第18話大魔王、戸惑う
我輩たちはクランクラウン城の奥にある会議室に案内された。
会議室は謁見の間と等しく、正面に玉座が置かれ、その左右を向かい合うように椅子がずらりと並んでいる。円卓ではなく序列をそのまま表したような配置だった。
皇帝のテオも同伴しており、当然のように玉座に座る。その前から玉座の右斜めに座っていた宰相のレノールは、テオが座るまで待ち、その後座る。玉座の左斜めに座っていたミョルニルも同様な行為をした。
我輩はレノールから一個空いた席に座り、マルクは我輩の隣に座った。
プルートは我輩の正面に座り、ティアはその隣に座った。
各々が着座した後、レノールが口を開いた。
「まずは――あれから待たせてすまなかったな」
「別に平気ですよ! むしろいろいろご馳走になってありがとうございます!」
マルクが馬鹿みたいに明るく言うが、我輩には待たせた理由が分かっていたのでさっそく「魔王の居場所を掴んだのか?」と問い質す。
皆の注目が集まる中、ミョルニルが「おぬし、察しが良すぎるのう」と溜息をついた。
「一応、訊いておくか。どうしてそう思う?」
「そこのテオが母親を説得したと聞いている。ならば待つ理由はそれしかあるまい」
「ふふふ。君たちも知っていたかな?」
マルクたちに訊ねるレノール。うさんくさい笑顔だった。
マルクは「いえ、全然知らなかったです」と答えた。ぽかんとしていた顔がテオには面白かったらしく、くすりと笑われている。
ティアも首を横に振った。緊張のあまり話せないようだ。
「俺は、何らかの事情で待たされていると思いましたぴょん」
「うん? ぴょん?」
「……ククア! 本当に治らないのかぴょん!」
プルートが顔を真っ赤にして怒っていた。我輩は「朝になったら治る。それまで待て」と冷たく言う。
「……酔い醒ましの魔法の副作用で、ぴょんが語尾に付くぴょん」
「なんと悪意のある魔法じゃろ……」
ミョルニルは感心しているみたいで、しげしげとプルートを眺めている。
プルートは「賢者様なら何とかなるぴょん?」と希望を込めた。
「いや。下手に触ると一生語尾がそのままになるかもしれん。朝まで待て」
「そ、そんなぴょん……」
「あははは。プルート面白いぞ!」
「お前、後で覚えていろぴょん!」
我輩は「話を戻せ」とレノールを睨む。奴は笑っていた顔を無理矢理真剣に戻して「ククアの言うとおり、我々は魔王の居場所を掴んだ」と答えた。
「この城から西のほうにある、キラル山脈の麓の洞窟に金剛魔王のマッソモンドが居る」
「金剛魔王……そういえば、魔族が言っていたな。そいつ強いのか?」
我輩の問いに「魔王の中で最も肉体強度が高い」とミョルニルが答えた。
「そやつの肉体に傷を負わせた者は、この世界には居らん」
「ふん。この世界の人間は骨がないな」
勇者セインの仲間だった、あの戦士ならば倒せるだろう。忌々しいが奴の剣技には我が配下も苦しめられた。
「よし分かった。ではさっそく出発しよう」
「そうだな! 今すぐマゾモンドを倒しにいこう!」
「マルクさん! マッソモンドですよ!」
我輩とマルクが立ち上がって行こうとするのを見て、ティアが狼狽している。
しかし「ちょっと待つぴょん」とプルートが待ったをかけた。
「もう夕方近いぴょん。出かけるなら朝のほうがいいぴょん」
「なんだよー。もしかしてぴょんぴょん言っているの恥ずかしくて、朝にしようって言っているのか?」
「マルク。俺は真面目に言っているぴょん!」
我輩は夜のほうが良いのだが、人間はそうではない。
プルートの言っていることももっともだ。
「そうだな。朝、出発するか」
「ええ? ククアもかよ……」
「マルク。今日はゆっくり休んでくれ。まだお別れも済んでいない」
テオが優しくマルクを諭したので、奴は素直に分かったと答えた。
レノールは二人のやりとりをじっと認めていたが「それと君たちに勇者の証を渡そう」と指を鳴らした。衛兵が我輩たちの前に木箱を置いた。中を開くと帝国の紋章が入ったエンブレムがあった。
「これが勇者の証か」
「帝国領内ではいろいろと役立つぞ。しかしくれぐれも濫用するなよ」
首にかけるための鎖が付いている。マルクはさっそくアクセサリーのように付けて「なんか格好いい!」と騒いでいた。
「それから君たちに旅の路銀を支払おう。それぞれに金貨百枚だ」
衛兵が続けて金貨の入った袋を我輩たちの前に置く。ティアが「どこかで見た袋ですね」としげしげと見つめている。ああ、そういえば臨時収入の袋と一緒だな。
「すっげー! こんな大金、見たことねえ! 何使おう?」
「無駄遣いすんなぴょん!」
はしゃくマルクたちを余所に我輩は「これをとある家族の元に届けてくれ」とレノールに頼んだ。奴は予想していたようで「承った」と短く答えた。
「どうせこの三日間で調べたのだろう? いや、ミョルニルから聞いたのか?」
「……君の機嫌を損ねたかな?」
「一つ言っておくが……我輩に人質は無意味だぞ?」
意味が分からない他の者は、我輩とレノールの間に不穏な空気が流れているのを不思議に思っていた。
ミョルニルは「本当に人のためとはのう」と感心していた。
「よっぽど心優しき者たちだったのだな」
「黙れおいぼれが」
「ふふふ。おぬしを召喚して良かったわい」
慈愛を込めた顔で我輩を見たので「その目を抉ってやろうか?」と脅す。
ミョルニルは「おお、怖いのう」と両手を挙げた。
「えっと。ククアにも大切な人が居るってことだな! それじゃ、明日に備えて休もうぜ!」
「ああ、そうだな。皆の者、ご苦労であった」
マルクの提案でこの場はおひらきとなった。
我輩は立ち上がって出ようとしたが、ミョルニルが「おぬし、少し残れ」と不遜にも命じてきた。
「……なんだ? もう話は終わっただろう」
「わしの話は終わっておらん。あ、他の者は帰っていいぞ」
ミョルニルの言葉にマルクはにっこりと笑ってテオと肩を組む。
「そうか? じゃあテオ、一緒に風呂入ろうぜ!」
「ええ!? わ、私は遠慮しておく……」
「お前はもう少し礼儀を学べぴょん!」
全員が出て行った後、我輩はミョルニルの正面に座った。
何やら重要な話のようだ。
こほんと咳払いした奴は、しばしの間を空けてから話し出した。
「おぬし、元の世界に戻りたいか?」
「できることならな。ま、戻ったところで勇者セインはとっくにくたばっているだろうが」
「魔王たちが所持している宝玉がある。それらを集めれば、元の世界に戻れるかもしれんぞ」
我輩は身を乗り出して「本当か?」と聞き返した。
それが本当なら魔王を倒すメリットが新たに生まれる。
「本当じゃ。その宝玉は、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七つある。七大魔王が一つずつ持っている……」
「我輩は金剛魔王とやらを倒せればそれで良かったのだが……それを聞かされると七人倒さなければならぬな」
「七つの宝玉を手に入れたら、わしのところに来い。元の世界に転送してやるぞい」
我輩は疑わしく思ったので「どうしてそこまでする?」と問う。
「我輩が元の世界に戻ったら、人間を殺し尽くすとは思わんのか?」
「わしはこの世界が大事じゃ。他の世界がどうなろうと知らん」
「ふん。案外シビアなのだな」
「それに、人間として転生したおぬしが、再び大魔王となれるかは微妙じゃな」
意外と冷たい老人に我輩は「舐めるなよ」と威圧を込めて言う。
「この身体と我が魂はいずれ馴染む。徐々に魔族に変質していくだろう。既に我輩はある発見をしていた」
「ほう。どんな発見じゃ?」
「貴様なんぞに言うか。馬鹿が」
我輩は椅子から立ち上がってミョルニルの顔を見下ろした。
老人は我輩から目を離さない。
「一つだけ、貴様に頼みたいことがある」
「なんじゃ? まさかあの家族のことか?」
「帝国が手出しできぬようにしろ」
ミョルニルは怪訝そうに「そんなにあの者たちが大切か?」と言う。
我輩もどうしてルーネたちを気にかけているのか、理解できていない。
内なる変化が己に起きている。普通に考えれば不愉快であるが、それを受け入れている。
「どうなんだ? できるか、できないのか?」
「まあ、そのくらいなら約束しよう。何なら娘を弟子にしても良い」
「それは勝手にしろ」
このとき、安堵した気持ちも生まれたのは否定できない。
我輩はルーネたちをどうしたいのだ?
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