第16話 聖女様と下校①

「んぁー……やっと終わったぁ……」


 全部の授業とHRを終えたと同時に机に突っ伏す。今日は完全にガス欠だ。

 

「お疲れ様です、秋嶋くん」

「うぃーっ、春宮もお疲れー」


 鞄を持って帰り支度もばっちり済んだ春宮がとてとてと近寄ってきた。

 周りの野郎どもの殺気が一段と増した気がするが、気にしたら負けだ。


「いつもだったら寝てるのに、今日はちゃんと起きて授業を受けてたわね。珍しい」

「おう。お前らがいちゃいちゃする度にノートに呪いか死という文字ひたすらを書いてたら寝ずに済んだわ。見ろ、1ページ埋まった」

「それで授業をちゃんと聞いてなかったら本末転倒ね。というかそんな気味悪いもの見せないでよ気持ち悪い」

「あぁっ!? 俺の1時間の結晶がっ!?」


 ひなたにノートを奪われて、そのページだけ破られてゴミ箱に投げ捨てられた。

 なんてコントロールしてんだこいつ。


「ごめん、お待たせひなた」

「ううん。ちょうどおもちゃで暇潰してたところだから」

「誰がおもちゃだ」


 ひなたの相変わらず辛辣すぎる扱いが心に染みる放課後だ。

 お陰で眠気も覚めた。嫌な冷め方だな。


「それじゃ、僕たちは先に帰るね。陽、春宮さん。また明日」

「おー……」


 これ見よがしにひなたが冬真の腕に抱き着いて、一緒に教室から出て行くのを机に伏せた状態で見送る。

 ちなみに、殺気が冬真に向けられたが、ひなたに睨み返されたことによって、皆して吹けもしない口笛を吹き始めていた。

 このクラス口笛吹けない奴多過ぎだろ。


「さて、と俺も帰りますかね」

「あ、あの……! それなら一緒に帰りませんか?」


 だらだらと帰り支度をしていると、顔を赤くした春宮がそう提案してきた。

 

「ま、どうせ帰る方向同じだしな。いいよ」

「やった……!」


 どうしてそこでガッツポーズする必要が? ……はっ!?


「まさか隙を見て俺を亡き者にするために……?」

「そんなことしませんよ! わ、私たちは付き合っているんですから一緒に帰るのが普通というもの! そこにそれ以上の理由が必要ですか!? いるんですか!?」

「いやそんな必死かつめっちゃ早口で言わんでも……」

「秋嶋くんが変なこと言ったせいじゃないですか!」


 っと、お喋りはここまでにしといた方が良さそうだ。ここでジッとしてると周りの奴らからの殺気がやばい。


「お前を亡き者にするのは俺たちの役目だァ!」

「昼間はいいようにやられたが、今回はそうはいかねえぞクズがァ!」

「お前ら懲りねえなぁ……だが、俺を襲っている暇があるのか?」


 案の定、輩に絡まれた。

 こいつらしぶとすぎんだろ、ゾンビか。


「うるせえ……! てめえの言葉なんて懺悔と遺言以外聞くつもりはねえ! 覚悟しろや秋嶋ァ!」

「遺言はちゃんと聞いてくれんのかよ。いいから騙されたと思って窓の外見てみろって」

「あぁ?」


 野郎どもがわらわらと窓に集まるのってむさ苦しいにもほどがあるな。今の内に後ろから蹴って窓の外に落としたろうか。

 

「なっ……!? あれは山田の野郎……!」

「隣にいるのは……佐藤さんじゃねえか! そうだった、聖女様に彼氏が出来たってことですっかり忘れていたが……あいつらGWにデートしてやがったんじゃねえか!」

「いいのか? このまま俺にかまってると、あのクズに明日を拝ましてやることになるんだぞ? それで本当にいいのか?」

「「「いいわけあるかァ!!!!」」」


 よし、相変わらず面白いぐらい扱いやすいなこいつら。

 こいつらの頭の中から、俺が今から山田と同じく彼女との下校に興じようとしているということは綺麗さっぱり消え去ったみたいだ。


「待てや山田ァ! その首と女を置いてけやァ!」


 がらり、窓を開け放った嫉妬に狂った暴徒ことゴミ野郎どもは、次々と窓から飛び降りていく。


「え、えぇぇぇえええ!? ここ2階ですよ!? 大丈夫なんですか!?」

「何言ってんだ。逃げ回るのにも追いかけるのにも、フリーランニングの技術は必須だろ。俺も習得済みだし」


 2階程度で怯むのは素人、3階から飛び降りられてこそ玄人だ。

 そろそろパルクールにも手を出してみようかなって思ってる。


「そんな危ないこと、彼女としてさせませんよ! 絶対ダメですからね!」

「分かったよ。3階から飛び降りるのはなるべく控えるから」

「なるべくじゃなくて絶対です! あと2階からでもダメです!」

「それだと逃走ルートが限られるだろ! 俺に死ねって言うのかよ!」

「高所から飛び降りるのは死に直結しないと!? 危ないことをするって言うなら私にも考えがありますよ!」


 むーっと頬を膨らませる春宮が全身で怒りを表現してくるが、怖さよりも可愛さが勝ちすぎている。

 

「お前怒ってもあんまり怖くないし、その考えとやらで俺を止められるわけ――」

「ひなたちゃん」

「――俺が悪かった」


 ひなたという3文字ぽっちの悪魔の名前を出されてしまっては、俺に出来ることなんてない。

 やっぱ2階とか3階から飛び降りるなんて常識的じゃない行動は控えるべきだよな。

 おのれ春宮……なんて恐ろしいやつなんだ……。

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何でか知らないが聖女様に彼氏役を任されてしまった。 戸来 空朝 @ptt9029

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