25 風の吹く居場所

 薄く張った霧が陽にされながら、裏山の森林を漂流していた。朝がくると同時に村中の樹木たちがいっせいに呼吸を開始したのか、急激に空気が浄化されて、ひんやりとして感じられる。

 先陣を切って足早に山道を進んでいくレビンのあとを、イチヨとプレスコットが追った。

「あんま駆けると危ないぞー」

「アタシはイチヨねーちゃんみたいに年食ってないから平気だもん」

「いやまだわけぇわ。失礼だなアイツ」

「そういうわりには足取りが重たいな。レビカスのいうとおり、歳だろう」

「このケガ見て、このケガ。足取りくらい重くなるだろが」

「ンアアッー!」

 沼に最初に到着したレビンが声をあげたのを機に、くだらない会話を切ってイチヨとプレスコットは、沼のほうを指さしたまま「早く早く」とかすレビンのもとまで、速度をあげて向かった。

「エントレー、ルーチェ」

 よどんだ沼の前で、横たわったルーチェの頭を片腕で抱き、エントレーがしゃがみこんでいた。

 無限沈沈沼の水面上に立ちこめた浅霧と沼の濁った青緑色が、まるであの世とつながっているかのようだ。イチヨには、エントレーとルーチェが生と死の狭間はざまに束縛されて映った。

 もう遅いとは思ったが、イチヨはレビンの両目にそっと両手を重ねた。壊れたふたつの人体を見せるのは、教育上よろしくない。それほどには、エントレーとルーチェの体は見る影もなくズタボロになっていた。明るくなったせいで余計にふたりの破損具合が、鮮明な極彩色でわかるのだ。

 エントレーの腹と胸はえぐられ貫通し、右腕は折れ曲がっている。体の正面に深い切創がいくつも刻まれ、左手の薬指には生々しい歯型が残っていた。ひどい打撲傷。なぜ、まだ息があるのか不思議なくらいの重傷である。

「ルーチェは……」

「死んでるな」

 同じく多数の打撲傷。背中からポタポタとしたたる血液。左手薬指は皮一枚でつながっている状態だ。割れた額と右目に沿った切り傷からでる支流の血が、混ざって一本になっている。彼女の命を奪った決定的な傷は、喉にぽっかりとあいた穴であろう。

 ルーチェはエントレーの腕のなかで死んでいた。

「……話はできたか?」

 イチヨは質問した。

 沼に墜落してから、彼女が死ぬまでの間、話はできたのか。それとも墜落の途中で、彼女は死んでいたのか――

「話せたよ、一言だけ……」

 エントレーの顔は、涙と鼻水と血でぐしゃぐしゃに濡れていた。普段、感情を表にださない彼が、むしろ複雑に入り乱れた感情をあらわにしている。

 なにを最後に話したのか、きくことはあるまい。そんなものは、ふたりで勝手に共有すればいいことだ。

 事件のディティールも詮索せんさくする気はなかった。ふたりがなにを思って、どう立ちまわったのか、その納得もいまは必要とはしていない。

 イチヨは「そうか」とだけかえした。

「ここに」

 肉のなくなったルーチェの首筋を、エントレーが震える指先で指さして「ここに三つの小さな穴があった。まるで注射のあとみたいだった。召喚士にさせられたんだ、なにかそんな作用の薬みたいなのが、あるのかもしれない」と早口気味にいった。急いでいるのだろう。

「その召喚士が誰か、きいているだろ」

 プレスコットがいった。

「ヴィゾ。ルーチェはたしかにそういったと思う」

「ヴィゾ=エンゲラブか」

「誰だ。ソイツがルーチェをあんなふうにしたのか」

「悪名高い召喚士だ」

 なぜ。

 それしか思うことがない。悪名高い召喚士が、こんな田舎の娘を利用してなにがしたかったのか、とても理解が及ばない。

 それに黒幕の裏にまだ黒幕がいるのなら、ここからまた走らねばならないのだろうか。いい加減に倒れそうである。

「ぐああ」

 うめきながら、最後の力を振り絞るようにして、エントレーがルーチェの死体を引きずりながら沼へ向かいはじめた。

 イチヨの手を振り払って、あとを追おうとするレビンの襟首をつかんでとめる。

「イチヨねーちゃん、エントレーにーちゃん死ぬ気だ! とめないと!」

 そのとおりだろう。エントレーは死ぬ気だ。いや、死ぬ気というよりは、死ぬ前に死のうとしている。ふたり、同じ墓に入ろうとしているようにイチヨには見えた。

「なにしてんの、沼に入るよ!」

 呻吟しんぎんしながら、エントレーとルーチェは沼に入ってゆく。

 エントレーが肩まで沈み、ルーチェが顔だけ辛うじて沼の面からだすころには、ふたりは沼の中央あたりまできていた。

 レビンがつかむイチヨを払いのけて走った。

「やめろッ!」

 めったにださない、腹の底からのイチヨの真剣な声にレビンはビクリととまった。

「だってさァ……」

 おびえと焦り、混乱して涙目のレビンが振り向いた。

「死に方くらい選ばせてやれよ」

「あのケガだから助からないかもしれないけどさ。自殺はダメだよ、それは……なんてゆーか……その……悲しいじゃん」

「シニーのいうことはわかる。私もそう思う。だけど、だけどな。人は落ちれば落ちるほど、死に方ってモンを自分で選べなくなる。それは……あんまりだろう」

 両拳を握り締める。

 本意ではなかった。いかなる絶望があり、いかなる自責があり、いかなる苦痛、いかなる希望があろうとも自死という行為を許容したくはなかった。しかし、これは私の人生ではない。口をはさめるほど、最後まで付き合う勇気も気力もない。であるあらば、沈黙しなければならない。

 せめて、それが魂の救済になることを祈るしかなかった。ふたりが悪人であろうとも、それを祈るのが精いっぱいであった。

「でも……」

「エントレー」

 レビンをさえぎり、遠くにいってしまったエントレーに声をかける。

「なにもしてやれないが、この私の負い目だけは……オメーの苦痛として、私も背負ってやる。せめてもの手向けだ」

 ふたりは沈んでゆく。音もなく、沼の底へ。

 もう生命反応はエントレーにはなかったのかもしれない。息をしていなかったのかもしれない。単色になってしまった瞳は、もうなにも見ていなかったのかもしれないし、耳もなんの音も拾っていなかったのかもしれない。

 顎の下まで沼に沈んだあたりで、エントレーの口が少しだけうごめいた。切れた唇を動かしてなにか言葉を発したのだ。

 それきりだった。

 エントレーもルーチェもいなくなった。沼に完全に沈んでしまった。

「……なんて、いったんだろう」

「なんでもいいんじゃないか」

 内容はそっけないが、深い情けを含んだ調子でプレスコットはいうと、山道をくだりはじめた。待ってくれと、イチヨがうしろ姿に声をかけた。

「ヴィゾとかいう奴はどうしたいいんだよ」

「表にでてきてないんだから、どうしようもない。ほっとけ」

「せっかく村にきたんだ。しばらくは滞在するだろ。もうちょっといてくれよ」

「……周辺にいる。王都まわりがいま、興味深いからな」

「なにが興味深いんだ?」

「いろんなのが集まってきてるだろ」

 とだけいって、プレスコットは下り道の先へ消えていった。

 なんだか不穏な言い方だったが、プレスコットはバカだから含みがあるようで、どうせ中身はなにもないに違いない。とにもかくにもアイツがいてくれるなら安心できる。ここは素直に、しばらく近くに奴がいるということを、少しだけだが喜んでおいてやろう。

 イチヨは沼をぼんやりと見詰めるレビンの肩に、手を置いた。

 召喚士ルーチェが死んだことで、彼女に召喚されていた神祇たちは時空の果てに消えただろう。カニさまも役目を終えて去ったのだろうか……

 事件は解決したのだろうが、疑問は多く残った。なかでも推測すら成立しないものが二点。ひとつは、弐式校前で出会った美青年の正体。もしかすると、あの青年がヴィゾだったのかもしれない。では、ヴィゾの目的はなんなのか。わからないし、わかりたくもない。ただただ他人を利用するというその性質に反吐へどがでる。

 イチヨはその召喚士と二度と関わることのないようにと、祈った。


 ふたりはボロボロのカミナリ号で上ウンマイの中央部に戻ってきた。

「仮設治療所はどのへんかな」

「村兵たちはこのへんっていってたけどなぁ」

 ざわめきながら集まる村兵たちや村人たちをかないように、スピードをギリギリまで落としながら瓦礫がれきに邪魔されないルートを通る。

「あれじゃないか」

 いつもは治癒局にいる白衣の群れが、イチヨの目の端にとまった。顔見知りの医学博士や長衣、昨晩に治療をおこなってくれたシルハノの横顔も見つけた。

 テントのような治療所が設けられている。

「あれだね。アフロもマックスもあそこにいると思う」

「ここで待ってろ、すぐ戻るからな」

 カミナリ号をおりて、速足でひらりひらりと変則スピードで人混みをかわしつつ、治療所に入った。

「イチヨ!」

 彼女を見つけるやいなや、シルハノが顔をほころばせて、イチヨの手を取った。

「無事だったか。私が帰宅したあとに治癒局がアレだろう。君が発見されてないときいて、心配していたんだ」

「生きてるさ、治療してもらったからな」

「その姿を見ればわかる、ギリギリだったんだろう。薬を打ったのはまずかったかな、すまなかった」

「鎮痛剤には助けられたと思うよ。まぁ生きてたんだ、お互いにな。それで十分だろ」

 テントのなかには、負傷者たちが大勢いる。

「死者は」

「現時点で三十名。全滅したハイレン・ヴァイスカだ」

「朝方には、でなかったのか」

「外の惨状と照らし合わせれば、奇跡的にね。マックス副村兵長の指示が早かったのがよかったんだろう」

「そのマックスは?」

「命に別状はない。まだ意識は戻っていないが、大丈夫だと思う」

「なによりだ」

「しかし、死者はひとり増えるだろうね。手のほどこしようがない」

 シルハノが目線を送った。

 テントのすみに、局員たちがほかより多く集まっているところがある。重い足取りで、イチヨがその群れのなかに割りこむ。地面に座りこんだ片腕のないアイスマンがいて、その横にブランドンがいた。

「ダメかい」

 局員のひとりにきく。

「はい、手は尽くしたんですが……長衣の先生方もお手上げです。治癒局が残っていたとしても助けられそうになかったかと」

 小声で、本人にきこえないように気を遣って局員が答えた。

 アイスマンはなにも語らず、沈痛な表情で相棒を見下ろしているばかりだ。

 床に広げられたシーツの上に寝るブランドンの横に座って、イチヨはささやくように話しかけた。

「勝ったぞ」

「……」

「勝ったんだ」

「……」

「オメーが戦ってくれたから、多くの村人が救われた。ありがとう」

「……イチ、ヨ」

 ブランドンが目に涙をためて、彼女の名を呼んだ。

「……怖くは、ないYO……やるだけ、やった……キドーもほめてくれる……そんな、仕事……だった……」

 ゴホと咳きこんで、

「この村は……いい村だと思うYO……」

 イチヨもまた瞳をうるませて、にこりと笑った。

 なにもいわず、彼の小刻みに震える冷たい手を取った。小さく二度、上下に揺らす。握手だとしらせるように。

 あまりに自然な行動だった。まるで意識せず、なにかに後押しされるようにしておこなったその握手は、背後にたたずむ大きななにかに見守られていた。

 ブランドンが一瞬、目を輝かせて、うっすら笑うと事切れるようにして目を閉じてしまった。

「……ありがとよ、イチヨ」

 アイスマンがかすれた声でいった。

「なにがだ。よく無事だったな、お前」

「最強だからよ」

「王都の兵団庁に戻るのか」

「キドーに報告はしなきゃいけねぇ。そのあとは……引退、かもしれん。相棒もいなくなっちまったしよう」

「ブランドンの遺体は――」

「悪いが、俺様が引き取る。兵団庁の墓地に埋めてやるんだ。それが一番いい」

「ああ。……ああ、そうだな。また、今度は遊びにこいよ。3」

「……――」ぐっと、なにかこみあげる感情を押し殺すようにしてから「やっぱり俺様に気があるんじゃないのか」と、アイスマンが笑っていった。

「はは、ミリどころかナノもねぇよ」

 静かにブランドンの手を床に置くと、イチヨはアイスマンに手を振りながら治療所をあとにした。

 カミナリ号の運転席に乗りこみ、レビンにやるせない笑みを送る。

「イチヨちゃんの握手会。なんてな」

「ファンサービスってやつ?」

「神にはなれなかったよ」

「ただの村娘なんだしさ。……あーあ。もう帰ろう、眠いよー」

「寝る前にもっかい風呂だな」

 またゆっくりとカミナリ号を走らせ、北集落に向かいながらイチヨはある言葉を思いだしていた。総合武器術の名手とうたわれた稀代の実戦家、ベネノの言葉である。

「世界はいつもこうでなければならないのか」

 人の業に触れたときや、手に負えない事象にぶち当たったときなど、この言葉を想ってきた。やりきれない気持ちになるのだ。

 ――なんともいえないが、戦うことをやめたら仕舞いか。

 突然、強風が吹いて、カミナリ号が揺さぶられた。

 両サイドに広がる麦畑がいっせいに波立った。下ウンマイを守る山の木々たちも手を振っている。葉が舞いあがって、白い雲のまばらに浮く、透き通るほど青い空へ飛んでいった。きらめく黄金の海の上に立つ緑の要塞ようさいが踊っているようだ。まばゆい朝陽の光量も手伝って、壮観な光景であった。

「すっげー風。なんかメッチャきれい」

 カミナリ号を減速させた。

 まだ波を生む風はつづき、下ウンマイを脈動させている。

「オババが、よろしくいってたぜ」

 レビンにではなく、風そのものに向けてイチヨは静かにいった。

「……なんかアタシ。科学的じゃないこといいそ」

「科学じゃない、迷信の話さ」

 正体のつかめない強大な力のかたまりが、小さな透明化されたエネルギーたちを連れて、空の奥へのぼっていくような――そんなイマジネーションが彼女たちの感覚のなかで広がっていた。

「完全勝利。やったぜ、一般人」

 マキナ・ビトルの割れた窓から優しく吹きこむ風に、金髪の髪をでられながらイチヨは決めゼリフをいった。事件が解決するたびに、なんとなく口にするようにしている文句であった。


「いっかぁ。よーくきけよ、お前ら」

 村の地図を机の上に開く。

「盲腸になったと言い張って作戦に参加しない、ジョージのありがたい調査で暴きだされたイノシシの経路がこれだ」

 北集落の裏山に線をきゅーっと引く。

 事件の収束から三日。イチヨの家にニフォとやる気兵士が集まり、机を囲んでイノシシ捕獲作戦の会議を進めていた。ぐっすり休んでかなり回復したイチヨが、早めにイノシシの件をどうにかしたいとジョージに申しでたことで話がふたたび動いたのである。

「この動線上に仕掛けておいた罠のおりはシニーの特製発明品だ。ちゃんと操作すりゃ、檻ごと運べる」

「イノシシが捕まってるかどうか、いまからわたしたちで確認にいくってことね」

「僕はやる気です!」

「三人で山に入る前に、もっかいだけ念押し。くれぐれもいきなりパニクって、私の指示外の行動にでるなよ」

 スズメバチのときのことを蒸しかえして、絆創膏ばんそうこうを貼った顔をしかめさせてイチヨがいった。

 ガタと椅子から立ちあがってニフォが「しつこいのよ、アンタ。わたしたちに任せとけば大丈夫だってば」と、机をバンと勢いよく叩いてやる気兵士が「僕はやる気です!」と意気込んだ。

 ――木漏れ日が緑のグラデーションを作る深い森のなか。獣道のど真ん中に設置された四角形の檻のなかに、大物のイノシシがかかっていた。

 本来イノシシという生き物は、警戒心が強く神経質なはずだが、このヌシのようなイノシシはやけに落ち着き払って、閉塞された空間のなかでおとなしくしていた。

 イチヨとニフォとやる気兵士が、茂みから顔を並べてだす。

「やったぁ、かかってるぞ」

 手元に置いたレバーに手をかける。これはレビンが用意した特製の檻とセットでついてきた操作装置で、一定の距離を保ちながらであれば、檻をラジコンのように動かすことができる優れ物だ。

「イノシシを村まで動かして保護したあとに、侵入防止柵を山周辺に張りめぐらせる。最後にイノシシを山に帰して、仕事は完了。肉の宮のハンバーグ、いただきだなぁ」

「はぁ……はぁ……イノシシ……こわい……!」

 切羽詰まった、うわずった声が隣からきこえてきた。左隣を見ると、汗だくのニフォがひどく青ざめながら呼吸を乱している。

「お、おい、どうしたんだよオバハン」

「イノシシ……こわい……デカい……! こわいよ、こわいよ!」

「落ち着け、またかよ! 大丈夫だって、あの檻は特別製だ」

 イノシシを凝視しながら同じ言葉を繰りかえすニフォの肩をゆする。レビンからきかされていた檻の耐久性の高さ、安全性を口早に伝えた。五段階にわけた厳しいレビンチェックをくぐり抜けた安心安全の発明品らしいのだ、まったく焦る必要はない。

「はっーはっーはっー!(過呼吸)」

 説明の甲斐なく、ニフォの容体は悪化する一方である。

「やる気兵士、手伝ってくれ。コイツを押さえて――」

「やだ……こわい……イノシシこわい……! はっーはっーはっー!(過呼吸)」

「お前もかよ!?」

 やる気兵士の明るく爽やかな満面の笑みはどこへやら、やる気すらも投げ捨てて、あえぎもだえていた。

「たすけて、こわいよ、こわいよ!」

 狂乱したニフォがレバーを力任せに引いた。と同時に、ばしゅんと妙な音を立てると、レビンの檻が割れてイノシシの周囲にバラけてしまった。

「ぎゃあー! なんてことをッ!」

 森の奥へ走り去っていったニフォを追う余裕もなく、半泣きになったイチヨが必死にレバーを押し引きする。檻はまったく元に戻らない。死んだように部品が転がっているだけだ。

「もうやだぁぁぁ! おうち帰るー!」

 イノシシが茂みのすぐ先にいるというのに、やる気兵士は叫ぶと、イチヨを突き飛ばした。やる気兵士はニフォの逃げていったほうへ走り、強く押されたイチヨは転倒しまいと前にトトトと走っていった。

 数歩進んで、なんとかコケずにイチヨは停止することに成功したが、ここは――

 イチヨの鼻先にイノシシがいた。顔を向かい合わせる形になってしまっている。

「……?」

 ポンプですべての血液を輸血されてしまったかのように、真っ白になったイチヨのにおいをクンクンとイノシシが嗅ぎだした。突きだした鼻を芋虫のように五秒ほど動かして、イノシシが「ピギィィィー!」と敵意を剥きだして吠えた。

「うええええ、ああああ!」

 あわてて逃げだしたイチヨを、イノシシが追う。ともに全速力で、険しい森林を駆けまわりはじめた。

「たすけてええええええええええ」

 村人たちが協力し合いながら、せっせと復興作業にいそしむ上ウンマイの住宅地まで届きそうな、イチヨの悲鳴が響いた。

 カニタマウンマイウンマイ村に日常が戻ってきたことを知らせる、彼女の元気な声としておこう。

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