登校1

 今日はもう何もしたくないが、夜に父さんにだけ電話をしなくてはと思い父さんに電話をした。ここまでに姉が部屋に乱入してくることはなかったが、終わらないちぼやく声がしばしば聞こえてきた。おそらく相当に修羅場なのだろう。


 電話をかける前に深呼吸。息をゆっくりと本当にゆっくりと吸って、そしてまたゆっくりと吐きだした。リラックス効果があるかは不明だが、それで心拍数が少し低下したように思える。ドドドドドドドドド、と打っていたのが、ドクッ、ドクッ、ドクッと打つようになった。


 コール音が数回聞こえる。大丈夫、時間は九時を回っている。さすがに仕事は終わっているはずだ。コール音が途切れた。そしてなんだという父さんの声が俺の耳に入ってきた。


「父さん、実は伝えたいことがあって」


『母さんから大まかなことは聞いているが、恵也自身の口からきかせてくれ』


 俺は朝起きたら変わっていたこと、医者に言われたこと、名前のこと。すべて丁寧に伝えた。父さんは母さんからも言われていてほとんど知っていたに違いない。なのに優しく聞いてくれた。


『恵也、たくさん悩むんだ。悩んで、悩んで、悩んで出した答えは後で失敗したかもしれないと思っても自信をもって進むことができるから』


「俺、どうしたらいいかわからない」


『人生は選択だ。どんな選択をしても必ず後悔するし本当に正しい選択なんてないのかもしれない。でもその時に最善だと思って出した結論は自分にとってはいつでも最善なんだ。それを心がけるといい。詳しいことは明日話そう。あと名前のことは任せておきなさい』


「分かった、お休み」


『ああ、お休み』


「父さん、ありがとう」


『そうか』


 父さんとの電話は終わった。父さんはいつも優しい。でも、ヘタレではないし緩いわけでもない。いうべきことはちゃんと言ってくれるありがたい存在だ。人として尊敬できるし尊敬している。仕事柄、家にいないことも多いが不満はない。


「明日は学校か……」


 蓮と美海には明日は行くと伝えて寝た。下からは母さんの声も聞こえたし、姉のうめき声を通り越した悲鳴も聞こえた。姉に関しては俺を着せ替え人形にしている暇があったら、それをやっておけばよかったのにと思ったのは内緒の話だ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――



 鳥の鳴き声が聞こえる。朝日が俺の部屋に入ってきて、まぶしい。同時に目覚ましもなり俺の意識は完全に覚醒した。俺は本来、朝は弱いはずなのに今日は目覚めがいい。これで確かめたら、男で昨日のことは全部夢でしたなんてことあるのか。

 声を出してみて高い。そして視線を窓の外から下へと向けると、胸の膨らみがそこにはあった。


「夢…じゃないか……」


 少しは期待したが、これは現実だ。それを覆すことはできない。


「おはよー」


「おはよう、よく眠れた?」


「ぐっすりとね。姉ちゃんは?」


「さっき、降りてきてシャワー浴びて部屋に行っちゃったわ。寝るって言っていたし、あの様子だと徹夜したんでしょうね」


 姉は力尽きたようだ。ならば、俺が言うことは何もない。姉の部屋にある制服は静かに拝借しよう。姉には着せ替え人形にされたときに許可はとってあるから問題はない。


「制服着るの手伝ってくれない?」


「いいけど、自分で着られるようにもなってね」


 すぐに着られるようになるだろう。服は何回か着たらなれる。和服を着たことはないので、それは分からないが。それは中学と高校の制服で実証済みだ。


 朝ご飯を食べて、姉の部屋から制服を回収して、母さんに着替えを手伝ってもらった。母さんも仕事に行く前で忙しいはずなのに小言を言わないでくれたのはありがたかった。


「服は着れば慣れるとは思うけど、これは慣れなさそう……」


「すぐになれるわよ。変に意識過ぎないことね」


「そんなものかなあ」


「そんなものよ」


 何にせよ俺は無事にセーラー服を着ることができた。母さんにお礼を言って、家を出た。今日は美海や蓮はいるのだろうか。が、二人はいなかった。今日は二人とも時間が合わないらしい。

 学校に着くと言われた通り、職員室に向かった。


「失礼します。おはようございます、一年2組の花崎恵也です」


「おう、花崎来たか、こっちだ」


 担任の先生が手を挙げて場所を示した。


「しかしにわかには信じがたいが、昨日君のお母さんから電話があった後に病院からも電話があってな、詳しい資料をメールで送ってもらったんだ。それをプリントしたのがこれだが、同じものは受け取ってると聞いている」


 俺はその紙の束をぱらぱらとめくりそうですねと答えた。


「まあ、これは俺が花崎のなった病気を知るために出力したものだから別にいいが、この学校としての対応を話したい。体育なんかの着替えについては、女子と一緒に着替えても問題はない。その時には女子にはちゃんと自分の口で伝えてほしい。男子と着替えることはさすがにできないから、体育科で開いている部屋がある。物置みたいなところで椅子とか机もあるから着替えるのには問題もないし、教室からも近い。その場合は鍵は花崎に渡しておくが、悪用は絶対厳禁だ。花崎ならそこら辺は問題ないと思うが。選ぶのはあくまでも自分自身だ。それから制服については何でもいい。この学校はもとからそういうことには寛容ではあるからな。やはりこういうことは穏やかな高校のほうがやりやすい」


「体育に関してはしばらくは別の場所で着替えさせてください。それ以外については分からないことが生じたらその時にききます」



「それがいい。この高校の生徒なら容易に受け入れてくれるだろう。もう行っていいぞ」


「失礼しました」


「おはよー」


 恐る恐る中をうかがいながら、教室に入った。誰あいつという声がそこらからきこえてくる。俺は自分の席に着いた。


「あの、そこは花崎君の席なんですけど」


 一人の女子生徒が困惑した顔で言ってきた。


「いや、俺が花崎恵也だ。いろいろとあってこうなった」


 ドキドキするし怖い。


「えっ? どういうこと?」


「どういうことも何も言葉通りの意味だけど……」


 すると、美海と蓮が近づいてきた。


「あなた、本当に恵也なの?」


 美海だ。俺はそうだと返した。


「あなたがそういうのならそうなのでしょうね。でもにわかには信じられない」


「本当だぞ、昨日珍しく休んだかと思えば、そんな姿になって登校してくるなんて」


 蓮も驚きを隠せないようだ。


――――――――――――――――――――――――――――――


 私の通っていた高校は制服がなかったので高校で制服を着るというのは少しばかり新鮮に感じながら執筆していますが、たぶんこの感覚のほうが圧倒的に少数派なのでしょうね。高校時代、結構大変だったなあ。でも部活のおかげで随分と楽しく過ごせました。だが恋愛面でリア充になりたかった……

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