幽霊のトトキ

 注文したアイスが運ばれてくるまで、十分とかからなかった。

 風魔たちは早速アイスにスプーンを入れて、一口目を堪能した。


 風魔のアイスはとても濃い緑色で、一見すると「抹茶アイス」のようだが、ぱさぱさしている上に、凍った黒アリがあちこちから顔を出しているというシロモノなので、人間の皆さんにはオススメ出来ない。

 マシュラのアイスは灰色でねばねばしていて、モジャラのアイスはどろどろとした黒い塊になっている。


「うん、これはいいね。ミントのスッーーっとした味と、アリのプチプチ感が何とも……」

「私のアイスも美味しい! サメの血と骨の旨味を感じる!」

「これこれこれ! この唾のどろっとした感じが病みつきなんだ……」

「ほんと?」


 雪子は花のような笑顔を浮かべた。


「みんなに喜んでもらえて、嬉しいな!」


 三人はしばらく黙々と食べ続けた。

 アイスと店の心地よい冷気に、風魔は少し元気になった。それだけでなく、久しぶりにくつろいだ気分になった。


 しかし、あっという間にアイスは半分に減ってしまった。

 三人は、“一気に食べてしまうともったいない”と小休憩を入れることにした。


 すると、だ。

 何気なく店を見まわしていた風魔は、すぐ隣の席に、見覚えのある背中を発見した。

「あっ」と思わず声を上げると、その客が振り向いた。


「わっ、風魔じゃないか! それにモジャラも、マシュラちゃんも!」

「何だ、十時トトキも来てたんだ」


 彼の名は、色沢十時しきざわととき

 背が低く、目玉が大きい。ぼざぼさの頭を茶色いつば広の帽子に押し込み、同じく茶色のマントの下に、いつも白衣を着ている。彼は奇想天外のものを生み出す発明家で、風魔たちの友人だが、妖怪ではなく幽霊である。


 彼があやかし村に来てからもう二百年くらいにはなるだろうか。

 本来なら人間は死ぬと、鬼たちの介助のもと三途の川を渡って地獄へ行き、「極楽で暮らすか・現世に戻るか、生まれ変わるか・地獄で反省するか」を閻魔大王による裁判で決めてもらう……という流れがあるのだが、彼は別だった。


 彼は、「食用スライム電動作製機~ボタン一つであら不思議☆貴方が今食べたいものの味になる! 形状までは無理だけど!~」の試作品を完成させたその日に、疲れからなのかアホだからなのかは分からないが、機械の挿入口に誤って食用スライムの材料ではなく火薬を詰め込んでしまい、爆発事故を起こしたのだ。


 ……それで彼は生を終えたわけだが、体から離れた魂はその凄い爆風により三途の川を越えて吹っ飛び、あやかし村に墜落したのだ。


 そしていつの間にか百年、二百年と長の年月が流れ、彼は今、人間として生きていた頃よりもずっと、あやかし村での生活に満足している。特に、どんなに危険な発明をしても絶対に死なない体を手に入れたことに、「最高!」と感じている。


 しかし、彼はあんまりあやかし村での暮らしに甘んじているので、地獄の閻魔大王に早く成仏しろ、あと百年以内に成仏しないとお前も地獄に落としてやるぞ」とせっつかれている。

 なので今は、「色沢十時史上最高の発明」をせめて自分の存在していた証として残したいと思い、日々頭を悩ませているのだそう。


「十時もやっぱりアイスを食べに来てたんだね!」とモジャラが言うと、

「いや、今日はさぁ、雪ちゃんに『発明して欲しいものがあるの』って頼まれてね」と十時は答えた。


「発明? 何の?」

「実は、豆腐小僧くんの豆腐を使って、新商品を作ろうと思ってるの!」と雪子が言った。

「私、商品づくりが大好きなの。る気持ちは誰より強いわよ〜」


 何気に雪子の必殺技である“極寒ダジャレ”が飛び出したので、一同はしばらく凍結フリーズしていた。


 なので、以下は三分後からの会話である。


「………………豆腐小僧あいつの豆腐は、食べると確か、体にカビが生えるんじゃなかったっけ」

「そうそう! この前、私の友達のレオンちゃんがあの豆腐を食べちゃって、『何であんな迷惑なものを売るの?!』って怒ってたよ〜」

「確かに、カビは生えちゃんだけど……」と雪子が言った。

「豆腐小僧くんの豆腐って、本当はすごく美味しいんだよね。どうしてもアイスに活かしたくて、十時ちゃんと食べてもカビが生えないように、人間界にある洗剤を使って“カビキラーソース”を作ってみたんだ!」

「なるほど……」


 風魔たちは納得した。


「で、十時は今、試作品の味見中なのかい?」

「そう! 結構うまいよ、これ! 食べてからもう二十分は経つけど、カビは生えてこないし。雪ちゃん、ソースは大丈夫、完成したと思うよ!」

「やった! これで、来月にはお店に並べられる! ありがとう十時ちゃん!」


 十時と雪子はハイタッチをした。

 その様子をみて、マシュラとモジャラはよだれを垂らさんばかり。  


「うわ〜! 私も食べたい〜」

「オイラも〜」

「アハハ、みんなはもうちょっと待っててね!」

「来月まで? 待ちきれないよ〜っ!」


 マシュラは椅子の上で身悶えした。


「でも、考えようによっては、来月の方が空も暑くなるから、アイスも美味しくなっていいかもしれないよ?」と十時が言った。

「う〜ん、そうかも……。外でいっぱい遊んで、太陽の光をうんと浴びてからアイス……最高ね! ……そうだ!」と、マシュラは何事かを思いついたらしく、いきなりバンザイの姿勢をとった。


「ねぇみんな! 来月は、みんなで一緒に海に行こうよ〜!!」

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