第17話大魔王、城に泊まる
勇者に認命されるという当初の目的を果たすのに、様々な紆余曲折があった。しかしこうして無事にマルクたちと共になることができて素直に喜ばしいと思う。ま、プルートが腹を抑えて「胃が痛い……」とほざいていたが、それは些細なことだ。
テオは母親に「これからは私が政務をする」と啖呵を切ったという。その際、ひと悶着あったようだが、結局、皇太后は折れたようだ。かの者に自分の子の成長を認められる度量があるとは驚きであるが、レノールやミョルニルも説得に回ったのだから勝ち目はなかったのだろう。
さて。勇者に任命されるまで、我輩たちは城でくつろいでいた。マルクははしゃいでいたが、プルートとティアは戸惑っていた。皇帝を誘拐した罪は不問になったものの、ここまで豪華なもてなしを受けるとは想像もしなかったようだ。
「なんだ貴様ら。もっと嬉しそうにせぬか」
クランクラウン城の食堂。
我が眷属、メドゥが丸々太った豚を丸呑みするのを見ながら、我輩が質素にスープを飲んでいるプルートとティアに言う。既に城で三日間過ごしたというのに、全然慣れていなかった。この程度の生活に慣れないのは、田舎者と小心者のだと大声で喚くのと変わらん。
「……お前は大魔王だから慣れているだろうけど、俺は贅沢に慣れていないんだよ」
「ふん。この程度、我配下の者でも受けられるぞ」
「あ、あの……ククアさんって、本当に大魔王なんですか……?」
ティアが恐る恐る訊ねてくる。目には我輩が好む畏れが浮かんでいた。
プルートはメイドに注がれた液体を一気に飲んだ。
我輩は「何度も言ったであろう」とわざと苛立ったように答える。それでティアがあからさまに怯えるのは愉快だった。
「ひいいい!? ごめんなさい!」
「ま、この世界ではなく、異世界の大魔王だがな」
「どうしてその大魔王様が、この世界に転生されたんだ?」
プルートはもはや開き直っているらしく、我輩に遠慮なく問う。
我輩は逡巡した後「我輩は負けたのだ」と率直に述べた。
「負けた? 誰にだよ?」
「勇者セインとその仲間たちにだ。忌々しいことだが人間ごときに負けたのだ!」
どん! とテーブルを思わず叩くと、その部分がへし折れてしまった。
ティアが涙目で「お、落ち着いてください!」と諭してくる。
プルートはコップの液体を飲みながら「へっ。大魔王と言っても大したことないんだな」と挑発的なことを言う。
「……勇者には女神の加護が与えられていた。特別な人間だったのだ。貴様と違ってな」
「言い訳すんなよ、みっともない」
何かおかしいと思った我輩はプルートのほうを見ると、顔が真っ赤だった。こやつ、いつの間にか酒を飲んでいたのか。
「プルートさん! そんなこと言っちゃ駄目ですよ!」
「うるせえ! 俺ぁこいつとマルクに苦労してんだ! 文句ぐらい言わせろ!」
絡み酒だったのか。いくら心が大海のごとく広い我輩でも、酔っ払いの相手はしたくない。我輩はプルートを睨んだ。すると奴は身体の力が抜けて、眠ってしまった。
「プルートさん! どうしたんですか!」
「落ち着け。我輩の魔法で眠らせただけだ」
我輩は傍に控えていたメイドに「こやつをベッドに連れて行け」と命じた。メイドは二人でプルートを抱え、客室に運んでいった。
メイドが居なくなると、我輩とティアの二人きりになってしまった。ちなみにマルクはテオと城の中で遊んでいる。元気な子供だ。
「…………」
ティアは我輩をちらちらと見ていた。畏れが大部分だが、どこか興味がありそうな顔をしている。だが何も喋らなかったので、我輩は「……何か話せ」と言う。
「え、あ、その……」
「そういえば、お前と二人で話すのは、初めてだったな」
メドゥも居るが、あやつは食事に夢中になっている。
ティアは「そう、ですね……」と困った顔をして黙り込んだ。
どうやら嫌われているみたいだな。
「ふむ。我輩のことが苦手か?」
「……大魔王と聞かされて、怖くないと思いますか?」
「それ以前でも、我輩を避けていただろう」
指摘すると「あなたから邪悪な魔力が出ていましたから……」と正直に答えた。
ほう。性格と同じで繊細な感覚を持っているのか。
「クハハハ。臆病なくせに、鋭いのだな」
「マルクさんやプルートさんには言っていませんでした。お二人が仲間だと認めていましたから」
ティアは意を決したように「あなたは、人を殺めましたか?」と問う。
目に決意の光が宿っている。これは誤魔化し効かない。
「ああ。何万人と殺した。直接的にも、間接的にも」
「……どうしてそんな非道なことができるんですか?」
「楽しかったからな。それに種族も違う。そもそも非道だと思わなかった」
ティアは悲しそうな目で「人を殺すのが、そんなに楽しいんですか?」と重ねて質問した。
「あなたの世界の人間が、全て善人だと言いませんけど、それでも生きているんですよ!」
「そうだな。だから殺せた」
「――っ! そんなこと、言っているんじゃありません!」
ティアが怒鳴ってテーブルを叩いた。小心者のくせに、一人前に怒りを覚えるのか。
メドゥが我輩に擦り寄って『消しますか?』と訊ねる。我輩は首を横に振った。
「あなたは、この世界でも人を殺すんですか!?」
「いや、この世界に来てからは殺していないな」
我輩はゆっくりと立ち上がってティアに近づいた。
怒りに燃えていたティアだが、少し恐怖を覚えたようで顔が引きつる。
「我輩はこの世界を征服しようとは思わん。我輩の世界はここではないのだから」
「ク、ククア、さん……」
「それに、殺せばあやつらが悲しむだろうしな」
我輩はルーナとサラを思い出す。
異世界の大魔王に親切してくれた親子。
恩義と感謝しか、あやつらには感じない。
「あ、あやつら? 誰ですか……?」
「お前には関係ないことだ。それと一応言っておく」
ティアの顎を掴んでじっと目を合わせる。
畏れと覚悟が入り混じった目。
良い目をしている。
「我輩はムカついたから魔王を倒すだけだ。それ以外に目的などない」
「…………」
「今のところ、人間は我輩の敵ではない。覚えておけ――」
言い終わるかどうかのタイミングで「お腹減ったー!」と食堂のドアが開いた。
目を向けるとそこにはマルクとテオが居た。
しかし我輩とティアを見て、テオの顔が赤くなる。
「お、お、お前たち! 何をしているんだ!」
何をしている? 意味が分からん。
ティアを見ると、急激に顔を真っ赤にして「誤解です!」と叫んだ。
「うん? あれ、ちゅーしようとしていたのか? テオ、俺たち邪魔みたいだな」
「違います! そ、そんなわけないでしょう!?」
「こ、この由緒ある城の食堂で、不純なことをするな!」
何やら勘違いしているみたいだな。
我輩はすっと離れて「続きは今度だ」と言った。
「だから! 変なことをするな!」
「ククアさん! 勘違いされるでしょ!」
「なんだ。ちゅーしないのか?」
「マルクさんも! ふざけないで!」
喚く馬鹿共をほっといて、自分の席に座るとメドゥが『凄いタイミングでしたね』と我輩の首に巻きつく。
『あの皇帝、まるで生娘みたいでしたね』
「戯けたことを言うな。お前も分かっているだろう」
三人が落ち着いた頃、ようやく復活したプルートが入ってきた。
頭を抑えて「なんか、痛てえな……」と呟いていた。
「あ、プルート。実はさっき――」
「言わないでください! というか広めないでください!」
「大声出すな……ガンガン響く……」
顔色がとても悪いようなので、我輩が「どれ、治してやろう」とプルートに近づいて手をかざした。プルートはきょとんとして「治った……」と呟いた。
「何したんだ?」
「二日酔い治しの魔法だ。とある魔族から習ったのだ」
「おお! 凄いじゃないかぴょん! ……ぴょん?」
「ただし、語尾に『ぴょん』が付く」
「最悪だぴょん!」
「安心しろ。朝には治る」
「だったら我慢していたほうがマシだぴょん!」
食堂中が笑い声に包まれる。
その直後、兵士が「失礼します」と入ってきた。
「これは皇帝陛下! ここにいらっしゃったとは!」
「挨拶は良い。それで、何の用だ?」
「はは。実は四人をお呼びせよとレノール様のご命令で」
兵士は片膝を突きながら我輩たちに言う。
「魔王討伐について真剣に話し合いたいと。ミョルニル様も同席されます」
プルートの顔が別の意味で青くなる。
だがそんな小さいことはどうでもいい。
これでようやく、魔王を倒せるな。
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