第16話   リボニア

 CX75系第5惑星、唯一つの衛星にはグリッドが存在している。


 連邦では単純にCX75-5-1とナンバーしているが、現地ではリボニアと呼ばれていた。ナビリア星域には同名の惑星が存在しているが、ここから来た難民たちによって作られたグリッドのためらしい。


 当初は衛星内部の巨大な地下空間と、コアに含まれる水を使って、自給自足程度の農業を行なうグリッドだが、当然これだけでは生きてはいけない。


 リボニアの人々は、付近の航路を襲撃する小規模な海賊行為を働くようになった。


 宇宙船を襲撃するには、宇宙船が必要だ。リボニアにはそれらを整備運用する港やドッグといった施設が徐々に整備され、いつしか、海賊集団の中継基地のような存在になる。そうなると物流が増えさらに成長していった。




 港湾施設にへばりつくように町が形成され、不規則な路地と建物が入り組んでいる。


 その粗末なアパートの一角で。


 男が、鞄に身の回りのものを詰め込む。


 コンコン。扉が叩かれる。


 息が詰る。テーブルに置いてあった拳銃を、慌てて掴む。


 ココンコンコン。


 特定のリズムによって、さらにノックが続く。ノックの符丁は仲間の合図だが、信用できない。


 「誰だ。」


 声が掠れる。


 「消防署の方から来ました」


 「なんだと」


 意味不明な返答がくる。


 「冗談だ。頼むから、構えている物騒なものをしまってくれ」


 男は意を決して扉を開けた。


 両手を挙げた体つきの良い男が立っていた。


 「お前さんが、マルクルかい」


 「そうだ。あんたは」


 「しがない、公務員だ。トラブルが起きた」


 「だれから。ここを聞いた」


 「答えてもいいが、そろそろ中に入れてくれないか」


 マルクルは、しばし戸惑うが、招き入れることにした。


 「こちらが用意したブツが奪われた」


 男は許可も得ずに、ソファーに腰掛ける。


 「ブツを」


 「中身は知らないようだな」


 マルクルの表情を読んでくる。


 「ああ。俺は聞いていない。グレンだけが知っていた」


 「グレンは」


 「判らない。捕まったか、始末されたか」


 「やった奴等に心当たりは。グレンから何か聞いていないか」


 マルクルは室内をうろつき、視線を外した。


 「個人か。組織か。あんたの印象でいい」


 「組織だろうな。だが、大きな組織じゃない」


 「ほう。なぜ」


 「大きな組織なら、あんたがここに来る前に、俺は消されてる」


 「なるほど。それなら土地勘と動員をかけれる、地元の組織では無いのか」


 考えてみれば当然か。黙っていても大金払ってくれるやつを、わざわざ拉致して物資を騙し取ったりしない。外部勢力の仕業だ。


 「もういいだろう。俺は早くここから出て行きたい」


 「そうだな。ここは危険か」


 男が立ち上がる。


 「最後に大事なことを聞きたい」


 男の雰囲気が変わり、マルクルは身構えた。


 「なんだ」


 「武器が必要なんだが、あてがあれば教えてくれ」


 「金は」


 「用意できる」


 「いいだろう。案内してやる」


 マルクルは部屋を出ようとして、気が付いた。


 「そういえは、あんた。何もんだ」


 「船乗りのカルロだ」




 「反対です、バルバリーゴ艦長が行くべきではありません」


 アルトリアはカルロの決断に異議を唱えた。


 「現状。自由に動けるのは私だ。私が行かなくて誰が行く」


 「イントルーダから選抜いたします」


 「なにも、一人で行くとは言っていない。保安部員から何名か貸して欲しいが」


 「バルバリーゴ艦長が出向くのでしたら、代わりに小官が現場で指揮を取ります」


 「論外だ。いざというとき、イントルーダの援護が必要だ。その時誰が艦を指揮する」


 カルロの正論に言葉に詰った。


 「連絡は、絶やさない。バックアップを頼むぞ。特に船の出入りを監視しろ」


 カルロは3名のクルーを引き連れて、港近くの死角にランチを係留した。そこから徒歩でリボニアに乗り込む。頼れるのは、騙し取られたコンテナからの発信信号だけだ。


 信号を追尾し港の倉庫にたどり着いた。


 「反応はどうだ」


 端末を確認しているクルーに声を掛ける。


 「信号に変化ありません。開けられた形跡も無いので、解除コードまでは入手していないようです」


 「不幸中の幸いだな」


 中身を別の容器に移し替えられると、足取りが掴めない。


 「バルバリーゴ艦長。どうしますか」


 「人数が判ればいいのだが。どうだ」


 「熱源が多く、判断できません」


 ヘッドギア式のセンサーを被ったクルーが答えた。


 反応がある倉庫は、明かりが着いており、作業ドローンが行きかい想像より出入りが激しい。犯人グループなのか、ただの作業員なのか、人影もちらほら見える。


 「外で使う、装備だからな。中では厳しいか」


 カルロ達が持ってきたのは、接舷上陸戦で使用する宇宙空間用だ。しかも滅多に使わない装備で使い慣れていなかった。


 「軍曹」


 「はい。艦長」


 軍曹が踵を鳴らす。


 「貴様たちは、ここで待機。コンテナの信号を見張れ。私は協力員に接触してみる。動きがあれば報告しろ。以上、アルトリア艦長に報告せよ」


 「アイサー」




 薄暗い路地を縫うように進む。排水が上手くないのか、水溜りが多い。カルロは先導するマルクルについていく。


 「協力員は、あんただけか」


 水溜りを飛び越える


 「そうだよ。俺は、二週間ぐらい前に、グレンに雇われた」 


 グレンが連邦のエージェントだったのだろう。


 「リボニアの人だね」


 「ああ」


 「元の仕事は。何をしていたんだ」


 「港で働いていた」


 「海賊はどれぐらい居るんだい」


 「どれぐらい。そこらじゅうにいるさ。港の船は見たか」


 「ああ。10隻程、係留していたな」


 「そうだろう。あれが大体海賊連中の船さ」


 「多いな」


 カルロの感想にマルクルが笑った。


 「その10倍は外にたむろっているさ」


 「10倍、そんなにか。どこに、係留してるんだ。ここに来るまでに見かけなかったが」


 「10倍は大げさだな。それでも色々なクレーターに潜んでいるのさ」


 「海賊の巣窟というわけか」


 「最近は特にな。おかげで景気がいい」


 マルクルがさらに薄笑いをした。


 「なら。なんで、こんな危険な仕事をしていたんだ」


 「ギャラが良かったんだよ。途中でやばい仕事だと思ったが遅かったぜ。おい。案内しているんだから、追加で払えよ」


 「中身しだいだ」


 港の一角に小さな酒場や店舗が集まっている場所に案内される。


 「おい。こっちだ」


 崩れかけた、店舗の二階に案内された。


 「ここだ」


 室内に入ると、壁一面に、銃器が掛けられている。武器商人の店らしい。




 「バルバリーゴ艦長が単独で行動した」


 イントルーダの艦橋でアルトリアは呆れ声を上げる。


 「なにを考えているの。勝手なことを」


 「艦長。司令部より入電」


 「わかった。お前たちは引き続き監視しなさい。繋げ」


 メインモニターにベッサリオン大佐が現れる。


 「エルベリウス少佐。バルバリーゴ少佐はどうした」


 「はい。バルバリーゴ少佐はグリッドに先行偵察に向かいました」


 「単独でか」


 ベッサリオンは眉をひそめる。


 「はい。いいえ。当艦より3名随行しております」


 「そうか」


 少し考える。


 「そちらに、ニルドから増援を出す。20時間以内に到着する。連携せよ」


 司令部のあるクースよりニルドの方が近い。


 「アイサー。バルバリーゴ艦長に伝えます」




 「こちらQ1 α1へ。コンテナが移動を始めました。」


 武器商人の店を出たところで倉庫に張り付いているクルーから報告が入る。


 「なに」


 カルロは迷った。ここで足止めの攻撃に移るか、それとも泳がせるか。時間を与えれば敵に有利に働くが、追っ手が迫っていると教えてやるのも問題だ。


 「くそ。攻撃だ。取り返さなくてもいい。目標に印象付けろ」


 「アイサー」


 「マルクル。足だ。何か無いか」


 「いきなり言われても、ねぇよ」


 確かに無理な注文だ。


 「ここらで、俺はずらからせてもらうぜ」


 「おい」


 カルロが引き止める間もなくマルクルは、町の暗がりへ消えていく。両手に武器を入れたケースを持ったまま、呆然と見送る羽目となった。


 「しょうがない。こちらα1 Q1へ、攻撃中止。攻撃中止」


 「Q1 了解。攻撃中止。どうしますか」


 「移動手段を確保せよ」


 「移動手段でありますか」


 困惑した声が返ってきた。


 「そうだ。方法は任せる」


 カルロは、目標の倉庫に向かって走り出した。直線距離で500m以上離れている上、土地勘も無い。そして、グリッドの地図情報などあるはずも無く、道に迷った。


 走っても、目的地に中々近づかない。


 「くそ。地べたを走り回るなんて、突撃艦乗りの仕事ではないぞ」


 自分から言い出した作戦であることを棚に上げて、悪態をつく。


 リボニアは居住惑星の半分程度の重力しかないので、スピードは出るが、その分減速も難しい。もっとも厄介なのが、両手に抱えたケースだ。重力が半分になっても、重さが半分になるわけではない。当然負担は両腕に掛かった。


 「土地勘が無いのがきつい。要領が悪いのがもっと辛い」


 潜入工作の訓練など受けた事が無い。現地エージェントとの協力方法や、現場での必要物資も手探りで行くしかない。対応が後手に後手に回っていく感じに、焦りを覚える。


 「Q1よりα1 車を確保しました。指示を」


 カルロより要領のよい部下から、報告が上がる。


 「α1よりQ1 こちらの位置情報が認識できるか」


 「認識できます」


 「よろしい。武器を確保した。合流してくれ」


 「アイサー」


 カルロは、路地を走り抜け、合流しやすい広い通りに出た。


 「α1よりCPコンマンド・ポスト」


 「こちらCPコマンド・ポスト α1どうぞ」


 カルロは、イントルーダを呼び出した。


 「目標の移動を確認した。増援を出せるか」


 「こちら、アルトリアです。即応10名。増援可能です」


 「よし。すぐに出してくれ」


 「了解」


 カルロは情報局の潜入工作員でも無ければ、陸戦のスペシャリストの特殊作戦群でもない。ただの突撃艦乗りだ。下手な小細工は、するだけ無駄だ。出せる最大戦力で一気に片をつける。これも初めから準備をしていればよかった。大人数で潜入することで発見されるのを、恐れすぎた。


 カルロが、くよくよしていると、港の方向からヘッドライトが近づいてくる。


 「お待たせしました。バルバリーゴ艦長」


 中型の物資運搬車が止まる。


 「助かる」


 カルロは手に持っていたケースを荷台に載せ、自身も乗り込む。


 「出してくれ。目標はどうだ」


 「港湾から離れていきます」


 手渡された端末を見る。確かに発信源が、港湾から離れていく。これはまずい。


 「港に戻れ。イントルーダから増援を出した。合流する」


 「アイサー」


 目標を追いかけたいのは山々だが、戦力の集中が先だ。


 車を上陸した場所まで引き返させた。




 港湾のエアロックからイントルーダのクルーが、次々に乗り込んでくる。


 「上から羽織ってくれ」


 少しでも偽装するため、カルロはかき集めたブルゾンを手渡していく。


 「ありがとうございます」


 小柄な兵士が礼を言いながらヘルメットを脱ぐと、編みこんだ金髪がカルロの前に飛び出した。


 「アルトリア艦長。なぜ来た」


 「艦は副長に任せました。小官は陸戦の経験があります。お役に立てます」


 この女は何を言っている。ニルド降下戦で、スペンサーのコクピットで短機関銃を抱えて震えていたではないか。確かに現場での動きは良かったが。それとも、あれを経験と言っているのではないだろうな。小娘の強がりに付き合っている暇はない。


 カルロは帰れと言いかけたが、絶対に帰らないぞ。と碧い瞳が語っていた。


 言いたいことはあるが、議論しいてる間が惜しい。今は容認するしかない。


 「判った。行くぞ」


 「はい」 


 絶対に考課表に書いてやる。


 物視運搬車に人員を山盛りにして、目標を追いかける。 




 「アルトリア艦長。陸戦の経験があるといったな」


 うそ臭い申告は信用できない。


 「はい。セルラーガム動乱で、一時、陸戦隊に編入されました。そこで」


 澱みなくなく答える。セルラーガム動乱。ニュースで聞いた程度だが、地上戦が一ヶ月ほど続いた動乱だ。


 「いいだろう。部下にこれを」


 ケースを開けと、赤色のグレーネード弾と投射機が出てきた。これが何かわからなければ、怒鳴りつけてやる。


 「24式対人グレネードですか」


 カルロの予想に反し、アルトリアはすぐに答えた。連邦軍陸戦隊の標準装備だ。


 「使ったことは」


 「あります」


 「では、使用方法を部下に教えてくれ」


 24式対人グレネードは単純な構造で、弾込めから発射までは水鉄砲と変わらない。その代わり命中させるのは難しいのだが、簡単に歩兵の火力を上げることが出来る。


 「了解」


 アルトリアが、部下に声を掛けていく。


 アルトリアの説明を片耳で聞きながら、カルロは端末を確認する。目標は移動している。まだ時間があると考えたい。


 車は港とそれを取り巻く町を抜け、農地に入っていく。


 時折、人や車とすれ違うが、その度に緊張する。今のところ問題ないが。


 「バルバリーゴ艦長」


 説明を終えたアルトリアが戻ってくる。


 「どうした」


 「犯人の目的は何でしょうか」


 「目的?」


 高額な物資を奪うこと以外に何がある。外事3局の言い分が正しければ、一生遊んでも使いきれない金額だ。カルロの疑問を想定していたのか、アルトリアが続けた。


 「我々から、物資を騙し取るのが目的なら、このグリッドにいつまでも留まっているのは、不合理です。小官なら、奪った足で逃走いたします」


 「準備不足の作戦とか。工作員を拘束して、情報を入手して実行。これだけでも時間が掛かるのではないか」


 話しながら、物資の回収に気を取られ、そこまで考えが到ってなかったことに気付く。


 「その可能性もありますが、ここなら船の手配にそれほど手間は掛からないのではないでしょうか」


 「一理ある。大金積んで、信用できるかどうか知らんが、海賊船でもチャーターすればいいからな。ではなぜしない」


 「奪う以外の目的が有るのでは」


 「他の目的か。アルトリア艦長は目星が着いているな」


 「はい」


 歯切れの良い答えが返ってきた。


 「教えてくれ」


 後方で、彼女なりに考えていたのだろう。運動に酸素を取られていたカルロより使える。


 「小官なら、奪った物資を持って、海賊集団と交渉します」


 「交渉?何を交渉するのだ」


 「この物資を手土産に、連邦軍の補給線を圧迫しろと」


 カルロに衝撃が走る。なぜ思い至らなかった。


 「それは、とんでもない事態になるぞ。少佐」


 海賊を懐柔するための資金が、より圧力を掛ける資金になれば本末転倒。連邦は自分で自分の首を閉めることになる。


 「はい。最悪。我々はニルドから撤退しなくてはなりません」


 「その可能性を司令部か外事3局は伝えてきたか」


 「いえ。特に何も」


 これは想定以上に大変な事態だ。カルロは青ざめる。




 リボニアの広大な地下空間は、港から下へ下へと続いている。


 「変わったところですね」


 カルロの傍らに座り込んだアルトリアが、車外の風景を眺める。


 このような広大な空間で農業が出来るグリッドは少ない。所々に太陽光を取り込んだ農地が広がる。夜と昼が交互に現れる不思議な光景だ。


 降り注ぐ太陽光の下、高さ40mを超える金属棚が道沿いに伸びていく。棚には緑が広がり、多くの実がなっている。


 「きっと。葡萄ですよ」


 自分の考えに沈んでいたカルロは、アルトリアが指差す方を見た。


 「葡萄。こんな風に作るのか」


 「かなり特殊な栽培法だと思います」


 「詳しいな」


 「故郷で作っていました」


 「葡萄をかい」


 「ええ。そこからワインやビネガーも造っていました」


 そんな話をしていると、工場が現れる。それを見ていたアルトリアが首を傾げる。


 「変ですね。あれは、ワインの醸造所ですね。グリッドというのは、商品作物を作るのですか。イメージと違います」


 「言っただろう。公権力は及ばないが、人が住んでいる場所なのだ。ここはどうか知らないが、学校もあれば病院もある。この調子ならありそうだな」


 「独立国家とどこが違うのですか」


 「実態は変わらない。認められているか、そうでないかの違いだ。犯罪の温床なのも事実だしな」


 「そうですか」


 アルトリアは葡萄畑を眺めていた。




 「反応が停止したな」


 カルロは覗き込むアルトリアに端末を渡す。


 「そうですね。バルバリーゴ艦長。中身を取り出されて、この信号が囮の場合どうしますか」


 アルトリアは自身の最悪の事態を想定してくる。


 「開封信号は出ていないが、その場合は、即座に撤退する」


 「了解」




 「艦長。これをご覧ください」


 先行偵察に出ているクルーから発信地点の映像が送られてくる。


 「まずいな」


 カルロの言葉にアルトリアが同意した。


 「どう見ても、集落ですね。迂闊に近づけません」


 映像には、少し小高い丘に、30戸ほどの家屋が集まっている。今は昼時間らしく太陽光が降り注ぎ、集落までの遮蔽物も少ない。この人数では近づけない。


 「将校偵察を出す」


 「了解いたしました」


 アルトリアが立ち上がった。


 「まてまて。私が行く」


 「ここは、女の小官の方が警戒されません。バルバリーゴ艦長はここで、全体の指揮をお願いいたします」


 もっともな進言だ。カルロは言葉に詰った。


 「了解した。武器は」


 「拳銃を。持っています」


 「気をつけて行け」


 「はい」


 アルトリアはあえて堂々と、集落へ続くあぜ道を進んでいく。


 「お前たちの艦長は、結構無茶をするな」


 カルロは小銃のスコープを覗きながら、残ったクルーに声を掛けた。


 「第五艦隊の鉄砲玉といえば、内の艦長のことですから」


 イントルーダの乗組員たちは笑う。


 「そんなに。有名人だったのか」


 カルロは顔を上げる。


 「普段は大人しいですが、感情の波が激しくて。綺麗な顔して火の玉みたいな所があります。一度、火がつくと。あの通り」


 「人気が出そうだな」


 「その手の武勇伝にも事欠かないようです」


 また。笑い声が上がった。


 アルトリアは集落に入ると、あえて住人に声を掛ける。非常に危険だが、効果的だ。


 「大丈夫か。ロンバッハ艦長には真似できない芸当だが」


 「そうなんですか」


 「ああ。ロンバッハ艦長は人見知りだからな。知らない人に声を掛けるなんて、とてもとても。小さい子供が限界だろうな」


 イントルーダのクルーは全員絶句した。


 「意外ですな。何度かお見かけしただけですが。いつも堂々としている様に見えました」


 「見かけだけ。見かけだけ。声を掛けるなオーラ凄いだろう」


 「確かに」


 「さて。集落にいるのは10分が限界だろう」


 カルロは時計を確認した。




 「バルバリーゴ艦長。今は昼の2時だそうです」


 アルトリアは戻ってくるなり、そう報告した。目標の報告もせずに時刻を告げるので、クルー達は内心首を傾げたが。カルロは笑顔で。


 「助かる。日暮れは」


 「6時だそうです」


 「よしよし。目標は」


 「確認できませんでした」


 枝を拾うと、おもむろに、地面に地図を書き出す。


 「全員集まれ」


 そこから、アルトリアの書いた地図を基に作戦を練った。




 6時を少し廻ったところで、集落のはずれで爆発が立て続けに起こった。


 家屋から人々が飛びだしてくる。


 「着弾よし。砲撃継続。人と家屋に当てるなよ」


 集落の裏手に回りこんだ数人が、グレネードを適当にぶっ放す。


 周囲の木々や作物に火がつく。


 「夜盗に落ちぶれたかな」


 「大丈夫です。バルバリーゴ艦長。小官も軍法会議に立つ覚悟です」


 アルトリアの的外れな励ましに頷いた。


 集落の中心の家屋から、一台の車が走り出す。


 「動き出したな。さて。諸君。あれは囮か、本命か」


 スコープを覗いたまま尋ねた。


 「小官は本命と見ます」


 アルトリアが答える。


 「根拠は」


 「ありません」


 もちろん悪びれずに答える。


 「だろうな」


 決断が早い所だけ、褒めるべきだろうか。


 「アルトリア艦長の直感に賭けるか。第一、砲撃中止。合流ポイントへ向かえ。第二、車を止めろ。最悪当てても構わん。本職の責任において命令する」


 丘を下りきり、港へ向かう道の合流点で、銃撃が始まった。


 車は慌てて方向転換するが、道を外れ、くぼ地にはまり込んで動かなくなった。


 「確保」


 アルトリアの号令の下。第二部隊が突撃していく。


 車を取り囲み、ドアを開け中から人が引きずり出した。


 「コンテナ確認。目標。確保しました」


 報告に歓声が上がる。


 「搭乗者は」


 「一名のみです。軽症。命に問題ありません。連行しますか」


 「連行しろ。全部隊。合流ポイントへ。撤収する」


 アルトリアは鋭く命じた。


 「おめでとうございます。バルバリーゴ艦長」


 アルトリアの賞賛に小さく頷くが、カルロは緊張したままだ。


 「第一段階はクリアした。ここからが問題だ」


 失敬した物資運搬車にコンテナと容疑者を積み込み、港への道を引き返す。


 捕らえた男は、イントルーダに乗船してきた男ではなかった。


 「幾つか質問があるが、いいかね。正直に答えてくれれば、手荒な真似をしなくてすむ。同意してくれるね」


 恐怖に引きつった顔で何度も頷く。


 「まずは、コンテナの配達先だ」




 尋問の結果。たいした情報を得られなかった。


 捕らえた男は、リボニアの住人で、最近雇われた。と答える。もちろん虚偽の申告の可能性もあるが、小じんまりとした集団の印象にかわりがなかった。港の手前で男を解放する。


 「よろしかったのですか」


 「これ以上。テロリストの真似事は出来ない」


 「そうですね」


 憮然としたカルロの返事にアルトリアは嬉しそうに答える。


 「艦長。コンテナの中身を確認いたしますか」


 イントルーダのクルーがアルトリアに問う。


 「そうですね。解除コードは」


 「問題ありません。いつでも送信可能です」


 「止めろ」


 カルロが厳しい表情で制止した。


 「バルバリーゴ艦長。どうされました」


 「すまんが、空けてくれるな」


 「了解いたしました」


 カルロの剣幕に動揺した。


 カルロはコンテナを前に考え込む。


 なんなんだといった様子で、イントルーダのクルーが眺めている。


 「アルトリア艦長」


 カルロは突然大声で呼ぶ。


 「はい。何でしょう」


 「ここから、イレギュラーな作戦を行なう。本来の業務からかけ離れるがついて来てくれ」


 コンテナの回収は無事終了したのに、カルロの表情からは安堵の色は見えなかった。




                                       続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る