買い物

「母さん、買い物はどこに行くの?」


「ショッピングモールよ。あそこなら専門店街もあって下着以外のものも色々とみることができるから」


 そこなら俺もよく部活の奴や友達と行く。映画館もあるし目の前にはカラオケやボーリング場もある。遊びどころとしては文句のない所だ。家から車で20分くらいなので近い。自転車だと道が混むこともないので30分ほどでついてしまう。


「まずは下着からよ。恵也なら市販品が入らないということはないはずだから買えるはずよ」


「特注じゃないと入らない大きさの胸なんてあるのかよ……」

「そうね、時々テレビに出てくるようなギネスに乗っている人の胸は市販品では無理だとは思う」


 確かにそうだは、それは例外的な人ではないのかと思うが、それを口に出すことはしなかった。



「この子にぴったりの下着をよろしくお願いします」


「分かりました。お任せください」


 店員は目を輝かせて断言したのだ。俺の周りには変な人しかいないのか。いや、友人たちはそうではないはずだ。少なくとも俺の知る限りはそんなことはない。だから大丈夫。


「は~い、手を挙げてください」


 俺は店員にされるがままに体のサイズを測ってもらった。以前図ったのはウエストくらいだ。その時は70センチは超えていたと記憶している。今回のサイズは……言わないでおこう。


「これは娘さんは立派ですねえ。このサイズとなるとこちらになります」


 娘さん……と言われた。これは俺に大きなショックを与える言葉だ。現実を否応なしに突き付けてくる。やめてほしいし嫌だが、これを止める手段は俺にはもうない。


「それじゃ、これとこれ、それに……」


 何を買うかは母さんにまかせた。俺にはどれを選ぶのが正解なのかまだわからないし、それでいいと思う。しかし一着だけ自分が欲しいと思った下着があった。水色のものだ。デザインはシンプルなものだが、一言でいえば大人らしいものだ。これを付けたら、なんというかすごくいい気がした。語彙力のない言い方だが、自分に合っているとしか思えない。


「恵也から欲しいなんて言う、下着があるなんて思わなかったわ。どういう風の吹き回しなのかしら」


「それは、そのいいじゃないか」


 自分でも顔が真っ赤になっていたと思う。


「と、とにかく俺のことはいいから次の店に行こう」


「……最近は色々と寛容になってきてはいるけれど、一人称はせめて人前では何とかしたほうがいいわよ。一人称なんて正式な場では『私』だけど、それ以外はなんだっていいはずなのにねえ」


 後半は母さんのボヤキだが、一人称は変な目線で見られることはごめんなので少し

 考えることにしよう。本当ならトラブル上等で使い続けることがいいのだろうが、あいにくと俺にはそんな度胸はない。


 俺と母さんはその後も買い物を続けた。母さんのチョイスでかわいらしい服もスカートも買った。俺はそんなものは必要なく、自分の体のサイズに合わせた服を買うだけで十分だったが、母さんはどうも違ったらしい。


「制服はどうしよう」


「買い物に行く前に学校に連絡をしたら、どちらの制服でもいいそうよ。男子の制服を着ていくにしても作りなおす必要があるわ。どうする? 女子の制服は結弦のがあるからいいけど、男子のも作りたいなら作ってもいいわよ」


 どちらでもいいというのは学校の配慮だろうか。なんにせよどちらでもいいというのはありがたい話だ。あれ、俺はどうして女子の制服を着ていくことも選択肢に入れているのだろうか。

 でも、明日はサイズの関係で姉の制服を着ていく以外に選択肢がない。まったく、憂鬱な話だ。

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