第二話 グランテの思惑
「……グランテ、公爵……」
俺とセリーは思わずその名前を口ずさむ。
ここら一帯の貴族は数多くいるわけではなく、公爵ぐらいの地位になれば両手の指で数えることが出来るほどしかいない。だが、まさかその数ある貴族の中からグランテ公爵の名が出るとは想像もしていなかった。
「ああ、そうだ。貴族のお嬢ちゃんには申し訳ないが、お父上様がゴブリンをけしかけたってことでほぼ間違いない」
レミアンはセリーの表情を伺いながらも、自信満々に言い切った。
「あの人は最近自分の領地を拡大することを企んでいてな、村をつぶしては立て直しのための資金を出すから自分の領土に入るよう詰めかけるらしい……ここには情報が入りにくいかもしれないが、ここから北に離れたワイツも、ロゼッタも、アルメシオンも今やグランテの領土に入っている」
ワイツ、ロゼッタ、アルメシオン、これら全ての村は確かに過去酒場でクエストの依頼があった。ただ、場所もここから離れていて移動費がかかるだけでなく、報酬もかなり低くかったため、誰も受理しようとしなかったのだ。
ローゼンのクエストを受理するときにはそれらクエストは既に取り下げられていた。
つまり潰されたということだ。
「グランテは悪知恵が働くやつだからな。ろくにクエストに報酬を出せない村を標的に魔物をふっかけてる。小さい村でも、自分の領土の中に入れてしまえば公爵には税金を課すことが許されているからな。それを狙ったって言われてる」
公爵は自分の領土に対しては割と広い裁量権を持っている。税金については王家によって定められたものと、その領土を管轄している公爵によって定めてもよいものが別に存在している。
税金はその領土に還元するために利用するのが本来のあるべき姿だが、税金の使い道なぞ普通の市民が把握できるはずもない。
「魔物を動かすには魔物の中でも人間と会話できるやつをみつけて、それなりの報酬を渡さないといけない。税金を巻き上げられるからといって、すぐに返ってくるわけでもないしな。自分の領土を大きくしたいという征服欲のほうが動機としては大きいのかもしれない……ったく、昔から性根が腐ったやつだ」
「人間の言葉を話す魔物がいるんですか?」
「ああ、ごくまれにいるんだ。魔物内でも重宝されるからな、人間の言葉が話せる魔物はその魔物のグループの中でもかなり良い地位に置かれることが多いらしい……その分普通の魔物以上に頭が回るから、取引するときには気を付けないといけないらしいけどな」
人間の中でもごく一部の魔法使いは魔物と意思疎通することができると聞いたことがある。ただ、人間が魔物と交わるのは、人間が魔物を討伐するときがほとんどであるため、あまり出番はない。平和的に魔物に協力を仰げればいいのだが、彼らは話ができる相手ではない。
だからこそ、魔物側で人間の言葉を話せるやつがいれば、確かに交渉相手としては申し分ない。そいつを経由して魔物の軍勢へ話してもらえばいい。
「何か証拠はあるんですか」
「……そこが問題だ」
レミアンは苦い顔を見せる。
俺はレミアンを信用していないわけではなかったが、話の根拠がどうしても知りたかった。
「信頼できる情報屋から仕入れた内容だから、グランテ公爵が後ろにいるってことに間違いはないと思うんだが、決定打にかける。情報屋はグランテがゴブリンと会話していることを目撃していただけで、これといった物的証拠があったわけじゃない……これだとグランテを牢屋にぶち込めない」
「……貴族が裁判で有罪を食らって牢屋に閉じ込められるなんて、聞いたことありませんが」
ここでの裁判は同じ地位またはそれ以上の人間が原告にならなければ、成立しないことがほとんどだ。
盗賊や商人が貴族を仮に裁判で訴えたとしても貴族側が勝つ。貴族であれば貴族、または王族の人間が原告ならなければ勝てる見込みはほぼないと言っても過言ではない。
「ああ、それなら心配いらねえよ。俺に知り合いの貴族がいる……そいつに裁判を任せればいい」
「そうですか……わかりました」
裁判を任せられるほど貴族と近しいということなのだろうか。
グランテ公爵は『公爵』だ。
公爵レベルの貴族ではないと裁判では勝てない。
レミアンの交友関係はかなり不思議に包まれているようだ。
「つまり……俺たちに決定的証拠を探ってきてほしいってことでしょうか?」
「……さっきも言ったが、ここはあくまでも情報共有の場だ。俺は別にヘンゼルや嬢ちゃんに動いてもらおうとは思ってない。第一、動いてもらったところで出せる報酬もないし、既に情報屋に何か裁判で使えるような証拠がないか探ってもらってる。ヘンゼルや嬢ちゃんは首を長くして待ってればいい」
レミアンは俺たちが屋敷に入って証拠を漁ったほうが早いことは理解しているのだろう。
情報屋は人づてで情報を集めることに長けているが、物を取ることが本業ではない。彼は自分の行動が侵すリスクに俺たちを巻き込みたくないのだ。
「……使えるような証拠ってどういうものなんでしょうか?」
今まで口を閉じていたセリーが突然話し出す。
俺の腕をつかむ手がワナワナと震えていた。
「ん? ああ、ゴブリン相手とはいえ、取引は取引だ。だから契約書なりがあるはずだ。それも魔法で縛りがついている血判付きの、契約書が。それがあれば間違いなく、牢屋にぶち込める」
魔法契約書は呪いみたいなものだ。
契約が果たせなかった場合に、裁判を通さずに合意した罰を相手側に科すことが出来る。
契約時に特定の財産を担保として記載していたら、その財産は転送魔法で自動的に相手側に送られるし、契約時に自分の命を保証として書いたら、文字通り死ぬ。
ただし、その契約が効力を持つのは血判を押した当事者間のみであり、他の人の命を記載したとしても無効だ。流石に人間間で命を預けるという契約はめったになく、ほとんどが財産を担保にした魔法契約だなのだが。
魔物相手の取引になると裁判なんて出来るはずもない。だからこそ、魔法契約の出番ということである。
「……でも、嬢ちゃん。変なことは考えるなよ? ここは大人に任せておくんだ」
「……はい」
レミアンはセリーの心中を察したかのように、忠告した。
セリーはしぶしぶ首を縦に振ったが、あまり納得はしていないようだった。うつむいたままだ。
「俺の知り合いの情報屋は優秀だ、依頼すれば時間がかかっても必ず達成してくれる。今回は相手が相手だからな、大体三カ月ぐらいだ。牢屋にぶち込むのはその後だ」
「三カ月もかかるんですか……!?」
盗賊の価値観からしたら三カ月はかなり長い期間だった。特に物を盗む場合一日一秒早いほうがリスクが少ない。準備は用意周到に行わないといけないが、実行自体は早ければ早いほうがいい。
俺は親からその価値観を植え付けられたが、同様にセリーにもそれを教えていた。
「……仕方ないですね、グランテ公爵は最近一層注意深くなったと聞きます」
俺はレミアンの言い分を援護した。
俺がグランテ公爵の屋敷へ盗みに入った後、グランテ公爵はより一層警備を固めたといわれている。警備員も増員し、屋敷の間取りも変えたらしい。
盗みに入るときに部屋の間取りは非常に重要な情報になるのだが、門外不出らしく、俺が懇意にしている情報屋ですら、今グランテ公爵家に関する情報は入手が困難であるとぼやいていた。
「そうだ。今並みの盗賊が入ったら、恐らく現行犯で捕まるだろう。ここにある公爵家の中で最も侵入しづらい屋敷になっていることは確かだ。だからな、嬢ちゃん……絶対変な真似はするな。時間はかかるかもしれんが、安全な方法をとったほうがいい」
「……このままじゃ、他の村が……」
セリーは隣の俺にだけ聞こえるぐらいの音量で呟く。レミアンの忠告も理解はしているのだろうが、何か自分の中で掲げている正義感に反するものがあるのだろう。悔しそうな顔つきを見せていた。
「……って感じだ、ヘンゼル。また三か月後、情報が入り次第連絡する。まあ、お前のほうでも何か面白い情報が手に入ったら、教えてくれ。その間はこの宿にいるつもりだ」
「わかりました。三か月後、楽しみにしてます」
俺とセリーはレミアンに一礼すると、部屋を去るのだった。
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