雪子のアイス・ガーデンへ

 風魔が完全に元の姿に戻るまで、魔法の未熟なマシュラの腕では何時間もかかった。

 気が付けはとっぷりと陽が沈んで、あたりはもう真っ暗だった。


「風魔くん、ごめんなさい……許してね!」


 そう言って唇を近づけて来たマシュラを、風魔は両手で押しとどめた。


「わかった、わかった……。今日はもういいから……」

「大丈夫か? 二人とも」


 モジャラが様子を伺いながら小屋へ入ってきた。


「それはそうと、風魔! これから雪子のアイスを食べに行くんだろ?」

「いや、今日はもうだめだ。疲れた……」

「そんな!! 行こうよ! オイラは諦めないぞ!」

「え、何の話?」


 きょとん、とするマシュラに、モジャラは今日出会った死神のドロの恋のこと、さらに恋の相手が”音ヶ原の雪子”だということを明かし、

「オイラたち、ドロさんを応援することに決めたんだぜ。それでまず初めに雪子に久しぶりに会って、様子を見ようって話だったんだ。それなのに風魔が今日は行かないって……」と言った。


「なんだ! 風魔くんたら、私が来たからって遠慮しなくてもいいのに! 雪子ちゃんのアイス屋さんに行ったって、熱々のデートはできるでしょ〜♡ それに、死神さんの恋の応援なんて、ロマンチックじゃない! 私も手伝うわ!」

「いや、もう今日は本当にいいんだって……」


 風魔は力なく壁にもたれ、ひらひらと手を振った。

 でもマシュラには、風魔の声も聞こえないし、様子も見えていないらしい。


「さっきの魔法のお詫びに、私がみんなの分を奢ってあげるから! 今から行きましょ!」

「わ〜い!! やったやった、ヤッホーーーッ!!」

「いいって言ってるのに……!」


 風魔は二人に見事に無視され、小屋から引きずられるようにして雪子の店へ連れていかれた。




 雪子の店の名は「アイス・ガーデン」。

 ここも、かわうその店と同じように薄暗い内装だ。ガラス玉の中に人魂を閉じ込めて数珠つなぎにした「人魂イルミネーション」がところどころに飾られて、明かりが優しく瞬いている。


 もう夜食の時間だと言うのに、彼女の人気ゆえに店の中はまだ、たくさんの客で賑わっていた。


「はぁ〜ヒヤッとして気持ちいいなぁ〜」

「本当ね〜涼しいわ〜」


 モジャラとマシュラが満足そうにため息をついた。


「わ〜! マシュラちゃん、風魔くん、モジャラ、こんばんは〜!」


 三人が席に着くと、雪子が白い着物の裾をひるがえしながら奥から出て来た。


「雪ちゃん、久しぶり!」


 マシュラは立ち上がって雪子にハグをした。

 マシュラと雪子は、もともとよく遊んだり、出かけたりしている仲なのだ。


「マシュラちゃん久しぶり〜! 学校はどう? 大変?」

「うん、とても大変! 先生たちは暇さえあれば、『罰則・罰則』って言ってばっかりよ」

「そうなの〜? マシュラちゃん、頑張ってるのね」


 和気あいあいと話す二人の横で、風魔は「僕はマシュラの先生方に同情するね……。」と小声で呟いた。


 モジャラはどうしているかと言うと、早くもしゃれたガラスの丸テーブルの上にのり、眼球が飛び出しそうな勢いで、メニュー表を見つめていた。


「何を頼むか、決まった?」


 マシュラの声に、疲れてぐったりと椅子にもたれていた風魔は目を開けた。


「今日はとりあえず……。雪子のオススメを一つ……」

「雪ちゃん、風魔くんは雪ちゃんのオススメのアイスにするって! 何かある?」

「う〜ん、そうねぇ……」


 雪子は頰に手を当てて、首を傾げながら考えている。銀色のロングヘアーがサラサラと揺れた。


「今日は、ドラドラマジーングリルスット・ミント・アリ・アイスが一番オススメかな?」

「何だよそれは?」モジャラが質問した。

「ミントの葉と一緒にアリを潰して、小麦粉と混ぜて焼いたものに、どら焼きと魔人の膵臓を加えて凍らせたもの!」

「うわ、それもうまそうだなぁ……」モジャラは目を輝かせた。

「ああ、じゃあそれで……」風魔はどことなくドロ化している。


「ねぇねぇ雪ちゃん! この、ミルミルットスミスミシャークボーン・アイスは、何が入っているの?」

「それは、海藻と、タコのスミと、サメの血と骨をすり混ぜて作ったアイスなの。海のエキスたっぷりだよ〜!」

「そうなの? じゃあ、私はこれで!」


 最後までメニューとにらめっこしていたモジャラは、「オイラはやっぱりいつもので! 炭と、ハエと苔をミルクと唾でクリーミーにしたやつ!」と言った。


「OK、スミハエコケッコツバツバクリーミー・アイスね! わかった! みんな、ちょっと待っててね!」


 雪子はウィンクすると店の奥へ消えていった。

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