案件03:恐怖!呪われた家

1 家にまつわる仕事

 どこにいっても、セミたちがやかましく鳴いている。直射日光にさらされて強い熱を帯びたカニタマウンマイウンマイ村は、新緑から吹く涼しい風を常に待っていた。

 昼下がり、下ウンマイ村役場内も例外ではなく、すべての窓やドアを開け放って、風が入るのをハイエナのように待っている。

 普段は閉じられている休憩室のドアも全開になっており、その室内では群青色の少女がひとり、彼女の体には少し大きな椅子に座って、食い入るようにテレビを見ていた。

「ヤラセぇ……とは思えないんだよなぁ」

 ブラウン管に映るのは、夏の心霊特番の映像である。

 赤や青といったスポットライトの混ざる暗いスタジオに、胡散うさん臭い悪趣味なセット。司会者やゲストたちが横並びに座って、観客席のほうを向きながらトークをつづけている。

 なにかあったらすぐに「ワー」「キャー」と悲鳴があがる、アレだ。

「あらら、なんか大騒ぎしちゃってるよ?」

 スタジオのモニターに流されているのは、別働の撮影隊がとある一軒の民家を調査している同時進行の生中継ライブだ。

 いま、なにか映った。そこやばいですって。逃げろ逃げろ。近づいてきてる。なんだいまの音。声したよ、声。もうやだあ。わー。きゃー。

 半狂乱になって、スタジオのメンバーや観客たちがわめいている。パニック状態なっているのは見ればわかるが、ではこれがヤラセかどうかといえば、妙なリアリティがある。すべて恐怖のための演技だとするならば、そのスタジオにいる全員が大御所役者かなにかではないかという話になりかねない。

「民放でこれはなー」

 レビンは興味深そうにいった。

 この特番は民放で放送される予定だったものである。だが、されなかった。そこがまたリアルなのだ。それなりの予算と時間を割いたであろうこの映像は門外不出のお蔵入りとなってしまい、放送されなかった。

「観てるか」

 たるジョッキのブドウ酒を片手に、ジョージが休憩室に入ってきた。

「これすごいね、アタシも調査の必要があると思うなー」

「放送されなかったが、その家の黒い噂が出回ってる。いまは上中ウンマイ村役場の管理になってるんだが、買い手も借り手もつかん。お荷物状態ってわけだ。それで噂を払拭ふっしょくできるような方向性で調査してくれと、こっちに依頼がきた」

「マジなんでもかんでも押しつけてくるよね、向こうの村役場」

「今回は許してやろう。前の神祇騒動で復興最中ってのもあるしな」

 ぐいとブドウ酒を飲み干して、ジョージも椅子に座った。

 レビンはデッキの一時停止ボタンを押して、机のほうに向き直った。

「問題の家の近隣住民も、生活対策課に調査を求めてきてる。噂による思いこみだろうが、あの家から不気味な声がきこえるだとか、人影が見えたとかいってるんだ」

 話をききながら、ニタニタと笑ってレビンが何度もうなずいた。

 もう楽しくて仕方がないのだ。幽霊やオバケといったものを彼女はまったく信じていないが、なにかしらのエネルギーが発生している可能性はある。それを科学の力で解明し、対処することが面白そうでたまらなかった。

「……って、部外者のお前にいっても仕方ないな」

「引き受けた!」

 机を叩いて、レビンが身を乗りだした。目がキラキラと輝いている。

「お前が引き受けても意味ないだろ。イチヨ……アイツ、駄駄こねるぞまた」

「アタシに任せて! イチヨねーちゃん、たしかにこういう話マジで嫌がるけど、アタシなら説得できっから! できっから!」

「そう?」

 イチヨの説得が相当に面倒なのだろう。ジョージはぐっとレビンに身を寄せて、少し表情をゆるめた。

「その代わり、アタシも調査に加わるから、それ許可してよね」

「イチヨがやるなら、随行しても構わないが?」

 ふたりの距離が近づいていく。肩を引っつけあって、

「YES!」

 まるで悪だくみをする悪代官とその部下のように、ふたりはニタリと笑い合った。レビンとジョージは変なところで利害が一致しがちだ。


 上ウンマイの大通りを、イチヨは口笛をぴゅっぴゅっと吹きながら、上機嫌に歩いていた。彼女が両手にかかえている茶色の紙袋からは、細長いパンやジュースのボトルがはみだしている。市場にいった帰りである。

「いっぱい買ったなぁ」

 ふわりとヒノキのかぐわしい香りがふわりと鼻についた。ああ、いい香りだなと思ったのもつかの間で、

「ヒノキかぁべし!」

 なにか硬いもので右肩をどつかれて、イチヨはフラついた。

 角材を左肩に乗せた男が、えっほえっほと脇を抜けていく。前がよく見えず角材をぶつけてしまったのだろうが、男はなにもなかったかのようにいくので、イチヨはむっとなって、

「危ないだろ気をつけろ、バカヤロー」

「ん~?」

 うしろから言葉を投げられて、男が振り向いた。角材がブオンと風を切って、イチヨを弾き飛ばした。

「キョー!」

 イチヨは怪鳥のような悲鳴をあげながら回転して、びたっと民家の壁にぶつかった。

「ん~?」

「てんめー……」

 じろーりと角材を持つ小男をにらみつける。

 薄汚い作業着を着た、浅黒い肌の中年小男である。持っている角材はヒノキだ。

「上ウンマイの材木屋か?」

「そうだけど、なに。いまそれェ……関係ある?」

「建築家ってナリじゃねぇよな。ま、復興作業ご苦労さんです」

「ん~? そんなのしないけど」

「しないの」

「わたしはねェ~、いまヒノキの小……おほん、おほん! わたしの家の補強してるから、慈善活動なんてしてる暇はね、ないんでねェ~」

「ああそう」

 少し潰れてしまった紙袋を元の形に戻そうと両手をガサガサ動かしながら、彼女は材木屋に詰め寄った。

「それはそれとして、どこ見てんだ。大通りで角材運ぶならもっと注意して歩けよな」

「注意っていってもねェ~……こんな長いもの、注意しようがなくないかぁ?」

「なんだよその言い草」

「まぁ、ん~……ごめんねー! はい、ごめんねー!」

 これでいいんだろというふうに半ギレ状態で材木屋は謝ると、角材をまたブンと振った。うしろを向いたのだ。

 今度はしゃがんでヒノキ角材攻撃を回避したイチヨだったが、紙袋からゴロゴロとオレンジがこぼれ落ちてしまった。

「あっあっあっ、くそぅくそぅ」

 転がっていくオレンジを這いつくばってすべて回収し、彼女が身を起こすと、材木屋は道の角をどこかで曲がったのか大通りから姿を消していた。

 イチヨの頬がヒクつく。

「カンナのかけ方がヘタクソなんだよ、この三流!」

 ヒノキの角材にかけられたカンナのあとがガタガタだったのが、ずっと気になっていた。あれでは実際に組んだとき、隙間ができてしまうだろう。ご近所の林業者、ハゲのスィンコの仕事を間近で見て、師事したこともあるイチヨが追い打ちの暴言にそのテーマを選ぶのは無理もないことであった。

「なんだよ、もう。あー、イッテェなぁ……」

 ぶつぶつ文句をいいながら、カミナリ号をとめている広場につづく古道に入ろうと角を曲がろうとした瞬間、視界の端に無視できない人影を捕捉ほそくした。民家の前の風化したちかけのベンチに、若い男が脚を組んで座っている。手に持った一枚のチラシを凝視しながら。

「アイツだ」

 前の騒動のときに弐式校前で出会ったあの青年だ。ルーチェの運命を決定づけたときく悪の召喚士ヴィゾかもしれない、あの美青年だ。

 関わり合いになんざなりたくねぇ。

 そうは思うが、彼が何者で、彼がなにを考えているのかどうしても気になる。悪だくみでもしてるのではと考えると、スルーするわけにもいかず、イチヨは角にへばりついて青年の観察をはじめた。

 青年が道ゆく村娘たちの黄色い声と熱い視線を受ける一方、イチヨはヒソヒソと村人たちに指をさされて怪しまれている。とはいえ、男たちの鼻の下は伸びてはいるのだが。

 青年が無造作にポケットに右手を入れて、皮袋を取りだした。

 イチヨが身構える。召喚に使うなにかの道具かもしれないと彼女はひどく緊張したが、袋のなかから彼がつまみだしたのは、なんでもない木の実だった。ナッツである。それをポリポリ食べながら、一枚のチラシを見ている。

 チラシと見せかけて、人皮の魔導紙なのでは?

 イチヨの膝が鳴りはじめた。注目すべきは元より彼の見るチラシだ。その内容を確認できれば、青年の正体を暴くことができるかもしれない。

「……」

「いや、物件チラシかい」

 青年とチラシの間に顔だけ割りこませながら、イチヨがいった。中身を確認しようと夢中になり、青年にガン見されているのにも気づかず、無意識のうちにどんどん接近してしまったのだ。好奇心の強さが裏目にでた。

 問題のチラシはというと、魔導紙などではなく、上ウンマイの物件チラシであった。民家の写真と間取り、購入金額や連絡先が書かれた普通のチラシである。

「うわ、しまった」

 失態に気づいて、イチヨが飛びのいた。気まずく沈黙してふたりが見詰め合う。三度、深呼吸してから能面のような青年に向かってイチヨが苦しまぎれに、

「覚えてるよな。弐式校の前で会っただろ、イチヨっていうんだ」

「……」

「ウチの村の物件チラシだろ。なんだ、引っ越してくるつもりか?」

「……」

「礼儀のなってねぇ女だと思わないでくれ。単刀直入にきくんだが、アンタはヴィゾとかいう召喚士か? いや、ちょっと前に私の友だちがソイツにひどいことされたみたいでさ、イカレて死んじまったんだよ。で、そんときにちょうど、私とアンタは出会った。疑って悪いんだが、よそ者のアンタがもしやするとヴィゾとかいう悪党じゃないかって。できれば近づきたくもなかったし、正直得体の知れないアンタが怖いんだけど、友だちの顔がね。男ふたり女ふたりの顔が頭に浮かんできて、いけねぇ」

「……」

 青年はなにも答えず、じっとイチヨの眼を一点に見ていた。最初はおびえながら、丸くなりながら面を向かわせていたイチヨも、いつしか動じない視線にこたえている。冷めきった青の瞳に引けを取らぬ、燃える赤の瞳がそこにあった。

 チラシをぐしゃと真っ黒な戦闘礼服のポケットに押しこむと、青年は立ちあがって、一瞥いちべつもせずに古道につづく角を曲がった。

「なんだよ、なんだよ。愛想の悪い奴」

 イチヨは彼のあとを追わなかった。追っても仕方がなさそうで、そして、かの青年から悪意と呼べるような代物がいっさい感じられず、それでいて無でもない、感覚としては悪くないモノを冷たい瞳から彼女は感じていた。それによって、足を動かす動力を失ったのだ。


 カミナリ号を家の前に停車させ、自宅のドアを開けると、レビンとジョージが肩を寄せて椅子に座り、勝手にテレビを観ていた。

「また勝手に内装変えやがって」

 ふたりはテレビの前に机を移動させている。

 レビンがわっくわくというふうな表情で、バッと振り向いた。嫌な予感がする。

「おかえるィ! 新しい仕事だよ、アタシが持ってきてあげたんだから!」

「いらねーことすんじゃねー」

 テレビを消すと、ジョージも振り向いて「ま、座れ」とうながした。私の家なんだけど。

 イチヨは紙袋をキッチンに置いて、ベッドの上に座った。

「村のある家の調査をお願いしたいんだ」

「また白アリ? 業者呼べよ、業者」

「上ウンマイ村役場と民家区域住民からの依頼でな。いわゆる住居トラブルというかな……とにかく、家の調査なんだ」

「なんの調査かいえって」

「幽霊でーす!!」

 アヘ顔ダブルピースでレビンが叫んだ。

 イチヨの顔が青くなった。類の話はダメなのである。

「えー! そんなのいきたくないよー!」

「コレは面白いよ、絶対に引き受けるべき! 家に三日ほど滞在してさ、記録すんのよ、いろいろと! うひゃひゃ!」

「もし、そういうのがいた場合は除霊も考えないといけないな。家をまっさら安全にして村役場にかえす必要がある」

「ほかの奴らにやらせろよー! 私は絶対に嫌だからな、こえーもん!」

「ジョージ、アタシが事前に用意しておいたこのテープを流して」

 レビンがリュックサックから、一本のテープを取りだした。これは記録された映像テープを歯車で巻き取って再出力する世界的な普及ツールである。

「説明用にアタシが監修して作っておいた案件概要の完全版。関係者インタビューを独自に敢行かんこう、問題になった実際の映像も入手して収録。これ一本でどんな仕事なのかすべて理解できちゃうよ」

「そんなの用意してたのか、手際いいな。さすがは鬼の子シニー」

「アタシのことはレビン=Oと呼べ。イチヨねーちゃんの仕事を楽にしようと頑張ったんだからね」

「頼んでねーんだわ、別に」

「題して『レビンプロジェクト最前線・怨念ハウスを追跡せよⅩXダブルエックス』ね」

「きいてねーんだわ、別に」

 ジョージがまたテレビをつけた。ビデオが再生される。

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