第10話 聖女様とGW2日目

「……俺が1人でこうやって1人で寂しく飯を食ってる間、冬真とひなたは旅行を楽しんでるわけか」


 上手く言えないけどリア充の奴ら全員財布無くせばいいのに。

 にしても、春宮が作り置きしてくれたカレー……マジで美味い。

 カレーって人の家によって作り方とか具材とか違うから、面白いよな。カレーほどお手軽で奥が深い料理は他にないと思う。


「ごちそうさまでした。さて……今からどうすっかな……」


 GW2日目にして、予定なんてものが皆無な俺は予定を考えることが予定と言っても過言じゃない。

 暇人代表こと俺が食べ終わったあとの食器を洗っていると、滅多に鳴らない俺の部屋のインターフォンが来客を知らせてきた。


 ……誰だ、一体?


「はーい、新聞の勧誘や受信料の支払いはお断りしてますけどー」


 ついでに宗教の勧誘も当方は断っております。

 俺は神も仏も信じてない。もし、そんなものがいるなら、今すぐ俺に彼女を作ってくれ。


「……っと、春宮か。どうした?」


 玄関を開けた先に立っていたのは、俺の偽の彼女で聖女様と学校中から崇め奉られていて、俺のお隣に住む春宮結花だった。


 春宮は胸の前に合わせた両手をもじもじとさせて、まるで何かを言いたそうに時折俺の表情を伺うようにちらっと俺を見てくる。

 やがて、覚悟を決めたのか、顔を更に赤くしながら大きく息を吸った。


「――き、来ちゃい……ました」

「……………………………………はぁ?」


 いきなりそんなことを言われて、ついこんな反応をしてしまった俺を一体誰が責められよう。


「う、うぅ……やっぱり恥ずかしいです……恨みますよひなたちゃん……!」


 春宮は両手で真っ赤な頬に手を当てたまま、その場で蹲りなんかぶつぶつ呟いてるし……まぁ、とりあえず……。


「……上がるか?」

「は、はい……お邪魔します……」


 春宮がテーブルを挟んだところに腰を下ろして、正座した。

 

「………………」

「………………」


 何しに来たんだこいつ?

 あ、目が合った。


「っ……!」


 目を逸らされた。

 いや、本当になんなんだよ。


「……何か用があったんじゃないのか?」


 黙っていても埒が明かないので俺から声をかけると、春宮は肩をビクッと跳ねさせ、うーだのあーだの言葉を選ぶように呻き声を上げ始めた。

 

「……そ、その……ですね? あの……で、で、で……!」

「で?」

「で、でー……とをですね……?」

「ハッキリ言えよ。らしくないぞ」


 聖女様との付き合いは浅いが、こいつがこういう風に言い淀んだりするのはどうにも違和感がある。

 こいつは俺がキモかったらキモいとハッキリ言うタイプだし、清楚系に見えて割と毒を吐く奴だ。


「もうっ! 誰のせいだと思ってるんですか!」

「え!? 俺のせいなのか!?」


 身に覚えがなさ過ぎる! こいつは今一体何にキレたんだ……?

 もしこれが乙女心的な問題だとするなら、童貞に分かるわけないだろ。


「すぅ……はぁ……よしっ! 秋嶋君! 私とで、デートしませんか!?」

「……………………………………デート?」


 デートって、あのデートか!?

 あまりに聞きなじみがなさ過ぎて理解するのに時間がかかっちまったけど、デート!? 俺と春宮が!?


「何が目的だ!? さては俺の弱味を探って脅す気だな!? その手には乗らないからな!」

「何をどう間違えたらその思考にいきつくんですか!? 違いますよ! 言葉通りの意味です!」


 言葉通りだとしたら余計に分からない!


「付き合ってる振りをするのは学校だけでいいだろ? だったらわざわざ休日にそんなことしなくてもいいんじゃないのか?」

「そ……それは……! ほ、ほらあれです! いくら振りでも、私たちはお互いに交際経験が無いわけですし! いざという時にボロを出して怪しまれない為に用心に越したことはないと言いますかですね!?」

「めっちゃ早口! ……まあ、なるほど。言いたいことは分かった」


 要はデートをしたこともないのにカップルの振りなんて出来るのかってことか。こいつ色々と考えてんだな。


「暇だったし、いいぞ。準備してくるから、そっちも自分の準備をしてこいよ」

「ほ、本当ですか!? やった! すぐに準備してきます!」

「お、おう。分かった」


 そんなに出かけられるのが嬉しいなんて……春宮も暇を持て余してたのか?

 散歩に行く前の子犬のはしゃぎっぷりを連想させる聖女様を見て、俺は首を傾げた。


♦♦♦


 着替えた俺が指定した待ち合わせ場所であるアパートの前に行くと、既に春宮が待っていた。

 しまった、待たせちまったか。


「悪い、待たせたな」

「いえ今来たところ……ですから……」


 後半になるに連れ、春宮はどんどん言葉を失っていき、何か信じられないものを見る時みたいな目を向けてきやがった。


「あの……秋嶋君? どうして、帽子をそんなに目深く被ってサングラスをかけてマスクを付けてるんですか?」

「……いいか、春宮。俺たちがデートするってことは、俺の命をかけるってことなんだよ」

「私とのデートってそこまで命がけなんですか!?」


 正確に言えば、春宮だけじゃなく……俺が女性とデートをする時全般だ。


「この辺には当然クラスメイトや学校の奴らがたくさん住んでるな? しかも、今はGWだ。つまり、学校の奴らとデート中に鉢合わせる可能性があるわけだ」

「そ、そうですね……でも、付き合ってるって噂をされるのは好都合なのでは?」


 まあ付き合ってる振りをするってことはそうだけどな……!


「お前は俺たちが付き合ってることになった後のクラスの奴らの暴走っぷりを憶えてないのか!? デートなんてしてるってのがバレたら殺されかねないんだよ!」

「な、なるほど……! でも、その格好だと完璧に不審者なので、私が一緒に歩きたくないと言いますか……」

「大丈夫だ、俺は気にしない」

「私が気にするんですよ! ……一体どうしてこの人を好きになっちゃったんでしょう……」

 

 小声でぶつぶつと何かを呟いている春宮は、やがて諦めたように俺から少し距離を取って歩き始めた。

 その距離の取り方リアル過ぎてキツいんすけど……。


 ちょっとだけ傷付いた俺は、春宮の後を付いて行くように曲がり角を曲がった。

 お、警察だ。

 会釈して通り過ぎる春宮を見習って、俺も会釈をして通り過ぎる。


「――君、ちょっといいかな?」


 何故か警察に肩を掴まれて、止められてしまった。

 ……何故だ。


「ち、違うんです! この人私の知り合いで……!」


 春宮の必死の弁解によって、俺は紛らわしい格好をするなと注意を受けるだけで済んだ。

 まあ、傍から見れば目深く帽子を被ってサングラスをしてマスクしてるような奴なんて怪しいに決まってたわ。


 ……よく考えなくても分かったな。


 ――俺は大人しく、着替えに戻ることにした。

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