第12話 聖女様とノープランデート②

「っと……やっぱGWは人が多いな……春宮、大丈夫か?」

「はい……なんとか……」


 満員電車ほど窮屈じゃないけど、快適とも言い辛いぐらいの人口密度の電車内。

 俺と春宮はドア付近の位置をキープして、揺れて人に寄りかかられたりしていた。


「きゃっ!? ……ご、ごめんなさい」

「……春宮、俺と位置代われ。こっちの方がまだスペースがあるから」

「でも……それだと秋嶋君が……」

「いいんだよ。俺は男なんだから。こういう時体を張るのが男の役目ってもんだろ」


 そう言って、俺は春宮をドア側に移動させ、壁と座席に手を付いて立つ。

 

「あ……あの……秋嶋君……」

「ん、どうした?」

「いえ……あの……ちょっと近すぎる……と言いますか……あ、全然嫌じゃないんですけど!」


 言われてから気が付いた。

 この体勢だと春宮の顔が俺の顔の近くにくることになって、至近距離でお互いの顔を見つめ合うことになる。

 春宮は小柄だから、正確に言えば、俺の首と胸の辺りにちょうど春宮の顔がくることになってるわけだ。


 ……大丈夫か、俺!? 鼻毛とか出てないよな!?


「わ、悪い! 急いで体勢を変え……!」


 体勢を変えようとすると、ちょうど駅に着いたらしく、俺たちのいるドアとは逆側のドアが開いて、人がめちゃくちゃ乗ってきてしまった。

 これじゃ体勢変えようにも動けねえ!


「いえ……ちょっと恥ずかしいですけど、嫌とかそういうのではないので……!」

「そ、そうか……」


 近くで見ても整った顔が、どうしても俺の心臓を高鳴らせる。

 いい匂いもするし、この角度だと顔から下に目をやると胸の膨らみとかががががが!?


 い、いかん! 煩悩退散だ! 心の中で般若心経を唱えるんだ!

 色即是空、空即是色……! ……ここしか知らねえわ。

 だったら……逆転の発想だ! ボディービルダーがポージングしてる姿を思い浮かべるんだ!


 俺は目的地に着くまでの間、笑顔のムキムキマッチョマンがポージングしている地獄の様な絵面を想像して、こみ上げてくる吐き気と戦うことになった。

 ……これならまだ理性と戦った方が絶対よかった。


♦♦♦


「ふわぁ……やっぱりおっきいですねぇ……」

「今のセリフ録音したいからもう1回言ってくんない?」

「え? 録音? 何でですか?」

「……すんません、何でもないっす」


 ラノベでありがちな文字だけ見るとやらしいことをしてるシーンみたいなセリフだったもんで……本当、出来心だったんす……。

 

 俺たちの目の前にあるのは、巨大な大型ショッピングモールだった。

 巨大な大型ってもしかして頭痛が痛い案件? まあいいか。

 映画館も中に入っているこの施設は、GWということもあって、いつもの倍は人で溢れかえっているように見える。


「なんかショッピングモールに行くってよりも……人の波に飲まれに行ってるって感じがしないか?」

「そうかもしれませんけど……気にしたらもっと疲れるだけですよ」

「……それもそうだな」


 しかし……これだけ人が多いと絶対学校の奴が1人はいるな。

 ……もし、バレたら……まあ殺ればいいか。死人に口無しってな。

 相手が男だった時限定の対処法だな、これ。


「とりあえず……映画館に行ってチケットを買って、待ち時間で色々見て回るか」

「はい。行きましょう」


 俺たちは映画館に移動して、券売機で今やってる映画を確認する。

 ……最近確認してなかったけど、今こんな映画やってんのか。

 アニメ映画だったり、洋画のアクション系だったり、恋愛映画だったり、ジャンルが多くて選択肢は多岐にわたる。


「思った以上にいっぱいあるな……春宮は何が観たい?」

「私はこの恋愛のもの、ですかね。小説を読んだので気になってたんですよ」

「恋愛系か……」

「えっと……何か問題が?」

「いや、普段から至近距離でリア充を眺めてるってのに……フィクションの世界でまで他人のイチャイチャを見せつけられないといけないなんて、よく考えれば罰ゲームみたいなもんだなと……」


 要するにイケメン俳優と美人女優の最上位恋愛なわけだけど、普段からその辺のリア充を見てても殺意がこみ上げてくるのに、果たして俺は耐えきれるのだろうか。


「……そんなこと言うんだったらこっちの動物系の感動物でいいです」


 げっ、明らかに拗ねてる!

 流石にさっきのは失言だったか……。


「……悪かった。恋愛系でいいから、な?」

「いいですよ、無理しなくても」


 ぷいっとそっぽを向いた春宮は片頬だけ膨らませて徹底抗戦状態になってしまった。

 こういう時、どうすればいいんだ……? 

 そうだ! 冬真たちに連絡してアドバイスをもらおう!


〈冬真、ひなた……春宮の機嫌を損ねてしまったみたいだ〉

〈一体どんなセクハラを働いたのよ、このクズ〉

〈勝手にセクハラ方面だって決めつけるな〉

〈一体どうしたんだい?〉


 俺はひなたからどういう目で見られてるんだよ。


〈いや、恋愛映画が観たいって言われたからフィクションでまでリア充の恋愛を見せつけられるなんて罰ゲームだって言ったら拗ねた〉

〈救いようのないクズ野郎ね〉

〈言っちゃいけないことだったって自覚してるから対処法を教えてほしい〉

〈はぁ……結花と一緒にこの映画を見たいって言えば1発で解決するわよ〉


 ……そんなことでいいのか?


「俺は結花と一緒にこの映画を観たいんだ。ダメか?」

「……ふぇっ? えっ!? 今……名前……!?」


 うん? 何でそこまで慌てるんだ? ……あっ、ひなたが書いたことそのまま伝えちまった!? つまり今……俺は春宮のことを名前で!?


「悪い、春宮! 今のは……!」

「し、仕方がないですね! そんなに言うなら一緒に観てあげないこともありませんっ……えへへぇ」

「お、おう。そうか」


 何故か嬉しそうにはにかみ、上から目線でものを言った春宮は上機嫌なまま、恋愛映画のチケットを購入した。

 何で機嫌直ったのかは全然分からないけど……助かったぜ、ひなた。


 俺たちは映画の待ち時間を利用して、ショッピングモール内の周り始めたのだった。

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