第12話 ラブコメはとっても大変です!①

「くーくん!名前何にしようか」

 

「いや、自分で考えろよ」

 

「考えてるんだけど、いいのが出てこない」

 

「仕方ないなぁ」

 

 ゆめは土曜日の朝から小説に出てくる登場人物の名前を一緒に考えて欲しいとのことで俺の家に押しかけてきた。本当にいい迷惑だ。協力はするとは言ったが、土日はなしだろう。

 

「それと、プロットを作らないといけないぞ?」

 

?」

 

「うん。ざっくり言うと物語の構成みたいなものかな」

 

「あー、そんなの要らないや。私、頭で考えたものをそのまま物語にするタイプだから」

 

 確かにプロットを作らずに書く人もいるかもしれない。でもゆめにそんな高度なことができるのか?疑問に思ってもこれはゆめの作品だから、当然俺は口を出さない。

 

「そうか。じゃあ名前考えるか」

 

柴木しばき大河たいが長見ながみ穂乃果ほのかが候補なんだよね~」

 

「それで、全然いいでしょ!」

 

 名前は自分が好きなのでいいと思う。その方が感情移入とかがしやすいからな。

 

「ならこれでいきますかー」

 

「大河と穂乃果。かっこいいし可愛いじゃん」

 

「えへへー」

 

 すぐ調子に乗るタイプだから褒めすぎないようにしなくては。さて、次は取材か。色々なことを知らないとラブコメは書けないからな。

 

「明日は海に行くぞ」

 

 土日は協力しない予定だったがなんかやる気が出てきたぞ。やっぱりラブコメの力すごいや。

 

「えー、まだ少し寒いよ?」

 

「違う。取材だ」

 

「あー、ラブコメの書くためのやつかぁ。おっけー!」

 

「じゃあ、明日の朝八時に迎えに行くから」

 

「はーい」


 そう言って話は終わったはずなのだが、ゆめが帰らない。睡眠の続きをしたいので、出来れば早く帰って欲しい。

 

「帰らないの?」

 

「今、海のシーンを妄想してるから黙ってて」

 

「……」

 

 いやー、ここ俺の部屋なんですけどね。集中することはいいことですよ?でも、そういうのは自分の部屋でやって欲しいよね。



 *



「わーい、海だぁ!」

 

「こらこら、遊びに来たんじゃないんだぞー?」

 

「もー、そんなの分かってるから!」

 

 今日は俺とゆめで小説を書く上で大切な取材に来ている。ラブコメを書くためには、色々なシーンを体験したり、見て感じたりすることが大切だからな。

 

「海ではどんなシーンを書こうと思ってるの?」

 

「二人はまだ付き合ってないんだけど、夏休みに自分の友達と好きな人の友達の二人を合わせた計四人で遊びに来てるんだけど、自分の友達と好きな人が仲良くて妬いてるシーンかなぁ」

 

 なんか結構リアル。それよりもっと大事なことがあるだろ。

 

「おい、あと二人足りないやん!」

 

「ふふふ、心配することはないですよ」

 

 ゆめは、にやにやしながら得意げに髪をかきあげた。

 

「なんだよ」

 

「特別ゲストを呼んでおいたのです。それでは登場してもらいましょう。お姉ちゃんと新しい新入部員の神宮寺じんぐうじ智也ともやくんです」

 

 えぇー、新入部員とか何一つ聞いてないんですけど。これはサプライズのつもりなの?こんなサプライズ全然嬉しくないんですけど。

 

「空牙先輩初めまして!ゆめさんと同じクラスの神宮寺智也です。これからよろしくお願いします」

 

「あぁ、よろしく」

 

 神宮寺は高身長で爽やかイケメンだった。耳にはピアスをしていた。俺とは真逆の陽キャに分類される人間だろう。女子に悪口言われたり、男子にいじめたりされずにリア充生活送ってきたんだろうなぁ。はぁ、クソ喰らえ。

 

「空牙くーん!やっほー!」

 

 あれ、天使が見えたってことは俺死んだ?もしかしてお迎えが来た?まだ心としたいこといっぱいあったのに……冗談はこれぐらいにしておこう。それにしても心の笑顔はいつ見ても癒されるなぁ。

 

「やっほー!」

 

 俺は心より大きい声で返し手を振った。

 

「お二人仲良いんですね。もしかして付き合ってたりして?」

 

「そのもしかしてですね。私たち付き合ってます!」

 

「くーくんは私と付き合う予定だから!」

 

 二人の争いは恒例行事だが、今日はいつもと違うことがあった。神宮寺が心の方を見てなにか企むように笑っていたのだ。俺は嫌な予感がした。これは警戒しておく必要がありそうだ。

 

「心さんゆめさん辞めましょうよ」

 

 心さんにゆめさんとか馴れ馴れしいんだよ。お前ごときが名前呼んでんじゃねぇ。俺は無性にいらいらした。

 

「さっさと取材するぞ」

 

「「「はーい」」」

 

 神宮寺まで返事するな。しかも二人に被せやがって。あー、腹が立つ。

 

「じゃあ、くーくんはお姉ちゃんのことが好きだから神宮寺くんとお姉ちゃんがイチャイチャするのを見る役だね。私はくーくんが好きな訳か」

 

 神宮寺と心がイチャイチャする?そんなの耐えれるわけないだろ。嫌だ、そんなの見たくない。

 

「わかりました。では心さん、手を繋ぎましょうか」

 

 また心のこと下の名前で呼びやがって。神宮寺……お前後で覚えとけよ。絶対コテンパンにしてやるからな。怒りがふつふつと込みあがっていた時、確認するように心がこっちを見てきた。助かった。俺は必死に首を横に振った。

 

「ごめんなさい。普通に喋るだけでお願い」

 

「そうですか。ゆめさん大丈夫ですか?」

 

「大丈夫よ。触れない範囲でイチャついて」

 

 触れない約束のはずなのに神宮寺は虫がいたとかゴミが着いているとか何かと理由をつけて心に触ろうとした。

 

「お前いい加減にしろよな」

 

「どうしました?怖いですよ空牙先輩?」

 

 くっそ。何をやってるんだ俺は。心は大丈夫だからと頷いている。

 

「取り乱して悪かった。早く続きをしてくれ」

 

「もういいですよ!二人とも演技お疲れ様です」

 

 は?演技?俺は困惑していたが、三人はすこし気まづそうに苦笑いをしていた。

 

「これはどういうことだ?」

 

「くーくんごめんね。事前に二人には伝えておいたの。ラブコメを書くためにして欲しいことがあるって。くーくんはお姉ちゃんのことが好きだから神宮寺さんとお姉ちゃんでイチャついてもらってくーくんを妬かせますって」

 

「空牙先輩ごめんなさい。無理やり触ろうとしたのも仕方なしで、本当にどこにも触ってません!」

 

「ごめんね空牙くん。今度からはちゃんと断るし、絶対にこんなことはしない。本当にごめん」

 

 なんだドッキリみたいなものか。俺はほっとしたと同時に視界が歪んだ。

 

「あれ……俺……」

 

「辛そうな空牙くんを見てたら私も辛くなったけど、空牙くんはもっと辛かったよね。本当にごめんね。それと、私が言うのもなんだけど泣かないで……」

 

「僕が言える立場ではないですけど、空牙先輩どうか泣かないでください……」

 

「二人に頼んだ私が一番悪いの。本当にごめん。あと、泣かないで……私もなんか涙出ちゃうからぁ」

 

 俺は泣いてるのか。だから目が見えなかったのか。こんなことはもう一生して欲しくないな。あと、柴木大河くん頑張れよ。こんな辛いことを経験しなくちゃなんないなんてラブコメも大変だな。俺は同情しちゃうよ。

 

「もう絶対するなよ!約束だからな」

 

「「「うん」」」

 

「あ、神宮寺が新入部員ってのも嘘なの?」

 

「それはまじ」

 

 最悪だ。俺はいい人ぶってるこういうタイプの人間が大嫌いだ。仕方なくやったとか不可抗力だったとか言う奴はだいたいろくな人じゃない。

 それと俺には分かる――神宮寺は心のことが好きだ。理由は心に触ろうとした時の目がガチだったからだ。今回の件も触れれなかったのがさぞ悔しかっただろう。でも、自分の株を下げるわけにはいかないので提案された範囲でするしかなかった。

 

「空牙先輩、改めてよろしくお願いします」

 

「お前には絶対渡さないから。負ける前にさっさと退部しな」

 

「さて、なんのことでしょうか?」

 

 神宮寺は不敵な笑みを浮かべ楽しそうだった。

 

 

 

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