4 Bさんの体験談・その一

 レビンが一時停止ボタンを押した。

「心霊特番の映像はここまで。これは放送できないよねー」

「あわわわ……」

「映像内にでてたスタッフのそのあとは?」

「ディレクターとレポーターと取り残された男性スタッフは死亡。最初に家からでた男性スタッフとカメラマンは行方不明。ほかのスタッフは治癒局精神科に入局してたり、話をするのを避けたりって感じかな」

「へえ」

 壁にもたれかかったプレスコットが生返事をかえした。

「って、うおお!? プレスコットじゃないか! いつからいたんだ?」

「元気そうだな、ジョージ。クルーが家に入るとこあたりからいたぞ」

「なに、プレスコット!?」

 布団マイマイがにょきっと顔をだした。

「バカスコット、いつの間に!?」

「暇だから遊びにきたら、つまんなさそーなの観てたからさ」

 すぽーんと布団から這いでて、イチヨは「そうそう、つまんねーんだよ! オメーからもコイツらにいってやってくれ。こんなの観る時間が無駄なんだって!」と同調を求めた。顔色が悪い。

「上ウンマイの住宅だろう、それで取りあげてんのは。村役場にも苦情がきてるんじゃないのか、放ってもおけんだろう」

「それ。まさしくそれよ。わかってくれるか、プレスコット!」

 ジョージが騎士の肩に手を組んだ。

「なんだよう、オメーまで……」

 垂れたアホ毛をしならせて、イチヨが力なくいった。

「最後まで、観るだけ観てみようじゃないか。それとも、イチョーピー……」

 ぬっとプレスコットがイチヨに顔を近づけて、

「怖いんですか?」

「え」

「あなた、怖いんですか? もしかして。こんなクソ番組に恐怖を? まさか。」

「なっ……なわきゃねーだろ、はは! フカしてんじゃねーよ!」

「じゃー、つづき観ましょーねー」

 レビンがリモコンの再生ボタンを押した。

「あばー! やだー!」

 レビンプロジェクト最前線・怨念ハウスを追跡せよⅩXダブルエックスが再開された。


 上ウンマイ仮設治癒局にBさんはいる。

 彼女は最初、取材をかたくなに拒否していたのだが、家の呪いを解くためだと説得することで、やっと応じてくれた。

「思いだしたくもないんですが」

 Bさんは、TVクルーが家にくる前に家に居住していたAさん一家の奥さんである。Bさんと息子のCくんは原因不明の体調不良で入局中、Aさんは現在も行方不明……と、いうのだが。

「わたし、家系なんですよね。母は昔、リク大陸のある霊山で霊媒アルミエやってて、降霊術の商売とかしてたそうですから。血なんですかね、わたしも若いころはよく見ました」

 特に結婚前まではいろんなものを見て、いろんな体験をした。死んだはずの人と話したこともあったし、得体の知れないものを枕元で見たこともあった。寝るときの趣味は自分で意識的におこなう幽体離脱。空を自由に飛ぶのが気持ちよくて、毎晩やっていたのだという。

 Aさんと結婚してから、その力は弱まっていき、子どもを産むころにはたまに見る程度が限界になっていた。それが往年のころのようにふたたび見えるようになったのは、あの家に住みはじめてからだ。

「主人と田舎の村でのんびり暮らしたいね、という話になって。息子が三人いるんですけど、三人とも賛成してくれたんですよね。長男と次男は独り立ちの年頃だったんでアレですが、三男のCはすごく喜んでました。壱式にあがるタイミングでちょうどよかったんです」

 Bさんは夫のAさんと話し合って、カニタマウンマイウンマイ村を選んだ。村の建築家カタスケに設計と建築を一任して、できあがった家だったという。

 五人家族の新たな田舎生活は平穏かつ有意義なものだったが、半年たった頃合いになって様子が変わってきた。


 最初は家のなかで、鳴るはずのない音が鳴るラップ現象が起こるくらいで、気持ち悪さはあるものの、家鳴りだと決めつけてBさんはあまり深く考えていなかった。

「でも最初の音から数週間たったら、ほかの現象も起こるようになって」

 リビングの机の上に置いた物が、誰も触っていないのにスーッと動くポルターガイスト現象がまれに起こるようになった。

 家のいたるところで強烈な視線と人の気配を感じるようになり、そういった居心地の悪さは日増しに強くなっていった。夫も息子たちもいない夕方、Bさんだけがリビングでテレビを観ているとき。夜に浴室で頭を洗っているとき。深夜、一階の寝室で夫と布団を並べて寝ているとき。は存在をアピールする。

「あ、本格的にはじまった。そう思ったのは、あれですね」

 時間にして深夜二時ごろ。毎夜の寝つきは悪いのだが、その日の落ち着かなさは少し比較にならなかった。隣でぐっすりと眠っている夫に対して、イラだたしさを感じていると、妙な音が階段からきこえてきた。

 トントントン……

 段差をのぼる音がするのだ。Bさんは子どもたちが起きて一階のトイレにいったか、あるいは冷蔵庫から夜食でも漁ったかと考えた。

 しかし、その音は上まで遠ざかると、またこちらへ向かって近づいてくる。遠ざかる。近づく。何者かが階段ののぼりおりを何度も繰りかえしているらしかった。

 トントントン……

 Bさんはもうこの時点で怖くて仕方なかったが、見にいかずにはいられなかった。息子たちの悪ふざけであってほしかったのだ。

「夫を起こして、誰か階段をのぼりおりしてる。いっしょに見にいってって頼んだんですけど、寝かせてくれの一点張りで。不機嫌にすらなっちゃって……でも、音はしてるわけですよ、その間も。ドアを開けて、玄関前の廊下にでたんです」

 音がやんだのだという。

 廊下はしんと静まりかえっており、誰も階段にはいない。

 Bさんが階段をのぼって二階にいくと、階段の前に靴が一セット、綺麗にそろえて置かれていた。普段、靴箱に入れてある安い靴であった。

 彼女はまず左の長男の部屋に入った。

「長男はまだ起きてて、靴の音がきこえていたというんです」

 次男も真ん中の部屋からでてきて、彼もまた音をきいていたと話す。ふたりとも階段どころか廊下にすらでていないという。一応、三男のCくんの部屋に入ってみたが、彼は眠っていた。

 結局、誰が靴をはいて階段をパタパタのぼりおりしていたのか、誰が靴をそこにそろえて置いたのかわからずじまいであった。

 この現象は毎晩ではないにせよ、かなりの頻度ひんどで起きるため、ラップ音などと同じで、しだいに「そういうものだから」と全員が慣れていった。


 だが、慣れない現象もそう間を置く起こりはじめた。相手が姿を見せるようになった。こればかりはどうしても慣れず、どきりとするのだ。

「あの家にはなにか強力なひとつの霊がいるわけじゃないんです。大量の霊が家のなかをさまよっていました。だから見るにしても、毎回毎回、知らない顔です」

 深夜、寝室で寝ていると突然、金縛りにあった。指先すら一寸たりとも動かせず、声もでない。ただ、金縛りというのは、ほかがダメになるからなのか視界だけはクリアになる。目だけは動かせるので余計に広い範囲が見えてしまう。

「金縛りにあうこと自体はいいんです。金縛りでまずいのは、場所がわかってしまったときです」

 そのときも、霊の居場所が直感的にわかった。ドアの向こうだ。廊下に立って、この寝室に入ろうとしてきているのを感じた。強すぎる気配が、闇の渦のようにドアから発せられている。

 音を立てずに、ドアがゆっくりと開いた。全部ではない、半開きよりも小さく開いただけだ。かすかに見えるドアの先はドス黒く、廊下が消滅してしまったふうに見えた。

 そんな闇から真っ白な顔が、これまたゆっくりとでてきた。男の横顔である。でてきた位置が気持ち悪い。ドアの一番上側あたりから顔をだしている。相当な身長がなければ、そんなところから顔をだすのは不可能であるし、いや、そもそも体があるとは思えない首の角度で顔は浮かんでいた。

「不思議なもので、彼らの顔って特徴を挙げられないんですよね。なんだか輪郭りんかくがボヤけてるっていうか……パーツは理解できるんですけど、全体像がつかめないんです」

 彼らとかち合ったとき、Bさんはぐっと目を閉じて、心のなかで教会で教わった文句を必死に唱えるようにしてきた。ずっと神に助けを求めていたら、気配は薄れて遠ざかっていき、体も動くようになる。寝室に来訪してきても、浴室に現れても、夕方にキッチンに立っているとき、背後に迫ってきていても、これでどうにかなるのだ。


 身の危険を感じたことが一度あった。

 体調を崩し、トイレで吐いては横になるを繰りかえすということが、彼らを目撃するようになってから増えた。そのときもBさんは憔悴しょうすいして、寝室で眠っていた。

 また金縛りに襲われた。またか、と思った。どん底に体調が悪いのにやってくるな、と腹が立つ。

 ふと気がつくと自分の体の上に、中年の女が座っていた。うつむきながらその女が、口を動かさずに「お前の箱か」といった。

「それで、いきなり首を絞められたんです。一応、あれが最初で最後じゃないですかね。彼らから直接攻撃を食らったのは。そのあとのは自分でやりましたから」

 Bさんは死に物狂いで教会の文句を心で唱え、女は鬼の形相をして絞める力を強める。おそらくあっという間の攻防であったのだろうが、永遠に思える恐怖と苦痛の時間だった。

 金縛りが解けて、咳きこみながらBさんは起きあがった。女は消えていた。

 腰を抜かしながら、寝室を飛びでて息子三人のいるリビングに逃げこんだ。全員がどうしたらいいのかというふうな困惑の表情を浮かべていた。

「あの女の顔、なんとなく覚えがあったんです。落ち着いてから、あれが誰だったのかと必死に思いだそうとしたんですね。数日たって、わかったんです」

 物置の整理をしていたら、古びた箱を見つけた。そのなかに数枚の写真が入っており、それはBさんの先祖たちの写真であった。一枚、あっと思う人物がいた。寝室で首を絞めてきた中年女が、先祖たちに混ざっていた。家族間トラブルで入水自殺した母の妹である。面識はない。恨まれる覚えもなかった。

 首を絞められたあとは、しばらく残ったという。

「家庭のほうも、どんどん変になっていっていました。切っ掛けがあるとすれば、夫のAです。家に帰ってくるのが遅くなりはじめたんですよね。仕事がどうだとか付き合いがどうだとかいって」

 ベッドに腰かけたBさんが、苦虫を噛み潰したような顔をした。

「なにかしら理由をつけていましたが、あれは家から逃げていたんじゃないかと思います。あの人、感じる人ではないんですけどね」

 柱となるはずの父が家をあけるようになったことで、バランスが狂った。大なり小なり家族間の不和が生じ、ついに長男と次男が家をでていってしまった。

「あの家は手を緩めませんでしたね」

 奇妙なことはつづいた。

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