第37話   コマンド部隊 3

 ロベール大尉の乗り込んだ潜航艇に火器管制用のビーコンが突き刺さり警告音が船内に鳴り響いた。 


 「隊長。捕捉されました。帝国軍の艦艇が接近してきます」

 推進剤の放出は終了していたが捕捉されては無意味だ。

 レッドワンの周辺を警戒していた艦だろう。一隻だけでロベールの潜航艇に近づいてくる。

 「そこの不明船。停船せよ。従わざる場合は撃沈する。繰り返す。こちら銀河帝国軍所属。駆逐艦ホータン14号」

 停船命令が強制回線で飛び込んできた。

 潜航艇には武装が無い。

 抵抗する方法は一つだけ。

 「総員。切り込み用意」

 「アイサー。総員。切り込み用意」

 隊員たちは船外用の戦闘服に身を包む。

 降伏など初めから考慮にない。こうなっては接舷を利用して敵駆逐艦を占拠するだけだ。

 二号艇に伝えることはできない。迂闊に通信をすれば抵抗とみられかねない。

 状況は見えているだろう。後は彼らの状況判断力に期待するしかない。

 帝国の駆逐艦みるみる接近してくる。亜光速帯で航行する潜航艇など駆逐艦からは止まっているのと変わらないはずだ。

 チャンスは一度だけ。

 駆逐艦は油断なく砲門を潜航艇に向ける。

 潜航艇におかしな動きがあれば躊躇なく発砲するだろう。

 だが。人ならどうだ。

 「突入開始 Go go go」

 後部ハッチから8名の特殊作戦群の精鋭が後部ハッチから飛び出す。

 背中のバーニアをワンブースト吹かせば届く距離だ。

 隊員たちは躊躇せずに突進していく。

 ホータン14号が異変に気づいた時には隊員たちは船体に取りついていた。

 主砲や対空砲が旋回を開始するがこれらの兵器は船体に取りついた人間など想定していない。

 そもそも誰も歩兵による肉弾攻撃など想定していない。

 「フィーザに仕掛ける」

 ロベール大尉は爆発物を手にし駆逐艦の目を潰そうとする。

 潜入作戦後だ。手持ちの爆発物は少ない。狙うは探知システムと通信アンテナ、そしてハッチだ。

 「パメル。貴様はアンテナをやれ」

 「アイサー」

 突然、駆逐艦が発砲する。小口径の対空砲で潜航艇を打ち始めた。

 超至近からの射撃に潜航艇は破壊される。

 だが、それが目的ではない。目的は。

 「くそ。隠れろ」

 対空砲に撃たれ潜航艇は破片を四方八方に飛び散らせる。金属の雨だ。

 ロベール大尉の視界の端で隊員の一人が吹き飛ばされた。

 「損害は」

 「チェンがやれました。くそ。あれじゃ助からない」

 やはり被害が出た。

 「パメル。無事か」

 「はい。なんとか」

 「アンテナは」

 「一分ください」

 「よし。こっちはフィーザを狙う」

 断続的に射撃は続いているが、初撃ほどの圧力はない。

 潜航艇は胴体の真ん中を撃ち抜かれ、折れ曲がった状態で回転しながら離れていく。

 ロベール大尉は探知システムが格納されていると思しき箇所に爆発物をセットした。

 国やメーカーによって艦の形状は様々だが、探知システムを乗せる場所は大体同じだ。変わったところに搭載すると持っている性能を完全に発揮できない。 

 「点火」

 ロベールが起爆スイッチを入れると爆発が発生した。

 駆逐艦の装甲板が一部めくれ上がった。

 「軽いか」

 完全に破壊したとは言い難い損害だ。

 「アンナ以外で手持ちのあるやつは」

 ロベールは部下たちに声をかけたが返答は思わしくなかった。

 アンテナで爆発が起こる。こちらも数が足りなかったようだ。一部損傷程度の被害にしかなっていないだろう。

 だが、十分だった。

 「隊長。あれを」

 隊員の一人が指さす。

 「いいぞ。アンドリュー後でおごってやる」

 指さした方向から猛烈な勢いで二号艇が突っ込んできた。

 ロベールたちに気を取られた駆逐艦は捕捉するのが遅れた。

 二号艇は散発な砲撃をもろともせずそのまま駆逐艦の横っ腹に突っ込んだ。

 突入用のジョイントハッチを利用した強硬接舷だ。

 「二号艇に集まれ」

 ロベール達一号艇の隊員が艦尾から二号艇に乗り込むと二号艇の隊員は駆逐艦に乗り込む寸前であった。

 「アンドリュー。よくやった。最高のタイミングだ」

 「ありがとうございます。大尉。直に敵艦の側舷を抜けます」

 「よし。第一は艦橋。アンドリュー。貴様の第二は機関室を押さえろ」

 「アイサー」

 駆逐艦という獣の腹に蛭のように食いついた特殊潜航艇。そこから次々に隊員たちが突入していった。

 どうやら居住ブロックを貫通したようだ。激しい銃撃が彼らを出迎える。

 だが軍人と入っても所詮は船乗り、銃器の扱いはロベールたち特殊作戦群の足元にも及ばない。

 必死に抵抗する保安要員を的確に射撃していく。

 居住ブロックを難なく制圧したがそこから先が進まなかった。

 どんな船もそうなのだが区画ごとにハッチがある。製造上の理由だったり安全の為だったりするのだが、軍艦はこのハッチの数が異様に多い。ここをロックされるとなかなか前に進めない。ハッチを爆破しようにも爆発物の数が足りない。工具で焼き切る手もあるが時間がかかる。

 「機関室は諦めるか。だが」

 ジェネレータを押さえれば艦を行動不能にできるし、自爆という最悪の選択も防ぐことができる。逆に艦橋の占拠を断念すべきか。ただ、艦橋を放置すると帝国軍の増援が来るまで時間を稼がれるだろう。この宙域は帝国の制圧下だ。時間は彼らの味方だ。

 ロベール大尉はここまで来て打つ手がないことに苦悩した。


 「ハッチ閉鎖。侵入者は居住区画で停止しました」

 「それ以上進ませるな。ハッチの防衛に何人ついている」

 「3名です」

 帝国軍護衛駆逐艦ホータン14号は予期しない侵入者に混乱していた。

 「シュティッテンの状況は」

 「爆破により機器の一部が破損しました。再起動しても能力の低下は免れません」

 「どの程度だ」

 「予備ラインを繋いで。半分程度かと」

 「おのれ連邦め。肉弾攻撃などと野蛮人どもが」

 艦長は指揮台を叩く。

 海賊が小型船舶を襲撃する際に生身の人間で行う例はあるが、航行中の軍用艦艇に生身で立ち向かってくるなど正気の沙汰ではない。

 「機関室は」

 「健在です。現在、通路を巡って交戦中です」

 「何としても死守しろ。ジェネレータを暴走させられたら・・・・・」

 奇しくもロベール大尉と同じ懸念を抱いていた。

 「艦長。機関室が占拠される前にジェネレータを緊急停止しましょう」

 「わかっている。だが予備電源が喪失したままはどうにもならん。復旧を急げ」

 ホータン14号は連邦の潜航艇によるバウ攻撃により予備電源のラインを消失していた。この状況でジェネレータを停止させると生命維持すら覚束なくなる。

 「戦隊司令部はまだか」

 「司令部の応答ありません。緊急信号出ているはずですが」

 「出るまで呼びかけろ」

 「ヤー」 

 連邦の肉弾攻撃により索敵と通信に障害が出ている。修理したいが船外活動ができる状況ではない。

 乗り込まれたホータン14号側も打つ手がなくなっていく。

 こうして奇妙な膠着状態となった。


 「アンドリュー。状況を知らせ」

 ロベール大尉は通信を入れる。

 「大尉。抵抗が激しく近づけません。ウイッジがやられました」

 通信の向こう側で激しい銃撃戦が続いているのが聞き取れる。

 射撃の腕に格段の差があるが地の利は帝国側にある。迂闊に飛び出せないのだろう。

 「応援は必要か」

 「ありがたいですが、展開するスペースがあるかどうか」

 狭い駆逐艦の通路をめぐる銃撃戦だ。人数がいても射線が通らず有利になりにくかった。

 救いがあるとすれば潜航艇が駆逐艦の横っ腹に刺さっているので彼らも速度を出せない。

 帝国側も簡単には友軍と合流できないだろう。

 しかし、突入を開始してから10分以上たった。手持ちの弾薬にも限りがある。

 ロベール大尉はある決断をした。


 「艦長。左舷に信号弾です」

 ホータン14号の艦長は席から立ち上がる。

 「なんだと。誰が上げた。命じておらんぞ」

 左舷を映すモニターに青色の信号弾が上がっていた。

 「また上がりました。連邦軍です。外で信号弾を打ち上げています」

 「付近にまだ敵艦がいるのか」 

 艦長の予想は的中していた。

 


 ロベール大尉がレッドワンを離脱し少し経った頃。

 「エネルギー反応あり。方位075」

 ラケッチのオペレータが微弱な反応をとらえた。

 機器を操作し慎重にデータの解析を行う。

 「小規模な爆発反応です。レッドワンの推定位置と重なります」

 ラケッチは潜航艇を分離した後、合流ポイント近くでジェネレータを停止し予備電源だけで潜伏していた。何度か帝国側の探知衛星とニアミスしたが隕石と誤認したのか何の反応も見せずに通り過ぎて行った。

 「爆破作戦、成功したと思われます」

 副長の報告にナイジェルは笑顔で頷く。

 「やったな。ジェネレータ始動。フィーザの出力を定格に」

 ナイジェルは作戦の成功を確信し探知システムの出力を上げる。

 「艦長。逆探知される恐れがありますが」

 潜伏中のため外部の状況はパッシブな状態で判断していたがそれを止めるという。副長は当然の懸念を伝えた。

 「かくれんぼは終わりだよ」

 「特殊作戦群の到着までまだ時間がかかります。早すぎませんか」

 特殊潜航艇は発見されていない限りは潜伏したまま低速で撤退する予定だ。

 「何を悠長なことを言ってるんだい。こちらから迎えに行くんだよ」

 予定ない発言に副長が困惑する。

 「迎えにですか」

 「そうだよ。さっと拾って、とっとと脱出するんだ。それと、余程状況に余裕がない限り潜航艇は放棄する。隊員だけ回収できればそれでいい」

 確かに潜航艇を再びラケッチに連結するには時間がかかる。それよりは隊員だけ回収し最大戦速で離脱すれば帝国側に捕捉されたとしてもそうそう追いつかれることはない。

 「アイサー。ジェネレータ出力を上げます」

 「よろしく」

 ラケッチは戦闘態勢に移行しレッツドワンに向かって前進を開始した。

 


 「長距離通信を探知。解析不能。波長から帝国軍の通信と思われます」

 「フィーザに反応は」

 「ありません。現在、重力波の偏向が大きいので陰に隠れているのかもしれません」

 「わかった。発信位置の特定の最優先に」

 「アイサー」

 オペレータと副長のやり取りをナイジェルは黙ってみていた。

 「位置の特定のために探査衛星を出します」

 ラケッチからだけではなく別の方向からも通信を探知すれば発信源の確度は上がる。

 オペレータの報告を受け副長がナイジェルの方に振り替える。

 「いいよ」

 許可を与えると同時に別の報告が上がる。

 「艦長。光学反応あり。この波長は信号と思われます。解析のために減速願います」

 「光学反応の信号? なんだ。まぁいいか。減速4速。ウィング展開三分の二」

 ラケッチは戦闘速度から急減速をかける。速度が出過ぎると微弱な光学反応は正確に探知できない。

 「解析出ました。わが軍の救難信号です。方位093」

 「聞こえたね」

 ナイジェルは副長に顔を向けると彼女は頷いた。

 「アイサー。進路修正093 最大戦速。ウィング収納します」

 ラケッチは急減速からの急加速に移った。

 4基のジェネレータが唸りを上げる。

 「いい加速だ。これだから突撃艦はやめられないね」

 増加する速度を端末で確認しながらナイジェルは呟く。

 

 「フィーザに反応。数1 IFFに応答あり。特殊作戦群の潜航艇です」

 全速で進むラケッチに新たな報告が入った。

 「良かった。無事のようだね。もう一隻は」

 「反応ありません。待ってください。さらに反応。友軍の至近に何かいます。IFFに応答ありません。敵艦です。波形から駆逐艦クラスと推定されます」

 「砲撃戦用意」

 「アイサー。砲撃戦用意」

 友軍が近くにいるのであれば魚雷を放つわけにはいかない。迂闊に発射すると爆発に巻き込まれかねない。

 「敵艦の至近ということは、拿捕されたのかな」

 「おそらく。どういたしましょう」

 拿捕されている場合は敵艦とは言えども撃沈するわけにはいかない。

 「敵艦のジェネレータを撃ち抜いて敵艦の自由を奪う。その後に大尉たちを回収しよう」

 「それは・・・・・・・敵艦のジェネレータを正確に射撃するためには、こちらも相当接近しなければなりません」

 近づけば命中率は上がるがそれは敵も同じこと。

 「接近するさ。拿捕している最中なら速度を落としているはずだ。敵艦の速度は」

 「極めて低速です」

 「ほらね」

 「アイサー」

 相手が低速なら攻撃の主導権はラケッチにあるだろう。

 「敵艦をすり抜けざまに一撃入れよう。加速されるとややこしいからね」

 

 ラケッチが攻撃態勢に入ったころ。ホータン14号の破損した探知システムがラケッチを捕捉した。

 「シュティッテンに反応。方位014 至近です」

 「砲撃用意」

 「敵艦。直上。急速に接近してきます」

 「取り舵一杯。最大戦速」

 なんとか戦闘速度まで加速しようとするが突き刺さった潜航艇のせいで艦のバランスが狂い思うように動けない。

 「敵艦。発砲」

 「応戦しろ。主砲斉射」

 「間に合いません」

 ホータン14号の艦尾が光った。

 

 「敵艦に着弾確認。ジェネレータに命中しました」

 副長の報告にラケッチの艦橋では歓声が上がった。

 「よくやった。反転してくれ。敵艦の状況は」

 「敵艦、減速中です。攻撃も止みました」

 「動力を喪失したと認ます」

 「そうだね。念のためもう一度、ジェネレータに攻撃。反撃が無ければ接近しよう」

 ラケッチは反転すると火を噴いているジェネレータにとどめを刺した。

 「艦長。映像出ます」

 モニターに潜入部隊の潜航艇と帝国の駆逐艦が映し出される。

 「なんだい。あれは」

 ナイジェルは映し出された映像に思わず声を上げる。

 「潜航艇が敵艦に接触。いえ、刺さっているように見えます」

 副長も戸惑いを隠せない様子だった。

 「君にもそう見えるかい。もしかして拿捕されたんじゃなくて、拿捕したのかな駆逐艦を」

 「流石にそれはないかと思いますが」

 「でも、どう見ても大尉たち、敵艦に乗り込んでいるだろう」

 「はい。小官にもそう見えます」

 「うーん。陸戦隊っていうのは思ったよりも侮れない連中だね」

 「どういたしましょう」

 「そうだね。とりあえず大尉を呼び出してくれるかい」

 「アイサー」

 呼びかけるとすぐさま反応があった。

 「カトゥルーリャ艦長。お手数をかけました」

 モニターにロベール大尉が現れる。

 「なに。大尉の手柄の邪魔でなければよいのだけど。もう敵艦を制圧したのかな」 

 「とんでもない。打つ手がなくて困っていたところでした」

 笑顔というには獰猛すぎる表情を浮かべる。

 「そうか。ランチを出すから撤収してくれるかい」

 「アイサー。感謝します」

 「まだ。終わってないさ。もう一隻を探さないと」

 「ご心配なく。第二分隊はすでに合流しております」

 ロベール大尉たちはホータン14号から素早く撤収を開始した。

 「さて、彼らはどうしようかな」

 ナイジェルはモニターに映った帝国駆逐艦を前に腕をを組む。

 「降伏勧告なさいますか」

 「そうなると捕虜として収容しないといけないね」

 この宙域は帝国の勢力圏。呑気に駆逐艦を曳航している暇はない。

 「はい」

 「今の我々に彼らを収容する余裕があるかい」

 これから特殊作戦群の連中が引き揚げてくる。敵艦の生存者が何名か分からないが数人ということはないだろう。

 「いえ。厳しいかと」

 「なら、どうしようか」

 ナイジェルの質問に副長は凍り付く。

 敗色濃厚であっても降伏しない敵に降伏勧告を行う義務はない。極論、白旗を上げていないのであれば無抵抗の敵艦を沈めても法的に全く問題はない。大規模な艦隊戦ではしばしば起こることであった。

 「しかし」

 これから起こるであろう事態に恐怖する。

 「しかし、なんだい」

 「いえ。小官からは何も」

 副長は覚悟を決めたような顔をする。

 「冗談だよ。ごめんよ。たちの悪い質問だったね」

 ナイジェルは軍帽を取って謝罪した。

 「僕は騎士ではないけど、それでも騎士の礼ぐらいは知っているよ。無抵抗な損傷艦を撃つ気はないさ。彼らはこのまま放っておこう。救助信号も出ているみたいだから救援が来るだろう。第一、人の心配をできる身分でもないしね」

 「ランチ。収容完了です」

 オペレータからの報告に頷く。

 「了解。機関始動。半速前進。進路270」 

 ラケッチはホータン14号を放置したまま転進した。

 

 「ご苦労様。大尉」

 ナイジェルは艦長室で秘蔵のスコッチをロベール大尉にふるまった。

 「ありがとうございます。艦長」

 グラスの中身を一息に飲み切る。

 「君と君の部下はすごいものだ。流石に音に聞こえた特殊作戦群の精鋭だね。敵艦に切り込むなんて帝国の奴らも腰を抜かしたんじゃないかな」

 空になったグラスにさらに注いでやる。

 「その優秀な部下を2名も失いました」

 「君たちはこんな時は何と言って悼むのか教えてくれ」

 「決まりはありませんよ。小官はただ、戦友にとだけ」

 ロベール大尉はグラスを掲げて見せた。

 「そうか。ではそれで」

 「「戦友に」」

 二人はグラスを掲げると一気に飲み干した。熱い塊が食道を通り抜け胃が燃え上がった。

 「カトゥルーリャ艦長も勇者でいらっしゃる」

 一息ついてロベール大尉が口を開いた。

 「突然なんだい。友軍を助けるのは当然だろう」

 「違いますよ。帝国の駆逐艦に情けをかけたではありませんか。まさに騎士の礼ですな」

 「そういわれるとこそばゆいが、ただの自己満足かもしれないさ。だが、そうだね、ここは素直に褒められておこう。ありがとう。そうだ大尉。騎士の礼で思い出した。一つ聞きたいことがあったんだが」

 「何でしょうか」

 「どうして初対面のロンバッハ艦長にあんな挨拶をしたんだい。騎士がご婦人に対して行うような礼じゃないか。今だに意味が解らなくてね」

 「申し訳ない。少し悪ふざけが過ぎましたかな」

 「ロンバッハ艦長は動じていなかったけど、バルバリーゴ艦長は目を白黒させていたよ」

 二人はしばらく笑いあった。

 「そうですな。実は少し前から皆さんの話を聞いていたのですよ。どうやら我々を乗せる艦が決まっていなかったようでしたので」

 「確かに。それで」

 ナイジェルは好奇心を刺激された。

 「こう見えて小官は女性蔑視の上、迷信深くてですな。この手の潜入作戦では女性の艦長では縁起が悪いのです。あのような場違いな挨拶をしておけば、女性艦長に不審がられて男性お二人のどちらかの艦になると踏んだわけですよ」

 ロベール大尉がにやりと笑う。

 「なるほどね、女は乗せない戦船ってわけかい。いつの時代の話さ」

 ナイジェルはロベール大尉の冗談に乗っかかる。

 「しかし、予想に反してロンバッハ艦長が動じなくて内心しくじったと思いましたよ。もう一人の方は予想通りの反応でしたのにね」

 「ロンバッハ艦長は歴戦の艦長だよ。あの程度では動じないさ。むしろ面白いと思うんじゃないかな」

 「御見それいたしました」

 「まぁ。潜入や撤退にしくじれば移送艦もろとも全滅もありうる作戦だったからね。男の我々の方が気が楽になるのはわかるよ」

 「おやおや。艦長もなかなかの差別主義者ですな」

 「ありがとう。他の人には内緒で頼むよ。一応女性の味方で通しているんだ」

 「なるほど。もう一杯いただけますかな」

 「喜んで」

 ロベール大尉のグラスに魅惑の液体を注いでやるのだった。



                          続く

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