第20話大魔王、修行をつける
「い、いっそ、殺してくれ……」
「安心しろ。殺しはしない。それよりも貴様に頼みたいことがあるのだ」
軽いおしおきを済ませた後、我輩は心底怯え切っているリルに優しく言う。奴はびくりと震えながら「な、なんでしょうか!?」と上ずった声を出した。
「先ほども言ったが、この者たちを鍛えるため、森の魔物を呼び出してもらいたい」
振り返って三人を手で示す。
マルクは「……ククアって結構えげつないな」と困った顔で笑っている。プルートは気絶したティアを介抱していた。ふむ、そこまで酷いおしおきだったのだろうか。
『ククア様。普通の人間が見たら引くような拷問でしたよ』
「うーむ。今後は気をつけるとしよう。それで、返事を聞かせてくれるか?」
「は、はい! 喜んで従わせていただきます!」
身体中傷だらけのリルはびしりとした姿勢で応じた。
それから「そ、その者たちの実力はどの程度でしょうか?」と当然のことを訊いてくる。
失念していたが、プルート以外の実力はあまり分かっていなかった。
「マルク、プルート。貴様らはどの程度強いのだ?」
「え? うーん、村では俺とプルートのコンビに敵う大人は居なかったな」
「……先ほどお前が倒した四匹の魔物を一匹倒すのが精一杯だ」
その程度か。そういえば勇者セインも最初はそのくらいだった。戦いを重ねることで人間は強くなっていく。今は脆弱でもいずれ精強な者へと変貌する。そこが人間と魔族の違いだった。
「そうか。ならば本格的な戦闘の前に、貴様らの動きを見てみよう。その後、適切な魔物をリルに呼び出してもらう」
「動き? 飛んだり走ったりするのか?」
マルクのとぼけた言葉に「そんなわけなかろう」と言って我輩はティアに覚醒の魔法をかけた。ティアは「……うーん」と伸びをして起き上がった。
「えっと、ここは……って、神狼リルが!? 何があったんですか!?」
「起きたようだな。それでは我輩と戦え」
我輩は三人から少し離れて腕組みをした。
マルクは「神狼に勝ったお前に勝てっこないだろ」と口を尖らせた。
「ぼろ負けするの確定じゃん」
「何も勝負せよと言っておらん。貴様らの動きを見るだけだ。我輩は手を使わない。一撃でも食らわせたら終了だ」
マルクは「おお、それならできそうだぞ!」と二人に言う。
プルートは油断無く「そんな甘いか……?」と疑っている。
「神狼を素手で倒した奴に一撃ってかなり難しいぞ?」
「一回やってみようぜ。三人がかりならできそうだし」
「わ、私、自信ないです……」
マルクは「ティアは遠くから風の魔法と回復してくれればいいよ」と笑った。
ティアは背中に背負っていた杖を両手で握って「わ、分かりました!」と決意を示した。
プルートは大剣を抜いて軽く素振りをする。
「準備はできたようだな。ではいつでもかかって参れ」
「よっしゃ。いくぞ……くらえっ!」
マルクは不意を突くように手から雷の魔法を放った。まさか魔法が使えるとは思わなかったが、その程度の不意討ちなど避けられる。勇者セインの斬撃のほうが数十倍早いしな。
「ありゃ? 避けられちゃった」
「ま、これで終わるとは思わねえ。いくぞ、マルク!」
プルートに従ってマルクは剣を抜いた。そして二人同時に斬りかかる。まず、プルートの袈裟切りを半身で避け、マルクの横薙ぎをしゃがんで回避した。二人は斬撃や刺突を交互に繰り出すが、我輩は全て見切っていた。
マルクはトリッキーな攻撃を織り交ぜるが、いかんせん技量が追いついていない。発想などは目を瞠る。だが基本が足りていない。一方、プルートは力や技は素晴らしいが、どうも真っ直ぐすぎる。自分より格上の者と戦った経験がないのだろう。
不意にマルクが頭を下げる――その後ろからティアが風の魔法を放った。連携が上手い……いや、マルクの視野が広いみたいだ。なかなか強力な魔法だったが、これは簡単に避けられる――と見せかけて、プルートの大剣の横薙ぎ、それを避ければマルクの蹴りで終わりか。
ま、あくまでも試しだ。避けようと思えばできるが、ここは受けておくか。
風の魔法を両手で挟み、プルートの大剣を歯で噛み、マルクの蹴りはそのまま受けた。
「……いってえ!? あ、足が、折れる!?」
蹴った側のマルクのほうが痛がるのも無理はない。足を強化して鋼鉄並みの固さにしたのだから。歯で大剣を止められたプルートも顔が引きつっている。
我輩は大剣から口を離して、三人に言う。
「よし、及第点だな。なかなかやるではないか」
「……全然褒められた気がしないな」
プルートが苦笑いして、大剣を納めた。
痛がるマルクに回復魔法をかけるティアを見ながら、我輩は「素質はある」と言う。
「この森で二日ほど鍛えれば、それなりの使い手になるだろう」
「……たった二日で強くなれるのか?」
「ああ。魔王を倒すのを急ぐ必要はないが、二日鍛えて後は実戦を重ねれば良い。この森を離れても修行は見てやるしな」
痛みから回復したマルクは「どんくらい強くなれるんだ?」と我輩に疑問を投げかけた。
質問の意図が分からなかったので「今から自分の限界を知りたいのか?」と逆に問いかけた。
「いや、そうじゃないけど。魔王と戦えるくらい強くなれたらいいなあって」
「もしも魔王が我輩の配下のサレーと同等ならば、二日では足らんな」
「じゃあここで一ヶ月くらい修行したらいいじゃんか」
「我輩を人間の師と一緒にするな。二日あれば魔王の側近を余裕で倒せる」
三人の反応は異なっていたが、共通しているのは疑惑だった。
信用ではなく、真偽を問われているようだった。
「二日で基礎を身に付け、それから実戦を重ねる。経験は死闘でなければ蓄積されない」
「言っていることは分かるが……」
「では修行を始める。リル、あの猩々共を呼んでまいれ」
リルは素早く「かしこまりました!」と森中に響くほどの大きさで吼えた。
すると森の主の呼びかけで四本腕の猩々共がやってきた。
その数、数十体――
「それでは課題を言う。こやつらから身を守れ。五時間ほどな」
「はあ!? 五時間も!?」
「無論、倒しても構わん。だが死んだり戦闘不能になるなよ」
プルートは慌てて「ちょっと待ってくれよ!」と我輩に言う。額には汗が滲んでいる。どうやら奴の想定と違う修行だったようだ。我輩はメドゥを首に巻きつけて「それではスタートだ」と姿を消した。
「リル。猩々共に命じよ。本気で殺しにかかれと」
「ははっ。かしこまりました! 皆の者、そやつらを叩き潰せ!」
マルクは「すげえハードだな!」と焦りながら剣を抜く。
ティアは「神様、助けて……」と青ざめていた。
プルートは「あの野郎……!」と憤っている。
それらの様子を我輩は近くで見守っていた。
メドゥは『大丈夫ですかね?』と心配していた。
『あっさり死んじゃいそうですけど』
「なんだ。情でも移ったのか? この程度で死ぬような玉ではあるまいよ」
じりじりと寄ってくる猩々共に剣と杖を構える三人を、我輩は微笑ましい目で見ていた。魔族の子供に修行をつけていた頃を思い出した。全員、我輩に殺意を覚えていたが、立派に育ったものだ。
「人間は追い込めば追い込むほど強く逞しくなるものだ。あの勇者セインもそうだった」
『その方はご存じないのですが……あいつらはその勇者と同じくらい強くなるんですか?』
「その可能性はある。ふふふ……」
マルクが猩々に弾き飛ばされるのを見ながら、我輩は少しだけ確信していた。
この者たちは強くなれる。何故なら、複数とはいえ我輩に一撃を与えられたのだから。
それは魔族の子供にもできなかったことである。
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