最終話 募る想い

 私の好きが増えていく。


 橘先生と二人で苺のかき氷を食べたあの日から、私は先生と偶然会えないかと学校が休みの日も時々一人で甘味処『あやめ』に行ったりした。


 そんなに都合よく先生に会えるわけがない。

 帰り道。私の期待に膨らんだ気持ちはシュンと空気の抜けた風船みたいにしぼんでいった。




 夏休みになったある日。

 私は今日こそ先生に会えるような気がして、甘味処『あやめ』に向かった。


 ――あっ! 橘先生!


 お寺の参道を歩いていたら、橘先生が甘味処『あやめ』から出て来るのが見えた。

 どくんっ。

 私の心臓が大きく拍動した。


 会えた。

 先生!

 駆け出したくなるぐらい嬉しかった。


「先生……。あっ――」


 先生に話しかけようとした時。

 う、そ。

 誰? その人。

 橘先生の後ろから、女の人が赤ちゃんを抱っこしながら出て来た。

 その人は長いソバージュの髪をふわりとさせた、白いワンピースの可愛らしい人。

 優しそうな笑顔で、彼女に振り返った先生を見ている。


 ここにいる私には気づかない橘先生。


 私は、先生と女の人の歩く背を見てた。


 橘先生が隣に立つ彼女に笑いかける横顔がちらっと見えて。

 先生は彼女の抱く赤ちゃんの頭を大事そうに撫でる。


 遠くなっていく。


 橘先生の姿は遠くなった。

 私は自分の右頬に流れてる生温なまぬるい涙に気づいて、手の甲でぐっとぬぐった。


「失恋したんだね、私」


 知らなかった。

 先生、結婚してたんだ。

 知らなかったよ。

 奥さんも子供もいたなんて。


 私は、じっと立ち尽くしていた。

 蝉の鳴き声が聴こえてた。



 ✱✱✱


「卒業おめでとう。相模和子さがみわこ

「ありがとう、橘先生」

 

 私は高校を無事卒業出来た。

 相変わらず仲の良い友達はいなくて、相変わらず橘先生を好きなままだった。


 先生の笑顔を見ていると胸が苦しくて、卒業証書の入った筒を握る手に力が入る。


「よく頑張ったな。苺のかき氷奢ってやる。約束だからな」

「先生、なんで私にちょいちょい構ってきたの?」

「先生も友達いなかったから」

「ぼっち仲間か」

「そうだな」

「先生、苺のかき氷じゃなくて、握手して」

「んっ? 握手?」


 私は先生の大きな手をぎゅっと握った。先生の目はいつかみたいに驚いてまん丸だった。


「さようなら、橘先生!」


 先生の手をパッと離して、私は走り出した。振り向かない。

 決して振り向かないって決めたんだ。


 さようなら、先生。

 私、先生からも卒業します。

 初恋、バイバイ。



          了


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

先生と苺🍓のかき氷🍧【「5分で読書」短編小説コンテスト2022参加作品】 桃もちみいか(天音葵葉) @MOMOMOCHIHARE

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ