第17話   交渉

 連邦軍は、イントルーダからの報告を受け、付近の艦艇をCX75系に向かわせていた。その中に、ニルドに駐留していた突撃艦ムーアの姿があった。




 「第一戦速」


 ロンバッハ艦長の命令はいつも短い。初めは戸惑うが、慣れてくればむしろ誤解なく的確で助かる。ただ時折、意味が判らない命令が出る。今回はそれだった。


 「アイサー。第一戦速」


 ムーアの副長は、いつもこの時に悩む。理由を問うべきか問わないべきか。


 この距離で第一戦速で進むと、帰りの燃料が厳しい。ロンバッハ艦長がそんな初歩的なミスをするとも思えない。となると別の思惑を考えなくてはならない。


 一つ。こちらの計算が間違っていて、燃料に余裕がある。


 一つ。現地で補給の目処がある。


 一つ。一刻も早く突撃艦が必要。


 最後の一つが、早く想い人に会いたい。


 副長は、航海長と共に燃料の再計算を行なうと、やはり帰りの燃料が厳しい。現地のでの補給は、司令部が手当てしているか、どうかまでは判らなかった。当該宙域ではまだ戦闘は起こっていない。となると最後の一つか。


 決して口にはしないし、人前で態度に表さないが、ロンバッハ艦長がバルバリーゴ艦長に、ぞっこんなのはムーアの乗り組みなら嫌でもわかる。


 コンコルディアの乗り組みは、いかにムーアがコンコルディア中心に機動しているか知らないだろう。ロンバッハ艦長のプライベートは知らないが、彼女は仕事でも相手に思いを伝えるタイプだ。この女はどこまで男に尽くすつもりだ。一種の狂気を感じる。


 こうした、コンコルディアありきの艦の運動に、ムーアに配属される新しい乗り組みは大概憤る。他人の想い人のために、自分たちの命を質に入れられては堪らない。だがやがて気がつく。コンコルディアに付いて行くのが、いかに大変か。引き離されないように働いていると、それが生き残るための最善手であることを思い知らされる。時間が経つと不満に思わなくなるのだった。


 確かにロンバッハ艦長はここ二ヶ月、バルバリーゴ艦長に会っていない。フラストレーションが相当溜まっているだろう。だが寂しいから、早く会いたくて艦を急がせたりするだろうか。そこまで単純で可愛げのある軍人ではない。


 副長は理由を問わないことに決めた。


 ムーアは同時に発進した揚陸艦を引き離して、単艦でCX75系に向かう。




 「バルバリーゴ艦長。これは何をしているのでしょう」


 アルトリアの視線の先にはコンテナがある。ここはグリッドに近い屋外のクレーター。


 カルロはイントルーダに戻るかと思いきやコンテナを設置し距離を取れと命じた。


 「念のために安全確認を。よし。やってくれ」


 合図を送ると、クルーがEMCを作動させる。


 「犯人でもおびき寄せるのですか」


 「私もそこまで間抜けではないぞ。ここは、もういい。中に戻るぞ」


 見張りを残して離れた。




 再びリボニアの港の人気のない一角。


 「バルバリーゴ艦長。コンテナをイントルーダに移送しなくていいのですか」


 カルロの背中に、アルトリアが心配そうに声をかける。


 「アルトリア艦長。貴官は諜報戦に自信があるかね」


 「諜報戦ですか」


 「そうだ。その筋の人間と互角に争えるか。資金と火力が勝っていたとしてだ」


 「小官の実力で勝つのは不可能です。他の要因で勝利することはありえますが」


 アルトリアの答えにカルロは振り返った。


 「公平な意見だ。概ね賛同する。では、今回の作戦はどうだ。我々の実力か、他の要因か」


 アルトリアは答えに窮する。カルロの問いは質問の形は取っているが、今回の作戦は負けていると主張している。


 「おっしゃりたい事は理解できますが、我々はコンテナを奪還できました。それは成功ではないのでしょうか」


 「少し違うぞ。コンテナの奪還が作戦の主目的ではない。海賊集団と交渉して成果を得るのが成功だ。」


 「そうですが。それは我々の任務に該当いたしません」


 「正論だな。私も本職がいれば、コンテナを引き渡して帰れるのだが、居ないからな」


 アルトリアはカルロの言いたい事が判らない。だからこそ、コンテナを安全なイントルーダに移すべきだろう。ここに留まると、カルロの言う本職に引き渡すことすら出来ない。


 「駄目だ。何に引っかかっているのか判らん。引っ掛かりがあることは明白なのに」


 額に手を当てる。


 「そうか。犯人像がまるで判らないから、意味不明なんだ」


 奪われた物資を取り返すことだけで、一杯一杯だ。


 外事3局のウォルターが語った。「人類の根源」なとどという、意味不明の返答から類推するのも難しい。


 カルロは顔を上げアルトリアを見つめた。


 「貴官はこの物資で犯人が交渉するといったな」


 「はい」


 「その認識に完全に同意する。負けているとすれば、交渉は続いていることになるな。交渉。交渉。交渉って何だ。こちらの要求を相手に飲ませるのが交渉。いや。何か違うな」


 カルロはぶつぶつ言いながら歩き回る。


 「闇で蠢いている連中相手に、闇の中で太刀打ちできるわけが無いか。よし。方針を変える。アルトリア艦長。イントルーダに繋いでくれ」


 傍で聞いていたアルトリアには全く話が通じないが、頷くしかなかった。




 「どうにかなりませんか」


 カルロはイントルーダを中継機にして司令部のベッサリオン大佐に談判する。


 「貴様が心配することではない」


 「最悪の事態を想定するなら、巻き返せるのはここです」


 「言い分は理解できるが、貴様にはその権限が無い」


 「昔。聞いたことが有るのですが、例外的に権限が与えられたことがあるそうですね。確かローダギア戦役だったか」


 カルロは餌を撒いてみる。


 「誰から聞いた。」


 ベッサリオンが釣れた。


 「ロンバッハ艦長からです。そんなこと出来るんだと、感心したのを覚えています。突撃艦艦長の間では割と有名な話でしょう?」


 「あの馬鹿。何でもペラペラと。有名なものか」


 なんだ。こっそり教えてくれたのか。危ない危ない。


 「何か機密事項に引っかかるのですか」


 「そうではないが。判った。その線で調整してみる」


 「ありがとうございます。」




 カルロはクルーを集めた。


 カルロは、これからの行動を説明する。


 「どうだ。出来るか」


 アルトリアを筆頭に全てのクルーが、ぽかんとした表情を浮かべた。


 「はい。可能です」


 軍人の作法として、出来ると言うしかない。実際に、成功の可否はともかく実行するのは可能だし。


 「バルバリーゴ艦長。質問よろしいでしょうか」


 「どうぞ」


 「そこまでしないと、いけないのでしょうか」


 「今までの苦労を全て放棄するのであれば、その限りではないが、そうするか」 


 「いえ。やりましょう」


 「では、役割の振り分けを頼む。私には3名付けてくれ」




 カルロはイントルーダから持ってこさせた士官服に着替えた。


 リボニアの港を連邦軍の軍装のまま闊歩すると、すれ違う人々からの不審がる視線が突き刺さる。


 「アルトリア艦長。なぜ貴官まで付いて来る。しかも、その格好」


 「割り振りは小官に任せていただいたと認識しております。この場合一人より二人のほうが説得力が上がります」


 アルトリアもカルロと同じ士官服を纏い、腰には式典用のサーベルまでつけている。


 「バルバリーゴ艦長の役割が一番危険と判断いたしました」


 「だから指揮官二人とも来たら駄目だろう」


 「大丈夫です。バルバリーゴ艦長の安全は小官が保障いたします」


 ナンナノこの自信。会話がまるでかみ合わない。


 カルロ自身かなり無茶をしている自覚があるため、他人の無茶にとやかくいう気にならなくなった。


 「ここから多少、演技が必要だ。合わせられるのか」


 「理解しております。つまりヤクザの真似をすればいいのでしょう」


 「ヤクザって。貴官のプライベートはどうなっているんだ」


 カルロとアルトリアは連れ立って港湾事務所を目指す。その後を小銃を構えた二人のクルーが続いた。




 「責任者を出せ」


 いかにも横暴な軍人の体で港湾事務所に乗り込んだ。


 留めようとする人間を小銃で威嚇し、それでも接近する者にはアルトリアがサーベルの柄で殴りつける。


 カルロは事務所の応接セットに横柄に腰掛けた。後ろに用心棒のようにアルトリアが直立で控える。


 「どちら様ですか」


 ひと悶着の後に熊みたいな大柄の男が現れた。


 「君がここの責任者かね」


 カルロの問いかけに薄目で頷く。


 「そうだ」


 「事務員には見えないな」


 カルロは挑発する。


 「御託はいいで、あんたたちはどこのチンピラだ」


 カルロの向かいのソファーに腰掛けた。肝は太そうだ。


 「人類共生統合連邦、ナビリア方面軍、第54突撃戦隊司令カルロ・バルバリーゴ少佐だ。グレン君の代わりに来た」


 「グレン。誰だ。心当たりが無いのだが。連邦の軍人さん」


 素直に答えてくれるはずも無い。


 「困ったな。ここにはリボニアのリーダ格がいると聞いてきたのだが、間違いだったのかな」


 「そのようだな」


 「そうなると時価600億のブツはどこに引き渡せばよいのやら。君は心当たりが無いかね」


 「あるわけないだろ。出て行ってくれ」


 男は扉を指差した。


 「そうか、残念だ。一つ聞きたいのだが、この港の気密性はどれぐらいだ」


 「気密性。何の話だ。」


 カルロはアルトリアに目配せをする。


 「こちらα1 Q1やれ」


 数秒後に事務所から100m程離れた一角から轟音と共に火柱が上がった。


 事務所の窓ガラスが一部吹き飛び破片が飛び散る。グレーネード弾を使用した簡易爆弾が爆発したのだ。


 「あまり気密性は良くないみたいだな」


 他人事のように呟く。


 「お前たち何の真似だ」


 男が立ち上がり叫ぶ。


 「我々も子供の使いじゃないんだ。はいそうですかでは帰れないのだよ。判るかね。取引が出来ないのであれば、このグリッドは破壊するしかない」


 「なんだと。」


 「量子反応魚雷を知っているかね。一発で戦列艦を撃沈できる威力が有るのだが、試してみても」


 「でたらめだ。生きて帰りたかったら、とっとと失せろ」


 「そうか、何事も経験だからな。おい」


 アルトリアに再び合図を送る。


 「了解。こちらα1 CP」


 「待て。待ってくれ。」


 たまらず男が止めに入る。


 「そう言ってくれると思っていたよ。我々も無駄な殺生はしたくないからな」


 カルロは笑顔で答える。


 「お前たち、本当に連邦の軍人か」


 「それ以外の何に見えるのだ。標準的な連邦軍人だ。なぁ」


 「アイサー」


 「ぬかせ。お前たちのような奴は海賊でもそうはいない」


 「ほうほう。海賊さんに知り合いがいるみたいだし。我々と取引してくれる連中に連絡してくれ」


 「くそ。待ってろ」


 男は事務所から出て行った。


 「上手くいきそうですね」


 アルトリアが耳元でささやく。


 「貴官も度胸が据わっているな。怖くないのか」


 カルロも小声で返した。


 「あの男の戦闘力では問題ありません」


 サーベルの柄に手を掛けて誇らしげに言う。どうも良く判らない娘だ。




 男に案内されて、港に係留された船に乗船する。 


 見た目はただの輸送船に見えるが、ジェネレーターの位置がおかしい。戦闘用に改造した海賊船なのだろう。


 「小汚い船だな。おっと失礼」


 案内する船員が睨みつける。


 「こういうところが、軍との決定的な違いですね」


 「そうだな。清掃は士官学校で叩き込まれるからな」


 アルトリアがクスリと笑った。


 「小官にも経験があります。今思えばあれは指導なのでしょうか。イジメなのでしょうか」


 「おっと、その先は危険だ。」


 カルロも笑った。


 カルロ達は船内の一室に通された。




 「ようこそ。グレン氏の代理人でしたかな」


 初老の小柄な男が出迎える。


 「直接面識は無いがね。あなたはどなたで」


 「これは失礼しました。クーリャンシー商会の邦徳と申します。バルバリーゴ少佐殿」


 邦徳は握手を求めてくる。


 「殿は結構。さっそく契約条文の確認をしたいのだが」


 カルロはそれに応じた。


 「まぁ。そう慌てずに。実はこの話はわたくしどもだけの物ではありません。関係者を呼びにやっています。到着までお茶でもどうですか」


 「それはありがたい」


 勧められた席に着く。


 「大丈夫でしょうか。時間稼ぎをしているのでは」


 カルロの後ろに控えたアルトリアが囁く。


 「しているだろうな。今は様子見だ。通信はどうだ」


 「問題ありません。多少のラグが発生していますが、リンクは保たれています」


 しばらくすると、小さな器に満たされたお茶が出てくる。


 カルロは器から漂ってくる香りに首を傾げた。


 「煎茶?ですかな。珍しい」


 一気に飲み干した。


 「これは嬉しい驚きですな。煎茶をご存知とは」


 カルロの反応に邦徳は大げさに喜んだ。


 「昔。飲んだことがありましてね」


 「この茶葉は、このリボニアで栽培したものです。当商会の自慢の品です」


 「ほう。リボニアで。葡萄からワインといい、随分と農業に力を入れておられますな」


 「お詳しい。その通り。まだまだ手探りではありますがな」


 雑談を続けていると、次々に人が入ってきた。


 「集まったようですな」


 赤い円形の卓にカルロを含めて4名が着席する。


 正面に邦徳。右手に車椅子に乗った男、左手にハイスクールに通ってるのがお似合いな少女。


 「それでは我々がグレン氏と結んだ契約を確認いたしましょう」


 一枚の書類が目の前に置かれる。


 一瞥したカルロはすぐに後のアルトリアに手渡す。


 「声に出して読んでくれ」


 「はい。」


 アルトリアは読み上げた。


 一つ。リボニア商船組合と連邦政府は相互に敵対行動を取らない。


 一つ。連邦勢力圏から200万リーグ内での船外での商業活動を自粛する。期間は一年。


 一つ。連邦政府はリボニア商船組合に600億ディナールを支払う。


 一つ。連邦政府はリボニア商船組合に域内での自由通行権を認める。


 段段とアルトリアの声が震えてくる。


 一つ。連邦軍は10隻の輸送船をリボニア商船組合に引き渡す。


 一つ。連邦政府はリボニア商船組合を正規の商取引相手として承認する。


 「これは、何の冗談ですか。あなたたちは交渉する気が有るのですか」


 柳眉をひそめて書類を叩きつける。


 カルロは笑い出した。


 「高く売りつけてくれるな」 


 「我々が連邦と交渉した結果です」


 邦徳も笑顔のまま答える。


 「何か書くものをくれ」


 ペンを受取ったカルロは契約書と称する書類に書き込んでいく。


 「これなら、即時締結可能な条文だ」


 右手の車椅子の男に手渡す。男は一瞥することなく邦徳に手渡した。


 「これは手厳しい」


 「随分、譲歩していると思うがね」


 「しかし。なぜ第一条を削除なさったのです」


 第一条の条文に線が引かれ消されていた。


 「なに。そちらの要求を下げてもらうのだ。こちらも何か取り下げないとな」


 「我々と敵対なさると」 


 「敵対した場合。4と6は自動的にご破算だがな」


 ふむ。邦徳は一息つく。


 「検討したいので、お時間をいただけますかな」


 「無理だな」


 「そう仰られても、すぐに結論の出ることではありません」


 「いや。そういう訳ではない。我々もここに来る途中でやらかしてしまいましてね。仕方なく呼んだのですよ」


 邦徳はカルロの次の言葉を待った。


 「艦隊を」


 「ははっ。ご冗談を。今の連邦軍にそんな戦力がどこにあるのですか」


 「冗談ではないのだが、アルトリア。イージスポイントシステムで友軍の推定位置を」


 「了解」


 アルトリアから渡された端末を見てカルロはにやりと笑う。


 「想定より早くつきそうだな。提案を拒否なさるのであれば我々はこれで」


 カルロは立ち上がると、左手の少女も立ち上がる。


 「お座りください。短気はいけません」


 邦徳が手で制する。


 「短気ではない。このままここにいては死んでしまうのでね。失礼しますよ」


 カルロの前に黒髪の少女が立ちはだかる。


 「道を開けてくれるかな。お嬢さん」


 カルロの目の前で火花が散った。


 目の前に突きつけられた短刀とそれを受けたアルトリアのサーベルが放った火花だ。


 「貴様。何の真似だ」


 アルトリアの低い問いかけには答えず、少女は距離を取った。その顔には斬撃を受けられたことへの驚きが浮かんでいた。


 アルトリアが一気に間合いを詰めて上段から切りかかる。バックステップでかわされると、そのまま中段からの両手突きに切り替わる。流れるような一連の動き。相当に訓練されている。


 突きをいなして態勢を整えた少女が反撃に移ろうとした。


 「止めなさい。アイリーン」


 邦徳が止める


 カルロはこの間を、ぽかんと見ていた。腰の拳銃の存在すら忘れていた。


 なに?このティーンエイジャーにいきなり切りつけられたのを、アルトリア艦長がサーベルで受けたのか。その後、目にも留まらない連続攻撃。そんなことできるの。よく見るとアルトリアの持っていのはサーベルと呼べるものではなかった。柄と鞘は連邦軍の儀礼で使用されるものたが、刀身は完全に剣だった。


 この娘、なんでそんなもの持ってるの。今日日サーベルなんて陸戦隊ですら使うものがいない完全なお洒落グッズなのに。


 「バルバリーゴ少佐。失礼しました」


 「交渉決裂ですかな」


 内心の動揺が少し出たか。流石にいきなり斬りつけてくるとは考えてなかった。


 「そうではありません。ただわたくしどもは貴方を信用できないだけです。本当に艦隊を?」


 どうやら本気で話を続けるようだ。


 「艦隊は吹かしすぎたかな。そうだな。諸君らは突撃艦と戦ったことはあるかね」


 「突撃艦ですか。我々は連邦の軍艦に詳しくありません。どのような船ですかな」


 「そこからかね。いいだろう。丁度いいお見せしよう」


 今度はそちらが驚く番だ。


 「老婆心ながら、逃げることをお勧めする」




 「艦長。イントルーダから入電」


 ムーアは予定より8時間早く当該宙域に到着しつつあった。


 休息に入っていたロンバッハが、シャワーを浴びて艦橋に戻ると、副長から報告があがった。


 「繋ぎなさい」


 乾ききっていない銀髪を気にする。


 「戦術要請のコマンドです」


 「展開しなさい」 


 「アイサー」


 チャートに要請内容が表示される。


 「これは」


 「複数同時弾着を期とした飽和攻撃ね」


 ロンバッハは口に手をあてる。


 「またですか」


 副長が呆れる。これだよ。バルバリーゴ艦長の無茶振りはいつでも唐突。


 「全艦。雷撃戦用意。一番から4番まで全力雷撃。目標までのデータをインプット。発射次第、次弾装填せよ」


 どうしてこの人は一切疑問なく従うのだろうか。


 「アイサー。全艦。全力雷撃戦に移行いたします」


 副長の疑問を残したまま、ムーアは次々と量子反応魚雷を発射した。




 「どういう意味ですかな」


 邦徳の前にはアイリーンと呼ばれた少女が短刀を構え、カルロの前ではアルトリアが剣の切っ先をアイリーンに向けている。


 どちらも女の背中に隠れて格好が悪いな。カルロは頭をかく。


 「お前さんたちが、分散して係留している艦艇に攻撃を命じた」


 「なんですと」


 「弾着まで、15分から20分だ。今の内に乗員だけでも逃げたまえ。連邦軍の突撃艦が止まっている目標をはずすことは無い。そのことを諸君にお見せしよう」


 「邦大人。この男の言っていることは本当かと」


 突然、車椅子の男が発言した。


 邦徳はすぐさま配下を走らせた。


 「ああ。安心したまえ。今回は威嚇のために一艦のみの攻撃だ」


 カルロは再び席に着いた。




 イントルーダが捕捉した目標に、次々とムーアの魚雷が降り注ぐ。


 15分やそこらで船は動かない。スピードを調整した量子反応魚雷12本が、ほぼ同時に着弾した。


 魚雷は艦艇に直撃もしくは至近弾だった。防御力の無い船舶には直撃と至近弾の違いなど無い。木っ端微塵か原型が判るね、といった程度の差だ。


 ムーアの長距離雷撃により、大小20隻以上の船舶が吹き飛んだ。


 リボニアの地表を赤く染めた。




 邦徳は部下からの報告に顔色を変えた。


 「私の相棒からのメッセージが理解いただけたかね。ちなみにもう一隻が待機している。」


 「我々を皆殺しにするおつもりですか」


 「なぜ、そんなことをしなければならない。やりたいのは交渉だ。連邦は諸君らの協力と友好を望んでいる。そのため私がいるのだ」


 堂々と言い放つ。


 「いいでしょう。バルバリーゴ少佐。取引いたしましょう」


 「感謝する」


 アルトリアの肩に手を掛け、構えを解かせた。


 カルロは大きなため息をつきたいのを我慢した。何とか出口が見えそうだ。




                       続く

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