4 不可解な男たち

 エンジンが唸りをあげて車輪を回転させる。

 真昼間の上ウンマイを、お茶漬けを連想させる縞模様の派手な車が、雷撃的魔弾と化して暴走していた。蜘蛛くもの子を散らすように逃げまどう無力な人間たちに警告をあびせる形で爆音のホーンを何度も鳴らしている。

「立派な見張り塔があるじゃねぇか」

 運転席でハンドルを舵いっぱいにまわしては切る、丸めがねの男がレンズに木造の塔を反射させながらいった。

 上ウンマイの中央部に建てられている塔はひときわ背が高く、村全体を見渡せそうだが、見張り塔というよりは物見やぐら、火の見やぐらという外観だ。すべて木で組み立てられている。

「見た目より、丈夫な作りだYO」

 ゴージャスにきらめく服と星型のサングラス、なにより気合いありあまる鳥が奮発して作った巣のように爆発したアフロヘアー。村のパンフレットを読みながら、助手席でふんぞりかえっているその派手な男が口をくちゃくちゃ動かしながらいった。噛みタバコを噛んでいる。

「い~い村だ、気に入ったぜ。なにより静かなのがいい、自然も多い。この環境だと食い物はなかなか期待できる」

「夢をふくらませるなYO。結局のところ、どこにいこうがおれたち仕事をしにきただけのよそ者。この仕事やってるうちは、帰る場所なんて手に入らないんだから諦めろYO」

「わかってるァ! ピーチクパーチクうるさいアフロだ、ムカつくぜー!」

「そこを右だYO」

 制御を失った車はひときわ大きな火花を舞いあげて、ドリフトしながら並木坂へ侵入した。徒歩の学生たちを苦しめる傾斜をものともせずのぼると、金切り声のブレーキを響かせて、ピタと校門の前で停止した。

 両サイドのドアを開けて、ふたりがでてきた。

 明らかな不審者に教師が動揺どうようした様子で駆け寄る。

「な、なんだお前ら……この学校は関係者以外――」

「関係者だぜ」と、丸めがね。

「ほれ、兵証。YO」

 アフロがフレミング左手を突きだし、右手で兵士の身分証と許可証を開いて見せた。

 身分証の名前欄にはブランドンと書かれている。所属は王都兵団庁、階級は中級兵士。許可証には弐式校視察を認める文書と、総国兵団長の印、校長の印がそれぞれ押してある。

 ペッと地面に唾を吐き飛ばして、アフロはふたつを閉じた。吐きだしたのは唾まじりの噛みたばこだ。

「きたねぇ真似すんじゃねェ」

「とりま女子生徒と遊びまくるYO」

「女はみんな、お前じゃなくて俺様を選ぶぜ。セックスが強いからな」

「え。もうたなくなったって、いってなかったかYO」

 狼狽ろうばいする教師を無視して、ふたりは歩を踏みだす。教師は頭をきながら、見張るべき坂のほうに体を戻した。

「おや」

 坂の先に蜃気楼しんきろうのように立っている若い男がいる。その青年は校門に向かって歩いてくるのではなく、そこにとまって校舎を見詰めていた。

「ッ……」

 ふとなにかにピクリと反応して、青年は坂の下に振り向いた。

 イチヨが坂をのぼってきている。

 彼女が校門前までのぼりきるまで、青年はその様子をずっと見ていた。

「なんだアンタ、学生じゃねぇな」

「……」

 無反応だ。表情ひとつ動かさず、男はイチヨを見ている。

「私も違うけどな。そんなところで突っ立ってっと怪しいぞ」

「……」

 これにも彼は、いっさいの反応を示さなかった。


 あまり自身や他人の外見というものに関心を持たないはずのイチヨが、意識的にその男……青年の姿を見た。

 彼の切れ長の眼にはビー玉のような淡く蒼い瞳が宿っている。長いまつ毛の下で透き通った色彩を放っている。だが、あまりに冷徹が凍りつきすぎてもいた。それがいっそう妖美ようびに映るのだから実にとらえどころがない。

 左頬下部、ホクロがえくぼにある。つんと置かれた小さな黒い点がやけに似合う。かわいくもあり、女を狂わせかねないアクセントだった。高潔な色気がある。

 横髪に隠された彼の両耳の下で、クロスチャームのピアスが光った。十字架といっても教会とは関係がない。そもそも聖職者はピアスのたぐいを許されない職だ。このピアスが証明として機能する職業がひとつ、イチヨには思い当たった。

「代闘士か……」

 代闘士――裁判が決着しない際、最後におこなわれる決着裁判という武力解決において、依頼人の代わりとなって決闘する者だ。その実力は低くては話にならない。

 イチヨは納得がいかなかった。相反していたからだ。なにがといえば、代闘士の証とその服装の性質がである。

 細身でありながら筋肉質が見て取れる青年の着る服は、黒い。規律正しく厳粛げんしゅくな聖職者の服だ。礼装でありながら戦闘服としても機能するおごそかで猛々たけだけしい装いなのが、イチヨからしてみれば釈然としないのだ。

 教会に属する人間でありながら、代闘士という荒れくれの司法職に身を置いているという矛盾に首をかしげざるをえない。なにもかもがつかめない。

 イチヨから見て、ここまでの魅力に満ちた容姿の男ははじめてだったが、そう思うだけでそれ以上の感情はわかない。疑問だけが強く残った。

 ふたりは、沈黙して見詰め合っていた。

 しばし間を置いて、変わらない表情と冷たく細い眼のままで、謎の青年はイチヨの横をすり抜けた。

「あんだよ、一言くれぇ返事してくれたっていいじゃねぇか」

 彼女が見せた反応もそれきりだった。小さくなってゆく背中にボヤいただけで、イチヨは弐式校に向き直ってしまった。


 校内にある薄暗い図書室は、生徒の出入りが非常に少ない。一部の熱心な、あるいは物好きな生徒だけが昼休みにお目当ての本を読みにくるだけだ。貸し出しはおこなっておらず、閲覧だけということになっている。

 取り扱う本も、おおよそ若い男子女子たちが関心を惹かれるようなものではなく、たとえば武術体系の指南書や魔法術入門、ゴリラのグラビア写真集、雑学本、分野ごとの専門書、チンパンジーのヌード写真集、生物の図鑑、歴史の記録書、ハムのSM縛り方集、勉学本……といった今後のために知識として取りこんでおいてほしいと学校側が考える本ばかりがそろっている。

 これでは、お客さまの来室は見込めないだろう。

 そんな生徒たちから忘れ去られた場所に、昼休みを利用して、エントレーはいた。外では男子たちがスポーツに興じて遊んでいる。貴重な時間を潰してまで彼が選んだ本は、神祇の生態や歴史を追う専門書である。

 神祇が小手先の知識でどうにかなる存在ではないのは重々に承知していたが、忍び寄る不安に対して、小さくともなんらかの行動を起こしておきたかったのだ。

 本は、神祇たちの出現と闘争の歴史をさかのぼり、事例を抽出して、個体の特性を示す内容であり、なかでも神祇を召喚して使役する「召喚士」と呼ばれる者たちに関する記載は彼の目を引いた。

 召喚術は数多あるギアエのなかにあって、大教会に外法げほうと定められており、魔術師学校ではまず教えない分野だ。それどころか、固く学ぶことや使用すること、関わることを禁じているとさえきく。荒ぶる神祇を呼び寄せるなど、もってのほか、ということだ。加えて、命を削る大規模演算のために、自身の寿命を縮めるという点も大教会の強い禁止に拍車をかけていた。

 そんな手に余る術式にも関わらず、迫害を受ける召喚士の一派が革命を叫んで、国と対立した事例。一部の召喚士が私利私欲で神祇を操り、陰惨いんさんな事件を引き起こした事例なども記されている。

 本は召喚士の朽ちることなく連綿とつづく歴史を伝えていたが、現在でも召喚士は裏社会で暗躍している。ヴィゾ=エンゲラブという名前と性別以外の正体は一切不明の召喚士は特に有名であった。彼が卓越した召喚術の使い手にして、裏社会を牛耳って多くの犯罪の糸を引いているらしい……ということは、エントレーも耳にするところである。

 仮にヴィゾでなくとも、召喚士がカニタマウンマイウンマイ村にきていたとしたら、どうだ。そういうこともありえる。だとすれば、大事だ。神祇の出現について、エントレーはそう考えた。

 本を開いて、より不安が増しただけの彼はほとほと参ったように額をでた。

「!」

 違和感を覚え、額から手を放す。小指と薬指、中指と人さし指と親指がそれぞれ張りついている。五本の指が大きな二本になっていた。まるでカニのハサミだ。

「なんだ、これは」

 図書室から転がりでて、廊下の手洗い場に駆けた。蛇口をひねって水をだす。

 その水圧に手をさらしても、見た目以上の痛みを感じることはなかった。感触は普段とさして変わらない。それが不気味だ。

「うあああ!」

 エントレーは癒着ゆちゃくしかけている自分の指を一本ずつ、もう片方の手で剥がしはじめた。これもやはり痛みという痛みがない。

 ベリベリという耳に優しくない音と、石を打つ、勢いのある水の音だけが廊下にしばらく木霊こだましていた。


「あ、イチヨ」

「ういーっす」

 母校とはいえ学校を訪ねるのは緊張すると、友人たちや職場の同僚はいう。なにしろ部外者の立ち入りに関して、学校とは厳格なものだからだ。生徒たちの安全のためには当然の処置である。それに、許可さえ取ればなんの問題もない。

 しかし、イチヨは来客申請もせずに堂々と職員室に入り、教師たちに「あ、イチヨ」といわれるたび「ういーっす、ういーっす」とかえして、広い室内を歩いていった。

 村のどの施設も人員が代わることはめったになく、当時を知る者が多く残っているいま、イチヨがきたならば「あ、イチヨ」で済んでしまう。また、彼女が村役場の職員というのがある。仕事をしていれば、村で顔は嫌でも知れてゆく。生活対策課なら、なおのことだ。いろんな場所へおもむき、いろんな人と会わなければならないのだから必然といえる。顔パスを可能にする要因だ。

「校長いる?」

「校長先生なら、いま校長室で兵団の人とお話中」

「村兵か」

「それが、王都から派遣されてきた兵士。神祇出現の噂で、村兵の巡回を求めたらなぜか。変だろ」

 教師は怪訝けげんそうにいった。

 王都の兵士が、わざわざこんなド田舎に派遣されてくるのは珍しい。よほどの大事件でないと動かないはずである。

「ああ、そいつは変だ」

「もうちょっと時間かかるかも」

「そっか。じゃあ、エントレーどこよ」

「んー、次の授業の教室にいるんじゃないか。えーと、昼休み明けはたしか……あ、兵士を連れてくるなぁ」

「そっちも兵士かよ。なんで?」

「視察で午後の授業を見ていくんだと。エントレーのクラスだよ」

「ほぉん」

 下唇に人さし指をつけて気の抜けた声をだすと、イチヨはエントレーとルーチェの教室に向かった。

 始業前、まだ教室内はざわめいている。戻ってきていない生徒も多い。

 席に座って、教科書の準備をしていたルーチェに「よう」と声をかけた。ビクッとルーチェはおどろいた様子を見せたが、相手がイチヨとわかって、はにかんだ。

「堂々としてるね、生徒じゃないのにさ」

「OGだし、いいじゃん」

「せめて放課後にきなよ……もう授業はじまるのに」

「校長と話すまでの時間潰し」

「校長と?」

「イノシシ捕獲の仕事についてさ」

 イチヨは彼女の机の上に座った。

 生徒たちがイチヨに、まるで友だちのように軽い挨拶をする。そのたびにイチヨも「よっ」と片手をあげていた。

「そんなの引き受けたの?」

「しょうがねぇじゃん。被害がでてるのはたしかだし、誰もやらなきゃイノシシが射殺されるだけだ」

 ブーブー文句は垂れるのだが、いつも最後に案件を引き受ける羽目になる。これはまったく彼女にとって喜ばしい話ではないのだが、仕事としてなにかしらの行動をともなう必要がでたのなら、損得勘定の話を捨てて、最終的には自他にとっての最善を追求することが大事だとイチヨは信じている。それでやっと挑む価値がでてくる。張り合うに値するのだ。

「ご苦労さま」

「毎日、大変だよぉ」

 ルーチェのねぎらいにイチヨはうなだれてボヤいた。

 カララと戸を開けて、エントレーが教室に入ってきた。午後の授業がはじまる。

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