18 マックスの単独捜査

 中ウンマイの村兵舎でもっとも遅くまで明かりが点いているデスクは、ここ最近、決まって副村兵長マックスのデスクであった。深夜当番の兵士が巡回にいっている間も、彼は寝ずに待機するようにしていた。なにかしらの連絡を受けた際、すぐに現場に向かえるようにだ。

 リヒという元村人の死を皮切りに、カニタマウンマイウンマイ村方向へ神祇が向かってきているらしいと近隣町村の報告を受けてから、お肌によくない生活だと思いつつも睡眠時間を大いに削って、彼は休日も返上して働きつづけていた。

「今夜も朝まで、こうでしょうね……」

 がらんとした事務室で、マックスは独り言をいった。まだ深夜には届いていない時間帯ではあるが、いつもどおりの平行線がつづきそうであった。

 当然、いつまでもこうはしていられない。どこかで神祇たちをあぶりだして対決する必要がある。相手が村に居座る気ならば、なおのこと殺し合わねばならない。王都から応援を呼んででも駆逐くちくしなければいけない。

 マックスは戦う気だった。なぜか王都から先立って派遣されてきた二人組のことなどまったく信用せずに、独自で動いて神祇の足取りを調査し、アジトを暴いたなら総攻撃を仕掛ける気でいた。

 しかし、そんな彼を邪魔するのは誰であろう、味方であるはずの人物である。

「マックス君……」

「あら、村兵長じゃない。チャオ」

「今日も残業かい。なにをしてるんだ、それはいったい」

 もじりとした態度で、村兵長のクラッジがデスクの上に広げられた地図を指さした。

「見てわかんないの、目撃情報を洗ってンのよ」

 神祇の目撃情報がでた場所に、バツ印を書きこんでいく地道な作業である。

「あのね、もう何回もいってるけどね……兵団庁から、カニタマウンマイウンマイ村の村兵は捜査も巡回もしないようにって、いわれてるんだよ。派遣した二人組に任せて、静観するようにって……それを君、また兵士を巡回にだしちゃって……」

「あーた、ホントに村兵長なの?」

 何度も繰りかえした言い合いだ。

 昔から、彼とクラッジはソリが合わない。上の命令は絶対、ご機嫌取りでいいこと言いのクラッジはマックスとはまったく逆の性質だった。兵団庁自体も彼からすれば煮えきらない、現場にいないお偉いさんであり、とても信用に置ける存在ではない。

 必然、村兵舎内で上部ふたりの確執かくしつは深まっていくばかりであった。

「巡回禁止って、あーたそれ兵士なにしてんのって話になるでしょうが。神祇にね、村人が襲われたらどうすんのよ。巡回してれば、もしかしたら誰かを助けられるかもしれないでしょ」

「そうかもしれないけど、兵団庁がね……」

「しーらないわよ! 兵団庁兵団庁って、アイツらがアテクシたちのなーにを知ってるっていうのよ、ねェ。巡回禁止、捜査禁止、おとなしくしてろってどーゆー了見なワケぇ?」

「ブランドン墨兵とアイスマン墨兵がきてくれてるんだから……任せろっていうんだから、任せればいいじゃない……」

「アテクシはね、あのコンビに引っこんでろとまではいわないわよ。でも、協力体制くらいは敷いたっていいんじゃないって話よ。勝手にやらせてもらうから手をだすなって何様よ、あのアフロとメガネ!」

「怒ったってさぁ……もっと協調性というかだね……」

 話をするだけでイラついてくる。現場にもいかず、デスクワークばかりにかまけている上司と話をしてもらちが明かない。時間の無駄だ。

 かわいい後輩イチヨが神祇にボコボコにされて入局、弐式校の女子生徒ルーチェが行方不明という具体的な被害があがってきているなかで、これ以上の時間の浪費は手痛い。

「もういいわよ、顔見てるだけでムカつくからどっか消えてよ」

「消えるのはいいけど、巡回中の兵士は戻すからね」

「じゃあ、アテクシが巡回にいくわよ。このバカ!」

 デスクの上の地図を取りあげると、背中に投げかけられる村兵長の声を無視して村兵舎をでた。

 愛車のマキナ・ビトルに乗りこむ。これはオープンタイプで、天井部分が取り払われたデザインだ。ナウでヤングなかっこよさがあるが、雨の日はパラソルでもさしてないとズブ濡れになってしまうのが痛いところだった。

「まったく、村兵長は絶対に粗チンだわ」

 くしゃくしゃになった地図を運転席で開いた。上ウンマイが一番バツ印が多く、中ウンマイに少々、下ウンマイでの神祇目撃情報はない。この分布とにらめっこしていて鮮明に浮かびあがってくるのは、神祇たちの利用ルートである。

「ウンマイ古道を使ってるわよねぇ、どう考えても」

 神祇らしきものを見たという情報のほとんどが、夜間に古道で……というのが圧倒的だった。

 民家が集まる村の内部であっても、日常で使われる村道と古道は混在しており、それだけに道を歩いていたら神祇が交差する道を横切るのを見た――あとになって考えてみれば、神祇のいた道は古道だった……ということが起こるのだろう。

 村道で神祇に威嚇いかくされたという話もあったが、それすら古道の付近で起こっており、ただ単に古道を移動していた神祇が少しだけ道を誤ったという程度にしか思えないのだ。

「でもねぇ……」

 バリバリに重装備を決めた騎士、これだけがどうも古道ルートから外れており、あまりにも神出鬼没すぎる。それがマックスの気がかりであった。

 また、神祇が古道を使っていることがわかっても、それ自体は捜査上ではなんの進展にもならないのが悩ましい。重要なのは、どこから古道へ入っているのかなのだ。アジトがわからないと進展とはいえない。

「緊急連絡、緊急連絡」

 車内の無線テレポンに通信が入った。また神祇の被害がでたのかと、マックスの皮膚があわ立った。

「カニタマウンマイウンマイ村治癒局が爆発炎上。繰りかえす、カニタマウンマイウンマイ村治癒局が爆発炎上。村兵はただちに現場に急行し、人命救助と消火活動にあたってください」

 きき終わる前に、マックスはエンジンをフルスロットルで回転させて、マキナ・ビトルを爆走させていた。治癒局に大規模な被害が及ぶということは、失われる人命も数知れない。イチヨだけではない、多くの守るべき村の仲間たちが治癒局にはいる。

「奴らめが」

 奴ら。マックスは神祇たちをさしていった。ハイレン・ヴァイスカという軍事力を有する治癒局が落ちたとなれば、神祇の仕業としかいまは考えられない。神祇の襲撃を受けたのだ。

 数分足らずでマックスは治癒局に到着した。ひどい有様である。彼は、先に現場に到着していた村兵たちのほうへいって、声をかけた。

「チャオ」

「マックス副村兵長、お疲れさまです」

「被害状況は? 絶望的じゃないの、これ」

「それが……」

 被害状況の確認を取ってみて、彼は強い安堵あんど感を覚えた。建物は倒壊してしまっていたが、全員ではないにせよ生存者がかなり多い。確認できている死亡者は「サイコパスだから雇うな」と口を酸っぱくして上ウンマイの村役場に忠告していたローズ隊長、彼の率いるハイレン・ヴァイスカのメンバーだけであった。

「聞きこみはしたの?」

「ええ。まだ全員から話はきけていませんが、ショットガンみたいなのを撃つカウボーイがいきなり局内に入ってきて、ハイレン・ヴァイスカと衝突したというので、ほぼ間違いないと思われます」

「そのふざけたカウボーイちゃんは?」

「わからないんです。瓦礫がれきの下かもしれませんが、なにぶんこの規模ですからね。遺体を発見するにしても、数日は先になるやもしれません」

「ローズたちの死体があがってるみたいだけど、全員ってワケじゃないわよね」

「はい、まだ一部です。もう生存者がいるとは思えませんが、死亡者のほうはまだ増えるかもしれません」

「……イッチョンは?」

「は?」

「下ウンマイ北集落、村役場生活対策課のイチヨ。ここに入局してたわ」

 見まわしてもイチヨらしき人物は見当たらない。もしも彼女がいたなら、生存した周囲の人間や駆けつけた人々に声をかけてまわっているはずだ。打算なく人の張り詰めた感情をやわらげる彼女がいないのは、憔悴しょうすいしきった生存者たちの顔からも明らかであった。

「イチヨさんなら――」

「イチヨは、わしらを助けてくれた」

 村兵の横に、患者らしき老人が立った。そのあとをならうように周囲にぞろぞろと生還した患者や局員が集まってきて、

「イチヨさんたちを探してるんです。わたしたち、あの人たちがきてくれなかったら死んでました」

「彼女たちは無事なのか? 見当たらないんだ」

「治癒局倒壊直前、イチヨさんが局内に残された人たちを外に連れだしたそうなんです」

 まだ緊張の面持ちを残す村人たちの発言に、村兵が注釈を入れた。

「なんですって……?」

 病室で会ったとき、イチヨはかなり弱っていた。神祇にリンチされたというのだから、生きているだけで奇跡……とても動きまわれる状態ではなかった。極限の状態下で、いわれなき蛮行から他者を守ろうとする精神性はいかにもイチヨらしいのだが、ひとりでできることではない。

 現に、患者たちはイチヨとそのほかの人物にも触れて話している。

「イチヨと、誰がいたのん? イチヨだけじゃないでしょ」

「騎士みたいな奴」

「そうとしかいえないよな。騎士だよ、あれは」

「やけに力持ちな騎士だよ。上の階にいたわしなんかをな、ひょーいと持ちあげて窓突き破って。外に脱出させてくれた」

「そうそう。騎士がとにかくヤバくてね、イチヨが最短距離を教えて、騎士がそのとおりに動いてたわ。たまに壁なんか簡単に壊してねぇ、すごい騎士だよ。イチヨもどこを壊せば大丈夫か、どこがどうつながってるかとかすべて把握してたんだね、いいコンビだよ」

 神祇と同じように目撃情報がでていた騎士。イチヨとともに治癒局の人々を救った騎士。別人とは思えない。このご時世に、非効率的で前時代的な甲冑かっちゅうを身にまとって戦う騎士などは絶滅危惧種もいいところであり、リク大陸に渡ってやっとお目にかかれる機会があるかどうかというレアな人種である。そんなものが、そうごろごろと田舎の村にいるとは考えがたい。

「わたしの息子が、ふたりに助けられたというのですが……」

 少年と手をつないだ母親が、マックスの前にまでやってきていった。

「ぼうや、名前をきいたんでしょ?」

「うん。騎士のおじちゃんのこと、お姉ちゃんはプレスコットって呼んでたよ」

「プレスコット」

 驚嘆きょうたんして、マックスはオウム返しした。

 噂に名高い天才的戦闘力を持つ放浪癖の男がなぜ、イチヨと手を組んでいるのか理解に苦しむが、これで神祇がウンマイ古道を基準に動いていることが確定した。唯一の例外だった騎士は無関係だったのだから。

 イチヨの行方は気になるが、プレスコットといたとあらば死んではいないだろう。あの頑固な村娘のことだから、そのままルーチェを追跡しようと時計台広場や北集落に向かったのかもしれない。あとで連絡を入れれば大丈夫そうだ。

「あーた、ちょっとコッチきなさい」

 村兵のひとりの手を引いて、物陰に移動した。いかがわしい目的ではない。

 治癒局を襲撃した神祇がどこからやってきたかを考えねばならなかった。

「神祇は古道を使ってるわね」

「たしかに、そんな気はしますが……」

「治癒局に向かうカウボーイの目撃情報なんかはないの? 手回ししてない、なんてこたないでしょうね」

「やってます、やってます。近辺でそんな情報はありません」

「昼の弐式校であった騒動もそう。学校側から話をきいて、まわりで情報を集めて。でも、誰も神祇を見ちゃいないのよ。時計台広場でもね、出入りする神祇を見たって情報はいっさいなし」

 マックスは情報を仕入れしだい、すぐに聞きこみ調査をおこなうようにしていた。部下たちにもすぐそう動くようにいいつけてある。

 時間はナマモノ、この考えにもとづく捜査で浮かぶんでくるのは、神祇のアジトは上ウンマイにあると考えるのが妥当だとうということだった。

「上ウンマイの古道って入り組んでるけど、主要なとこにはすぐいけるようになってるのよね。中ウンマイや下ウンマイの古道は手抜きっていうか、山ブチ破ってばっかであまり役に立たないし」

「それがどうしたんです」

「神祇もね、アテクシと同じこと思うんじゃないの。外周古道を使って移動すれば、ぜーったいに人と遭遇したりしないわ。特に夜はぜーったいにね」

「上ウンマイで外周古道につながってるのは、東の弐式校。西の治癒局。南の駅……」

「そこにいけば村内古道でお手軽に移動できる。目撃情報がでたのはこの軌道なのよ。逆に、目撃情報がないけど事件が起きたとこはね、外周古道で移動できちゃうのよ全部」

「イチヨさんがリンチされた時計台広場は外周古道につながってませんよ。上ウンマイ北側、ウンマイ橋の前ですからね」

「でも時計台広場と弐式校をつなぐ古道は森ンなかじゃない。外周古道と変わらないわ」

 ここまでの神祇の動きは、上ウンマイのウンマイ古道軌道で考えれば、すべてが丸く説明できてしまう。

「駅周辺、洗ってみるわよぉ」

「神祇のアジトがそっちに? 下ウンマイや中ウンマイの山のなかとかだと、ずっと勝手に思ってましたが……」

「そうよ。そんなとこ捜査したってなんもでやしないワケだわ。古道のすべてのはじまり、駅周辺がもっとも広がってる。それにね」

「それに?」

「村の最南端、駅を占拠しちゃえば獲物は逃がさずに済むじゃないの」

「あっ」

 村兵が顔を青くした。

 カニタマウンマイウンマイ村は東西北を山で囲まれている。南を封じられたら、山越えするほかに誰も村からでる手段はないのだ。駅で巣を張れば、村全体を監視できることにつながり、移動も容易になる。

「駅の古道あたりって廃屋が多いわよねぇ、いい線いってんじゃない? 捜査いくわよ」

 治癒局の処理班と、自分とともに動く捜査班でわけて、マックスは動きだした。村兵長クラッジや上層部の命令など、もう彼は忘れている。激情によって忘却の彼方かなた放逐ほうちくされている。正義感が強く、一見ただの変態にしか思えないマックスという男は典型的な激情家だ。エンジンが動くと、誰にも手がつけられない。


 ――怱怱そうそうとして、治癒局の瓦礫撤去作業や負傷者緊急搬送に働く村兵たちの様子を、古道の暗闇から見ている影がある。弐式校の前で王都兵士のふたりを眺めていたあの美青年が、まったく同じ調子で立っていた。

「…………」

 なにもいわずに青年は、マックスの愛車が動きだすのを確認するときびすをかえし、鬱蒼うっそうとした古道の奥に消えた。

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