第9話 彼女と彼女の誕生日②

 ゆめ、早く目を覚ますんだ。俺と心は付きっきりで見守っていた。医者によると、命に別状はなく奇跡的に後遺症は残らないらしい。ただ、記憶障害を起こしているかもしれないということを除いて。

 

「ゆめ、記憶障害を起こしてたらどうしよう。私たちのこともう分からないのかな……」

 

「大丈夫さ。もし、記憶障害だったとしても、戻る可能性があるって言ってたろ?」

 

 医者は、記憶障害を起こしたとしても、思い出のある人と触れ合ったりすることで記憶が戻るかも知らないと言っっていた。

 

「……ゆめ」

 

「大丈夫。大丈夫」

 

 俺と心はゆめの手を握りしめた。

 

「いつまで泣いているんだ」

 

「……お父さん」

 

 そこには目を腫らした心の両親がいた。俺はとっさに謝った。

 

「ごめんなさい。俺のせいなんです。あの日もっと落ち着いていれば……」

 

「謝るな!今は謝ることがお前のすべきことなのか!」

 

「……違います」

 

「今回のことを許すつもりはない。二度とこんなことになるようなことはするな。あと、何がなんでも心は守れ」

 

「はい」

 

 そう言ってゆめの方へ視線を向けた。俺に今俺にできることはなんだ。見守っていることしか出来ないのか……そうだ千羽鶴をおろう。

 

「心、俺千羽鶴を作ろうと思う。手伝ってくれないか?」

 

「もちろん!」

 

 折り紙を急いで買いに行き、ひたすら折った。折り終わった時には、もう日が暮れて夜になっていた。

 

「こんなことしか出来ない俺がすごく情けない……」

 

「できる限りの事はしてると思うよ。それに、千羽鶴だけど相当丁寧に作ってたじゃん。その思いは伝わると思うよ」

 

「それならいいんだが……」

 

 翌日ゆめが目を覚ました。しかし、ゆめはまるで俺たちが見えてないかのようだった。物憂げにどこか遠くを見ているような、そん感じだった。

 

「ゆめ、目を覚ましたのね!お姉ちゃんだよ?わかる?」

 

「……」

 

 はっきりとは聞こえないが、ゆめなにか呟いているようだった。

 

「ゆめちゃん目を覚ましてくれてよかった!俺たちのことわかる?」

 

「……」

 

 やっぱりゆめは何かボソボソ言っている。俺は気になって耳を近づけたその刹那――俺はその場で崩れ落ちた。

 

「プレゼント買えなくてごめん。邪魔ばっかりしてごめん」

 

 ゆめは人形のようにひたすらそれを言い続ける。

 やめてくれ。やめてくれ。やめてくれ。

 俺は自分への後悔と怒りで、自我を失いそうだった。

 

「空牙くん、どうしたの。大丈夫?」

 

 心が気にかけてくれているようだが俺の耳には入ってこない。

 

「ゆめ、ごめん。あの時怒ってごめん。本当にごめん……」

 

 俺はひたすら謝った。違う、謝るしか出来なかった。

 

「私、医者呼んでくるから」

 

 俺が泣き崩れていたから、必然的に医者を呼びに行けるのは心しかいなかった。ゆめのそばを離れたくなかったのでよかった。

 

「お兄ちゃんは誰ですか?」

 

 突如上から声が聞こえた。

 

「泣いてるの?大丈夫?」

 

「ゆめ……」

 

「夢?辛い夢でもみたの?じゃあ、私がよしよししてあげる」

 

 そう言って俺の頭を撫でてくれた。そうだよ、辛いゆめを見てるんだよ。本当に辛いのはお前だろうが。噛み締めた俺の唇からは血が出ていた。

 

「泣かないで。……泣かないで」

 

 俺を励ましているはずのゆめから雫が落ちた。

 

「あれ、なんで私も泣いてるの?ねぇなんで」

 

「――っ」

 

「暗いよ。ねぇ助けて、何も見えない。私は誰なの。なんにもわかんないよ!」

 

 俺はただただ見ているだけだった。これでいいのか?これじゃ前と何も変わってないじゃないか。もう何も出来ないのは嫌なんだ。

 

「大丈夫だ!俺がついている」

 

 俺は優しくゆめを抱きしめた。ゆめの体は震えていて、すごく不安な気持ちが伝わってきた。

 

「本当?お兄ちゃんがそばに居てくれる?」

 

「あぁ、いるさ。約束する」

 

「ふふふ、お兄ちゃんありがとう」

 

 ゆめはそう言って首に頬を擦り合わせてくる。少しこそばい。それと、少し暖かい。

 

「朝比奈さん大丈夫ですか!お二人は部屋の外に出てください」

 

 医者たちが到着したようだ。あとは任せるしかない。

 

「ゆめが本当に無事でよかったー」

 

「……そうだな」

 

「どうしたの?何か問題でもあるの?」

 

「ゆめちゃん……記憶障害だった」

 

「え」

 

「俺達のこと覚えていなかった」

 

「そんな……ゆめが記憶障害だなんて」

 

「まだ、記憶が戻る可能性があるだろ」

 

「そうよね……ゆめは絶対大丈夫!ゆめは絶対大丈夫!」

 

「あなた達、ゆめが目を覚ましたって本当なの?」

 

 心の両親が息を切らしてやってきた。

 

「本当です。ただ……」

 

「どうしたの」

 

「ゆめさんは……記憶障害です」

 

「ゆめが記憶障害?」

 

「……はい」

 

「そうなの。じゃあ私たちのことも分からないのよね?」

 

「はい」

 

 何やら二人で相槌を打ち合っていた。

 

「記憶が戻るかもしれないのは知ってるよね?」

 

 不意に心のお母さんが聞いてくる。そんなことはもちろん知っている。今ちょうどそのことについて話していたからな。

 

「もちろん知ってます」

 

「あなた達にゆめの記憶を戻すのを手伝って欲しいの。いいかしら?」

 

「そんなの愚問です!今、心とそのことについて考えていたところです」

 

「そうなの。じゃあ、三人でもう一度温泉旅行に行ってきなさい。近くの遊園地にも行ってきて……」

 

「わかりました。絶対に僕たちとの思い出をなかったことになんてさせません!」

 

「頼みますね」

 

 そう言って二人はゆめのもとへ行った。すぐに二人の泣いている声が聞こえてきた。これはただの偽善かもしれないが、俺は何としてでもゆめの記憶を戻す。あの時の償いの気持ちも込めて。

 

 

 

 

 

 

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