第15話   配達

 人類共生統合連邦とタシケント共和国との激突は、ナビリア星域に大きな変化を与えた。


 両者とも、同星域に強い影響力を持つ勢力であったが、ニルド攻防戦の終結により連邦は増援に送り込んでいた艦隊を撤収。タシケントは受けた損害が大きく、態勢の立て直しを優先し、各方面の艦隊を撤収せざるを得なかった。


 その結果。ナビリア星域の所々に戦力の空白が生まれた。特に警察力の低下は深刻で、主要航路に海賊が出没するようになった。


 連邦の勢力圏では比較的平穏であったが、タシケントが統制していた航路の被害は深刻であった。タシケントの勢力圏を航行する中立国の船舶の中には、連邦と交易する船舶も含まれる。他人事と放置できなかった。ナビリア方面軍司令部でも、タシケントが手放した航路の保安について激論が交わされていた。




 「増援部隊の撤収が早すぎた」


 「こう言っては何だが、ニルド沖海戦で、勝ちすぎだ。タシケントの戦力低下が我々にまで悪影響を与えるとは想定外だ」


 「航路警備局をナビリアにも導入する段階なのでは」


 「それも、難しいだろう。治安維持は完全に移管しないと、軍との間に余計な摩擦を生む。過去にも例がある。軽々には導入できない」


 「完全移管すればよいではないか、そもそも、軍が治安維持に駆り出されるのが、おかしいのだ。戒厳令下でもあるまいし」


 「ナビリアの現実を見てから発言していただきたい。航路警備局の装備で対処できる状況ではない。戦闘艦が必要だ」


 「親衛艦隊の分遣艦隊を、もう一度派遣してもらえないか。もしくは、常備戦力の増強だ」


 「どちらも現実的ではない。期間がはっきりしなくては、分派は通らない。ナビリア方面軍の強化は行なったばかりだ。予算も下りない」


 議論は活発であったが、有効な対応策が出ないことだけは明白だった。




 「で、結局こうなる訳ですか」


 突撃艦コンコルディアの艦長、カルロ・バルバリーゴは渡された警備シフトを見てぼやく。


 「文句を言うな。なんなら、代わりに対策会議に出席してみるか。現場の代表としてねじ込んでやる」


 参謀将校のベッサリオン大佐は、つまらなさそうに手を振った。


 「勘弁してください。出来ないことを証明する会議なんて、時間の無駄です」


 「言うじゃないか。それではよろしく」


 「だからといって、このローテーションはないでしょ。現有戦力でがんばるって、考えがマッチョすぎる。うちはロンバッハ艦長も戻ってないのに」


 「あれは。出来るだけ早く復帰させる」


 「今更、抜けるのですか、公女に気に入られているのに」


 カルロの指摘に、ベッサリオンはしばらく唸った後。


 「戦闘部隊が優先だ」


 「早めにお願いします」


 ベッサリオンは不機嫌そうに頷いた。




 「しばらくは、3隻でローテーションを組む」


 ナイジェルとアルトリアの前で宣言した。


 「2隻が戦闘配備、1隻が休養と整備」


 「完全に戦時シフトですな。どれぐらい続ければいいんで」


 「期間は未定だ」


 ナイジェルが肩をすくめる。


 「ロンバッハ艦長が、戻れば少し余裕ができるだろう。それまで耐えてくれ」


 「了解しました」


 アルトリアは物分りが良い返事を返す。


 第54戦隊は、航路警備の任務に就いた。


 何度も言うようで恐縮だが、本来これは、パトロール艇か護衛駆逐艦の仕事で、戦闘に特化した突撃艦で行うのは、街中のパトロールを燃費の悪いスポーツカーで行なうようなものだ。




 「無理だ。ムーアが抜けたとか、そういう問題ではない。手数が足りなさ過ぎる」


 カルロは頭を抱えた。


 戦時シフトに移行して一ヶ月。これまで警備していた航路に加えて、惑星ニルド周辺の警戒。タシケントが撤退した航路の警備。ニルト沖海戦で損耗した連邦軍には荷が重過ぎる。急速に拡大した支配領域にナビリア方面軍は、薄く延ばされたバターの様に展開している。


 人員、機材の消耗。間に合わない整備。兵卒の休暇も満足に与えられない。士気の低下は避けられない。


 前もって予想した通りロンバッハは帰ってこない。随分気に入られているらしい。無理も無いが。


 現地政府に信頼のある連絡将校など使い勝手が良すぎて、手放したくないだろう。




 そして、二ヶ月目とうとう、戦闘配備の艦は一隻となってしまった。


 戦闘艦は自家用車ではない。細かい点検と部品交換が必要な精密機械。使い倒せばこうなる。


 「うん。無理だ。判っていたけど、ここまでやると逆にすがすがしい」


 先日までは、イライラが続いていたが、今はどうでもよくなった。


 「バカ言わないでください。どうするのですか」


 ドルフィン大尉が噛み付く。


 「無い袖は触れない。おかげで休暇のローテーションは通常に戻せる。いいところ探し、前向きだ」


 「報告書にそう書くおつもりですか」


 「書くわけなかろう。遠まわしに無理です。と書くだけだ」


 「書くのですね」


 「事実だからな」


 補給や整備の有無は、カルロ達、戦闘部隊にはどうすることも出来ない。


 「上も、頭を抱えているだろう」


 カルロは他人事のように言うが、残念ながら他人事ではなかった。




 「突撃艦で、物資輸送でありますか」


 ベッサリオン大佐のオフィスでファイルを渡される。


 「この物資を指定の場所に届けてくれ」


 「バックミンスターフラーレン?50kg なんですかこれ」


 どこで区切るのかも判らない、物資が記載されていた。


 「知らんのか」


 「聞いたこともありません」


 「そうか。最近はあまり使わないらしいからな。とにかく、指定の場所に届けてくれ。一応言っておくと、とても高価な物資だ」


 「なるほど。お届け先は、CX75系第5惑星。ん?大佐。小官の記憶違いでなければ、CXの70番台はグレーエリアですよね」


 グレーエリアとは、無政府地帯のことである。


 「そうなるな」


 ベッサリオンは肯定した。


 「そうとう、やばいものですか。まさか麻薬や覚せい剤の類ではないでしょうね。嫌ですよ。そんなチンケな運び屋みたいな仕事」


 「うん。一概に否定できんな」


 「大佐」


 「冗談だ。安心しろ。一応、工業用の素材だ。運び屋は否定できないが」


 「否定できないのか」


 「その物資を、受け取りに来る者がいる。コールサインはファイルに添付している」


 「情報局絡みの案件ですか。誰なんです。受取人は」


 「知らん」


 「大佐」


 「私も知らされていない。男か女か。とにかく頼むぞ。搬入はこちらでやっておく」


 「でしたら。イントルーダにお願いします。うちで稼動しているのは、現在その一隻だけです」


 しれっと、動きませんアピールする。


 「・・・・・・判った」




 「CX75系第5惑星は居住不能のガス惑星ですが、付近に、グリッドが存在するようですね。小官はグリッドについて知識がありませんが、どのような場所なのですか」


 イントルーダでアルトリアと打ち合わせをする。今回の任務はアルトリアのイントルーダにカルロが乗り込むことになった。


 「どんな場所。そうだな。警察も税務署も無い危ない下町かな」


 「わかりません」


 「場所によって、違いが大きいからな、一概には言えんよ。危険な無法地帯には違いないが、入った瞬間に撃たれるわけでもない。そこで多くの人が暮らしている。中央の人間は難民キャンプみたいに思っているようだが、正しくも有り間違いでもある」


 「なるほど。しかし、そんな場所に、なぜ物資輸送など」


 「教えてくれないということが、答えなんだろう。情報局か、参謀本部か、はたまた違う組織の依頼か。我々が詮索してもしょうがない」


 アルトリアは頷いた。


 「では、アルトリア艦長。しばらくやっかいになる」


 「了解いたしました。部屋は、艦長室をお使いください」


 「おいおい。勘弁してくれ。女性の使っている部屋だと落ち着かない。余っている士官室か、無ければ作戦室かどこかに寝床を頼む」


 本気で断った。


 「申し訳ありません。士官室の空きはありません。しかし、作戦室ですか」


 突撃艦の作戦室は部屋というより、区画と言った方が良いほど狭い。


 「駄目なら、他でも構わんが」


 「いえ。バルバリーゴ艦長がそう仰るなら、作戦室を準備いたします」


 「頼むよ」


 カルロは割りと、どこででも眠れる。


 イントルーダは惑星クースからCX75系に向かう。巡航速度で4日の距離であった。




 「艦長。通信入ります」


 イントルーダがCX75系の第5惑星の公転軌道に侵入して間もなく、コンタクトがあった。


 「コールサインを確認せよ」


 「随分と手際の良いことで」


 カルロは呟く。行程には余裕を持たせている。指定日時には時間があるのだが。


 「そうですね」


 「コールサイン確認。指定コードです」


 「接舷許可を出す。周辺の警戒を厳とせよ」


 アルトリアがてきぱきと指示を出し、状況が進行して行く。カルロは眺めているだけでよかった。


 「物資を引き渡せば、完了か。楽勝だったな」


 想定より早くお家に帰れそうだ。


 受取人が乗船してきた。受取書にサインでも貰おうか。




 「こんにちは。辺鄙な場所まで、わざわざすいません」


 乗り込んできたのは、小太りの禿げ上がった男だった。


 「これで、仕事もスムーズに進められます」


 にこにこ笑いながらアルトリアに握手を求めてくる。


 「はぁ。いえ。任務でありますから」


 アルトリアは一歩下がって握手に応じた。


 「何に使うものですか、これは」


 カルロは抱いてた疑問をぶつける。


 「はい。話し合いで、先方にお渡しする、お茶菓子みたいなものですわ。ははっ」


 予想していたが、教えてくれるはずも無く、笑っていなされた。


 「お茶菓子ですか」


 「手ぶらという訳にもいきませんから」


 男はイントルーダのクルーが引き出したコンテナをチェックする。


 「確かに受取りました。では、ありがとうございました」


 手早くコンテナを搬入すると、グリッドの方向に去っていった。




 「情報局員と、言うよりセールスマンみたいな、おっさんだったな」


 「情報局員だったのですか」


 アルトリアが律儀に突っ込んでくる。


 「いや。私が勝手にそう思っているだけだが、正体は知らない」


 「小官はこのような任務は初めてです」


 「ナビリアは田舎だからな。色々やらされるのさ。さて、任務も終了したし。帰るか」


 「了解。進路変更685 強速前進」


 イントルーダは公転軌道からの離脱を図った。


 「艦長。司令部より入電」


 「繋げ」


 そういえば、任務完了の報告を上げていなかったな。ぼんやり考えていると。


 「バルバリーゴ艦長」


 アルトリアが切羽詰ったように、通信文を手渡す。


 「どうした。なになに。物資の引渡しは中止?・・・・・・・はい?」


 もう、引き渡したんですけど。 


 「どういうことだ」


 「小官にも理解できません」


 なにか、禄でもないことが進行しているに違いない。


 「そうだな、司令部にいや、第1戦略室に繋げ」


 「第1戦略室で、ありますか」


 「そうだ。嫌な予感しかしない時はここだ」


 ここは力のある上官に頼るべきだ。




 「カルロ。私に連絡したということは、遅かったということだな」


 カルロの寝床ととなった作戦室で、アルトリアと共に通信を受けた。


 「先刻。物資の引渡しを終了いたしました」


 ベッサリオンはうめき声を上げた。


 「まずい事態ですね」


 「そうだ。貴様が引き渡した相手は、偽者ということだ」


 アルトリアが息を呑む。


 「しっ、しかし、コールサインは正規のものでした」


 「どこからか、いや、本物から入手したのだろうな」


 アルトリアの訴えに頷いて見せた。


 「で、どういうことか説明していただけますか」


 カルロの要請にベッサリオンは渋る。


 「先輩。ここは迅速に対処すべきでしょう。今、即座に行動できるのは我々だけです。我々もこのままでは帰れません」


 アルトリアが激しく同意を示す。


 「10分、時間をくれ。こちらから連絡する」


 通信が切れた。


 「アルトリア艦長。艦を第5惑星の周回軌道に。対抗電子戦を用意しろ」


 「アイサー」


 イントルーダはグリッドに近づくコースに変針した。




 15分後に通信が入った。


 「外事3局のウォルターだ」


 黒のフォーマル着を身にまとった男が、モニターに現れた。


 「外事3局? 中央政府の方ですかな」


 「違う。ナビリア管区のものだ。事態は急を要する」


 「了解です。どうぞ」


 「先ほど、我々の送り込んだエージェントとのコンタクトが消え、作戦は中止になったのだが、敵の動きのほうが早く、諸君らから物資を強奪したのだ」


 「強奪なら、叩き潰せたのですけどね」


 アルトリアがカルロの袖を引いた。


 「失礼しました。で、結局、あれは何で、何をする物だったので」


 「貢物だよ」


 「貢物?」


 「そうだ。ナビリアの航路の保全のために、海賊集団を買収する資金だ」


 カルロの後ろに立っていた、アルトリアの空気が変わった。


 「海賊を買収ですか。なるほど。もう一度出せますか」


 「簡単に言ってくれる。時価600億ディナールの品だぞ」


 「600億。突撃艦を4隻買ってもお釣りが来ますな」


 カルロは平然と答えた。額が大きすぎて、逆に何も感じないらしい。


 「そこまでの品でしたら、ただのチンピラの仕業ではないのでしょう。どこからの横槍ですか」


 「不明だ」


 「憶測で結構ですよ」


 ウォルターは黙りこくった。


 「Mrウォルター。我々は奪われた物資を奪還するつもりだ。貴方もそのつもりでコンタクトしてきたのだろ。出来うる限りの情報が欲しい。当艦はもう直に第5惑星の周回軌道に入り、目標のグリッドにアプローチする。犯人に追いつけるのは誰か考えてくれ」


 頭のいい人間には、事実を提示するのが効果的だろう。


 しばしのためらいの後に、ウォルターは口を開いた。


 「いいだろう。これから私の言うことは、根拠の無い独り言としてくれ」


 「もちろん」


 「人類の根源」


 意味の無い言葉だった。


 「・・・・・・・・了解した」


 カルロは眉をひそめた。


 「コンテナへのアクセスコードを送る。位置情報が得られる。奴等が、物を移し変えるまでは有効だ」


 「現地のエージェントへのコンタクト方法も」


 「判っている。協力者のデータも送る」


 「心配しなさんな。物は必ず取り返す」


 ウォルターはカルロを一睨みすると、モニターから消えた。




 「納得できません。海賊を買収するとは。信用ならない者たちに金品を渡しても、航路の安全は図れません。逆に付け上がらせるだけです」


 ウォルターから送られてきた資料を作戦室で読み込む。


 「だからといって放置できないだろう。黙って目を通せ」


 憤るアルトリアに資料を渡す。


 「バルバリーゴ艦長は悔しくないのですか」


 アルトリアは渋々といった体で受取る。


 「悔しい。悔しいか。金を払って裏切られたら、悔しいな。もしくは、海賊ごときに下手に出なければならないのも、悔しい。だが、何もしないのは、悔しいどころではないぞ」


 「艦長。目標グリッドを捕捉しました」


 艦橋からの報告にカルロは立ち上がった。


 「アルトリア艦長。ランチを準備してくれ」


 「まさか。バルバリーゴ艦長」


 「本職が直接出向く」




                                        続く

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