第11話大魔王、試される

 翌日、我輩たち四人は帝都の中心にそびえる巨大な城――クランクラウン城へと足を踏み入れた。

 その際、衛兵と一悶着があった。迷惑そうな顔で「何度も言っているが推薦状が無ければ勇者にはなれん」とマルクに告げる。おそらくだが、何度もしつこく問答したのだと推測できた。


「ふっふっふ。もう昨日までの俺じゃないんだぜ? 衛兵さんよ」

「……何を言っているのだ?」

「さあククア! 推薦状を見せてくれ!」


 三文役者みたいな仰々しい台詞だなと思いつつ、我輩は衛兵に推薦状を見せた。


「それは……オーウル侯爵の推薦状か!? どうやって……」

「これで俺たちは勇者になれるわけだな!」


 ふんぞり返るマルクに「調子に乗るな」と小突くプルート。


「別に俺たちの手柄じゃないだろ」

「で、でも、俺が誘ったわけだし……」


 そんなやりとりを余所に、衛兵は「しばらくここで待て」とやや緊張の面持ちで言う。


「上役に確認を取ってくる……時間はそうかからない」

「ああ。なるべく……うぐぐ」


 その際、マルクがいらんことを言おうとしたのを、プルートが口を押さえて止めた。


「はい。お願いします」


 ティアの言葉に頷いて、衛兵は上役を呼びに言った。


「まるで対応が違うなあ。ま、田舎者の俺たちを邪険に扱うのは当然か」


 自嘲ではなく現実を言っているような口調のマルク。

 我輩は「そう言えば、お前たちの故郷はどこだ?」と訊ねた。


「ああ。海辺の村、フルグレという。聞いたことはないだろう?」


 プルートの返答を聞いて、我輩は首元のメドゥに確認すると『かなりのド田舎です』と素早く返答した。意外と情報通なメドゥの言っていることだ。間違いないだろう。


「そうか。三人ともそんな田舎から……」

「いや、ティアは違う。彼女は帝都出身だ」


 我輩はティアに視線を向けた。

 びくびくしながらティアは「そ、そうです……」と答える。何故か知らんが我輩のことを怖がっているようだ。

 別段、困ることではない。だが少々やりにくさを感じていた。


「では帝都で知り合ったのか?」

「いや、そうじゃない。実は――」


 プルートがさらに続けようとしたとき、衛兵が帰ってきた。


「宰相様がお会いになるそうだ。ついて来い」


 顔に汗をかいている。訓練された人間であるからして、精神的な緊張のせいだろう。

 まあ宰相と言えばこの国で二番目くらいに偉い人間だ。当然の反応だろう。


「宰相様? なんだ皇帝陛下じゃないのか」


 前々から思っていたがマルクはあまり物事を深く考えない男のようだ。


「……お前なあ。陛下が直々に会うことなんてないだろ?」


 プルートは呆れているし、ティアは慄いている。


「早く行くぞ。待たせるのは不敬に値する」


 衛兵に急かされて我輩たちは城内に入る。

 中はあまり趣味が良いとは言えない装飾が施されていた。また置かれている物もセンスが無く、むしろ下品なイメージを植えつけてくる。


「なんか凄いな。あの壺いくらするんだろう?」

「触れたりするなよ? 弁償なんてできねえ」


 田舎者には審美眼などあるわけないか。


「城の装飾や物の配置は誰が行なっているのだ?」


 我輩の問いに「皇太后様だ」と衛兵は反射的に答えた。あまり余裕は無いようだ。

 皇太后……何かきな臭いな。


「ここが謁見の間だ。入るがいい」


 衛兵が我輩たちの武器を預かってから扉を開けた。

 謁見の間も趣味が良いとは言えない内装だった。正面には豪華な椅子が置かれており、それだけは品を感じられた。その斜め手前の左右に椅子がそれぞれ向かい合うようにずらりと並べられている。討論でもするかのような配置。謁見の間でも行なうのだろうか?


 それに衛兵が数名、中にいた。おそらく宰相とやらの護衛だろう。しかし、その宰相はこの場には居なかった。

 しばらく立って待っていると「宰相閣下のご入室!」と衛兵が大声で怒鳴った。奴らは武器である槍を立杖させる。


「ああ、遅くなってすまない。そこの椅子にでも座ってくれ」


 宰相は意外にも歳若い男だった。モノクルを左目に付けて、紫と黒の中間の長い髪を後ろで一本にまとめている。黒くて高級であろう服を纏っていて、言葉遣いや仕草から高貴な出の者だと分かる。


 我輩たちは下座にそれぞれ分かれて座った。右側にマルクと我輩、左側にプルートとティアだ。

 宰相は正面の椅子に座り「宰相のレノール・フォン・サリームだ」と自己紹介した。


「君たちの名は?」

「俺はマルクといいます。隣はククアで、そっちはプルートとティアです」


 手で指し示しながら、慣れない敬語で紹介するマルク。

 レノールは「そうか。君がククアか」と我輩に微笑んだ。


「たった一人で魔物の軍勢を追い払ったと聞いていたから、よほどの豪傑だと思っていた」


 それに驚いたのはマルクたちだった。


「ええ!? そ、それ本当か!?」


 マルクは大声で驚き、プルートは納得した顔で、ティアはますます怯えた。

 レノールはきょとんとして「知らなかったのかな?」と訊ねる。


「君たちは仲間なのだろう?」

「知り合ったのは昨日だ。それに自慢するようなことではない」


 敬語も使わずに答えると衛兵がどよめいた。


「ククア! 言葉を選べ!」


 プルートが叱ってくるのを受けて「別に構わない」とおおらかにレノールは応じた。


「オーウルから君のことは聞いているよ」

「ふん。なんと聞かされているのか分からんが、他人の評価で我輩を計らないでくれ」

「善処しよう。それで勇者制度なのだが、君たちを勇者として認めるのにあたって、ちょっとした試験を受けてもらいたい」


 試験? なんだそれは?


「どういうことだ?」

「推薦状さえあれば勇者として認定されて、国からの支援を受けられる。表向きはそうだが、実を言うときちんとした試験があるのだよ。魔王に挑める実力が無いと無駄に金や物資を渡すことになる。それに弱かったら無駄に死なせることにもなる」


 理屈は分かる。いまいち気に入らんがな。


「そういうわけだから、これから試験を始めたい。準備は整っているかな?」

「ええ。預けている武器を返してもらえれば」


 プルートが用心深く言う。

 するとレノールは薄く笑った。


「何を言っている? 私は『これから』試験を始めると言ったのだよ?」


 衛兵が我輩たちに駆け寄ってくる。我輩は素早く立ち上がり、突き出された槍を掴んだ。


「皆の者、無事か?」


 視線を横にやるとマルクは「うおおお!?」と椅子から転げ落ちて、衛兵から逃れていた。プルートたちのほうは見えない。返事もない。

 我輩は掴んだ槍を引き寄せて衛兵を殴りつける――槍から手を離したので、それを使ってマルクに襲い掛かろうとした衛兵を牽制する。


「これが試験? すげえハードだな……」


 マルクの呟きに「まったくだな」とプルートがこちらに寄ってきた。

 横目でちらりと見ると肩に傷を負っている。ティアが無傷なところを見ると、彼女を庇ったに違いない。


「生きてこの部屋から出られたら――試験終了だ。精々頑張りたまえ」


 レノールはそう言い残して素早く椅子から立ち上がり、後ろの扉から出て行った。

 人質に取れれば良かったのだが。

 それと入れ替わりに後ろの扉と我輩たちが入ってきた扉から衛兵が雪崩れ込んできた。


「全部で何人居るんだ? えーと、いち、にい、さん……」

「悠長に数えている場合かよ!」


 のん気なマルクと焦るプルート。


「ど、どうするんですか!?」


 泣き喚くティアに「とりあえず固まれ!」とプルートが指示する。


「四方から攻められたらやばい――」

「プルート、これを持っておけ」


 我輩は槍をプルートに投げ渡した。


「道を開けるからついて来い」

「な、何を言って――」


 我輩は『畏怖の蛇眼』を使った。


「うぐぐぐ……!」


 恐怖に耐えられなかった衛兵たちがばたばたと倒れていく。


「……何したんだ? ククア」


 プルートの問いには答えず「残りは……五人だな」と数える。


「この程度、我輩にとっては窮地でもなんでもない。ついて来い」

「なんだよー。いいところ持っていくなあ」


 マルクが羨ましそうな顔をしている。

 残った五人の衛兵は我輩を警戒して襲い掛かろうとしない。

 ということで、我輩たちは堂々と謁見の間から出ることができた。

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