第36話   コマンド部隊 2

 親衛艦隊から持ち込まれた要請と人物は刺激的なものだった。

 突拍子もない挨拶でカルロの度肝を抜いたロベール大尉は空母イラストリアの作戦室で作戦の概要を説明する。

 「現在。帝国軍は惑星レボルグを包囲する形で進撃しています」

 チャートにレボルグを中心に多数の矢印が現れる。

 矢印はレボルグを包むように進んでいく。それは帝国軍の進撃予想路を表していた。

 「この進路を維持するためには複数の補給ポイントが必要です。例えばここ、ここ、ここ」

 チャートに印がつけられていく。ロベール大尉が示したのは補給物資を集積するであろうポイントであった。

 彼の予想は特別目新しいものではない。チャートの読めるものであれば容易に推測できるポイントだ。

 「残地斥候からの報告によれば、ポイントLI205D20に帝国軍の補給ポイントがあるようです」

 「残地斥候だと。そんな話は初耳だな」

 カルロが口を挿んだ。

 残地斥候とは敵の侵入に際し、あえて退却せずに侵攻されたエリアに潜伏し、そのエリアの情報を伝える斥候のことである。敵地に取り残され援護を得られない為苛酷な任務となる

 「そうですか。こちらにはこの情報が届いていませんか」

 ロベール大尉がとぼけた。

 親衛艦隊の彼が知っていて方面軍のカルロが知らないということは残地斥候の任についているのは親衛艦隊の者なのだろう。親衛艦隊の情報はなかなか方面軍まで回ってこない。

 「まぁ。いい。続けてくれ」

 ことさら親衛艦隊が秘密主義というわけではない。ただの縦割り組織の弊害だ。

 「アイサー。この補給ポイント。便宜上レッドワンと呼称いたしますが、我々特殊作戦群が侵入。方法といたしまして、我々の特殊潜航艇2隻を突撃艦に連結させ敵探知外まで移送していただきます。その後我々は潜航艇を使いレッドワンに潜入。これを破壊いたします。破壊後は合流ポイントで拾っていただき作戦は完了となります」

 ロベール大尉の発言が終わるとナイジェルが軽く手を上げる。

 「そのレッドワンの防衛体制はどうなっているんだい」

 「極めて少数と推察されます」

 「推察?情報として上がっていないのかい」

 「輸送艦とそれを護衛する艦艇はあるでしょうが、施設専属の護衛部隊は小規模です」

 「補給中の敵戦力と遭遇する可能性が高い。その場合は?」

 ロンバッハが疑問を出す。

 「潜入自体は継続されます。破壊工作はタイミングを見てになります」

 「大尉は簡単に言うが、最悪の場合は潜入部隊が壊滅し移送を担当する艦も失う。容認できない」

 「そうならないために第13航空打撃群には陽動に出てもらう手はずです。目標周辺の敵戦力はそちらに向かうので問題ないかと」

 ロベール大尉の言葉に皆が一斉にカルロの顔を見た。

 「大尉の言うとおりだ。この周辺の敵勢力を引きずり出す作戦がある。居残り組はそっちだ」

 カルロは肩をすくめて答える。だから攻撃力が半減しているコンコルディアで潜入工作を行いたかったのだ。

 「なるほど。しかし、我々の航空打撃群でこの施設を直接攻撃してはいけないのですか。大事な補給処。失礼レッドワンでしたね。ともかく重要でしょうから敵も寄ってきます。わざわざ二手に分かれなくても」

 小細工などせずに真正面から殴り飛ばせばよい、というアルトリアらしい意見だったが、彼女以外は黙り込む。

 ロベール大尉も顔に笑みを張りつかせたまま沈黙を守っている。

 アルトリアの疑問にカルロは苦笑いを浮かべる。親衛艦隊出身で方面軍と絡みが少なかった彼女にはなじみが無い案件のだろう。

 「アルトリア艦長。それはな。この作戦が親衛艦隊の作戦だからだ」

 カルロのオブラートに包んだ説明では理解できなかったようで、その青い瞳は続きを待っている。

 「つまりだね。親衛艦隊が立案した作戦を方面軍だけで実行しちゃうと色々と不味いのさ」

 ナイジェルが続きを言う。

 「功績が親衛艦隊に行かないという事ね。私たち方面軍の功績になってしまうから」

 「なんですか、それは」

 ロンバッハが締めくくるとアルトリアは声を上げる。

 「毎回ではない。そうなることもあるというだけだ。方面軍の作成した作戦を親衛艦隊が遂行することもある。ただ今回のように親衛艦隊所属の部隊が存在する以上。彼らが主体となって遂行するというだけだ」

 カルロはアルトリアが怒り出す前になだめに入る。

 この程度のことを一々気にしていては方面軍などやっていられない。

 「そんな」

 「敵防衛戦力が優勢の場合は我々が陽動としてつり出してやれば破壊工作が成功しやすくなるだろ。貧弱な場合は大尉の部隊が安全に帰還できる。悪い作戦ではない」

 「それはそうですが、今一つ納得ができません」

 どこまでも真っ直ぐなアルトリアは譲らない

 「命がけの残地斥候からもたらされた情報だ。彼らの上前を撥ねるわけにもいかんだろ」

 カルロの言葉に形のいい眉を動かした。

 「そうおっしゃられては小官は何も言えません。了解いたしました」

 微妙に論点をずらしたが納得してくれたらしい。

 「では、大尉の部隊はラケッチで移送する。残りは陽動部隊だ」

 「アイサー」

 皆がカルロに敬礼した。


 「なぁ。どう思う」

 作戦室を出るとカルロは隣にいたロンバッハに声をかけた。

 「なにが」

 「いや。ラケッチで良かったのかと」

 「あなたのコンコルディアと私のムーアが万全とは言えない以上、イントルーダかラケッチのどちらかと思うけど」

 ロンバッハは首をかしげるが、一呼吸置いて。

 「ああ。そういう事ではないのね。ナイジェル艦長で大丈夫かと言いたいのね」

 「そういうわけではないが」

 カルロは言いよどむが図星であった。

 「ほかにどんな解釈が。何か懸念があるのかしら」

 ロンバッハがカルロに向き直る。

 「彼の能力に不安があるわけじゃないんだ。ただ、何と言うか・・・・・」

 「何と言うか。なに」

 「彼は自由にやり過ぎないかなと」

 カルロの見たところナイジェル艦長は独自の価値観で行動するタイプだ。カルロの指揮下にいる場合は問題ないが、単独行動となると極端な行動に出ないだろうか。心配だ。

 カルロが頭を悩ましていると珍しくロンバッハが声をあげて笑った。

 「本気で言っているのでしょうね」

 なんだという顔でロンバッハを見る。

 「ごめんなさい。でも、彼もあなたには言われたくないでしょうね」

 まだ笑っている。

 「今のセリフ、大佐に聞かせてあげなさい。どんな顔をするのかしら」

 「そんなに酷いか」

 カルロはベッサリオン大佐の顔を思い返す。

 「本人は気がつかないものね。大丈夫よ。ナイジェル艦長は飄々とした見た目と違って堅実よ」

 カルロとは違う印象を抱いているようだ。

 「お前がそういうならいいが」

 「信頼しなさい」

 「わかった」

  

 二隻の特殊潜航艇を括り付けたラケッチが単独の任務に出発した。

 特殊作戦群が今回使用する潜航艇は要塞やステーションなどの施設に強襲揚陸を行う装備がついている。

 潜航艇の先端部に接舷上陸用のジョイントハッチがあり、これを施設の壁面に固定すると周りに搭載されている回転式のレーザーで隔壁などを焼き切り内部への侵入を可能としていた。

 「これはまた、狭いね」

 ナイジェルは搭載された潜航艇の内部を覗き込む。

 特に何もないガランとした空間で2名の隊員が機器のチェックを行っている。

 「この中に8名も押し込むのか。ラケッチも狭いが比較にならないね」

 「今回は人数を絞っていますからまだ余裕がありますよ。本来は10人乗りですから」

 ロベール大尉の説明を受ける。

 「それでもこの中で3日もじっとしないといけないの。いや、帰りも合わせるとそれ以上か」

 「ほとんど寝て過ごします」

 「それにしたって。もう少し目標に艦を近づけた方がいいんじゃないのか。探知エリアのギリギリまで行けるよ。それなら行程を短く出来る」

 作戦ではレッドワンの探知エリア外までラケッチで接近し潜航艇を切り離す。

 潜航艇には探知を避けるための装備が揃っていたが、さらに効果を上げるために使用するエネルギーを絞り低速で目標に接近する。その為に距離のわりに時間がかる。

 「ありがとうございます。しかし、発見されるリスクを上げたくありません」

 「大尉がそういうなら、そうしようか」

 ラケッチは16名の特殊作戦群の隊員を乗せ、素早い展開を目指して高速巡行で進む。

 途中で遭遇した探知衛星は確実につぶしていく。完全に捕捉される前に分離しなければならない。

 「艦長。切り離しポイントです」

 副長の報告にナイジェルが潜航艇との通信を繋ぐ。

 「ロベール大尉。潜航艇を切り離す。一足先に合流ポイントに行ってるよ」

 気の抜けた挨拶を送った。

 「アイサー。支援に感謝します」

 「まだ。半分だよ」

 ラケッチは潜航艇を切り離した。

 「さて。進路を変えよう。836」

 「アイサー。進路変更836」

 「もう少し進んだら、また衛星潰しだ。こちらに食らいついてもらわないとね」

 ナイジェルはハラスメントも兼ねた陽動作戦を行うつもりだった。

 「警戒されませんか」

 副長が余計な真似はやめてくださいと言外に語る。

 「こちらが警戒される分にはいいよ。大尉たちから目を逸らせないとね。叩いた後はここから離れよう。それで敵も諦めるさ」

 ナイジェルは自信満々に答えるのであった。

 

 第13航空打撃群はレッドワン襲撃の陽動と包囲網の妨害を兼ねて帝国軍を叩きたい。とりあえず四方に索敵機を飛ばす。

 航空母艦の索敵能力は抜群だ。多数の偵察機と高度な通信システムにより迂回機動中の帝国軍を発見した。

 巡洋艦と砲艦を10隻程度の駆逐艦が護衛する小規模の部隊だ。

 この帝国軍との戦闘でカルロ達第54戦隊に出番はなかった。

 スペンサーとドニエプルで構成された機動部隊の攻撃隊と、合流した巡洋戦隊が危なげなく蹴散らしていった。

 「帝国軍もそろそろ我々に苛立つ頃合いだな」

 カルロは前方に展開している巡洋艦の一斉射をコンコルディアの艦橋から眺める。

 帝国軍も連邦軍の規模を見て早々に抗戦を諦め撤退に移っている。戦果は乏しいが嫌がらせとしては十分だ。

 「こちらに大規模な部隊が分派されるでしょう。これで中央への圧力が低下してくれればいいんですが」

 ドルフィン大尉が同意する。

 「低下するだろうな。反抗に転じるまで持っていけるか」

 惑星レボルグに集結している連邦軍主力艦隊が帝国軍戦線の中央を突破してくれれば、彼らは撤退するだろう。

 「我々が苦労をすればするほど、優勢になりますね」

 ドルフィン大尉は強力な敵に立ち向かう気概を見せる。

 「貴様は前向きだな。助っ人としては100点満点だ」

 「お互い様ですからね」

 副長の模範的な回答に頷いた。

 「ロベール大尉の方は上手くいっているかな」

 「特殊作戦群は精鋭ぞろいとのことです。やり遂げるでしょう」

 「入るのも難しいらしいからな」

 「レンジャーから選抜されます」

 「レンジャー持ちになるのも大変なのにな」

 艦隊勤務の船乗りは陸戦隊とあまり接点がないが、レンジャーに入るのは並大抵のことではないことは知っていた。

 ロベール大尉の胸にはレンジャーの徽章がついているのは初めに確認している。

 「相当な狭き門でしょうね」

 水筒一本とチョコバー3本で2日間動き回るような連中だ。カルロはそれを聞いた時に自分には無理だと確信したものだ。


 カルロがレンジャーへの畏怖を露わにしているころ、ロベール大尉の率いる特殊作戦群は3日間の潜航の末にレッドワンへの侵入に成功していた。

 爆発物を抱えた隊員達がハッチから飛び出していく。

 レッドワンは簡易拠点であったようで施設を覆うような壁はなく金属枠の骨組みに推進剤や補給物資を満載したコンテナが連結されていた。

 補給用の桟橋以外には目立った設備が無い。

 「前進用の簡易拠点だな」

 ロベール大尉は探知スコープを覗き込む。

 「襲撃のタイミングが遅ければ空ぶるところだ」

 レッドワンは進撃に合わせて設営と解体が繰り返されるデポのようだ。

 「隊長。A班。設置完了です」

 「抵抗は」

 「ありません」

 「600で撤収だ。徹底しろ」

 ロベール大尉は時間を確認する。

 「アイサー」 

 帝国軍はコマンド部隊による襲撃に対処するまで手が回っていないようだ。

 哨戒艇や護衛駆逐艦の何隻か周辺を警戒していたが、レッドワンには警備兵やドローンの数は少なく。警報システムも通り一遍なものばかりだ。

 隊員たちは的確に警報を解除しながらコンテナや連結フレームに爆発物をセットしていく。

 「全班設置完了」

 「撤収」

 流れるような動きで隊員が潜航艇に戻っていく。 

 後は距離を取って爆破させるだけだ。

 ロベールたちの離脱後、時限式の起爆装置は正確に作動し連鎖するように爆発した。

 簡単なフレーム構造のレッドワンは小規模の爆発でもバラバラに分裂し連結されていた物資は無秩序に散らばっていく。大半は回収不能になっただろう。

 作戦は成功した。

 これで帝国軍の前進速度も落ちるだろう。


 

 レッドワンから離脱して一日。簡易ベットで眠っていたロベール大尉は部下に揺りを越された。

 「隊長。推進剤の残量が急速に減っています。どこからか漏れているようです」

 「推進剤が」

 ロベール大尉は起き上がると操縦室に飛び込んだ。

 「状況は」

 「推進剤の残量は半分を切りました。減少が続いています。ここからでは制御できません」

 「船外活動だ。パメルを出せ」

 「アイサー」

 「隊長。それよりも残りの推進剤を使って加速しませんか」

 「慌てるな。状況を確認する」

 修理可能であれば修理した方がいいが出来ないのであれば加速するのも合理的な判断だ。ロベール大尉は難しい判断を迫られる。

 船外に出た隊員から映像が送られてくる。

 「隊長。燃料タンクに亀裂を確認。すごい勢いで漏れています」

 送られた映像にはキラキラと輝きながら推進剤が噴出しているのが映っていた。

 「確認した。修理できそうか」

 船内から指示を出す。

 「手持ちの工具では無理です。せめて流出が止まらないと」

 勢いよく噴き出す推進剤を人力で抑えることはできない。

 「わかった。戻ってこい」

 ロベール大尉は通信を切る。

 「原因は何だ」

 「6時間前の二次加速後は慣性航行です。進路変更以外には推進剤を使用していません」

 「映像を確認する限り内部からの破損ではありません。微小隕石と衝突したのかも」

 潜航艇は装甲を積んでおらず探知を避けるために微小隕石を弾き飛ばすプラズマシールドも展開していなかった。

 「ついていないな」

 ロベール大尉は唇をかんだ。

 広大な宇宙空間、惑星の周辺でもない限り滅多に隕石には遭遇しない。ついていないとしか言いようがなかった。

 「隊長。流出のショックで進路が変わります。まだ修正できますが」

 「わかった。危険だが加速しよう。二号艇に連絡」

 「アイサー」

 高速で移動すると探知衛星に引っかかるリスクが上がるが、どの道推進剤を派手に振りまいているのだ。そんなことは言っていられない。また、このままではラケッチまでたどり着けず遭難しかねない。

 潜航艇は加速を開始した。

 ロベール大尉の懸念は的中してしまった。

 推進剤を振りまきながら加速する物体。

 この不自然さから探知衛星に捕捉されてしまった。

 帝国の探知衛星はこの不自然な物体の軌道を近くの護衛駆逐艦に通報した。

 確認のため護衛駆逐艦がロベール達の潜航艇に向かって進路を変えた。



                        続く

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