第四章 貴族の仕事

第一話 レミアン

 俺とセリーは訓練が日課になった。


 セリーは決して天才ではなかったが、強度なストレス耐性もありどんなに困難な訓練だったとしても幾度もぶつかることで乗り越えていった。数か月で成人したての新米盗賊ぐらいの基礎技術は身についたのは、彼女の努力の結果である。メッテとは対照的にセリーの身体能力は高くなかった。走る速度も人並み以下だし、武術の習得も遅い。


 ただ、セリーが特筆していたのは武器の扱いと器用さだった。


 監禁されていた時に武器の使い方を一通り身に着けたという言葉は事実だったらしく、盗賊鉄板の武器であるナイフはもちろんのこと、斧、こん棒、長剣、弓なども俺よりも巧みに扱えた。


 特にモーニングスターが一番手に馴染んでいるらしく、模擬戦をした時には、あたかも俺を追いかけてくるかのように鉄球が俺を襲ったものだ。ただし、彼女は生き物を痛めつけることにまだためらいがあるようで、武器を相手にあてる瞬間にスキを生む癖があった。心理的な壁は、慣れでいくらかカバー出来るか、最終的には性格に左右される。武器の扱いは一人前でも、やはり戦闘は避けたほうがいい。


 しかもセリーの器用さは武器の扱いだけではなく、鍵の解除や道具作成にも生かすことが出来た。簡単な治療薬や睡眠薬であればセリー単独で精製することが出来るし、時間はかかるものの一般的な鍵であればセリーでも解除出来るようになった。


「これからどちらに向かわれるのですか?」


 今日の朝、突然知り合いの情報屋から言伝でとある人物に呼ばれたという情報を教えられた。

 本来であればセリーと訓練している時間帯ではあったが、俺はその人が住んでいる宿に向かうことにしたのだ。


「ああ、セリーはあったことがなかったな」


 俺はしわだらけの紙に記載された住所をもう一度確認する。どうやらここで間違いないようだ。

 ここら一帯では比較的高価な宿ではあるが、自分のマントすらろくに買い換えられない人が本当にこんなところに長期滞在しているのだろうか。疑わしいと感じながらも、俺は宿の受付を素通りし、指定された部屋へ向かう。


「俺の……恩人に会いに行くんだ」


 コンッコンッ、と俺は滑らかに塗装された木の扉を叩く。

 すると、うっすら顔にひげを乗せた大男が扉の向こうから現れたのだった。


「おお、ヘンゼル、よく来たな。待ちくたびれたぜ」


「お邪魔します、レミアンさん」


 俺が部屋に入る前に挨拶をすると、セリーも吊られたようにお辞儀をした。

 レミアンが手で入室を促すと、俺たちはそばに置いてあった木の椅子に座った。価格相応の客室というべきか、一人部屋にしてはかなり広く、来客を応接するための椅子と机も置いてあった。


「そっちの娘さんは誰だ? 奥さんかな?」


 レミアンは俺たちの向かい側の席に腰掛けると、セリーに目を配る。


「いえ、こいつは俺の助手です。セリー……」


 ふと、レミアンにどこまで話すべきか戸惑う。セリーはあくまでも呼び名であり、正式な名前ではない。町の中で貴族に詳しい人がいて、どこで聞かれているか分からないため、正式な名前をあえて隠している。この社会では身分を詐称することは罪に問われるが、呼び名で呼ぶこと自体は問題ない。


「マルセリーナといいます。グランテ公爵の娘ですが、わけあって今は俺と一緒に行動してます」


 俺はレミアンに正直に語ることにした。セリーも俺が突然マルセリーナという名前を他人に伝えたことに驚いた表情を隠せていなかったが、騙す相手ではないと理解したようだ。


「ほう……グランテの娘……ねえ……」


 盗賊が貴族を連れているのだ、レミアンであれば「おい小僧なんてことしてんだ!」と驚くかと思ったものの、予想以上に冷ややかな反応だった。レミアンは神妙な顔つきでセリーを見つめる。


「ま、マルセリーナと申します。半年前に父上の屋敷で閉じ込められていたところをゼルさんに助けてもらって、それ以降お手伝いさせてもらってます……」


 初対面の中年男性と会うのは緊張するのだろうか、セリーは震えた声で自己紹介した。


「まさかヘンゼルがこんな隠し玉持ってたなんてなあ。盗賊が貴族を助手につけるたあ、世間に知られたら相当ヤバいことになるからな、俺以外には絶対話しすんなよ?」


「ええ、分かってますよ。レミアンさん。レミアンさんだから話したんです」


 町でセリーはセリーだ。

 マルセリーナという名を知っているのは俺とメッテと、レミアンのみである。


「お、嬉しいこと言うじゃねえか、ヘンゼル! 俺も信頼されたもんだな!」


「命の恩人を信頼しないほど、俺は恩知らずじゃないですからね」


 レミアンは口を大きくあけて笑う。

 事件の最中にばったり出会うことはあったが、椅子を突き合わせて話すことは今までなかったので、とても新鮮に感じる。とはいえ、雰囲気はどこであっても同じ陽気なおじさんだった。


「今日はレミアンさんが話したい話があるからってことで来たんですが……何かありましたか?」


 無駄話を振ればその分だけ返ってきそうだが、セリーもレミアンに緊張しているようだし、長居するのも申し訳ないだろう。


「えーっと、早速本題ってことか? ま、俺ってこう見えて世間話とか苦手だからな、それもいいや」


「はい、お願いします」


 情報屋からもレミアンが今日しか空いている時間がないとせかされたものだ。レミアンが何をやっている人物なのか検討もつかないが、とりあえず多忙な職種の人であることは概ね予想がつく。


「ローゼンの村がゴブリンに襲われた時のこと、まだ覚えてるか?」


「……はい、忘れもしません」


 これからも一生忘れることはないだろう。

 メッテの足を不自由にした、あの忌々しい事件は死んでも忘れることはない。


「あの時、ゴブリンの後ろに誰かいるんじゃないかと思って今の今まで色々探ってたんだ。ま、そもそもここで滞在してるのも、その調査が目的だからな。結構時間が経っちまったが、割と信ぴょう性のある情報が入手できた。それをお前に伝えたくてな」


「なんでわざわざ僕に?」


「はっはっは、そこ聞いちゃうか! 恥ずかしいなあ!」


 自然な疑問だった。確かにあの事件の真相は知りたいし、もし本当に黒幕がいるのであれば俺はこれ以上ないほどの敵意を向けるだろう。ただ、その情報を俺に伝えることによるレミアンの目的が分からなかった。


「ヘンゼル、俺はこの社会を変えてえんだ。自由にやりたいこともできねえ、努力しても上へあがれねえ、上から下を差別するのが当たり前みたいなこの社会が嫌いだ……いつかぶっ壊してやる」


 感情的になったレミアンは思い切りテーブルをたたく。セリーは怯えて俺の腕にしがみつく。

 すまねえ、とレミアンは呟きながら続ける。


「……この前ゴブリンの集落であった時に感じたのさ、お前も同じ目をしてるってな。もっと言えば、その隣の貴族の嬢ちゃんも同じ目をしてる……最近なんかあったんだろ?」


「ええ……まあ、そうですね……」


 ゴブリンの集落で、メッテは村を救うためにボロボロになった。

 だが、村の人々は全くメッテに対して同情はしなかった。ましてや俺と一緒に早く村から出ていくように追い出された。


 村の人々は俺が盗賊で、クエストを受理したことを知っていて、メッテは俺の同行者であると知っていた。メッテの職業までは知らなかっただろうが、盗賊の仲間であるというレッテルは張られていたからだろう。町を救っても誰も認めてはくれなかった。


 メッテの意識が飛んでおり、その時の村人たちの表情を見せなくて済んだのは、少し幸いだったかもしれない。


「俺は別に仲間探しをしたいわけじゃない。情報を共有したからといって、ヘンゼルやそこの貴族のお嬢ちゃんに何かをやってもらいたいなんて、サラサラ思っていない。ただ、情報を共有して、同じ考えを持っている人がいるって思いたいだけさ」


「その気持ち……わかります」


 父さんや母さんは俺の考えに同意しなかったし、それ故に家を出ていったが、それでも俺が自分を貫けたのはメッテという味方がいたからなのだろう。

 もし誰も味方がいなかったら、誰も俺の考えていることを理解してくれる人がいなかったら、今の俺はいなかったかもしれない。


「でも、社会を変えるって、レミアンさん。あなたは一体……」


 何者ですか。

 そう聞こうとした瞬間、レミアンに遮られる。


「さて、本題に入るとしよう……あのゴブリンによる人里襲撃だが、貴族が扇動した可能性が高い」


「貴族……ですか」


 もし後ろに黒幕がいるのであれば、それが貴族であることは概ね予想はついていた。魔物を動かすためには、かなりの資金と人とのつながりが必要になる。それが可能なのは大商人と貴族しかいないが、どうやら後者のようだ。


 しかし、それだけの情報ではレミアンは俺たちを呼ぶはずがない。より踏み込んだ情報を入手したからこそ、わざわざ情報屋を使って俺を呼んだに違いない。俺は確信をもって質問することにした。


「それは一体誰ですか?」


 レミアンはセリーと一瞬目を合わせる。


「すまんな、お嬢ちゃん……」


 手を組み、ため息をつくとレミアンは口を開いた。


「――グランテ公爵だ」


 それは聞きなれた貴族の名前だった。

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