第10話 彼女と彼女の誕生日③

 今日はゆめの記憶を戻すために温泉旅行に来ている。最初ゆめは戸惑っていたが、なんとか説得することが出来た。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。温泉って一緒に入るんだよね?」

 

「え、いや俺とは入らないよ」

 

「やだやだ!お兄ちゃんとがいい!」

 

「混浴なんだから入ってあげなよお兄ちゃん」

 

「心……どうせお前も入ってくるんだろ?」

 

「あったり~。さすが私の未来の旦那!」

 

 茶化すのはやめてくれ。前に来た時は心のせいで大変な目にあった。大体この姉妹は問題しか起こさない。

 

「お姉ちゃんとお兄ちゃんって付き合ってるの?」

 

「そうだよ」

 

「ふーん」

 

 ゆめはつまらなそうな顔をしていた。そんなことより、さっきから気になっているのだがなんなんだこの状況は。俺を真ん中にして、三人並びで手を繋いで歩いている。通行人の人達の目線が怖い。

 

「ちょっとお前ら離れてくれないかな」

 

「やだ!お兄ちゃんと手繋ぐ!」

 

「私の手離したいの?」

 

 ずるいぞお前ら。そんな純粋な目で見られたら断れないし、その質問に答えるとしたら離したくないとしか答えれないじゃないか。

 

「ダメなの?はっきりして!」

 

「そうよ。ちゃんと言いなさいよ」

 

「……わかりました」

 

 俺は渋々頷いた。手を繋いでいると二人に俺の運気を吸われているような気がする。

 

「混浴あるけど、本当にいいんだな?」

 

「大丈夫大丈夫。今は貸切だから」

 

「どういうことだ……」

 

 旅館のスタッフの人たちがこちらをにやにやしながら見ていた。俺と目が合った時にはグッと親指を突き立てられ、

 

「健やかなれ」

 

 と次々に口にしていた。心は何をしたんだ。

 視線を心に移すと、心は数字の三の文字と、英語のPの文字を表した。ふっざけんなこのやろう!貸切にするためにそんな嘘をつくとは……やっぱり思考回路ぶっ壊れすぎだろ!

 

「さん、ぴー?」

 

 ゆめは不思議そうに呟いた。。

 

「あー、ゆめちゃんは知らなくていい事だよ。気にしなーい気にしなーい」

 

「二人だけずるい。私も、さんぴする!」

 

「やめてくれー。さんぴってのは賛否[#「賛否」に傍点]だ。お風呂に入るか入らないかを決めるってとかだよ」

 

「そっかー。んじゃ入る!」

 

 ゆめはそう言った瞬間に服を脱ぎ始めた。

 

「ちょっと待て待てー![#「!」は縦中横]服はまだ脱がない。この暖簾のれんをくぐってから着替えるの」

 

「はーい」

 

「……ちょっと心。お前まで何脱いでんだ」

 

「いやーん。空牙くんのエッチ。あと、私を放置しないで?」

 

 なんだよ嫉妬かよ。相変わらず可愛いなもう。

 

「もしかして裸見れなくてガッカリしてる?」

 

「いや、普通にタオル巻いてくれてて助かった」

 

「つまんないのー」

 

「ふぅ~、やっぱ温泉はいいね。疲れがとれる~」

 

「お兄ちゃん大変そうだね」

 

「大変だよ。いっぱいすることあるからね」

 

「その割にはよく遊んでるけどね」

 

「う、うるせー。遊ぶのも学生の仕事の一つだし!」

 

「仲良いねー」

 

「そうかな?」

 

「そうだよ。何だかお兄ちゃんとお姉ちゃんが話しているのを見ると、ここら辺が痛いんだ」

 

 ゆめはそう言って胸の当たりをさすっていた。

 

「ゆめ……」

 

「なんか、キュって締め付けられるような痛み。なんでなのか、自分でもよくわかんないんだよねー」

 

 それを最後に俺達の会話は終わった。俺たちは温泉を後にして心の家の近くの遊園地に向かった。昔、ゆめと心がよく遊んだらしい。

 

「全然昔と変わってないや」

 

「あの……」

 

 ゆめは何か思い出したのかのような口ぶりをしていた。そしてとても言いにくそうだった。

 

「どうした?何か思い出したのか?」

 

「いえ……お腹がすいちゃいました」

 

 ゆめは恥ずかしそうに顔を赤らめていた。いや、めちゃくちゃ紛らわしいわ。まぁ、お腹が減っては戦はできぬって言うしな。俺は謎理論で納得させた。

 

「何か食べたいものある?」

 

「うどん!」

 

 無意識のうちに少しずつ記憶が戻っているのではないのか。という考えが頭をよぎった。

 

「残念だけど、遊園地にうどんは無いな」

 

「私たこ焼き食べたい」

 

「じゃあ、私もたこ焼き食べたい!」

 

 心が突然言いだし、ゆめがそれに賛成する形でたこ焼きに決定した。

 

「たこ焼き買ってくるわ」

 

「ねぇ、ゆめ覚えてる?私とここでよく遊んだこと」

 

「分からない。でも、すごく懐かしい感じがする」

 

「そう。ゆめはジェットコースターと観覧車が好きだったわ」

 

「そうなんだ?」

 

「実は私、ジェットコースターも観覧車も苦手だったんだけどさ、ゆめがどうしてもって言うから乗ってたの」

 

「なんか、ごめん」

 

「本当に最悪だったよ。早いし高いし怖いし。でもね、今では思い出のある大好きな乗り物になったんだー」

 

「……」

 

「だからさ、絶対に思い出してよ?ここでの思い出は私たちの宝物なんだから」

 

「うん。頑張るよ」

 

「たこ焼き買ってきたぞー。はいよ」

 

 なんか二人が話していたような気がしたが、触れないでおこう。二人の思い出に俺ごときが介入するのはあんまりだ。

 

「ジェットコースターと観覧車乗りたい!」

 

 たこ焼き食べるの早。そんなにお腹が減っていたのか。てか口にソースついてるし。

 

「ほら綺麗になった。じゃあ、ジェットコースターから行こっか」

 

 心も食べ終わった頃かな。そう思っていた時、顔をソースまみれにした心が俺の服を引っ張ってきた。いや、お前絶対わざとだろ。

 

「どこかおかしい?」

 

「おかしすぎるわ!ソースつきすぎ」

 

「じゃあ拭いて!」

 

「はい綺麗に――ってならねぇわ!」

 

 汚れすぎていて、おしぼり二枚使ってものかなかった。

 

「仕方ない。トイレ行ってくるから待ってて」

 

 全く何してるんだか。ゆめがくすくす笑っているのでよかった。もしかしてゆめを笑わかすためにやったのか。さすがにこれは考えすぎか。

 

「ごめんねー。ジェットコースター行こっか」

 

 俺たちは五回もジェットコースターに乗った。もう俺の体力はないに等しかった。ピンピンしている二人は化け物だと思った。

 

「空牙くん。私の彼氏として、たかが十回ぐらいでへばるなんてだらしがないぞー」

 

「お兄ちゃん十回でへばるのはさすがにやばいよ……」

 

 え、何。俺がおかしいの?普通の人は十回も乗ったら気分悪くなるでしょ。

 

「早く観覧車乗ろうよ」

 

「私はいいんだけど、大丈夫?」

 

「俺は少し休むから、先二人で行ってて。すぐ合流するから」

 

「わかった」

 

「お兄ちゃん早く来てねー!」

 

 俺は行こうと思えば行けたが、わざとしんどい振りをした。これで、二人が誰にも邪魔されず話せる機会が出来るはずだ。俺の考えだが、本当にゆめの記憶を戻せるの人は心しかいない。心、あとは頼んだ。

 

 

 *

 

 

「ゆめ、よく観覧車から私たちの家を探したよね」

 

「そうなのかな」

 

「そうだよ。あ、私たちの家発見。私の方が早いーってよく言ってたよ」

 

「あはは、なんか恥ずかしいな。家のすぐ外に生えてるちっちゃい木みたいなのは何?」

 

「あれは……ゆめがね、初めて私に誕生日プレゼントとしてくれた紅葉もみじの木だよ」

 

「も、みじ……紅葉」

 

「ゆめどうしたの?」

 

「うっ――」

 

「お姉ちゃん」

 

「ゆめぇぇぇぇえ!」

 

「ちょ、お姉ちゃん抱きつかないでよ」

 

「ゆめぇ。記憶戻ってよかった……すごく心配したんだから!」

 

「ごめんごめん。あと、私のために色々してくれてありがとう。お姉ちゃんがお姉ちゃんでよかった!」

 

「お礼なんていらないよぉ……だって愛する夢のためだもん!一つ聞きたいんだけどさ、何で記憶が戻ったの?」

 

「紅葉に思い出[#「思い出」に傍点]って意味があってさ、私とお姉ちゃんのかけがえのない思い出を作ろうってことであげたんだよー。あー、懐かしー」

 

「もっと早く教えてよ!全く知らなかったし!」

 

「だって恥ずかしいじゃん?」

 

「そうかもしれないけど」

 

「もうそろそろ観覧車が終わるね」

 

「嬉しすぎて観覧車に乗ってたの忘れてた」

 

「あはは、いっつもお姉ちゃんはどこか抜けてるからね。あ、くーくんもきてたよね。お礼言わなくちゃ」

 

「くーくーん!」

 

 聞きなれた声がした方を見るとゆめか手を振ってこっちに走ってきていた。

 

「ゆめ!本当に無事でよかった」

 

 ゆめを力いっぱい抱きしめた。私はしっかり生きてますから。それを伝えるかのようにゆめの心臓の音が伝わってくる。

 

「くーくん色々ありがとうね。しっかり記憶戻ったよ。あと、ご――」

 

「それは言うな!もう十分伝わってるし、言いたいのは俺の方だから。あの時は本当にごめん」

 

「そんな……謝らないでよ」

 

「あの時落ち着いていればゆめを守れていた」

 

「もうこの話は終わりにしよ?どちらも辛くなるだけだと思うから。もう言わないって約束して?」

 

「分かった。もう言わないよ」

 

「うん。ありがとう!」

 

 俺たちは指切りを交した。その後、ゆめの希望により三人で観覧車に乗ることになった。

 

「ゆめってさ、記憶がなかった時の記憶はあるの?」

 

「一応あるけど……」

 

「じゃあ、温泉のことも?」

 

「あるから!恥ずかしいから言わないで」

 

「お兄ちゃんとか呼んでたもんね」

 

「うるさい!お姉ちゃんなんか口拭いてもらって他私に嫉妬して、たこ焼きのソース顔に塗りたくってたやんか」

 

「ち、違うし!あれはくしゃみした時の反動で顔ごと突っ込んでしまったの!単なる事故ですから!」

 

「そうですかー」

 

「そうですよー」

 

「まーまー、二人とも喧嘩しないで」

 

「「外野は黙ってな」」

 

「はい。すみません……」

 

 二人とも酷いよ……なんてね。口喧嘩しているように見えても二人はとても楽しそうだった。俺はいつもの日常に戻った気がして嬉しかった。いつまでもこの光景を見ていたいと思った。

 

 

 

 

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