第19話大魔王、手本を示す
早朝。小鳥がさえずり朝日が昇り行く中、我輩たちは旅支度を終え、出立しようとしていた。今の我輩は黒いローブを着ており、どこからどう見ても魔法使いの格好をしていた。ま、マルクとプルートが前衛ならば、我輩が後衛であるのは自然と言えよう。
ミョルニルから餞別として、我輩には不要だと思われる魔法書を渡された。奴は「要らんならどこかで売れば良い」と言ったので、機を見て売ろうと思う。それまでは暇潰しに読むのも悪くない。
「マルク……気をつけてくれ。君が死んだら悲しい……」
「あははは。大丈夫だ。死んでも死なないよ!」
皇帝が田舎者との別れを惜しんでいる光景は、どこか珍妙に映り滑稽だった。数日でかなり親しくなったらしい。マルクはまだ気づいていないようだが、テオは友情以上の想いを感じているようだ。
「また、会えるよな?」
「もちろん! 魔王を倒したら、城に戻るよ!」
「そうか……! 楽しみにしているぞ!」
太陽のような笑みを浮かべるテオ。中性的な美しき者である奴の表情は、男女問わず魅了されてしまうだろう。しかしマルクは疎いらしく「ああ、約束だ!」と手を差し出した。周りの衛兵が止める間もなく、テオは手を握り返した。
「まさか、皇帝陛下とマルクが仲良くなるとはな」
「……マルクさんは不思議なお方ですから」
プルートとティアは複雑そうな顔で見守っている。仲間が大陸で一番偉い人間と仲良くしているのは、半ば信じられないのだろう。
「皆の者、出発のときだ。金剛魔王を倒しに行くぞ」
我輩の声でマルクはテオから離れ、仲間と合流する。テオと衛兵たちが見送る中、我輩たちはクランクラウン城を出た。宰相のレノールとミョルニルは見送りには来なかった。奴らは何かやるべきことがあるらしい。
「それにしても、良い装備くれたよな。この剣、格好良いだろ?」
帝都を出て街道を歩いていると、マルクが自慢げに剣を見せびらかす。我輩以外の三人は装備を一新している。装いは旅人風ではあるが、見る者が見れば、なかなかの高級品だと分かる。
「おい振り回すなよ。きちんと鞘に納めろ」
「あ! プルートの語尾が治っている! つまんねえ!」
「……大剣の切れ味、どんなもんかな」
二人が馬鹿騒ぎしている中、我輩は「キラル山脈までの道程はどのようなものだ?」とティアに訊ねた。すると奴はおどおどしながら「ま、まず、帝都から西に進みます……」と説明する。
「その際、キラル湖を船で渡るか、迂回して進むかで変わりますが、とにかく私たちはキラル湖を目指します……」
「そのキラル湖まではどのくらいかかる?」
「徒歩だと三日です」
三日もかかるのか。なかなかの距離である。我輩が人でなければ二時間ほどで着けるが……しかし今は徒歩で向かうしかあるまい。馬車を使う手もあるが、なるべく無駄な出費は避けたほうが良いだろう。マルクたちはともかく、我輩はマッソモンドの他にも魔王を倒さねばならん。
だが無駄に時間を過ごすのもよろしくない。魔王ごときが相手とはいえ、我輩以外は脆い人間だ。プルートはそこそこ強いが、他の二人の実力はさほどない。というわけで後ろでじゃれている二人に向かって我輩は言った。
「貴様ら、少し鍛えてやる。ちょっと来い」
「あいたた……鍛える……?」
プルートに拳骨を食らったマルクが頭を擦っている。
我輩は「そうだ。今のままでは我輩の足手まといだ」と現状を分からせた。
「だから道中、鍛えてやろうと思ってな」
「鍛えるって……どうやってだ? 魔物と戦うのか?」
「プルート。察しがいいな。ほら、ちょうど打ってつけの場所があるではないか」
我輩が指差した方角に、街道から外れた森がある。
魔物の気配もしており、良い腕試しになるだろう。
「あそこか。ティア、どんな魔物が出るか分かるか?」
「あ、あの森はブリキ森と言って、獰猛な魔物が出る場所ですよ!? 地元の狩人も近づかないところです!」
ほう。ますます好都合だな。
我輩は「貴様らの実力を底上げせんとな」と三人に告げた。
マルクはわくわくして、プルートはやや緊張して、ティアは怯えていた。
「本気ですか!?」
「ああ。我輩なら魔王ごとき余裕で倒せるが、貴様らを庇いながらは戦えん」
「……お前が強いのは分かるけどよ。そんな大口叩けるほど強いのか?」
プルートの言葉に「無論だ」と短く答えた。しかし奴は疑いの眼差しで見つめている。仕方がない。大魔王の戦闘を見せてやるか。
「ではまず、我輩が手本を見せよう。それを見て文句がなければ、素直に従え」
「手本? はっ。魔物でも倒すのか?」
プルートの馬鹿にしたような目を無視して、ブリキ森とやらに足を運ぶ我輩。
マルクたちも半信半疑のまま、ついてくる。
「ククアってどんぐらい強いのかな? 大魔王だから相当強いと思うけど」
「誇大妄想狂の悪霊でなければいいけどな」
マルクの期待とプルートの疑惑を受けながら、森の中に入る。鬱蒼とした森の奥まで歩く。すると数匹の魔物が我輩に気づいた。腕が四本ある、筋肉隆々の猩々共だ。おそらく肉食なのか、我輩を見て一斉に襲い掛かる――
「雑魚共に用はない」
襲い掛かってきた魔物の鳩尾に一発ずつ拳を打つと、血反吐を吐きながら倒れ伏した。
攻撃など当然受けない。
「え、あ……こ、この魔物、かなり強かったような……?」
ティアが呆然と魔物を見つめている。
プルートは開いた口が閉じられず、マルクは「うわあ! すっげえな!」と感心していた。
「この程度、序の口だ。さ、行くぞ」
「お、おい。どこまで行くんだ?」
プルートの慌てた声に我輩はのんびりと答えた。
「決まっているだろう。この森の主のところだ」
我輩たちは魔物に囲まれながら――先ほどの戦闘で警戒されたらしい――森の奥まで来た。そこには大きな洞穴があり、中から強者の気配がした。
「出てこい。ブリキ森の主よ」
「……誰だ、我の眠りを妨げる者は」
這い出てきたのは、大きな狼だった。
黒く大きく、それでいて鋭い牙を持った狼。
我輩たちを囲んでいた魔物が一目散に逃げ去ってしまうほどの強者。
「うわああ! なんか強そうだぞ!? 大丈夫か、ククア!」
「大丈夫ってレベルの話じゃねえぞ!? ティア、そいつは――」
「神狼リルです! この森どころか、この大陸でも、指折りの魔物です!」
三人が各々騒いでいる。騒々しいことだ。
我輩はリルとやらに「我輩はククアという」と名乗った。
「今日は貴様に頼みがある」
「なんだ頼みとは?」
「この森の魔物をこやつらの修行に使わせろ」
リルは我輩をまじまじと見つめて、それから鼻で笑った。
狼のくせに我輩を小ばかにした感じだった。
「ふはは。何を言っている? 修行だと?」
「我輩は魔物を遠ざけることはできるが、近づかせることはできん。だが森の主である貴様なら可能であろう?」
「……正気かお前? このリルに対して命令するとは」
リルが唸り声を上げながら我輩を見つめている。
そのとき、我輩の首に巻きついていたメドゥが『素直に言うことを聞いたほうがいいぜ』と出てきた。
「なんと! 蛇の王が人に従っているのか!?」
『いろいろ事情があるんだよ。それよりこのお方には逆らわないほうがいい。酷い目に遭うぞ』
「……無様だな。人に従うお前を見たくなかったよ」
我輩はメドゥを撫でながら「知り合いだったのか?」と訊ねた。メドゥは『顔が広いもんで』と身体をくねらす。
『ククア様が丁寧におっしゃっている今なら、丁重に扱ってもらえる。だから――』
「やめよ蛇の王。情けない姿をこれ以上晒すな」
リルは我輩に敵意を向けた。大きく口を開けて、威嚇し始めた。
「蛇の王。お前ごと、その人間を食らってやるわ!」
リルは不敬にも我輩に襲い掛かる。後ろでティアの悲鳴が上がった。
我輩は襲い掛かってきた口の上あごと下あごを掴んで、閉じられないようにし、そのまま持ち上げてやる。
「ぐごごご!?」
「身の程を知れ。貴様は今、大魔王に歯向かったのだ」
そのまま己を弧にして回転する。リルの巨躯がゆっくりと右回転し始める。マルクたちはプルートの「下がれ!」という声で避難している。
そのまま、洞穴のほうに投げ飛ばす――リルは「ぎゃん!」と言って伸びてしまった。
我輩はゆっくりとリルに近づき、その胸部を思いっきり踏んで覚醒させた。
「う、ううう。お前、何者だ……」
「大魔王だ。それより、いきなり襲い掛かるとは……おしおきが必要だな」
おしおきという言葉に、メドゥの身体がぶるぶる震えた。
リルの目に恐怖が浮かんでいる。
「や、やめろ――」
「一つ、教えてやろう」
我輩はにこやかに笑って、リルに告げた。
奴の顔があからさまに引きつった。
「――大魔王からは、逃れられない」
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