なにかがいるよ」

「こ、こえーこというなよな……」

「ズバリ入るわよ」

「イチヨねーちゃん、鍵開けて」

 そろりそろりと警戒しながら、スカートのベルトにつけた鍵の束を取って、イチヨは家の玄関のドアを開けた。

「開けたぞ」

「うっ! すごい妖気オエー!」

 いきなり太木がゲロを吐いた。

「ギャー! 吐くんじゃねー、ばっちーな!」

 ギリギリでイチヨが吐しゃ物攻撃を回避した。

「うっひょ~……レーダーの反応が強くなってるぅ。おっしゃー、レビン=Oさまの科学力で駆逐してやるぞ、クソプラズマどもめ~!」

 レビンがうおおと、威勢よく家のなかにはいっていった。「あ、コラ! 待て!」「ズバリ待つのよ!」とあわてて太木とイチヨがあとに家に侵入する。

「……」

 そんな彼女たちの様子を屋根の上に座った青年が、ナッツをポリポリと食べながら見ていた。家の放つ冷気よりも冷たい眼で、無感情に。


 玄関でげえげえと太木が吐く。廊下にゲロの池がふたつ、できた。

「ババア、テメー! 吐き芸やめろや!」

「所詮スピリチュアルなんてもろいモノ。ここはサイエンスしかないか」

「あたしから離れたら、アンタ達……地獄にちるわよッ……!」

 丸くなっていた太木が血眼の顔を上げて、低いトーンでいった。直後、また嘔吐おうとする。

「吐くなら外で吐けよ、テメー!」

「ひとまず、リビング……いってみよっか」

「すぐに除霊をはじめるわよ! アンタたちも手伝いなさい!」

 リビングのドアをちらりと見たレビンに反応して、太木がどすどすとそのメタボリックな体を揺らしながらリビングへ侵入すると、荷物を下ろし、祭壇さいだんをテキパキと作りはじめた。祭壇といっても折りたたみ式の机だが。

 その上にろうそくを何本も立てて、左右両端に白菜を置いた。あまりいい出来の白菜じゃないなと、農家特有の審美眼でイチヨが内心でひそかに評価をくだす。

 つづいて、太木は大きな平べったい真っ白の皿を中央に置いた。荷物からふたつの袋を取りだし、まずそのひとつを皿の上に開ける。ざーっと粒状のものが転がって落ちる音がした。小豆あずきである。かちんかちんと皿の上で跳ねる音がする。

 またもうひとつの袋からは大量の塩が、雪崩なだれのようにでた。皿のなかで小豆と塩がこんもりと混ざり合う。

 最後に太木は荷物から大きな瓶に入った酒を、どっぱどっぱと皿にそそいだ。小豆と塩と酒の奇妙なブレンド。それがなんなのか、うしろで正座しながら見守っていたイチヨとレビンに知りえることではなかった。

「あのぉ、太木せんせー。コレもうプラズマなんでぇ。そんな前時代的祈祷きとうとかされても時間の無駄なんですけどぉ~」

 待つことに耐えかねたのか、レビンがおずおずと、しかしニヤつきながら卑屈な口を開いた。「この――」と太木が振り向いて、レビンの前に片膝を突いた。

「クソガキゃぁッ!」

 バチィッ。

 太木の平手がレビンの小さな頬を打った。頭から吹っ飛び、レビンが頬を抑えながらブッ倒れた。一瞬呆気に取られてから、こわばった表情でイチヨが立ちあがる。

「ぶ……ぶったァー!」

 レビンが大粒の涙と鼻水を流してわめいた。

「アンタは大槻教授かい!? 違うだろ! 大槻教授でもないのにプラズマプラズマ……! アンタのその舐めた態度が霊を刺激してんのよ! ふざけんじゃないわよ!」

「ふええ……」

 大槻教授って誰だよ……と思いつつ、イチヨがギャン泣きするレビンを抱きかかえた。子どもに手をあげるなんて信じらない。キッと太木をにらみつけた。が、目線をあげたときにはまた太木がどすどすとこちらへ接近してきていた。また手を振って、

「泣けば済むと思ってんじゃないよッ!」

 イチヨに抱かれたレビンの頬をまた甲高い音を響かせてしばいた。オーバーキルである。

 口をあんぐり開けて驚愕きょうがくするイチヨの胸倉を太木がつかみ、持ちあげた。

「ぐえ~!」イチヨはつま先立ちになって、ぷるぷると震えている。

「アンタもだよ! ちょっと自分がかわいいからって図に乗って! なんだい、そのデカい乳は! 霊を舐めてんじゃないわよ!」

「頭おかしいんだよ、コイツ!」

 三度目の平手打ちの被害者はイチヨだ。叩かれて、彼女も床に倒れ伏した。

 太木はひるがえり、祭壇の前に座ると、高速詠唱えいしょうを開始した。ぶつぶつなにかとつぶやき、たまにふところからだしたリングベルをメリケンサックのように手に装着し、威勢よくジャラララと鳴らす。除霊はもうはじまっているのだ。

「あびばびばー!」

 突然、レビンが白目を剥いてブリッジした。見事なりである。そしてブリッジ体勢のまま、シャカシャカとリビング内を徘徊はいかいしはじめた。それなりに速くて、気持ちが悪い。

「あわわわ……!」

 レビンの豹変を目の当たりにしたイチヨが尻もちをついて震えていると、レビンが太木の背中まで迫り、ぐいと上体を起こして彼女の首を腕で絞めた。チョークスリーパーだ。

「ヨクモ眠リヲさまたゲテクレタナー! 死ネー! 殺シテヤルー!」

 低い、しゃがれた男の声がレビンの喉から呪詛じゅそとして吐かれた。イチヨは失禁しそうだった。膝を折って、ぺたんと床に両手をつきながら必死に膀胱ぼうこうの決壊を抑えていた。

 チョークされながら太木は、

「憑依されたね、アンタ……! 間違いないね……コレ……! ズバリるわよ……!」

 締めあげるレビンの右腕に右手を添える。左手をうしろにぐっとまわし、レビンの襟首をつかむ。グッと力をこめて、

「波ァーッ!」

 一喝。

 太木がレビンを上に放り投げた。まだまだ子どもであるレビンの非力なチョークスリーパーだったからこそ抜けだせたのであろうが、子どもとはいえそれなりに重さのあるものをブン投げるとは、並のパワーではない。

 祭壇を真っ二つに折って、レビンが墜落した。白菜とろうそくが飛散する。がしゃあッ!

 ここでイチヨはパニックを起こし、我先にと逃げだした。恐怖が臨界点に達したのだ。

 リビングから玄関前の廊下にでて、玄関のドアにすがりつく。ドアノブをがちゃがちゃまわすが、一向にドアが開かない。どういうわけかまったく開かない。それでまた涙目になるイチヨのパニックは加速する。

 ざわ、と自分の真横から気配がした。いきなりだった。

 微振動しながら、顔だけを横に向ける。両目がくぼみ、ガタガタの歯を剥いた青白い顔が彼女の横にあった。

「でたあああああああああああああ」

 叫んで、人がいるリビングに戻ろうとしたが、リビングから髪の長い下半身のない女がスーッとでてきて道をふさがれた。ああーっと絶叫しながら方向転換して、階段を駆けあがる。浴室に逃げれば袋小路だと判断したのではなく、浴室のほうからもなにか人型の影がわいていたのを目撃したからである。

 二階の左端、長男の部屋のドアノブをまわす。開かない。ぎし……と階段をなにかがのぼってきている。あああッ!

 どたと倒れて、這いずりながら次男の部屋のドアノブに全体重を乗せる。ここも開かなかった。いやあああッ!

 イチヨはぺたっと床に貼りついた。両膝を立て、ケツを高くあげて、さげた頭をかばうように両手で守る。床にべったりと顔面をひっつけるのは、なにがなんでもオバケを見ないぞという意思表示である。その体勢を保ったままずるりずるりと膝で移動する。

 なめくじのようになりながら三男の部屋の前まできた。ぬぼーっと固く目を閉じたまま伸びて、ドアノブに触れる。開かない! どうやら二階に逃げても、袋小路だったらしい。

 みしり。みしり。階段からのぼってきたなにかが、じわじわとイチヨの背後に迫っていた。


 リビングで太木はまだ憑依されたレビンを相手していた。

 ぶらんと脱力しきった少女の後頭部をわしづかみにし、頭を壁にガンガン叩きつける。身体的ダメージで悪霊を追い払う歴とした除霊だと太木は信じている。

 別に教会でそういう除霊方法を教わったわけではなかったが、きっと効果があるだろう。それに無礼にも首を絞めてきたこのバカが許せなかったし、そもそもこの少女自体が霊を否定してプラズマがどうとかほざくのがしゃくさわった。

「うわああああああああああああべしッ!!」

 二階に逃げたらしいイチヨの壮絶な声だ。やられたか。

 死に体のレビンを放り投げて、太木が大股で走りだした。二階へのぼると、右端の部屋のドアだけが開いている。まるで誘っているかのようだ。

 あたしと張り合えると思ってるのかい。

 肉弾のごとく部屋のなかへ入る。窓際にイチヨが白目を剥いて立っていた。憑依されている。

「殺シテヤルー……」

 両手を前にだして、イチヨがスーッと接近してきた。歩いているのではない、浮いている。

「波ァッ!」

 全力で殴った。イチヨが壁を突き破って、吹き飛んだ。穴から下半身だけがだらりと飛びでている。

「どうしたんだい、これでオシマイかい!」

 服をつかんで、むりやり引っ張る。イチヨの両足を脇にかかえ、また壁に叩きつける。

「シシマイかい!」

 持つ場所をイチヨの胴に変え、まるで丸太を門にぶつけるようにして押し入れの引き戸に頭からブチ入れた。木の板が突き破られ、イチヨの上半身が押し入れのなかに入った。

「ちょ、ちょっと待って!」

 我に帰ったイチヨが叫ぶ。

「なんとかいいな!」

 引っこ抜いて、うしろから抱きつく。トドメはジャーマンスープレックスだっ!

「やめてえええ」

 血だらけのイチヨがわあわあと体をくねらせて暴れる。

「クソババアーッ!」

 顔面ボコボコのレビンがプロトンパックを構えて、部屋のなかに入ってきた。憤怒の形相である。

「死ねーッ!」

 銃口から光線のようなものが発射された。

 イチヨを持ちあげて、自身の背中を反らせる。もう一息でイチヨを殺せるというところで光線が太木に直撃した。

「どぼあーっ」

 バコーンと太木の体が破裂して、木っ端微塵みじんに吹き飛んだ。支えていた太木が消滅したことで、イチヨが床に落下した。

「イチヨねーちゃん、撤退撤退ー!」

 小さな体で必死に半気絶状態のイチヨを引きずってゆく。

 階段にさしかかるとイチヨは意識を取り戻し、レビンを背負って脱兎だっとのごとく尻尾を巻いて家から逃げた。

 ――除霊、失敗。太木洋子、死亡。

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トランキライザーワールド 獄道流文吉 @gokudoryu_bunkichi

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