第9話 秋嶋陽と桐原冬馬

「なんか……年々ひなたの奴の俺に対する当たりが強くなってきてるような気がするんだが……」

「ひなたは別に陽のことを嫌いだからってやってるんじゃないと思うよ? あれはただ素直になれないだけだから。そんなとこも可愛いよね」

「いたぶられるだけいたぶられてその相手を可愛いって思う感性を俺は持ち合わせてないみたいだ」


 そんなこと思ってたらマゾだろ。


「だってあいつ平気で喉とか人体の急所狙ってくるんだぞ? あれは天性のハンターだろ」

「普段のひなたと二面性があっていいよね」

「これをギャップ萌えと捉えるお前の懐の深さどうなってんだよ!?」


 俺たまに冬真が怖く感じる!

 こいつとんでもない闇抱えてるんじゃないだろうな……!

 ……ん?


「あれは……同じクラスの山田、と……」

「佐藤さんだね……デートかな? 手を繋いでるし」


 ほう、デートか……なるほど。


『――もしもし、田中か? 山田の野郎が佐藤とデートしているところを目撃した。ああ、写真に撮って送っておくからGW明けにあのカス野郎に冥土ってもんを見せてやろうぜ。……ああ、了解』


 俺は懐からすぐにスマホを取り出して、クラスメイトに密告した。

 もちろん、証拠として写真も撮って送っておくことを忘れない。


「ふぅ、一仕事終了っと」

「……そういうことしてるからひなたから蔑まれるんじゃないかな……?」


 ぐうの音も出ない正論だが……だからって見逃せと?

 

「いや俺はあのクズと付き合うことで不幸になる女子を未然に守ろうとだな……」

「はいはい。でも、陽もGW明け大変だと思うよ? なんせ、あの聖女様の彼氏役だからね」

「……俺1人で死んでやるものか、山田の野郎も絶対に道連れにしてやる」


 旅は道連れ世は情け、一蓮托生だ。

 やっぱ同じ境遇を味わえる仲間がいるって素晴らしいことだよな。


「本来だったら、あの2人の真ん中をダッシュで駆け抜けて手を繋いでるのを邪魔してやってるところだぞ? GW明けっていう執行猶予を与えただけ優しいと思ってほしいね。最後に思い出くらい作らせてやるっていう俺の寛大な処置だ」


 冬真が苦笑いをしながら、俺を見る。

 チッ、イケメンは苦笑いでも様になりやがって困る。


「……で、陽はこれからどうするつもり?」

「あ? まず山田の野郎を磔にするだろ? それから――」

「いや山田君の処刑方法を聞いてるんじゃなくて……春宮さんとのこと」

「ああ、そっちか」


 ……どうもこうも。


「引き受けたからにはきっちりこなすしかないだろ。期限とかは決めてないけど、付き合ってる振りをするのは学校の中だけでいいんだし」

「陽は言動はチンピラみたいなのに、真面目だよね」

「誰がチンピラだ、あぁん?」

「そういうとこ」


 知ってた。


「陽のそういうとこを女の子たちが知れば絶対モテるって俺は思うんだけど」

「いいんだよ別に。端から見てくれだとか人のことをよく知りもしようとしないで勝手に見切り付けるような奴とは友達としても付き合いたくないし」


 そりゃクラスの奴とはよくケンカしたりするけど、あれも一種のコミュニケーションみたいなもんだろ。

 

「……陽らしいね」

「なんだそりゃ」


 けど、そのもったいぶったような言い方、冬真らしいわ。

 

「お、ひなたからLINEだ……何々? 話は終わったからコンビニでアイスを買って帰って来なさい? ……ねえ、何であいつこうも自然にパシらせようとしてくんの?」

「まあまあ。ここは僕がお金出すから」


 ポケットからスッと財布を出してそう言えるあたり、やはりイケメン。

 

「……まあ、今回は俺が出す」

「ん? どうして?」

「お前ら明日から泊まりで旅行だろうが、いくらひなたの叔父さんがやってる旅館だからって、金はなるべく使わないに越したことはないだろ」

「……そうだね。じゃあ今回はご馳走になるよ」

「あと、冬真に払わせたことがバレたらひなたに殺される」

「絶対そっちが本音だよね?」


 当たり前だ。

 何が悲しくてイケメンリア充野郎に奢ってなんてやらないといけないんだ。

 でも、ここで冬真に金を払わせようものなら、その代償が命っていう大きすぎる対価を払わないといけなくなるんだよ。


 だったらまだ大人しく野口を差し出しておいた方が賢い選択ってもんだろ。


「あ、追加でLINE来た……冬真に払わせたら……分かってるわよね? ……ほらな? 何とかしてくれよ彼氏」

「あはは、それとなく伝えておくよ」


 何を爽やかにわろとんねん。

 こちとら命かかっとんぞ、おぉ?


「ひなたは多分バーゲンダッツだろ? むしろそれ以外を買ったらデッドエンドまっしぐらな気がする」

「僕はギャリギャリ君でいいよ。安いし」

「……いや、勘だが……冬真の分を安くしてもいい未来が見えない」


 つまり……ひなたと冬真はバーゲンダッツ、春宮は……カレーの件もあるし、あいつもバーゲンダッツか。

 そこまで考えて、俺は財布の中身を確認し、そっと財布をしまった。


 ――自分、ギャリギャリ君……いいっすか?


 悲しいかな、俺の財布事情……。

 俺と冬真はコンビニに寄って、4人分のアイス(バーゲンダッツ×3、ギャリギャリ君)を購入した。


 気分は重くなって、財布は軽くなった。

 神様、どうか俺に少しでいいので優しくしてください。

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