第三話 セリーの思い
レミアンの宿から出ると、既に日が暮れていた。
買い物を終えた主婦たちが市場から住宅街に戻っていく。俺たちはその波に逆らうように帰路を辿る。
ついでに今日の晩御飯の足しになりそうなおかずを物色し、適当に三人分買うことにする。最近は俺かセリーが外出する際は夕飯のおかずを外で買うことがお決まりになっていた。
「……私、父上のところへ行ってきます」
帰路の途中、セリーはふと決意したかのように俺に話しかけた。
「屋敷に忍び込んで、ゴブリンに町を襲わせた証拠を掴みます。レミアンさんにそれを渡して……裁判にかけてもらいます」
俺たちは足を止めずに歩きながら会話する。
レミアンと界隈していた時から大体セリーの考えていることは察していたので、動揺することはなかった。
「……やめておけ」
俺は準備していた回答を淡々と述べる。総菜の買い物をしているときから黙り込んでいるし、流石に家でメッテがいる前でこの話をすることもないと考えると、セリーがこの話をするタイミングは今しかなかった。
「確かにお前は訓練は受けたし、新米の盗賊と同じ熟練度には慣れたかもしれない。だが、圧倒的に実践経験に乏しい。レミアンも言っていただろう、グランテ公爵はもう俺たちに入る隙を与えないように様々な対策を講じている。無茶だ」
セリーには色々なクエストをサポートしてもらってはいるが、実際に動くのは俺だ。セリーにはその器用さを武器に、薬品や道具の準備を主にやってもらっていたし、実際に盗みの現場に入ることはほとんどなかった。もともとの運動能力も高くないのに、厳重警戒している貴族の屋敷に入るなんて、自殺行為だ。
「でも、やってみないと分からないじゃないですか!」
セリーは声を荒らげる。周囲の人々がその声に反応するように振り返るが、そっと視線をもとに戻す。
「……違うな、セリー。盗賊は成功すると分かっていることしかやらない。技術も応用力もないのに、とりあえず行動に移すのは盗賊として三流だ」
商人や職人など、ごく一般的な職業だったら、多少仕事で失敗しても損失は少ないだろう。せいぜい金を失ったり、誰かから叱責されたりするだけで済むかもしれない。だが、盗賊は違う。現行犯で捕まれば、裁判なしで問答無用に牢屋に入れられ、数年間を無駄にすることになる。
父さんはその能力の高さゆえに脱獄することが出来たが、一般的に脱獄は無理だ。
日が経つにつれ学んでいくのか、牢屋は益々厳重になっていると聞く。そんな牢屋に隔離されるリスクを負ってまで仕事をするとなると、生半可な自信と慎重さだけではやっていけないのである。
「じゃあ、このまま何もしないでいろっていうんですか!! 三カ月あったらまたどこかの村が襲われちゃいます! 一刻も早く父上を止めないと!!」
セリーはパニックに近い慌てぶりを見せた。
メッテの一件が脳裏に焼き付きすぎているのだろう、心の傷はかなり深いのだと察した。
「落ち着け、セリー。お前の気持ちはわかるが、自分のやれることを客観的に評価しろ。第一、グランテ公爵の屋敷に潜り込んでどうする? 魔法契約書がどこにあるか、お前にわかるのか? 間取りも変わった屋敷でどう探すか、検討はついているのか?」
「そ、それは……」
グランテ公爵の屋敷はとりあえず大きく、その屋敷の中で特定の紙一枚を探し出すのは至難の業だ。
とりあえずお金になりそうなものを盗む、というのとはわけが違う。しかも一度盗みに入られたということもあり、どのような警戒態勢になっているのかも分からない。盗賊の思考回路の裏をかくような対策をしている可能性すらある。
セリーは突然立ち止まり、黙り込む。
「……ウグッ……ウグッ……」
暫くするとセリーは泣き出してしまった。涙でぬれた顔を隠すように掌全体で拭く。それはメッテを助けられなかった時の顔に似ていた。
「ゼルさんを……ゼルさんを信じていた私がバカでした……! あなただったら私を分かってくれると思っていたのに……!」
メッテのようなことを被害者をもう二度と出したくないという思いが強く出ていた。俺を信じてくれるのはありがたいが、流石に知り合いで牢屋行きになる人が出るのはごめんだ。ここは俺も全力で止めに入らないといけない。
「……お前は一体何を言っているのだ?」
俺は呆れたようにつぶやく。
しかし、セリーはどうやら俺の発言の意図を誤解しているようだった。
「……え?」
「行かないとは一言も言っていない。お前一人だと危険だといったのだ」
レミアンは俺に行くなと言った。それはレミアンが俺のことを懇意に思ってくれている証でもあり、一種の信頼からくる助言だと俺は理解している。
だが、レミアンが俺の立場にいるならどうするだろうと、考える。
メッテなら、俺にどうして欲しいと考えるだろうと、考える。
彼らは俺に強くて優しい盗賊になれと言った。
命をかけてでも俺の理想を応援してくれた。その人たちを裏切らないためにも、俺は理想を追い求めるべきなのだと。
そう考えた結果、答えは一つしかなかったのだ。
「――俺も一緒に行く」
レミアンを裏切りたくはないが、彼は俺が理想を追い求めることを否定しない。仮に後できついお叱りを受けたとしても、レミアンからであれば俺は受ける覚悟はできていた。
大体、何もかも見透かしているようなあの人のことだ、俺とセリーがこのような行動を起こすことも頭の片隅には置いてあるに違いない。もしかしたら、俺たちがこのように動くように操っていたのではないかとすら疑ってしまう。もしそうであれば、今頃ほくそ笑んでいるだろう。
「ゼルさん……! ありがとうございます!」
泣いた後の赤く染まった表情はそのままに、満面の笑みを浮かべていた。この瞬間だけくりぬいたら、傍から見て泣いているのか笑っているのかわからないだろうが、俺には彼女がこれまで見せた表情の中でとびきりの笑顔だということを知っていた。
セリーは両手でパンパンと頬を叩くと、感情を整える。
「で、では早速準備しましょう!」
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