名前

「お昼はどこで食べたい?」


「パスタが食べたい」


「それならレストラン街にあったはずよ」


 このショッピングモールはかなり大きく、フードコートのほかにレストラン街もある。フードコートには丼物やラーメン・うどん屋、ファストフードといった、店舗が入っているが、レストラン街には食べ放題の店や少し高い店が入っていたり、普通のラーメン屋が入っていたりとこのショッピングモールの食は充実している。さらに少し離れた場所に喫茶店まである。


「久しぶりにパスタを食べる気がする」


「そうねえ、最近家でも作っていなかったから。何を食べてもいいけど、今までと同じ感覚で注文はしないこと」


「それくらいは分かってるよ……」


 身長も縮んで体重も軽くなったし、筋肉も落ちた。こんな体で今までと同じ量を食うことが無茶だということは俺でもすぐにわかる。


「ここの創作パスタは美味しい。期待してた以上の味」


「母さんも初めての店だけど、美味しいわね。今度は家族みんなでいきたいわ」


 母さんも満足しているようだ。母さんをここまで言わせる店はそう多くはない。つまりこの店はかなりのあたりということになる。


「この後はもう家に帰るん?」


「そうね、買うものはこれ以上ないのなら帰るけどどうする?」


 俺としても追加で買いたいものはないので帰るといった。それに今日は色々なことがありすぎて疲れた。精神的にものすごく消耗した午前だった。午後はもう家で精神性の疲労を回復させたい。急いでパスタを食べようとは思わないが、食べ終わったら寄り道はしないでまっすぐ家に帰りたい。それにショッピングモールに長時間いて知り合いに会ったら嫌だ。こんな状況でどう見ればいいのかもわからないし。


「ごちそうさまでした」


「そうだ、明日学校に行ったら職員室に来てほしいんだって。だから少し早く家を出てね」


「りょーかい。どうせ大したことでもないだろうに大げさだな」


「そんなこと言わないの」


 明日は明日の風が吹くと信じたいが、それだけで解決しない問題だって山ほどある。


 家に帰ると、姉は部屋でパソコンを開いてキーボードを必死に打っていた。何かのレポートを作成しているのだろうか。というか、この人はアパートには帰らないのだろうか。家賃が無駄になる気がしてならない。


 姉の部屋はそっとドアを閉めて自分の部屋でくつろいでいると一階から母さんの呼ぶ声が聞こえてきたので、降りると母さんは真面目な顔をしてソファに座っている。


「あなたの名前のことだけどね、これに関しては早いほうがいいと思うの。父さんは明日にも帰ってくるし、メールでも伝えているし、仕事の終わった夜にでも電話で詳しいことは伝えるつもりだけどあなた自身の口からも説明はちゃんとしてね。

 名前、男女両方に使われているのにしたほうが恵也を名前の問題で苦しめることにはならなかったかもしれないわね……」


 母さんは落ち込んでいる。確かに母さんの言う通り俺の名前の恵也は女性で名乗っていたら多少不自然だ。改名するとしてもかなり違和感はあるだろう。15年も恵也でいて明日からはこの名前ですなんてそう簡単に受け入れることはできない。でもそれでも母さんをそして父さんにどうしてこんな名前にしたんだなんていうつもりはないし、第一そんな気持ち自体起こらない。


「名前は母さんと父さんでもう一度考えてよ。俺自身が決めるべきことなのかもしれないけど、俺は二人のつけてくれた名前のほうがいい」


「本当にそれでいいのね」


「キラキラネームとか、常識の範疇なら好きなように決めてほしい」


「分かったわ。ならこの話は父さんが帰ってきてからじっくりと話合わせてもらうことにするね。それで次はカウンセラーをつけてくれるという話だけど、ここに電話したらいいみたいだけど、母さんは受けたほうがいいと思う」


 カウンセリングは何をするのかは分からないが、今後のことを考えると不安しかないのでその意味合いでは相談できる人は専門の人で一人くらいは作っておくのが良いだろう。


「分かった。受けることにする」


「そう、ならこの資料は渡しておくから電話とかメールは自分でしてね」


「あいあいさー。じゃもう部屋にいくわ」


 俺は部屋に行った。蓮とか美海にはどういったらいいのだろうか。悩みのたねだ。二人からは今日学校を休んだことについて心配するメッセージが送られてきていた。


「どうしろっていうんだよ……」


 電話やSNSを使って今の状況を伝えるのはどこか違うと感じ結局今日は何も言わず、明日学校で直に話すことにした。

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