第18話   約定

 僚艦ムーアからの複数同時飽和雷撃による大打撃にリボニアの実力者は放心状態に陥る。


 カルロとしては彼らが立ち直る前に勝敗を決したい。まだ連邦の勝利ではないのだ。ここから追撃して戦果を拡大しなくては。


 恐らく後付したであろう彼らの要求を切り取ったり、こちらに有利な条文に修正していく。


 攻撃終了後、一時間で満足行く条文に仕上がった。




カルロは新しい契約書を連邦政府、正規の外交文書として発行した。


「正規の文書」


 連邦のような公的機関が、無政府地帯の代表格であるグリッドの運営者に公文書を発行することは珍しい。


 「バルバリーゴ艦長。これは」


 想定していない書類を渡され、邦徳はとまどった。


「言うまでもないが、これは連邦政府が認めた文書だ。違約事項があれば、連邦裁判所に提訴したまえ。裁判所が諸君らの代わりに連邦政府から取り立ててくれる」


 カルロは公式文書の説明を始める。


 「条文の発行は、連邦政府の承認を得てからになるが、条文が修正されることは普通無いので、そこは安心して欲しい」


 「連邦では軍人が外交交渉するのですか」


 「意外かね」


 「はい」


 「珍しくは無い。休戦交渉は軍人同士で行なうし、戦時協定も外交部より我々軍が担うことが多い」


 「そうでしたか」


 邦徳は条文の最終確認をした。


 「ちなみに600億ディナールの件なんだが、我々がしくじって、コンテナに細工をされている可能性が高い。引渡しに時間が掛かる。そこは勘弁してくれ」


 ここで弱みをカミングアウトする。これ以上引っ張るのはまずい。


 「コンテナに細工ですか」


 邦徳ではなくアルトリアが声を上げた。


 「たぶんな。爆発物か細菌兵器か。放射性物質ってことは無いと思うが」


 「だから隔離したんですか」


 「そうだよ。そうでなかったら話はもっと単純だったろうよ」


 「話が見えませんな」


 邦徳が説明を要求した。


 「今だからいえるが、諸君らに支払う物資を騙し取られてね。その後始末に我々が出張ってきたのだ。幸い奪還できたのだが、そこがおかしい」


 「どこがです」


 アルトリアが問いかける。


 「あれだけ鮮やかに、騙し取ったのに、その後がお粗末過ぎる。まるで取り返して欲しいかのような対応だったぞ。元来、我々のような船乗りが、情報戦で飯食ってるやつらに敵うはずがないだろう」


 「確かに。言われてみれば」


 「取り戻した物資の使い道は二つ、彼らに引き渡すか、持って帰るかだ。もし引き渡した物資が爆発したら取引はどうなる」


 「取引は失敗です」


 「失敗どころか、今より状況が悪くなる。つまり、600億失った上に海賊集団に報復されるおまけつき」


 「うわ」


 「持って帰るとするだろ。帰り道で爆発したら、我々は星の屑になる」


 「ぞっとします」


 「これが目的だったんじゃないかな。奪った物資を使っての逆交渉もありえるが、余程の仕込が無い限り難しいだろう。仕込があるなら、奪った足で交渉締結までもって行けばいい。それこそ我々は間に合わない。まぁ。私ならそのまま、ねこばばすることを選ぶがね。仕事熱心な奴だったんだろう」


 「事態は理解いたしました。我々としてもその人物は危険ですな。どのような人物だったか判明していますかな」


 「どのような人物」


 カルロとアルトリアは顔を見合わせた。


 「怪しい車のセールスマン」


 「保険の外交員ですね、つい口車に乗って入ってしまいそうになります」


 二人の感想に邦徳は笑い出す。


 「そうではなく外見とか、特長とかはないのですか」


 「そうだな、まだ若いのに見事に禿げ上がっていたな」


 「全体的に運動不足ですね。小太りで200mも走れないでしょう」


 今度は眉をひそめ、配下に何か言いつける。


 「この、男ですか」


 一つの写真が差し出された。


 「間違いありません。この男です」


 「そうだな、間違いない。なぜ、こんな写真が」


 「この男がグレンです」


 カルロは額を卓にぶつけそうになる。


 「なにが「人類の根源」だ。ただの身から出た錆じゃないか。もったいぶりやがって。帰ったらただじゃ済まさん」


 カルロは外事3局への報復を誓う。


 「さすがにこれは。と、言うことは受け取りに来たのは偽者ではなく、正規の人間だったわけですか。そんなの、どうしようもないじゃないですか。本人なら本物のパスコードを持ってて当然ですよ」


 「仰るとおり」


 カルロは同意した。


 「バルバリーゴ艦長。コンテナの中身は無事でしょうか。この男がグレンなら解除コードを知っています。中身を取り出して爆発物を詰め込んでいるのでは」


 アルトリアが耳元で囁く。。


 「そこに気付いて欲しくなかった。早く陸戦隊来てくれないかな。あいつら爆発物の処理が出来るだろうし」


 カルロも声を潜める。


 「この男の消息を頼めるか」


 気を取り直して写真を邦徳に戻す。


 「いいでしょう。我々も事情を知りたいものです」


 邦徳が請合ってくれた。一歩間違えると自分たちも被害者になると理解したのだ。


 カルロが出されたお茶に口をつけると、邦徳の部下が彼に耳打ちす。


 部下からの報告に邦徳が眉をひそめる。


 「バルバリーゴ艦長。我々を攻撃した艦が入港許可を求めていますが、これも貴方の指示ですかな」


 「うえっほ。なんだって」


 お茶が気管に入った。


 「突撃艦ムーアと名乗る連邦艦が入港許可を求めています」


 アルトリアと顔を見合わせた。


 「私の指示ではないが出来れば入港許可を出してくれ。そのほうがお互いにトラブルが起こらないと思う」


 「判りました」


 邦徳はため息を付いた後、男に指示を出した。


 「どうして入港など」


 アルトリアが困惑した表情を浮かべる。


 「判らんが、出迎えに行ったほうがよさそうだ」


 カルロは立ち上がった。




 ナビリア方面軍司令部に無政府領域CX75系に存在している共同体、現地ではリボニアと呼ばれるグリッドが連邦軍からの攻撃を受けたとの報告が上がった。


 「現場の暴走か」


 「防衛行動ではないのか」


 「対地攻撃を行なったのか。どんな状況だ」


 いくら、無政府状態の地域といえ問答無用での攻撃は、ナビリア方面軍司令部で物議をかもした。


 「正確な報告を上げさせなさい」


 ナビリア方面軍次席参謀長ヘルクヴイスト少将はざわめく参謀連中に叱責を与える。


 「閣下。報告いたします」


 参謀将校のベッサリオンが声を上げた。


 「今回の事態についての報告ですね」


 「はい。閣下」


 ベッサリオン大佐の差し出す報告を受取り目を通す。


 「あなたの策謀ですか」


 ヘルクヴイスト少将のはベッサリオンを睨みつける。


 「突発的事態であります。閣下。外事3局の要請に基づいての作戦行動です」


 時間をかけ報告書を確認する。


 「現場の判断の範疇内であることを確認しました。変化があり次第報告せよ」


 「アイサー」


 ベッサリオンの根回しでカルロの行動は司令部より承認された。




 リボニア周辺の船舶への攻撃を終えたムーアがゆっくりと港湾口に近づく。


 付近にはにはムーアからの攻撃を回避するために急遽出航した船舶がひしめいていた。


 ムーアはそれら船を蹴散らすように進む。港湾のハッチを守るように、武装した小型艇が砲口を向けているが意に介さない。堂々と前進した。


 やがて、ゲートが開きムーアは港湾に侵入した。


 カルロとアルトリアはそれを出迎えたのだが、この時点ではロンバッハ艦長の意図が良く判っていなかった。リボニアの海賊集団に対して、無駄に反撃のチャンスを与えるようなものと考えたが、実際には違っていた。


 エスペラント級の特徴である細く長い船首がゆっくりと船着場に近づくと、周りから大きなどよめきが起こった。カルロには見慣れた光景であるが、リボニアの人々は始めて見る連邦の最新鋭突撃艦。船を見慣れたものなら一目で理解できる先進的なフォルム、そしてつい先ほど見せた圧倒的な火力。これらが相まって大きな衝撃を与えた。


 「ロンバッハ艦長は戦略家だな」


 カルロはようやくロンバッハの意図を理解し笑い出した。


 「これはつまり艦砲外交の一種なのですね」


 アルトリアも感心して見入る。


 「水に落ちた犬を打つのに躊躇が無いな。参った参った」  


 ムーアの入港はリボニアに巣くう無法集団への強烈な警告となった。




 「遅くなりました。バルバリーゴ司令」


 タラップを降りたロンバッハがカルロに敬礼した。


 「タイミングは完璧だったよ。よくニルドからここまでこの時間でこれたな。後半日は掛かると踏んでいたが」


 カルロが答礼する。


 「少し急ぎました」


 「助かる。後続は」


 「順次到着いたします。展開はどのように」


 「今のところ上空待機で充分だ」


 「了解」


 「では、我々の交渉相手を紹介しよう」


 カルロはロンバッハを連れて邦徳の前に立った。


 流石にリボニアを代表する勢力の長だけけあり邦徳は、表面上にこやかに対応していたが、額に汗が滲んでいた。ロンバッハは邦徳に対し礼儀を完璧に守った上で冷たい笑顔を向ける。本当に容赦が無い。


 「どうでしょう。皆様を夕食にご招待したいのですが」


 邦徳が何とか態勢を整えようとがんばる。


 「それはありがたい」


 カルロは受けることにした。




 港から離れた一角に邦徳の邸があった。


 豪華さは控えめだがとにかく大きな邸であった。


 食堂には多くの円卓が並び、上座の大きな卓に邦徳以下、リボニアの有力者とカルロ以下二名の連邦軍人が座る。


 次々に出される料理を楽しみ宴もたけなわになると、邦徳が杯を手に立ち上がり話し出す。


 「今回。我々リボニアと連邦との間に、有意義な取り決めが成された事を嬉しく思います。今後ともこの関係が発展することを願って乾杯いたしましょう」 


 にこやかに杯を掲げ乾杯の音頭をとった。


 「乾杯」


 皆がそれに続き、杯を飲み干すと、今度はカルロが立ち上がる。


 「さて。皆さん。今回の約定だが、連邦として一つの可能性を提示したい」


 いきなりなんだと、皆がカルロに注目した。


 「言うまでもないことだが、今回の約定は航路の安全を期としたものだが、それだけでは意味が薄いと私は考える。私は僅かな時間であったがこのリボニアに滞在し、一つの可能性を感じだ」


 カルロは見渡し自分に注目が集まっているのを確認する。


 「リボニアは将来的に人類共生統合連邦に加盟するのが妥当だろう」


 会場にどよめきが走る。


 「無論。今すぐに無理なのは承知している。現状のリボニアでは加盟は出来ない。しかし、貴方たちが純粋に非合法活動だけ行なっているわけではないということも理解している。今回の約定には貴方たちが、非合法活動から正規の商業活動に舵を切るきっかけになればと考え、幾つか修正してある。充分に検討してくれ。連邦加入の暁にはまた諸君らと卓を囲もう。以上だ」


 カルロの一方的な宣言に、一同あっけに取られていたが、ロンバッハが拍手をした。それを見たアルトリアが後に続くと邦徳は再び立ち上がり拍手をした。


 その後は会場中か拍手に包まれた。




 「何ですかあれは」


 宴が終わり用意された部屋のソファーくつろぐカルロの前にロンバッハが立ちはだかる。


 「何だといわれても、本心なのだが」


 アルコールが残ったまま答える。


 「そんなことは、言われなくてもわかっているわ。そうではなくて戦時協定の枠を超えかねない発言よ」


 「大丈夫だって。司令部には根回ししているから」


 「根回し。また、ベッサリオン大佐に泣きついたのかしら」


 「お察しの通り。大体このアイデアはお前から聞いた話で立ち上げたのだぞ」


 「私から聞いた。いい加減なこと言わないで」


 「本当だって、昔どこかの突撃艦艦長が平和条約の下ごしらえをした話。本来外交権を有しない突撃艦艦長が、難しい話を纏めたって言ったじゃないか。それを大佐にそのまま言ったんだよ」


 そうなのだ。国際法上あらゆる船舶はその国の領土として扱われ、その責任者には大きな権限が付与されるが、連邦では元来突撃艦の艦長には対外的な交渉権が認められていない。認められるのは巡洋艦以上の戦列艦クラスの艦長からである。


 「ローダギアの奇跡を真似したって言うの。呆れた」


 「ローダギアの奇跡とはなんですか」


 それまで黙って聞いていたアルトリアが質問する。


 「50年ほど前にあった話です。ローダギアが隣国のエイザークと全面戦争一歩手前まで言ったとき、突撃艦ユキカゼの艦長がローダギアを連邦に加盟させたの。連邦の圧力によりエイザークは兵を引いたわ」


 「エイザークは確か」


 「そうね。今ではどちらも連邦加盟国ね。一隻で二カ国を加盟させたとして当時評判になったのよ」


 「それに比べれば、私の下ごしらえなんて足元にも及ばん」


 「そんな無茶をしたのですか」


 今度はアルトリアも呆れた。


 「本当に目を離すと何をしでかすか判らない人ね」


 ロンバッハはため息をついた。


 「いい。条約だと思うがな。少なくとも貢物をささげてお目こぼしを貰うより余程有効だぞ。もともと外事3局のしくじりのフォローなんだから初めの内容とは変わってしまうだろう」


 そしてカルロは条文を読み上げ始めた。




 一つ。リボニア商船組合は連邦勢力圏から200万リーグでの海賊行動を行なわない。


 一つ。連邦政府はリボニア商船組合に600億デイナール相当を支払う。


 一つ。連邦軍はリボニア商船組合に輸送船10隻をリースする。


 一つ。ナビリア星域内での通商権及び航行権を認める。


 一つ。期間は一年とし。再交渉のする権利を認める。




 「どうよ。彼らにやる気があればこれを足がかりにして加盟する。充分可能性があると思わんか」


 「そうですね。加盟云々は脇に置くとしても、連邦への依存度を上げる効果があると思います」


 アルトリアが同意した。


 「そうだろ。どちらが得か理解できれば、不可能ではない。はずだ」


 「彼らにその気があればね」


 ロンバッハはそれでも懐疑的だ。


 「邦徳も拍手したし、その気はあるんじゃないかな」


 「見せ掛けだけかもしれない」


 「そう言われればそうなんだが。そうでなければ、なんだっけ、何とか言う工業物資を代金に要求しないだろう。もっと換金しやすいものを要求するはずだ。私ならそうする」


 「何を要求したの」


 「なんだっけ」


 アルトリアが確認する。


 「バックミンスターフラーレン 50kgです。どうやら超伝導に使用する希少金属のようです」


 「超伝導。確かに工場建設には必要でしょうね」


 「だから、自立したい意思があるんじゃないかな。だってこのグリッド、ワインや煎茶の生産しているんだぞ。そんな全うな商品を真面目に生産しているグリッド聞いたことあるか」


 「無いわね」


 「だろ。だからいけると思ったのさ」


 カルロはアルコール臭い息を吐き出した。


 「そうだったの。それなら少し脅しが過ぎるのではなくって」


 ムーアでの攻撃のことを言う。


 「何言ってるんだ。最高だったよ。なぁ」


 「そうですね。あの一撃で交渉は一気にまとまりました」


 「そう。ならいいわ」


 ロンバッハがやっと納得してくれた。


 一息ついたところで、アルトリアに通信が入る。


 「なんだと。それでどうなった。判った確認急げ。応援を回す」


 「どうした」


 ただならぬ剣幕に首を傾げる。ムーアが今更海賊どもに襲撃されたのだろうか。


 「バルバリーゴ艦長。コンテナが爆発しました」


 カルロはソファーから転げ落ちた。


 「今頃かい。反応が無いから油断していた。それで中身は」


 「確認中です」


 「イントルーダーのクルーを現場に急行させてくれ。お前は揚陸艦に連絡して現場の制圧要請を」


 カルロは立ち上がり指示を出す。


 一難さってまた一難。カルロの酔いは一瞬で吹き飛ぶこととなった。




 幸い。コンテナの中には物資が入ったままだったらしく、クレーターの周りに飛び散るだけですんだ。


 イントルーダとムーア、そして遅れて到着した陸戦隊の協力でクレーター内のバックミンスターフラーレン拾いを行なうこととなった。高価な物質が細かい破片となって飛び散ったため、回収作業には一週間以上かかった。カルロは陸戦隊の指揮官から大変ありがたい嫌味をいただくこととなった。そして、全て回収できるはずも無く、足りない分は後日、発送することで方をつけた。なんとも締りの無い終わりとなった。




 コンテナの爆発と同時刻。リボニアを飛び立つ輸送船があった。


 「欲張りすぎたか。だが、たかが物資の強奪だけでは意味が無いしな。やはり準備不足だったか」


 髪の薄い小太りの男が呟く。


 リボニアでグレンと名乗っていた、連邦のエージェントである。


 彼を乗せた船は、そのままリボニアを離れていった。




                           続く

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