第35話   コマンド部隊

 帝国軍巡洋戦隊との戦闘に勝利した第13航空打撃群は戦闘宙域での救助活動を終えた。

 

 「メキリより入電。要救助者の収容完了したとのことです」

 「これで確認された要救助者の全てを収容いたしました」

 「救助行動を終了する」

 空母イラストリアの艦橋でカシマ大佐は宣言する。

 「結果報告いたします」

 「何人助けられた」

 「はっ。パイロット7名の救助に成功いたしました。これとは別に帝国軍捕虜103名を収容いたしました」

 「24機が落とされて7名だけか。戦死、不明合わせて21名か。結構やられたな」

 カシマ大佐は両手で頬を叩いて荒い鼻息をついた。

 敵駆逐艦4隻撃沈2隻撃破。重巡洋艦1隻中破と引き換えに機動兵器24機撃墜、突撃艦2隻小破の損害を被った。

 勝利したものの確実に消耗している。

 「とにかく、応援部隊と合流するか。帝国の連中はその時にでも後送する。準備しろ」

 「アイサー」

 「艦長。アウストレシア司令部からです」

 カシマ大佐は通信士官から手渡された通信文に目を通す。

 「司令部は何と」

 航空参謀が口を挿む。

 「合流命令は撤回だとよ。そりゃそうだな」

 帝国軍は広範囲に分散しながら進撃していると推測されている。惑星レボルグに集結しても周りを帝国に制圧されましたでは、身動きが取れなくなる。最悪包囲全滅する。

 「このまま遊撃戦をしてくれだと」

 司令部の命令に周りのスタッフから安堵の吐息が漏れた。皆、懸念していることは同じだ。

 「よし。進路を応援部隊との合流ポイントへ向けろ。後は頼む」

 艦橋の要員は艦長席から立ち上がる大佐に向かって一斉に敬礼した。

 戦闘から救助活動の間、カシマ大佐はほとんどの時間を艦橋で過ごしていた。ようやく休む気になったらしい。


 第13航空打撃群は戦闘宙域を離れてナビリアからの応援部隊と合流した。

 ベッサリオン大佐が寂しい懐から工面した戦力は重巡洋艦6隻からなる第71巡洋戦隊。軽巡洋艦イシュタルを旗艦とした新編成された第22水雷戦隊12隻。他に艦隊随伴型輸送艦2隻。艦艇の修理が行える工作船2隻の計22隻であった。

 これにより第13航空打撃群は39隻態勢に移行した。


 工作船の到着にカルロは喜び、さっそく小破したコンコルディアを接舷させた。

 工作船は船体下部が凹型になっておりこの空間に艦を固定する。この空間は艦の大きさによって伸縮する機能が備わっており重巡洋艦までなら対応可能な代物だった。

 「いつまで応急処置で引っ張るかと気をもんだが、これで助かった」

 上機嫌なカルロにドルフィン大尉も同意した。

 「被弾口に充填剤を詰め込んだだけですからね」

 先の戦闘でコンコルディアは前面の装甲板を2か所を抜かれ、側面のジェネレータ付近にも被弾していた。被弾した部分には硬化する充填剤を注入し応急処置としていた。

 これは文字通りの応急処置であり装甲としての機能は皆無で、もう一度同じ場所に被弾すれば被害は倍増してしまう。

 艦を固定すると、工作船モスコー2号よりアームが伸び被弾個所の装甲板をはがし始める。

 作業用のモビルアーマーがコンコルディアに取りつき点検作業に入った。

 艦首の充填剤が取り除かれ破壊された部品を引き出していく。

 最初にひっぱり出されたのは一番発射管だろう。原形を留めていなかった。

 しばらく作業を見守っているとモスコー2号より通信が入る。

 「モスコー2号船長ゲイル中佐相当官です。コンコルディアの修理状況についてなんですが」

 初老の男が申し訳なさそうに話し出す。

 中佐相当官ということは正規の軍人ではなく軍属なのだろう。

 連邦軍では後方部隊に契約した民間会社を組み込むことがある。

 「世話になります。コンコルディア艦長。カルロ・バルバリーゴであります。何か問題でもありましたか」

 軍属を一段低く見る正規軍人もいるので、出来るだけ丁重な対応を心掛けている。

 「船体には問題ありません。攻撃はメインフレームをきれいに避けて着弾しとりました。いくつかの桁を取り換えるだけで復旧可能です。ジェネレータの被害なんですが、本体は無事です。エネルギーを伝達するパイプのいくつかが破断していますので取り換えます」

 「それはよかった。ジェネレータに被弾してないかと、ひやひやしておりました」

 「その点はご安心ください。ただ、問題がありまして」

 そら来たと、カルロは内心身構える。

 「問題とは」

 「一番と二番の魚雷発射管なのですが、一番は大破状態で復旧の見込みはありません。二番は詳しく見てみないと何とも言えませんかが、復旧できたとしても時間がかかります」

 「そうですか。一番の発射管は直撃でしたので仕方ないですね」

 二番発射管は直撃を受けはしなかったが動作不能となっている。原因は今のところ不明だ。これも艦から降ろすか、そのまま修理できるか微妙なところだった。

 「はい。それで問題は我々には手持ちの83式発射管が無いのです。ですので修理は傷を塞いで終了となります」

 エスペラント級突撃艦は新型の10式量子反応魚雷を発射するため、専用設計の83式発射管を使用している。この発射管を使用する艦種は少ない。

 「えっ。83式が無いのですか」

 また。エスペラント級の弊害化と思ったが、事態はそれより深刻だった。

 「正しくは、83式以外の魚雷発射管予備もありません。本船は船体と動力周りの予備パーツしか無いのです。もう一隻のモスコー3号の方も同様でして」

 確かにありとあらゆる予備パーツを用意することは非常に労力がかかるが、発射管が一本もないとは。

 「補給艦の方はどうなんですか。あちらに積んでいるのでは」

 カルロは一抹の希望を口にする。

 「もう一度確認はしますが、確かあちらさんも消耗品と機動兵器だけで一杯だったはずです」

 「つまり、魚雷はあるが肝心の発射管が無いと」

 「そうなります」

 頼むよ大佐。カルロは遠くのベッサリオンに毒づいた。

 「了解いたしました。無いものはどうしよもありません。船体の修理をお願いします」

 「ご理解感謝します」

 カルロはため息を我慢できなかった。

 

 コンコルディアの修理が本格的に動き出したころ一隻の輸送艦が第13航空打撃群に合流した。

 「コマンド部隊を送り込みたいから足の速い船を貸せだと。唐突だな」

 カシマ大佐は合流した輸送艦からもたらされたアウストレシア方面軍司令部からの命令書に目を通す。

 「はい。一隻で良いので見繕ってやってくれとのことです」

 「命令の割にえらく下手じゃないか」

 「それが、要請元はアウストレシア方面軍ではなく親衛艦隊のようでして」

 「なるほどな。自分のところでは手一杯だからこっちに泣きついてきたってことか」

 迎撃作戦で余力のないアウストレシア方面軍が、中央からの厄介ごとをナビリア方面軍に押し付けてきたのだろう。

 「はい。どういたしますか」

 「足の速い艦な。ウチでは54戦隊の艦が一番早いか」

 作戦参謀はカシマ大佐の言葉にあらかじめ用意していた報告を上げる。

 「はい。現在コンコルディアとムーアが被弾個所の修理を行っておりますが、イントルーダとラケッチは即応態勢にあります」

 「よし。バルバリーゴ艦長を呼んでくれ。一隻出してもらおう」

 「アイサー」

 

 カルロはカシマ大佐からの命令を受け取ると、すっかり54戦隊の会議室と化したイラストリアの士官用食堂で戦隊の面々に伝えた。

 「潜入ミッションですか」

 アルトリアがコーヒーカップを両手で支えながら尋ねた。

 「そうなるな。突撃艦に特殊潜航艇を二隻括り付けてコマンド部隊を指定ポイントまで運ぶ。そこからコマンド部隊は特殊潜航艇に乗り換えて目的地に向かいミッションを遂行する。こちらは合流ポイントに先回りしコマンド部隊が戻ってきたら回収して帰る。ざっくり言えばそんな命令だ」

 「ざっくりしすぎでしょ。詳しく説明しなさい」

 適当な説明をするカルロをロンバッハが睨む。 

 「そう言われても、作戦の詳細は担当の士官がするらしいからな。これ以上知らん」

 「呆れた。そんな命令受けたの」

 「なんだかスパイ映画みたいじゃないか。脇役だけどね」

 ナイジェルが面白そうに笑う。

 「笑い事ではありません」

 「まぁまぁ。では我々の次の作戦はその特殊潜航艇の運搬と援護ということですね」

 アルトリアがロンバッハをなだめる。

 「ああ。それなんだが、この作戦は隠密性を重視するため単艦で行う。コンコルディアでいいだろう。戦隊の指揮は・・・・・」

 カルロは軽い気持ちで発言したが反応は苛烈だった。

 「反対」

 「志願します」

 ロンバッハとアルトリアが同時に発言した。

 思いのほか大きな反応に言葉に詰まる。

 「コンコルディアは修理中でしょう」

 ロンバッハは表情こそ変えなかったが、明らかに「また、馬鹿なことを言い出した」というオーラを出してくる。

 「そうです。魚雷発射管に被弾したのですよね。修理には時間がかかります」

 アルトリアが身を乗り出して追い打ちをかけてくる。

 「幸か不幸か魚雷発射管の手配が付かないから外装を整えたら終了だ。すぐにでも終わる。それに魚雷も半分下すから空いたスペースをコマンド隊員に提供できるし」

 「魚雷装填室に隊員を押し込む気」

 ロンバッハの表情にいよいよ怒りの色が現れる。

 「狭い特殊潜航艇に押し込められるよりは快適だと思うんだが。広いし」

 大型の10式量子反応魚雷を半数にすれば20名程度の人員なら過ごせるスペースが取れるだろう。

 「そんなことより、状態の不完全なコンコルディアより万全のイントルーダを使うべきです」

 「この作戦は交戦を想定していない。敵に発見されたら逃げるだけだ。魚雷発射管が4本でも2本でもあまり関係ないはずだ」

 「それでも、あなたが出る必要はないでしょう。指揮官としての自覚を」

  カルロの説明にも一向に納得してくれない。

 「いやいや。残留組は別の任務がある。そっちは敵との交戦がメインだから攻撃力を下げたくないんだ。貴官のムーアは攻撃力の低下はないし」

 「単艦での作戦は危険度が高いものです。エラー発生の因子は可能な限り取り除くべきです。小官にお任せください」

 「いいえ。作戦の重要性を鑑みて私が、いえ小官が行きます」

 どちらも絶対に引き下がらないぞと瞳を燃やす。

 どうしたものかと頭を悩ませると背後から声をかけられた。

 「失礼ですが、第54突撃水雷戦隊の方でしょうか」

 振り返ると長身の士官が立っていた。

 「ああ。そうだが、貴官は」

 「申し遅れました。小官は第2親衛艦隊、第1特殊作戦群所属。ロベール・ビヨット大尉であります」

 きれいな敬礼をして見せたが、どこか野性味を感じさせる敬礼であった。

 話題の人物が現れたようだ。

 特殊作戦群と言えば陸戦部隊の中から選抜されたエリート部隊。しかも、親衛艦隊所属ということは実戦経験も豊富な猛者というのが相場だ。

 身のこなしからも優れた隊員というのが見て取れた。

 「第54突撃水雷戦隊司令カルロ・バルバリーゴだ」

 カルロが席を立つと全員が起立した。

 「それで、どなたの艦で運んでいただけるのでしょうか」

 笑顔で訪ねてくる。随分と単刀直入な人物だ。

 「そのことなんだが」

 現状の説明をするべきか悩むのだが、ロベール大尉はカルロの返答を無視するかの様にロンバッハに近づき

 「おお。何とお美しい。あなたのような方が指揮する艦でしたら我が将兵。勇んでこの任務に邁進いたします。お名前をうかがっても」

 跪いて手をとりその甲にキスをした。

 あまりに自然な流れで行われた行為にカルロは絶句する。

 どこかの舞踏会でもあるまいし、初対面の上官に対して行う行為ではない。

 「ロンバッハ少佐だ。大尉」

 一方。ロンバッハは大して取り乱しもせず挨拶を返す。

 ロベール大尉は一瞬、当てが外れたような表情を浮かべたがそれを笑顔で消した。

 「ファーストネームはまだ教えていただけないのですね。ロンバッハ少佐。この任務成功の暁にはぜひとも食事でも」

 「ガールハントが目的なら他を当たるのだな。大尉」

 薄い笑みを浮かべて返す。

 「これは手厳しい」 

 ロベール大尉は立ち上がると視線をアルトリアに向けた。

 「エルベリウス少佐だ。私にはその挨拶はしなくていい」

 アルトリアは一歩後ろに下がる。

 勇猛果敢を絵にかいたようなアルトリアが怖気づくのを初めて見た。

 「ではそのように。エルベリウス少佐」

 今度は優雅に腰を折って一礼する。やはり舞踏会というかパーティー会場というか、場違いなお辞儀をして見せる。

 「随分と芝居かがっているね。大尉」

 ナイジェルが普段と変わらない笑顔を向ける。

 「お美しいご婦人にはこのように挨拶するのが故郷のしきたりでして」

 ロベール大尉も負けずに笑顔を返す。

 「いい風習だね。私はナイジェル・カトゥルーリャ少佐だ。言いにくければナイジェル少佐と呼んでくれ」

 「いえ。大丈夫であります。カトゥルーリャ少佐」

 ナイジェルがロベール大尉の相手をしてくれたのでカルロは態勢を立て直すことができた。


 どうしたものか。想像の斜め上の人物が現れたぞ。よし。とりあえずイントルーダは無しだ。ペースを乱されるに違いない。ムーアもダメだな。気分的に駄目だ。こうなると予定通りにコンコルディアで行きたいが二人が納得しないのは明らかだ。そうなると消去法でラケッチか。

 カルロの思考を視線で理解したのかナイジェルがウィンクをして見せた。

 「大尉。貴官らは本官のラケッチで運ぶことになっている。要望があるのなら今のうちに言いたまへ」

 アルトリアが何か言おうとするのをロンバッハが止めた。

 ロベール大尉はあからさまにがっかりした表情を浮かべたが、すぐに打ち消し笑顔になる。

 「目標ポイントまで運んでくださるだけで結構です。少佐」

 「帰りはどうするんだね。大尉」

 ナイジェルは意地の悪い質問をした。

 「危険であれば少佐の判断で引き揚げてくださってもかまいません。いざとなれば歩いてでも帰りますよ」

 ジョークの形をした威勢のいい返事が返ってきた。

 「それは頼もしいね」

 「それでは作戦の詳細をご説明いたします」

 「ここでかい」

 「いえ。作戦室の使用が許可されております。そこで」

 「では、行こう」

 ナイジェルがロベール大尉を伴って作戦室に向かう。

 「よろしいのですか。司令。ナイジェル少佐が遂行することになってしまいますが」

 アルトリアの質問に唸ってしまう。

 「こうなってはナイジェル艦長に任せようと思う」

 「それがいいでしょうね。それに」

 「それに。なんだ」

 カルロの質問にロンバッハは首をかしげる。

 「いえ。何でもありません。気のせいでしょう」

 ひそひそと話しながらナイジェルとロベールの後をついていくのであった。

 よく考えたらカルロはともかく作戦に直接関係ないロンバッハとアルトリアはついてくる必要が無い。そのことに気づいたのは作戦室に入ってからのことであった。

 二人とも気づかない振りをしてついてきたに違いない。 

 カルロは今度はため息をつくことを我慢できた。


                        続く

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