7 レビンの映像解析

 長い体験談語りをもってして、レビンが睡眠時間を削ってまで制作した資料映像は終わった。

 ジョージはほお~っと長いため息をつき、プレスコットはなにを考えてるのか微動だにせず腕を組んで壁に寄りかかっているだけだ。

「どーよ、イチヨねーちゃん。生活対策課の血が騒いできたっしょー。調査したくなってきたっしょー!」

 振り向いた先にイチヨがいない。もぬけの殻になった布団だけがベッドの上にあるだけである。

「野郎、トンズラこきやがった!」

「探しだして、引っ張ってこいッ!」

 北集落から逃亡を図ったイチヨは、あえなくレビンとジョージに捕獲され、家に送還された。

 イチヨとレビンが隣り合って座り、対面してジョージが座っている。

「じゃ、調査を任せたぞ」

「お前はどうすんだよ」

 不貞腐れた様子でイチヨがジョージにいった。

「……あ、テレポンきたわ」

 いきなりジョージが机の上のテレポンに手を伸ばし、受話器を取った。音は鳴っていなかったので、別になにもきていないのだが、なぜだか彼は「ええ!」「そんな!」「いまから仕事だったのに!」「くそう、じゃあ無理かあ!」だのとひとりで大袈裟に叫んでいる。

 ひととおり騒いだあと、チンと受話器を置いて、ジョージは申しわけなさそうに頭を垂れた。

「別の仕事が入ってしまった、すまない」

 ジョージがぐずっと鼻をすすり、目頭を手でおおった。

「お前たちだけを危険な目にあわせるわけはいかない……いざというときは、おれが前にでて戦おう……そう思っていたが、別の外せない仕事が入ったんじゃどうしようもない……すまない……」

「なんの仕事?」

「……詳しくは話せないが、世界規模の命運をになう仕事ではある……」

「オメーつまんねー嘘いって、仕事から逃げようとしてんじゃねーぞコラー」

「いや、マジだから。いろいろ忙しくなるから。すまない! おれは仕事には参加できない! サラダバー!」

 ドドドと家からでていってしまった。最初からジョージにはなんの期待もしていなかったレビンは、にっこりとイチヨに笑いかけて、

「締まっていこう」

「やだ」

 即答である。

「ああ~ん?」

 リュックサックからバラバラになった大砲のパーツを取りだして、速攻で組み立てる。巨大な大砲が完成した。仕事を拒否したイチヨの手を引き、むりやり大砲のなかに押しこんでハッチを閉める。導火線に火をつけた。

「きぃーやぁー! わかった、いくから! いくからやめてだして、室内で人間大砲は死ぬからマジマジマジ!」

「その言葉がききたかった」

 イチヨ参戦決定! 導火線の火を消す。

 一方プレスコットはというと、いまだになにを考えてるのか微動だにせず腕を組んで壁に寄りかかっているだけだ。死んでいるのではといぶかしみ、レビンがつんつんすると「やめて」と声をだした。

「つんつん。プレスコットつんつん」

「やめて。俺に気安く触るのは大罪だぞ」

「つんつん。プレスコットつんつん」

「器物損壊と威力業務妨害の疑いで兵団に突きだすしかないようだな」

 などとふたりが遊んでいる横で、ハッチをガチャガチャいじる音がした。あまり手入れをしていなかったので錆びているのかもしれない。

 ガンとハッチを蹴り飛ばしてでてくると、イチヨはレビンの頭を無言ではたいた。


 レビンプロジェクト最前線・怨念ハウスを追跡せよⅩXダブルエックスを巻き戻し、もう一度最初から再生する。映像から細かく、わかる範囲のことを調べるためである。

「科学的なアプローチからいってみようと思うんだけどー」

「あっ、私そろそろ畑見てこないと。ニラも摘みたいしさ」

 逃げようとするイチヨの足にレビンがからみついた。それでもイチヨがでていこうとするので、ズズズ……と引きずられる。

 テレビに映っているのは、最初の近隣住民インタビューだ。

<いま、誰も住んでないのに、話し声とか……たまに女性の笑い声? みたいなのもきこえたりして>

 イチヨを引き戻し、少しだけ巻き戻す。

<たまに女性の笑い声? みたいなの>

 また巻き戻す。

<笑い声? げはは! みたいなの>

「きこえた? 笑い声が入ってんだよね、ここ」

 中年女性の言葉と言葉の間に、女性らしき声が入っている。

<げはは!>

「ちょっと待って。待って。たしかに笑い声入ってるけどさ、もっとこう『うふふ』とかそういう感じが普通じゃないの? なに『げはは!』って。なんでオッサンみたいな笑い方なの?」

「知らないよ、うるさいなー」

 リュックサックからファイルを取りだす。事前調査を進めるなかで解析したことをまとめたマル秘ファイルである。

 この「げはは!」という笑い声を解析したページを開く。説明しやすいように載せておいた波形データを指さして「ここなんだけど」と、ふたりに注目をうながした。

「こういう広い空間で鳴る声質じゃないんだよねー。きいたらわかるけど、ちょっとこもってるでしょ」

「こもってるし、ちょっと反響してるな」

「なんだよねー。声から逆算すると、もっと狭くてー、長方形っぽい空間でー、でも音を多少吸収するような物があるようなー」

「押し入れだろ……」

 ぽつりとイチヨがいった一言に、ふたりが顔を向けた。布団の遮音性に弱いが、吸音性が強い。すべての特徴に合うのは押し入れである。

「押し入れのなかで録った声が入るわけがない。レビカスの仕込みだろう」

「ふっざけんな! こんな仕込みするか!」

「だったらなんで外のインタビューで、こんなの入るんだよ」

「プラズマだよ! はい、次!」

「プラズマではなくない!?」

 家潜入でリポーターを務めたGの友人、Eさんのインタビューシーン。これはレビンの自宅で撮影したものである。テレポンで事情を説明し、家にまできてもらったのだ。

「窓にご注目」

 Gの事故死について話すEのうしろにある窓、そこに人影のようなものがスーッと近づきながら浮かびあがり、そしてまたスーッと消える。一瞬のことだ。

「女っぽかったな」

「うっそだろ、オバケがこの集落にまで入ってきてんのかよ! なあ、これシニーの家だろ、なあそうだろ!? あー、もうやだー」

 やかましいイチヨを無視して、人影が消える寸前、もっとも窓に接近しているところで一時停止する。プレスコットのいうとおり、不鮮明ではあるが女っぽい。

「アタシはさー、この影。リポーターのGに似てると思うんだよね」

「いわれてみれば」

 家に突撃したTVクルーのメンバーで、常に先陣を切っていたGに似ているような気がする。家でなにかの声をきき、なにかと会話し、なにかに憑依されたようになって不慮の事故死をとげたGが友人のもとに寄ってきているふうに、レビンの目には映る。

 オカルトの話をする気はないが、Gらしきエネルギーの持つ念は、決していいものとは思えない。悲しみや恨みという感情がにじみでた暗い顔に見えて仕方がない。

「オバケだ……Gさんも家に取りこまれて、オバケになっちまったんだ……」

「プラズマだね」

 TVクルーが家に入っていくところまで早送りする。リビングに入室したところで等速に戻した。Gがなにかに反応して「はい?」と振り向くところだ。

「ここも声が入ってたのか」

「うん。でも、普通じゃきこえないよ」

 彼女が振り向く直前、妙な音が鳴っている。人の肉声らしき音だが、イントネーションが奇妙でまたまともな言語にきこえない。

 何度もこの音をきいているうちにレビンは閃いて、音声だけを抽出し、逆再生にした。その工程をはさむことでなんといっているのか聞き取れるようになった。

<よくもあんな箱なんかを>

 そういっている。

 地の底から響くような、異常に低い男の声でそういっているのだ。

「箱? またか」

「Bさんだっけ。あの人が何回か箱のこと、話してたよな」

「箱は重要キーワードだよ。実際の調査でもかなめになるだろうねー」

 寝室を調べて、クルーが浴室に向かう途中。廊下の大鏡を一瞬だけ、カメラが映す。反射してカメラマンやほかのスタッフたちの姿が入っている。

 レビンがタイミングよく、ここぞと一時停止した。画像はブレ気味である。

「鏡に反射して、リビングのドアが映ってるでしょ」

「あっ。顔が覗いてるな」

「え、マジ! 見ないよ、私は見ないよー!」

「どうした、見てみろよイチョーピー」

 目を両手で隠したイチヨの背後に立ったプレスコットが、彼女の両手を力ずくで開き、両目に指を添えてむりやり開いた。なんとかテレビを見ないようにと目をぎょろぎょろ動かして暴れるイチヨが気色悪い。

 時計仕掛けのオレンジかよと呆れつつ、

「Bさんのいうとおりかもね。見えてるのにどういう顔かいまいち判別できないってゆーかさー」

 白い顔だ。死人の顔といっていいだろう。

 目がいまのイチヨ並にぎょろついており、隈取のように目のまわりが黒ずんでいる。それは唇も同じだ。

 そこまでである。映り方からもっと特徴がわかるはずなのに、それ以上のことがわからないのは不思議だった。

「バカスコットー、アタシのリュックからモニターだして」

 指示されて、プレスコットがイチヨを放し、レビンのリュックサックをあさりはじめた。イチヨはひぃんひぃんとうめきながら目薬をさしている。

「レビカスのリュック、物がパンパンだな」

「三次元ポケットだよ」

「それ、ただのポケットじゃないか」

 自作モニターを受け取って、それをコードでテレビにつないだ。一時停止中の画像がモニターにも映しだされた。

 複数のボタンがついたパネルを操作して、顔を拡大してゆく。なにか手掛かりになるものはないか――

「ぎょ!」

「どうした」

「コイツ……こっち見てる」

 プレスコットがモニターを凝視した。

 レビンが記憶するかぎり、このリビングのドアからにゅっと突きでた顔は玄関のほうを向いていた。それがいま、明らかに目線をコチラ側に送っている。拡大する途中でこちらを見たのだ。

「最初、こっち見てなかったと思うんだけど……バカスコットはどう思う?」

「覚えちゃあいないがな、視線というものは言葉以上に物をいう。はじめコイツのツラを見たとき、俺が見られているという感覚はなかった。いまは見ている」

「そんなこと、ありえます?」

 おびえながら、イチヨがひょっこり顔をだした。

「プラズマだからありえちゃうんだな、これが」

「プラズマっていっとけば済むと思ってんのか、お前!?」

 コードを引っこ抜いて、モニターを閉じた。リビングの顔が「えっ」という表情をした気がしたが、あまり気にせずつづきを見ていく。

 ベランダでスタッフの人数が増えていると混乱を招いたシークエンスだ。ここで不可思議なのは、スタッフのどれもが見慣れた顔であり、誰が増えたひとりなのかまるでわからない点である。

 だがしかし、コチラには科学の力がある。

 レビンはファイル内にある、ここまでに映ったスタッフの画像切り抜きをまとめた一ページを参照した。スタッフ八人のカットと見比べれば、増えた者が明らかになるというわけだ。

「コイツでしょ」

 イチヨが指さしたのは、スタッフたちの一番うしろに立っているうっすら透けた全裸の男である。下半身は完全に透明化しており、なんとか事なきを得ている。顔の全体の印象はやはりつかめないが、くぼんだ眼窩がんかが強い印象を残した。

「どう見てもコイツでしょ」

「なんでこれを八人目に数えてたんだ? まぁ現場にいる奴らなら、そういう力で幻視させられるってこともあるのかもしれんが、なんで俺たちまで」

 そのどう見ても人間ではない男は、最初のカメラマンを除く七人を映したカットでのみぼんやり映り、次に映るころには消えていた。

 最初に観た時点で気づくはずのことだ。レビンに関してはこの映像を何度も観ていながら、いまの段になってやっと把握できたのだから意味がわからない。

「これもプラズマだってのかよ?」

「んー、これは集団催眠だよね」

「集団催眠ではないよね」

「茶々入れるんだったら帰ってくれるかな、バカスコット君? アタシのが頭いいんだよ? わかってる、そこ?」

「でもレビカスと殴り合いしたら、ワンパンで殺せるよ俺」

「頭の話してるんですけど? 誰も殴り合いの話してないんですけど?」

「首の骨、即ポキなんだが?」

「いやお前ら、うるさ!」

<早く家からでろ! 髪が、髪の長い人>

 スタジオの叫び声がブラウン管からしてくる。

 画面端に女性らしき長い黒髪が映る部分で、レビンが一時停止した。

「あ、ここ嫌いだよ」

 イチヨが床に膝を突いて、ずぼと布団のなかに上半身だけ突っこんだ。ベッドの側面から正座する下半身だけを飛びださせている妙な女の姿に、レビンとプレスコットは「はん」と嘲笑した。

 ブラウン管に顔を向けるついでに、プレスコットの背中を叩く。集中しろと伝えたかっただけなのに、バシンと頭をはたかれた。大人気ない一撃が脳まで響く。鈍痛で涙目になりながら、レビンは映像の不審な点を洗いだした。

「カメラはさー。ベランダから下を映してるじゃん。柵からちょっと乗りだしてるってわけじゃん。でもぉ、この左端の女の頭の位置からしてだねー」

「女がもし本当にカメラの横に立っていたのなら、宙を浮いていることになるって話だろう」

「それな」

 柵の外側、ありえないところから女が頭を割りこませているのだ。

 先に逃げた男性スタッフは、下からこの黒髪の女が見えていたのだろう。クルーに近づいてゆくそれが――

 椅子から立って、プレスコットがデッキの停止ボタンを押した。

「だいたい、こんなの調べてどうなる。映像のなかでわかることなんてあるか」

「そりゃまぁそうなんだけど……こういうのは雰囲気とかも大事だからさー」

 たしかにこれ以上、映像を解析しても得られることはなさそうだ。はっきりいってなんの収穫もなかった。時間の無駄としかいいようがない。

 布団のなかに突き刺さったままのイチヨの腰を持ち、イモのように引っ張りだして、

「現場百遍。本格的なアプローチをかける前に下見をしにいこう!」

「トホホ、なんで私がこんな目に……いきたくねー」

「イチヨねーちゃんはさ。アタシの世話を、アタシのパッパとマッマに託されてるわけでして。しかし、アタシはひとりでもあの家に向かうわけでして。なにかあったら……ね?」

「オメー、それはズルいよ!」

 レビンの両親はともに高名な機関からくり技師で、いまも世界中を飛びまわって活動している。当初はレビンもその科学の発展のための旅に連れていかれる予定だったが、村を離れるのが嫌だとゴネた結果、近所のイチヨが彼女の世話をするということで話がまとまったのだった。

「まっ……プレスコットいるし大丈夫か。なんかでたら、その魔銃でちゃちゃっと頼む!」

「え?」

 え、俺? というふうにプレスコットが自分を指さした。

「え?」

 え、お前しかいなくない? というふうにイチヨがプレスコットを指さす。

「俺はいかないよ」

「は? なんで?」

「別に興味ないし……」

「お、お前……私とシニーになにかあってもいいのかよ……?」

「それは全然いいよ」

 イチヨがプレスコットの背後にまわって、おんぶされるように抱きついた。甘えているのではなく、首に腕をまわしている。全体重をかけた裸締めだ。

「ギブ、ギブ! ギブです、ギブ!」

 当然これはただのジョークに近い掛け合いである。イチヨの裸締めなどプレスコットに通用するわけがないのだが「ギブ」といってタップするイジリ合いの応酬、その一端なのだ。

 ジョーク。ならば、プレスコットはついてくるのかといえば、そんなことはない。本当についてこないのが、この騎士の憎たらしいところだ。

 特に話し合ったわけでもなく自然にイチヨとレビンだけで、問題の家にカミナリ号を走らせることになった。

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