第13話 聖女様とノープランデート③

 さて、下のフロアに降りてきたはいいけど……何して時間潰すかな……。

 映画が始まるまであと1時間ちょっとぐらいか。


「春宮は何か見たいもんあるか?」


 隣を歩く聖女様を横目で見ると、ものすごく機嫌が良さそうにしている。

 ……やっぱり何で機嫌が良くなったのかは全然分からない。

 そんなに恋愛映画を見られるのが嬉しいのか?


「春宮ー? おーい?」

「はっ、はい! なんですかっ!?」

「いやどこか行きたい所あるかって聞いたんだけど」

「ご、ごめんなさい。えっと……ど、どこに行きましょうか?」


 さてはこいつ勢いでガッといってしまうタイプな癖してアドリブが苦手だな?

 

「ま、1時間程度だしそこまで考えて動く必要もないな。小物見るなり服見るなりしてたらいいか」

「そうですね」

 

 幸い、この大型モールにはアパレルショップなんてところ狭しと並んでるからな。

 店ごとに売ってる服も違ってて割といい時間潰しになる……と冬真が言っていた。


 ……それはイケメン専用の時間潰しの仕方だということに何故気が付かない?

 オシャレ下級者である俺みたいな非リアからしたら陽キャの店員に絡まれる恐ろしい場所でしかないわ。


「秋嶋君はオシャレに感心があるようには見えないのに、意外としっかりコーディネートしてますよね」

「あぁ……俺の服は基本冬真に選んでもらってる」

「桐原君にですか?」

「いや、俺は服なんてある程度でいいんだけど……前にひなたに一緒に歩いてると恥ずかしいからって……それからは服を買う時は絶対with冬真」


 俺の服……そこまでダメだったのか? 服のセンスが中2で止まってるって言われたし。

 まさかそれだけで人格まで否定されるとは思ってなかったけど。


「春宮はちゃんとオシャレしてるよな」

「……そうですね。私も1女の子として、それなりには気を遣ってますから」


 ……あれ? 若干機嫌悪くなった?


「さっきは名前呼んでくれたのに……」

「何か言ったか?」


 適当に店内に入って物色していると、春宮が何かを呟いた気がした。

 ……気のせいか?


「い、いえ。何も言ってないですよ? ……あ、このヘアアクセ可愛いです」

「ふーん。可愛いかどうかは俺はよく分からないけど、確かに春宮によく似合いそうだな」

「えっ!? 本当ですかっ!?」

「ここで嘘言ってどうするんだよ」


 春宮はいつも綺麗な黒髪をストレートで下ろしているけど、この黄色のリボンはなんとなく聖女様に似合いそうな気がした。


「ど、どうですかっ? 似合いますか?」


 春宮は手でリボンを持って、軽く頭に当てる。

 照れているのか、少しはにかんでいる姿に相まって想像よりも破壊力のある絵で、俺の心臓が分かりやすくどくんと脈打った。


「お、おぉ。似合ってるな」

「ありがとうございます! これ買って……あ、結構いい値段しますね……」

「……マジだ」

「……あはは、これは我慢ですかね」


 さっきとは打って変わって、しゅんっとする春宮を見て……さっきとは違った意味で俺の心臓が小さく痛んだような感じで脈を打つ。


「あ、そろそろ時間ですね!」


 スマホを見ると映画まで残り20分ぐらいになっていた。

 色々と店を回ったけど、思ったより時間が早く過ぎたな……。


「ほら、行きましょう?」

「あ、ああ」


 去り際にチラリとリボンを見る春宮の横顔が、俺の目に映った。


♦♦♦


「う、うぅ……ぐすっ……」

「……いい話だったな」


 観る前は恋愛系と偏見を持っていたけど、観てみれば、それは思った以上に面白かった。

 春宮なんて映画が終わってから、ずっと泣いている。


「ほら、いい加減泣き止めよ……っ!? 春宮、悪い!」

「えっ!? ふぇっ!?」


 視界の端にあるものを捉えた俺は、咄嗟に春宮の肩を抱き寄せて顔を隠すようにした。


「ど、どうしたんですか秋嶋君!? いやあの、嬉しいんですけど……それはちょっと心の準備がですね!?」

「シッ! 静かに!」


 クソッ……! タイミングが悪いな!

 まさかマジでクラスメイトに出くわすなんて!

 しかも、劇場から出るタイミングで入り口に立ってやがるなんて!

 

「……何で男なんかと恋愛系の映画を観ないといけねえんだよ。罰ゲームか?」

「こっちのセリフだっての! 何でわざわざお前なんかと!」


 他人のそら似かと思ったが、この口の悪さは間違いなくクラスの野郎共だ。

 ……いや、何で男2人でそのチョイスなんだよ?


「この映画を観てれば女子との会話に困らなそうだと思った時は名案だと思ったんだよ!」

「確かに俺もそう思ったけどな! よく考えなくても男2人で観るもんじゃねえよな!?」


 思った以上にしょうもない理由だった。

 そのしょうもない理由のせいで、俺は今春宮を抱きしめる羽目になってるわけだ……。そもそも、お前ら話す女子がいないだろ。

 すれ違う瞬間に、ぎゅっと力を入れて顔を隠すようにする。


「ん……? おい、今の……秋嶋の野郎じゃねえか?」

「あぁ? おいおい、人違いだろ。あのカス野郎が女連れなわけがない」

「言われてみればそうだな。あのクズに限ってそれはねえよな」


 おっと、ゴミがほざいてやがるな。

 

「あれ……でもあいつ、春宮さんと付き合ってるんだよな?」

「……あまりに受け入れがたい話だったから脳内から消去してたが、そうだな。そうだったな」


 やばい、バレたか!?

 どうする? 俺1人なら血祭りに上げてるとこだけど、春宮もいるし……!


「で、殺るか?」

「人違いだとしてもリア充を消せて、合ってても秋嶋の奴を消せるしな。当然だろ。疑わしきはぶっ殺せだ」


 なんて暴論だ! 思考がクズすぎる!

 ……仕方ない、あんまりこういう手は使いたくないんだけどな……。


 俺は顔を赤くした春宮の両耳を両手で塞いで、深呼吸をして叫んだ。


「あっ! 向こうにいるのはもしかしてAV女優の!?」

「「何ィッ!? AV女優!?」」


 俺が突然叫んだことによって場が騒然となるが、狙い通りバカ2人は見事に引っかかってくれた。

 騒然となる人混みをかき分け、俺は春宮を抱きしめたまま急いでエスカレーターで下の階に降りて何とか窮地を脱することが出来た。


「……悪かったな、はるみ……やぁっ!? 顔赤っ!? 大丈夫か!?」

「だ、だいじょうぶです……でも、少しお手洗いに行ってきていいですか……?」

「お、おう。悪かったな」


 顔を赤くしたままふらふらとトイレに歩いていく春宮の後ろ姿を見送る。

 ……あそこまで顔を赤くするなんて、やっぱ怒ってるんだよな。


 んーマジで悪いことしたなー……よしっ。

 思い立ったが即行動、だな。

 

♦♦♦


 帰り道、すっかり夕暮れになった道を歩く。

 伸びる影は、当然俺と春宮の2人分だ。

 春宮が戻ってきたあと、また適当に店内をぶらぶらしてから、ショッピングモールを出た。あいつら以外の学校の奴と出会わなくてよかった。


「さっきは急に抱きしめて本当に悪かった」

「い、いえ……びっくりはしましたけど、嫌……ではなかったので……」

「お詫びに臓器の1つぐらいは差し出せるぞ。金策に使ってくれ」

「臓器!? いりませんよ!」


 なんだいらないのか……と、まあ冗談はさておき……。


「……ほら」

「えっ?」


 俺は鞄からラッピングされた袋を春宮に手渡す。

 春宮はきょとんとしていたけど、俺と袋を何度も見たあと、恐る恐る袋を開けた。


「――あ。……これ」


 中から出てきたのは黄色いリボン。

 映画を観る前に春宮が欲しそうにしていたものだ。


「どうして……?」

「急に抱きしめたお詫びと、飯作ってもらったからな。そのお礼だ」


 ぼうっとそのリボンを眺めていた春宮は、我に返ったようにハッとした。


「い、いただけません! こんな高価な物!」

「おいおい。俺に返されても困るぞ? 俺がリボンなんて使うように見えるか?」

「見えませんけど! でも!」

「文句は一切受け付けない。明らかに俺が助けたこと以上の恩を受けてるし、これぐらいはさせてくれ」


 うーっと唸っていた聖女様はやがて諦めたようにふいっとそっぽを向いた。

 ……やれやれ。


「ありがとうございます……ですがっ! これを受け取るのは条件がありますっ!」


 春宮は俺の前にたんたんっとステップを踏んで出てきて、ビシッと人差し指を突きつけてきた。

 

「条件?」


 プレゼントを受け取ってもらうのに条件がいるのか……。

 

 俺が怪訝そうにしていると、ポケットからスマホを取り出した聖女様はそのスマホで口を隠して、ぼそりと呟いた。


「れ……連絡先を……交換してください」

「……ぷっ、ははっ! 何だよその条件!」

「わ、笑わないでくださいっ! 私がどんな気持ちで!」

「くっははは! 悪い悪い! 連絡先だろ? 交換しようぜ」


 頬を膨らませている春宮の表情がおかしくて、俺は腹を抱えて大声で笑いながらスマホを取り出した。

 

「よし、追加完了」

「は、はい! あの……秋嶋君っ!」

「どうしたんだよ……春……宮――」


 聞き返そうとして、俺は言葉を失った。

 俺が顔を上げた先にあったのは……。


「ありがとうございます! これからもよろしくお願いします!」


 ――ただのスマホをまるで宝物のように胸に抱き、夕暮れの中でオレンジに染まっている、聖女様の綺麗な笑顔だった。


「お、おう。……よろしく」


 しどろもどろになった俺は、なんとか言葉を絞り出してようやく返事をすることが出来たのだった。

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