第21話大魔王、覚悟を問う

 五時間後、精も魂も尽き果てたらしい三人は、その場に座り込んでいた。

 マルクは大の字になって目を回している。

 プルートは怒りながら何か呟いている。

 ティアは泣きながら生きていることに感謝していた。


「ほう。まだまだ元気ではないか」


 我輩がすうっと三人の前に現れると、プルートは「てめえ……いつか殺す……」と恨めしい目で見つめてきた。なんという恩知らずだ。せっかく鍛えてやったというのに。


「さてと。次の修行だが――」

「はあああ!? まだやる気なのか!? もう指一本動かせねえよ!」

「それだけ叫べれば十分気力があるだろう? しかし安心しろ。先程よりもきつい修行を用意している。うん? どうした、喜ばないのか?」


 怒りで真っ赤になったプルートが蒼白になる。

 ティアは声もなく、目を見開いて涙を流した。

 マルクが上体を起こして「ククア……無理だって……」と珍しく弱音を吐いた。


「こんなクタクタじゃ、プルートの言うとおり指一本も動かせないよ」

「なら回復してやろう。我輩は五時間の間、ただお前たちを見続けていたわけではない。メドゥ!」

『はっ。ククア様、こちらに用意ができております』


 我が優秀かつ従順なるしもべ、メドゥが我輩に尾で渡したのは、きらきらと光る黄緑色の葉だった。神聖な雰囲気があるので、あまり好ましくないが仕方あるまい。

 十数枚あるそれらを我輩が見せると、僧侶であるティアが「きゃあああ!? それって!?」と叫んだ。


「どうしたティア? その葉っぱ、凄いのか?」

「ぷ、プルートさん、凄いってもんじゃないですよ! あれは……ヒエロリーフです!」

「ひえろりーふ? なんだそりゃ?」


 田舎者のマルクとプルートはピンと来ていないようだった。

 ティアは興奮して「伝説の回復薬の材料です!」と早口で説明する。


「一枚煎じて薬にすれば、少量で体力も魔力も回復します! 希少で滅多に採れないのに、どうしてそんなに……」

「この森の奥にあるとリルが『快く』教えてくれたのだ」

「ひっ!?」


 我輩がリルの名を呼ぶと、遠巻きで見ていた奴は怯えたように身体を震わせた。

 そこまで怯えることもなかろうに。臆病なことだ。


「それで作った回復薬がある。体力と魔力の件は問題ないぞ」

「……精神力が持ちそうにないんだが」

「耐えろ。さて、そんなことより次の修行だが……ここの魔物共による襲撃には慣れたと見てとれた。だから今度はそこのリルと一日ほど戦え」


 これには三人だけではなく、リルも驚いたようだった。

 疑問や質問が飛び交う前に我輩は簡単に説明をする。


「本気の戦闘となればリルには敵わないだろう。だから縛りを設けることとする。リルの身体に攻撃を一撃でも入れられれば、修行を終わりとする。逆に一度も攻撃できなければ失格だ。その場合はほんの少し『罰』を与える」


 罰という言葉にティアとメドゥとリルが身震いした。

 我輩は「それでリルなんだが――」と続けた。


「お前はこやつらの攻撃を受けずに避け続けろ。それとこの空間から逃げることも禁ずる。他の魔物を呼ぶこともな。それ以外は何でもしていい」

「……本当に何でもしていいのですか?」

「ああ。お前から攻撃してもいい。こやつらからの攻撃を食らわなければな。もし、負ければお前にも罰を与える」


 リルはゆっくりと頷いた。異存はないらしい。

 マルクが「攻撃なんだけど」と手を挙げた。


「攻撃はどうやって認定されるんだ? たとえば同時に攻撃して当たった場合とか」

「我輩が判断するが『リルにダメージを与えられた』攻撃が認められるな」

「うん、分かった。じゃあさっそく回復薬くれよ」


 物分りのいいマルクだったが、プルートが「お前、勝てると思うのか?」と心配そうに訊ねた。


「相手は神狼リルだぞ? 勝てるわけがない!」

「プルート、それは違うぞ。ここでリルに勝てなかったら……魔王にだって勝てない」


 マルクは確信を突く発言が多かった。直感が鋭いのだろう。

 黙ってしまったプルートやティアに、奴は淡々と自分の考えを述べる。


「攻撃できさえすれば、俺たちの勝ちなんてルール、有利すぎるだろ? これができなくちゃ、魔王に勝つどころか挑む資格なんてないよ」

「……お前はいつもそうだな。馬鹿なくせに、鋭いことを言いやがる」


 プルートは大剣を杖代わりにして立ち上がった。

 ティアも顔をきりりとさせて覚悟を決めたようだった。

 我輩は黙って三人に回復薬を渡した。



◆◇◆◇



 リルは広間の中央に座って動かなかった。

 回復薬を飲んで元気になった三人は扇状になって様子を窺っている。

 どうやらお仕置きのダメージがまだリルに残っているようだった。だから今、奴は回復に努めている。


「ティア、風の魔法を頼む。マルク、ここは長期戦を覚悟で――」

「行くぞぉぉおおおお!」


 プルートが堅実な作戦で行こうとするのを、マルクは無視してリルに突撃した。

 ま、長期戦や持久戦ではリル相手に勝ち目はない。それぐらいは分かるか。


「……人間ごときが、神狼リルを舐めるな!」


 リルは大きな口を開けて咆哮し、マルクを迎え撃つ体勢になった。

 ティアは慌てて風の魔法を放つ――俊敏な動きでリルは回避する。何が攻撃に当たるか分からんから当然の判断だ。


「でりゃああああああああああああ!」


 気合を乗せた一撃をマルクが放つ――剣はリルの牙で受け止められた。

 帝国から貰った剣は折れることはなかったが、刃を止められて動けなくなる。


「そのままでいろ、マルク!」


 今度はプルートが大剣を以ってリルの胴体を狙う。文句なしの一撃である。

 リルは素早く剣から口を離してその場から離脱した。


『リルの動きが悪いですね。ククア様の拷問……お仕置きのせいですね』

「かもな。神狼と言ってもその程度よ」

『もしかして、この勝負のために、リルを痛めつけたんですか?』

「当たり前だ。我輩のような優しい男が、理由もなく傷つけたりせんわ」

『……そう、ですね』


 リルを一目見た瞬間から、修行相手にぴったりだと思った。

 奴の実力は低く見積もっても魔王の側近レベルだ。十分に練習相手になる。

 それにマルクが言ったことも一理ある。ここで弱ったリルを倒せなければ、魔王相手に勝ち目はない。


 我輩がこの修行を身につけたかったのは、技術や体力ではない。

 過酷な状況を乗り越えたという自信だ。


「人間共……なかなかやるな……!」

「ありがとう! 絶対に負けない!」


 リルの鋭い爪がマルクを襲う――先ほどの修行の成果か、回避できた。

 防御を高めることで相手の空振りを誘い、体力を消耗させる。立派な戦いであった。


 夕暮れ近くになっている。このまま暗くなれば不利になるのはマルクたちのほうだ。リルは鼻が利くからな。

 タイムリミットが近づく中、プルートが大胆な攻撃を仕掛ける――


「これでも――食らえ!」


 飛び上がり、大上段に構えた大剣を勢い良く振り下ろす!

 これは避けるしかできない。牙で受ければ折られてしまうからだ。


「――くっ!」


 リルはプルートだけではなく、マルクが左側面から迫っているのが分かっている。

 だから二人から目を切らない――そこを突かれた。


 ティアが放った風の魔法。

 無論、リルに放たれたなら対処はできたが、なんとその魔法はマルクの背中を後押しした。風の刃ではなく、塊をぶつけることで――加速した。


「――やった!」


 マルクの予想外の攻撃は、プルートの攻撃を避けたリルに当たった――吹き出る血。


「ぐあああああああ!」


 マルクは剣を引き抜いた。勝負ありである。


「やった……やりましたよ!」

「ああ、やったぞ!」


 ティアとプルートが手放しに喜んでいる。

 マルクはふうっと溜息をついて、それから「なあ、この回復薬ってさ」と我輩に訊ねた。


「回復薬がどうした?」

「怪我も治るのか? リルにも効くのか?」

「ああ、治るし効力もある」

「そっか。じゃあリル、これやるよ」


 マルクは当然のように、リルへ回復薬を渡した。

 驚いたリルは「どうして私に?」と訊ねる。


「ククアがたくさん持っているし、リルも疲れただろ?」

「しかし――」

「リル、ありがとう。お前のおかげで、俺たち強くなれたよ!」


 頭を深く下げたマルクを信じられない目で見つめるリル。

 プルートは離れたところで「あいつはいつもそうだよな」と笑った。


「本当に、昔からまるで変わらねえ」


 まるで青春活劇を見ているような、甘ったるい気分になったが。

 存外悪くないと思っている我輩がいた。

 マルクの器は意外と大きいようだ。

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