第15話 俺と聖女の昼休み

 1週間前はこんなことになるなんて全く予想してなかったな……。

 偽の恋人になった経緯を思い出していると、教室に戻ってきた春宮がもじもじとし始めた。


「どうした? トイレか?」

「ち、違いますよっ! というか女の子に面と向かってそんなこと聞かないでください!」

「そうよ。陽は相変わらずデリカシーが無さすぎ。死んだら?」

「そんな軽い感じで死を提案してくるな」 


 ひなたにとって、俺の命は多分何よりも軽いんだろう。泣ける。

 視界が若干滲み始めると、春宮が鞄から何かを取り出して俺の机に置いたのが見えた。

 ……これは?


「じ、実は……秋嶋君と一緒に食べようと思って、お弁当を作って来たんですけど……」

「「「何ィッ!?」」」


 驚いた。俺じゃなくて聞き耳を立てていた他のクラスメイトの野郎どもが、だ。

 ざわり、と俺を中心にクラス内の空気が殺伐としたものに変わっていく。


「……サバンナで獲物を食おうとしてる時に、横取りを狙ってくるハイエナどもに囲まれる肉食獣の気分ってこんな感じなんだろうなぁ……」

「おうおうおう! 秋嶋よお……! 最後の晩餐が可愛い彼女の手料理で良かったなあ? おおん?」

「食わせてはくれるのか。お前らいい奴だな」


 模範的なチンピラのような絡み方をしてきたクラスメイトの1人に、俺は思わず淡々と余計なことをツッコんでしまった。


「……よく考えなくても、目の前で彼女の手料理をクズに食われるほどムカつくものはねえなぁ! てめえを殺ってその弁当手に入れたらぁ!」

「なんでお前のようなカス野郎が……! 憎い、憎すぎるぞォ!」

「いっそのこと、あのゴミを始末して、俺たちが秋嶋陽に成り代わるっていうのはどうだ!?」

「「「「それだぁ!」」」」


 どれだよ。

 お前らの作戦通りにいったらこのクラスの大半が秋嶋陽になるじゃねえか。

 本物は俺1人で十分だクソどもが。


「行くぞお前らァ! 俺が、俺たちが秋嶋陽だァ!」

「「「おおう!」」」


 ……こいつらを相手にするのは面倒過ぎるし、好き放題言われてるのはクソムカつく……が。

 視線を僅かに春宮の方に向ける。


「……? 秋嶋君?」


 春宮のせっかくの美味い料理をこいつらに食われる方が、めちゃくちゃムカつく。

 しょうがねえ、腹減ってるし……とっとと片して美味い飯を食う!


「春宮、弁当ありがとな」

「へ? あ、はい」

「いいかてめえら……こいつの作った料理を食べていいのは……この世で俺だけなんだよ! かかってこいやおらぁ!」


 飛びかかってくる野郎どもの群れに、俺は拳を構えて突っ込んでいった。


「あ、あの……それって! あわわ……!」

「……ご両親と友達も普通に結花の作った料理を食べると思うんだけど」

「まあまあ。春宮さんも嬉しそうだし、野暮なことは言いっこなしってことで」


 俺がクズカスゴミクソ野郎どもを片している間、顔を赤くして両頬に手を添える春宮と冬真とひなたが何かを言っていたような気がするが、何を言っているのかはよく聞こえなかった。


♦♦♦


「悪いな、待たせちまって」

「いえ、私は別に大丈夫なんですが……秋嶋君の方こそ大丈夫なんですか? あそこまで派手にやり合ってて」

「心配すんな。無傷だから」


 俺の弁当と存在を奪おうとせんと、ハイエナと化したクラスメイトたちに無傷で完勝した俺は、春宮と一緒に屋上に移動していた。

 うちの学校は珍しく屋上を解放していて、落下防止の為に高い柵が付けられている。


「むしろあそこまで囲まれてどうして無傷なのか気になるんですけど……」

「多対一のやり方に慣れてんだよ。ほら、俺の周りあんなんばっかだから」


 と言っても、これまで女子に縁らしい縁がなかったので、いつもは俺も多側なんだけどな。

 多分、多での襲い方に慣れてるせいで、どういう動き方をしてくるのかを分かるから、一の方の動き方も分かってしまうんだと思う。


「じゃ、早速食べるか。いただきます」


 1つ目の蓋を開けると、中には鷄の唐揚げ、焦げ目が付いてない綺麗な卵焼き、切れ目の入ったウィンナー、プチトマトに小さなおむすびが3つ。

 2つ目の弁当箱の中には野菜が中心に入っていて、カットされたフルーツも一緒に入れられていた。

 春宮らしい、バランスをよく考えてある弁当だ。


「好みを把握していないので、凝った物は作れませんでした……」

「いや、手作りの唐揚げを弁当に入れてる時点で凝ってるだろ」


 弁当のおかずなんて冷凍食品を詰めて、はい完成でも許されると思うのに、作れる部分はちゃんと手間暇掛けて作っているのがなんとも春宮らしい。


「春宮が作った弁当なら味も心配いらないしな」

「もうっ、お世辞を言ってもお味噌汁しか出せませんよ?」

「味噌スープ!? あるのかよ!?」

「どうしてわざわざ英語で言ったんですか? このステンレスボトルの中に入ってますから……はい、どうぞ」


 こぽこぽと蓋の中に液体を出すと、湯気が立ち、わかめや豆腐などの具材も浮いていた。

 なんてこった……! 最高過ぎる!

 いつも冷えた菓子パンをひなたと冬馬のイチャイチャを見ながら貪っていたのがバカみたいだ……!

 当然、味も超美味い。


「なぁ、春宮……」

「はい? なんでしょう?」


 あまりの感激に、俺は真剣な表情で春宮を呼んだ。


「毎日……俺の為に味噌汁を作ってくれないか?」

「……ふぇっ!? あ、あああ秋嶋君!? そ、それって……その……ぷ、ぷ……!」

「あ、やっぱ毎日味噌汁だといくら美味くても感動が薄れそうだから、たまにでいいわ」

「……バカ。秋嶋君の……バカ!」

「え!? 何でだよ!?」


 俺はただこんなに美味い味噌汁なら毎日飲みたいと思って言っただけなのに!

 だって美味い味噌汁なら普通毎日飲みたいって思うだろ!?


 その後、春宮は何故か教室に戻っても機嫌が悪かったし、そのことを話したらひなたに罵倒された。

 解せない。

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