第4話 特別な時間

 私は先生に見惚れながら、苺のかき氷をゆっくり味わっていたの。

 橘先生の話や仕草のひとつひとつを聞き逃したり見逃したりしたくなかったから。


「かき氷、溶けてきたぞー」


 橘先生が笑ってから立ち上がる。

 先生は自分の食べ終わった容器を、キッチンにいるお店のおばあさんのところに持っていった。

 先生は戻ってくると、手にはおでんが載ったお皿を二つ持っていた。


「先生はここで晩ごはん食ってく。相模さがみも一緒に食べようか? 親御さんには連絡してやる」

「晩ごはんっておでんですか?」

「ふっふーん、これはおやつ。一つは相模の分だ。そうそう、ここの店はラーメンもうどんもあるぞ」

「知ってます。このお店には何度も来てますから」

「俺もここよく来るんだよ。だけど相模と会ったのは初めてだな。俺と飯を食うなんて迷惑か?」


 私はぶんぶんと顔を横に振った。

 迷惑なんてそんなわけがない。先生といられる時間が増えたんだもの。

 苺のかき氷を食べ終わったら帰らなくちゃならないと思っていた。先生ともっと話したり出来るなんて飛び上がるほど嬉しかった。


 ✱✱✱


 橘先生はチャーシューが一枚入った醤油ラーメン、私は焼き餅の入ったうどんを食べ始める。

 麺って好きな人の前で食べるの、恥ずかしいし難しいな。だってズルズル言っちゃう。

 私は何秒か考えて、箸で麺を少なめに数本折りたたむように掴んで、そうっと口に入れた。もぐもぐ。


「で、相模さがみは学校は辛くないか?」

「あーっ。なんだ。先生さ、それが言いたくて晩ごはんで私を釣ったんだ?」

 ぐふっ。

 橘先生は喉をつまらせた。

 慌てて冷水のグラスを掴んで、ごくごくと水を飲み干していく。


 私は橘先生の喉仏が上下に動くのを見て、ドキドキとしていた。先生の男の部分を感じたからだろうか?

 橘先生の腕や大きな手にも目がどうしたって惹きつけられてしまう。


「そんなことないぞ」

「図星なんだ。担任でもないくせに」


 私は胸のドキドキを誤魔化すように憎ったらしい調子で、先生に言葉をぶつける。


「担任じゃなくたっていいだろ? 気になるんだよな、相模のこと」


 どうしてですか?

 期待していいんですか?

 もしかしたらって思っちゃいますよ、橘先生。


「橘先生ありがとう。でも大丈夫。クラスに馴染んでなくてもそれなりに学校は楽しいから」


 だって私、先生に会えればいいの。先生に会えるだけで嬉しいの。学校に行けば先生の姿を見つけて、お話が出来る。

 私は先生に会うために学校に行くんだし、すっごく楽しいんだ。

 そのおまけでとりあえず勉強してる。


「約束してくれるか? ちゃんと学校卒業するって」

「当たり前じゃないですか」

「あと辛いことがあったら必ず俺に相談しろな」

「分かりました。そうだ。じゃあ無事に卒業出来たらご褒美にまた苺のかき氷奢ってください」

「よしっ、良いぞ。約束だ。かき氷でもなんでも奢ってやるから」


 私は橘先生と指切りげんまんをした。先生と繋いだ小指は震えて。先生は温かくて。

 私の顔はお風呂上がりみたいに熱かった。



       つづく


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